渦巻偽典

紙魚


 紙…特に虚構の書物に巣食い、好んで蝕する生物を紙魚と言う。
 蟲の形したものもあり、魚の形したものあり、形態・大きさは不定形だ。
 また、寿命もまちまちで、長命な程、より多くの情報を摂取し、より多くの空白を書物の中に孵す。

 書物の情報を蝕み、空白の情報を補完する為、紙魚の蝕した書物は、紙魚の蝕さぬ書物よりも、より豊かな情報量を含有し、想像力を掻き立てるので、好事家の間では、わざと紙魚を飼い、稀覯な蒐集物を食餌として与える事が流行している程だ。

 紙魚の功罪はそれだけではない。

 紙魚は死ぬと、体内に取り込んだ情報を未分化の言詞として残す。
 詩人や小説家の中には、紙魚の言詞を組み合わす事で、創作する者もいる。

 また言詞は、世界を造る原子の一つである。
 詩的遊戯に『優美な死骸』なる手法があるが、紙魚の言詞を使えば、これに良く似た不条理な実験世界を創造する事が容易である。
 少し不思議な『フェッセンデンの宇宙』を考えて貰えば、幸いだ。
 その為、大量の紙魚を飼う理論数理学者も少なくない。

 紙魚は有から無を、無から有を生み出す、有機的可能性なのである。

 もし、紙魚に蝕された書物が手許にあるなら、是非繙いてみて欲しい。
 恐らくそこには、元の世界と、全く異なる世界が顕現している筈である。


2005.06.29

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