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北朝鮮観光(1995年)


1995年に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に観光旅行に行ったときの記録です。情報が古いです。新しい情報はネット上にたくさんありますのでそちらもご参照下さい。

  観光日記  後記  補記    参考文献



北朝鮮の現在の経済的、政治的な実状はどうなのか? 北朝鮮当局がお膳立てした監視下のツアー旅行とはいえ、これに紛れ込んで実際に北を訪れることによって、マスコミの断片的な情報からは得られない、北の空気のようなものがつかめるのではないか。そう思ったのが北朝鮮観光のツアーに参加したきっかけだった。

1993年に中国を旅行したとき、北朝鮮との国境(吉林省図們市)まで行ったことがあった。図們江という河(朝鮮名・豆満江)をはさんだ向う岸が北朝鮮で、山々や人家のような建物が遠目から見えた。河に架かっている橋のまんなかに国境線が引いてあり、一歩踏み出せば北朝鮮だったが、もちろん踏み出す勇気はなかった。(1)

1991年に韓国を訪れたときは、知人の案内でソウルを見物しただけで、北朝鮮との軍事境界線(板門店=パンムンジョム)の方には行けなかった。(2) 今回参加した北朝鮮観光のツアーは、板門店を見ることができるというのが個人的には目玉だった。

北朝鮮と日本は国交がない。北朝鮮は観光目的の個人の入国を禁じており、一般の人が北に入国するためには2名以上の団体として行くしかない。北朝鮮国内では観光客は常に監視下に置かれており、自由行動はできない。私が今回参加したツアーは、朝鮮国際旅行社の日本総代理店である朝鮮総連系の旅行会社、中外旅行社が主催しているもので、渡航は名古屋空港―平壌(ピョンヤン)間の直航便。ビザの申請は中外旅行社が代行している。一般の人なら誰でも参加可能(ただし自衛隊員や警察官、公安関係者などはおそらく無理)。ちなみにお値段は、5泊6日で全部ひっくるめて25万ほど。(3)

ところで、私が持っている日本政府発行のパスポートの「渡航先」欄には、「This passport is valid for all countries and areas except North Korea (Democratic People's Republic of Korea).」って書いてあるんだけど…。(4)



観光日記


5月1日  〜平壌に到着〜


午後7時、高麗航空(旧朝鮮民航)チャーター便で名古屋空港を出発し、平壌へ。機内食は海苔巻、鶏肉など。

機体は旧ソ連製の旅客機ツポレフ。

このツアーの日本からの参加者には、日本人観光客の他に、在日韓国・朝鮮人、すなわち日本在住の北朝鮮籍・韓国籍の方々も大勢いるように見受けられた。北出身の人や、北に親族がいる人など、いろんな人がいるようだ。

名古屋空港―平壌間は3時間弱。成田空港からだと2時間くらいで行ける筈だが、名古屋からだと韓国の上空を迂回しなければならないので若干時間がかかる。

午後10時前、平壌郊外の順安空港(平壌国際空港)に到着。気温16度。思ったより暖かい。入国審査はパスポートを一瞥するだけの形式的なもの。税関での荷物のチェックも、ごく普通のX線によるチェックのみで、スーツケースの中身などはノーチェック。

バスで平壌市の蒼光山ホテルに向かう。電力不足だからなのか、空港に着いてから平壌市内に入るまでは、周囲に灯りらしきものが殆ど見えず、真っ暗だった。

蒼光山ホテルに到着。部屋に入り、バスルームで入浴。部屋のなかにはTV(東芝)、冷蔵庫(SANYO)がある。



5月2日  〜万景台、マスゲーム、主体思想塔〜


ホテルで朝食。お粥、海苔、漬物、トースト、ソーセージ、ポテト、肉、高麗人参茶。

平壌市内は人通りが非常に少なく、車もあまり走っていない。閑散としていて、重苦しい雰囲気が漂っている。団地のような建物が林立しているが、窓に洗濯物が干してあるわけでもなく、本当に人が住んでいるのか疑問。工場は操業を停止しているらしく、煙突から煙が出ていない。同じ首都でも韓国のソウルとは大違いだ。ソウル、特に繁華街の明洞(ミョンドン)などは歩いているとまるで東京にいるような錯覚に襲われるのに…。

このツアーでは、観光客はバスに乗り、あらかじめ決められた観光コースにしたがって各観光地を観てまわることになる。単独の行動や取材などは許可されていない。各バスには日本語を話す2人の添乗員が乗っており、各観光地には日本語での説明を担当する人がいる。各観光地には、観光客を包囲するように要所要所に監視人のような人々が立っており、ツアーから離脱して勝手な行動をしようとするとこの監視人に制止される。私は、撮影禁止区域でヴィデオ撮影を強行しようとした人が監視人にヴィデオカメラを取り上げられ、地面に叩きつけられるのを目撃した。(ただ、撮影は基本的にどこでもOKで、撮影禁止区域は軍事境界線上などごくわずかだった。といっても、そもそも単独行動が禁止されているので、撮れる映像も限られているが…。)更に、各バスにはSONYのヴィデオカメラを持った北朝鮮国営TV局の人が同乗していて、われわれが観光をしている様子を撮影している。(このとき撮られた映像は、後でVHSヴィデオとして編集され、観光客に販売された。)

平壌の西部の万景台に行き、金日成(キム・イルソン)の生家を見物。金日成が万景台の農家で生まれたというのは事実のようだが、その生家や生活用品が当時の姿のまま残っている、という説明はちょっと信じがたい。金日成の経歴にかんする説明も、金日成を神格化する北朝鮮当局の方針によって極度に美化・誇張されており、事実の歪曲や捏造が随所に見られる。金日成が第二次大戦後のソ連軍占領下の時代に親ソ派としてスターリンの後押しを受け、その後反対派の粛清を繰り返すことによって最高権力者となった経緯については、もちろんまったく触れられていない。

大城山遊戯場で「民俗遊戯大会」というパフォーマンスを観覧。民俗舞踊に始まり、途中から野外ミュージカルみたいになって、最後は運動会(玉入れや綱引き)のようなものになってしまった。朝鮮古来の伝統芸能や神話劇などを折り込んだ一種の総合パフォーマンス、といったところか。

昼食は平壌冷麺。

この大城山遊戯場のなかには遊園地があった。観覧車やジェットコースターもあるが、人はあまりいない(平日だから?)。

金日成競技場でマスゲームを観覧。学生、学童の人たちが5万人規模(主催者側発表)で繰り広げる一大パフォーマンス。壮観というか何というか、間近で観ていると頭がおかしくなりそう…。これだけの大人数を、よくもまあここまで完璧にコントロールできるものである。マスゲームもすごいけど、バックスタンドで展開されるアニメーションまたはCGのような絵もすごい。電光掲示板のように見えるが、実は全部人間の手作業によるものである。一人一ドットという感じだ。

東平壌の大同江河畔の主体(チュチェ)思想塔を見物。「主体思想」は北朝鮮の公式の政治理論であり、「革命と建設の主人は人民大衆であり云々…」というような意味。主体思想塔はそのシンボルである。しかし、北朝鮮の「主人」は実際には人民大衆ではなく、金日成であり、現在は金正日(キム・ジョンイル)である。主体思想を真に実現させるためには、まず現在のような朝鮮労働党の一党独裁体制を粉砕する必要があるであろう。(5)

ちなみに主体思想塔で日本人観光客相手に日本語で解説を行っている人は、いわゆる日本人妻の人として有名らしい。横浜出身の小林さんという方だそうだ。

万景台には金日成の銅像がある。この金日成像の参観を希望する人たちは、夜になってから集められて金日成像のところに連れて行かれたそうだ。私は行かなかった。後で行った人の話を聞いたら、金日成像に対して献花と敬礼が行われ、しかもその様子を北朝鮮国営TV局のカメラが撮影していて、居たたまれなかったそうだ。



5月3日  〜板門店(軍事境界線)、高麗ホテル、サーカス〜


バスで開城に行き、軍事境界線上の板門店(パンムンジョム)を見物。板門店は朝鮮戦争時に休戦会談が開かれた場所として有名。朝鮮半島を分断する軍事境界線(休戦ライン)の南北2kmは非武装地帯となっており、そのなかに休戦会談が行われた小屋(板門店休戦会談場)がある。ここは共同警備区域となっており、北側、南側双方の警備兵が警備を行っている。

板門店は大勢の観光客であふれかえっており、さながら観光地のような状態だった。

共同警備区域内で警備兵たちが見守るなか、軍事境界線上を一匹の犬がうろうろしていて、韓国領に行ったり北朝鮮領に行ったりしている。犬にとっては軍事境界線など存在しないらしい。この犬は韓国出身なのか北出身なのか…。

バスで平壌に戻り、高麗ホテル内の売店で買い物。ちなみに高麗ホテルは北朝鮮では最高級の五つ星(★★★★★)ホテル。45階建てツイン式の高層ホテルである。もっとも高さということでいえば、105階建ての柳京ホテルの方が上だが、このホテルは外枠のみが完成したところで建設中止になり、そのまま放置されている。

売店では、電化製品など、日本製品の多さが目立つ。ヴィデオ・ソフトやゲームソフト(ファミコン)などもあった。日本では一般に殆ど知られていないであろう北朝鮮製のアニメーションのヴィデオ・ソフト(VHS)が目についたので、サンプルとしていくつか買ってみた。(帰国してから買ったアニメを見てみたが、それらはディズニーの影響が強く、映像作品としてはかなりよくできているという印象だった。日本のアニメにはまったく似ていない、正統的なアニメーションである。ちなみに、後で人に聞いた話では、北朝鮮製のアニメは日本でも朝鮮総連を通じて日本語の字幕入りのものが入手可能だとのこと。)ついでに『Mass Gymnastic Display Great People's Leader』という北朝鮮制作の1995年度版のマスゲームの映像記録(VHS)も資料映像として購入。売店の店員さんがパソコンのモニタで為替の相場表のようなものを見ているので、機種はなんだろうと思ってのぞき込んでみたら、それはNECのパソコンだった。

レストランで夕食。午後8時頃からサーカスを観覧。サーカスは北朝鮮では大衆に人気のある娯楽とされている。



5月4日  〜白頭山行き順延、地下鉄、百貨店〜


この日は、平壌から飛行機で白頭山(「革命の聖山」と呼ばれる、抗日闘争時の戦跡地などがある場所)に行く予定だったので、バスで順安空港に連れて来られたが、白頭山付近の天候が悪く飛行機が飛べない状態だということで、結局出発できなかった(明日に順延)。仕方なくホテルに引き返す。

この中止のために、われわれは予定されていた観光コースには含まれていなかった平壌市内のいくつかの場所を観てまわることになった。私は個人的には山よりも市街の方に興味があったので、この中止はむしろ好都合だった。

この日は、地下鉄や百貨店などを見物した。私は1992年にロシアに観光旅行に行ったときに、豪奢な作りで有名なモスクワの地下鉄を見物したが、平壌の地下鉄はモスクワの地下鉄によく似ている。非常に深いところにあり、エスカレーターでの昇り降りに時間がかかるのが特徴。



5月5日  〜白頭山行き中止、壇君陵、清流館、平壌学生少年宮殿〜


この日も白頭山は雪が降っており、危険だということで飛行機は飛ばなかった。白頭山行きは結局中止となった(帰国後、中外旅行社から、中止になった白頭山観光の分の料金が払い戻された。)

平壌にある壇君(タングン)陵を見物。1993年、北朝鮮は、平壌近郊で古代朝鮮建国の祖、壇君王の遺骨を発見したと発表し、その遺骨を納めた巨大なピラミッド様の墓を建設(改築)した。その墓がこの壇君陵である。なるほど造ったばかりだけあって真新しい。さすがに大きくて立派だなあ…。あれっ? でも壇君ってそもそも紀元前2333年に朝鮮を建国したとされる神話上の人物じゃなかったっけ?

壇君は、日本でいえば記紀神話に出てくる神武天皇のような存在(つまり架空の人物)であるが、朝鮮半島では、多くの人々が自分たちは壇君の子孫であると信じているそうだ。それは一種の民間伝承のようなものだからいいとしても、北朝鮮は遺骨の「発見」によって、壇君の実在を「科学的」に証明してしまったわけだ。しかもこの遺骨、紀元前3010年のものだそうだ。おいおいおいおい中国最古の文明より千年近くも古いぞ。

もしこの遺骨が本物なら、従来のアジア古代史の定説を根底からくつがえす世紀の大発見であり、事実北朝鮮では朝鮮古代史の全面的な見直しが進行中だが、この発見にかかわったのは北朝鮮の研究者のみであり、真に科学的で公正な調査の結果であるとはいいがたい。はっきりいえば、この遺骨は偽物である可能性が高い。

北朝鮮は壇君の遺骨の「発見」後、「古朝鮮の正統な後継者は現北朝鮮政府である」と宣言した。これが北朝鮮による意図的な歴史の捏造であり、北の体制の正統性を強調するプロパガンダであることは明白だろう。しかし、我々日本人はこれを単純に笑うわけにはいかない。戦前の日本でも同じようなことをやっていたのだ。歴史の修正、捏造はナショナリストたちの十八番である。それはどこの国においても変わらない。(6)

刺繍の研究所のような施設を見学。美術が専門と思われる女性たちが美しい刺繍を作っている。

清流館という食堂で昼食。辛い味のスープがとても美味しかったので、何のスープだろうと思って聞いてみたら、なんとそれは犬の肉のスープだった! 愛犬家の方には申しわけないが、私は愛猫家なので、犬を食べることに対してはさほど抵抗感はなかった。牛肉や豚肉と同じである。食べてしまった後では、抵抗感もへったくれもないが・・・。朝鮮半島では、韓国も含めて犬を食べることは特に珍しいことではないようだ。(韓国では「補身湯」(ポシンタン)という犬肉料理が有名。)日本でも昔は犬の肉を食べていたそうだが・・・。

日本の鯨食と同様、朝鮮半島の犬食に対しても世界的な風当たりが強いようであるが、牛や豚は食ってもいいが犬は食うな、という主張に論理的な根拠はない。単に食文化の違いというだけのことである。

衣服の工場を見学。ビルのなかで人々がミシン(日本製)を使って衣服を仕立てている。

平壌学生少年宮殿というところで子供たちの歌・踊り・音楽の演奏を観覧。小さな子供たちは、その多くが顔に満面の笑みを浮かべているが、それは自然な笑顔ではなくて、明らかに笑うようにと教えられて笑っている、仮面のような笑顔である。

ホテルでの夕食後、ホテルの喫茶室で、旅行中に顔見知りになった人たちとビールを呑みながら雑談。オウム真理教と北朝鮮の体制はよく似ている、という話になる。個人崇拝、洗脳、粛清、拉致、テロ・・・。しかし、オウム真理教の信者たちが自らの意志で入信しているのに対して、北朝鮮の人民は選択の余地なく北の体制に縛りつけられており、それに対抗する政治的手段をいっさい持たない、という点が、決定的に異なっている。北では過去に何度かクーデターを計画した人々がいたが、それらはことごとく失敗している。北の体制を批判しようと思ったら、命がけで亡命を試みるしかない、というのが実状である。



5月6日  〜帰国〜


午前6時、蒼光山ホテルをチェックアウトして順安空港へバスで移動。高麗航空チャーター便で順安空港を出発し、名古屋空港へ。数時間後、なんとか無事に帰国。

北朝鮮の印象を一言でいえば、「戦時中」である。無論これは比喩ではなく、文字通りの意味である。朝鮮戦争終結時の休戦協定(1953年)は文字通り「休戦」の協定にすぎず、「終戦」の協定ではなかった。韓国と北朝鮮は、同じ民族でありながら、今も軍事境界線をはさんで対峙し続けており、休戦状態の世界最長記録を更新中である。もちろん私は、北の軍事施設や軍隊などを直接見たわけではないが、そういう戦時下の空気のようなものを強く感じた。それはたんに経済的な困窮によるものではない。それは思想統制、いわば「総動員体制」下の空気である。

平壌でサーカスを観覧したとき、ステージに金日成の肖像画が掲げられ、観客が総立ちになって「万歳」を叫んだ瞬間、私は居たたまれない思いがした。いったい今はいつの時代なのか・・・。これでは殆ど日本の天皇制ファシズムやドイツのナチズムと同じような状態ではないか。かつて日本の植民地支配に苦しみ、日本の敗戦によって植民地支配から解放され、米ソによる分割占領を経て民族独立を成し遂げた筈の朝鮮半島において、かつての帝国主義日本のような、または旧ソ連のスターリニズムのような抑圧的な政治体制が現在も存続し続けているということは、なんともやりきれない事実である。(7)



後記

今回の旅行で私が出会った北朝鮮の人々、中外旅行社の人々や現地の人々は、私が韓国で出会った人々と同様に、みんな親切で心の優しい人たちであった。私は彼らのおかげで非常に貴重な、興味深い観光旅行ができたことに大変感謝している。しかし、そのことと、隣国の一市民として現在の北朝鮮の体制や政策をどう評価するかということ、北朝鮮の人民がおかれている現状をどう考えるかということとは、別の話である。

北朝鮮からの亡命者の話や、公共機関による調査、ジャーナリストの取材からの情報を総合すると、北朝鮮の経済的、政治的な実状が、殆ど最悪といっていいような状態であることが推測される。もし北朝鮮当局がそれらの情報を極度に誇張されたデマゴギーにすぎないと主張するのであれば、北朝鮮当局は現在のような秘密主義をやめて情報公開を行い、真実を明らかにすべきである。

北朝鮮にはおそらく人権はないし、代議制もない。しかし、それらの制度は日本においても実現されていない。日本には、国籍も参政権も職業選択の自由もない、すなわち基本的人権を持たない人々が存在する。いうまでもなく天皇家の人々である。日本人は、北朝鮮や中国の民主化の必要性について語る前に、まず天皇制の是非を含めた日本の民主化、自由化の必要性について語らなければならない。

日本政府は、朝鮮半島の人々に対して、戦前・戦中の植民地支配や強制連行の問題について、正式な謝罪を行うべきである。過去に犯した誤りは誤りとして認め、その上で、未来を見据えた友好関係、協力関係を築いてゆくために、韓国、北朝鮮双方との緊密な対話を行ってゆくべきである。



(1) この橋は、1997年に外国人に対して全面開放され、投資家がビザなしで通過できるようになった。

(2) 韓国では、観光客はツアーに参加しなければ板門店に行くことはできない(個人は不可)。事前に予約が必要で、服装等の制限も厳しい。

(3) 格安で行ける韓国とくらべると、あまりにも高い値段だが、これは名古屋空港―平壌間直行のチャーター便の料金が高いためである。値段的には、今のところ、北京を経由して北朝鮮に入国する方法のほうが、遠回りにはなるが安上がりである。

(4) この「渡航先適用除外条項」は、1991年に消滅した。1991年4月以降に発行されたパスポートにはこの記載はない。

(5) 1997年、北朝鮮の最高幹部の一人で、主体思想を理論化したとされる人物、ファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党書記が、日本からの帰国途中、北京の韓国大使館に亡命を申請し、フィリピン経由で韓国に亡命した。

(6) 北朝鮮及び軍政下の韓国(1970年代〜1980年代)における「歴史の見直し」運動については、と学会『トンデモ本1999』(光文社、1999年)所収の、朝鮮の歴史書にかんする永瀬唯氏のエッセイに簡潔にまとめられており、参考になる。北朝鮮の「偽史」イデオロギーが、日帝の皇国史観を裏返しにして作られたものであることも指摘されている。そういえば、北朝鮮の革命歌が日本の軍歌にそっくりだという韓国の学者の報告もあったっけ…。

(7) ファシズムが近代的な代議制(議会制民主主義)のもとで発生した反革命運動であったのに対して、北朝鮮の体制は代議制以前であり、その意味ではファシズムよりも反動的である。それは、金日成・金正日親子による個人独裁及び権力世襲に基づく絶対君主制というべきものであり、近代以前というより、共和制以前である。このような復古的な体制が、マルクス的な共産主義とは何の関係もないことはいうまでもない。

(8) 1999年11月、日本政府は、1998年8月のテポドン発射事件以後停止していた日本―北朝鮮間の直航便の運航を再開すると発表した。



参考文献

● 『朝鮮観光案内』(朝鮮新報社出版事業部、1992年)

● 宮塚利雄『北朝鮮観光』(宝島社、1992年)

● 朝鮮日報『月刊朝鮮』・黄民基『新訂 北朝鮮その衝撃の実像』(講談社、1994年)

● 金学俊『北朝鮮五十年史―「金日成王朝」の夢と現実』(李英訳、朝日新聞社、1997年)



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