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読書日記2005


■今年もまたはじめに

 昨年、読書日記でとりあげた冊数は60冊前後で、確実に冊数が落ちているの自分でもわかる。本を読まなかったというより、しだいに目の衰えもあり、本に目をやることが少なくなっているのかもしれない。やはり、メガネを変えなければならない。本を読むことに努力は必要ないと今までかんがえていたが、こういう肉体的な条件までいれると、それなりの工夫は必要である。多くの本を読むことを目標にしているわけではないし、どんなに読んでも読んだ先から内容を忘れるようでは、何の意味もあるまい。もう、本を読んで血肉にするという年齢でもなし、自分の好きな本を好きなペースで読んで楽しめればいいとおもっている。それで、何かが残れば、それは幸運である。今年も、また、この日記をはじめる。どういう本と出合えるのかは、いつも楽しみである。昨年末に買い込んだ本もまだ多数あるので、まずはそこからはじめたい。

■書き込みは積み上げ方式

 例年どおり、書き込みは積み上げ方式にしてあるので、一番上にもっとも最近に読んだ本が表示されるようになっている。気をつけてほしいのは、本の批評をするのが目的ではないので、本の内容とまったく関係ないことも当然書いてある。あくまでも、本を読んでいるわたしが、その時点で何をおもいかんじたか、そのとき何をしていたか、など本の周囲にまつわることも多い。本の著者には不愉快にならないよう配慮しているが、もし、そういうことがあれば、わたしの責任なので、責めてほしい。

 では、今年もどうぞよろしく。


 2005/01/08 (土) 9:13


2005/12/26(月) 10:36

★橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』集英社新書 \700

 橋本氏の前作『「わからない」という方法』『上司は思いつきでものを言う』いずれも集英社新書につづく三部作の最後の本である、とはしがきにも書いてある。どこが気に入ったのか、つい三冊とも買って、そして読んでしまった。橋本氏の本は、この3冊しか読んだことがない。他にもすばらしい本を書かれていることは知っているが、何せ読む本が他にも多くて、とても手がまわらない。それに、氏の書く内容は、相当にむずかしい。親しみのある口調で書いてあるが、それは文字の並びだけ。内容はよくかんがえないとついていけない。ちょうど彼を同じ頃を東大ですごした元同僚を知っているが、思考法など似ているな、とふとおもう。そう、素直な発想ではないのである。人とちがった斜めからの見方をしようという、それである。まァ、わたしもそういうのは嫌いではないので、何となくひきつけられて読んでしまう。読んで、どういう風にわかったのかは、自分でもよくわからない。ただ、「そうだよなー」など共感して読んでいるところをみると、自分の思考にはあっているのかもしれない。

 社会の分析などは、わたしにはとてもできない。こういう分析力のある人の話をきいて「ヘェー、そうなんだ」などと、じつにかんたんに納得してしまう。こういう話題にはいくらでも解釈はあるし、どれが本当だなどとわたしにはわからない。自分の説などもちろんない。とくに、だれかの説を信じているなんてこともない。どういう説にも一理はあるのだろう。そうおもって、読んでいる。ただ一つわかっているのは、社会学や思想論・宗教論などのために、わたしは生きているわけではないということ。そんなむずかしそうなことより、もっと現世にどっぷりと浸かって生きているのが自分であるとおもっている。それでも、けっこう楽しく生きていられる。

2005/12/26(月) 10:01

★戸田盛和『相対性理論30講』朝倉書店 \3800

 下に「相対論関係本多数」と書いて、いかにもものすごく勉強したように見栄をはったが、実態はそれほどではない。最後まで一行一行舐めるように読んでいたら、物理の本など死ぬまで読んでも読みきれない。こういう本は、基本になる本はていねいに何度も読み返すが、それが自分の思考回路としっくりくるようになったら、あとは必要な項目や見落とした項目をあさるように拾い読みするだけである。

 その中で、とくに気にいって読み返したもの、新しく読んだものの中で、印象深かったのは、上記の戸田氏の本である。朝倉書店は数理系の本では定評のある出版社であり、この本もいい本である。戸田氏が一人で書かれた「物理学30講シリーズ全10巻」の中の1冊で、買って積ん読しておいたものを掘り起こして、今回しっかり3回ほど読んでみた。戸田氏といえば、物性物理学で有名な「戸田格子」理論の提唱者で、岩波から出ている『物理の散歩道』を書いているメンバーのお一人である。

 専門書なので、ここで紹介するつもりはなかったが、相対性理論の入門書にありがちな数式をはぶいた奥歯に骨のささったようなものいいの本に満足できない人もおられるだろうから、この本を取りあげてみることにした。難点は値段が高いこと。軽く1回飲めてしまう。しかし、内容はしっかりしており、他の相対性理論の専門書と遜色はない。むしろ、相対性理論を専門的に研究されている方の本よりも明解で、わたしには読みやすかった。朝倉書店では、数学分野でも志賀浩二氏の「数学30講シリーズ」を出している。この本も好きで、とくに「複素関数論」はじつに楽しく読むことができた。いつもいい本を出してくれる本屋さんである。

2005/11/20(日) 10:56

★相対論関係本多数

 昨日の午後、公開講座「世界物理年2005〜相対論へのお誘い〜」が無事おわった。予定していた14:00〜16:00を30分もオーバーして16:30になってしまったが。この講座で話しをするために、ここ半年以上も「相対論関係本」を50冊近く熟読していた。専門書が多いのでけっこう疲れたが、これほど集中的に読み込んだのも久しぶりである。いい機会になった。学生時代に読んでそのままにしていたものも多い。今回本棚から引っ張り出して読んで、ようやくわかりだしたこともたくさんあった。やはり一番感銘をうけたのは、アインシュタイン自身の書いた論文であった。その透徹した思考はすばらしさを超えていた。

 これらの読書に精出していたため、他の本はこのところほとんど視界にはいってこない状態だった。気がつくと、もう12月がもうすぐ。受講した方からあたたかいねぎらいの言葉をいただけたことだけで十分である。おかげで、世界物理年2005を一番たのしんだのは、わたし自身であったような気がする。

2005/11/07(月) 16:36

★司馬遼太郎『司馬遼太郎が考えたこと 3』新潮文庫 \743

 いやはや、予定は未定というが、これほど読みおえるのに時間がかかったものもない。予定では、毎月1冊ずつ発刊されていくので、それにあわせて読み進むつもりだった。しかし、すでに「第12巻」まで買っておきながら、まだ3巻目とはあまりになさけない。これでは、「積ん読」の典型になってしまう。あれこれ言い訳はあるのだが、それをいってもむなしいだけだ。強いていえば、1巻1巻じっくりと読ませる文がおおく、味わいながら読んでいるということだ。それと、この3巻目はちょうど私自信が中学生から高校生になる時期とかさなっている(昭和39年から昭和43年)までの文章なので、つい「そういえば、この時期には○○をしていたなー」などと、個人的な感慨にふけっている時間が長く、なかなかすいすいとは読み進むことができなかったというのもあるだろう。ま、これも言い訳といえばそれまであるが。

 それにしても、司馬遼太郎氏の文章はすごい。彼の歴史観を「司馬史観」などと太鼓持ちのように喧伝しているひとたちもおおいが、そういうのはわたしにはまったく関心がない。それよりも、かれの文章のかき方がじつに明解で、ついマネをしてしまいたいほどなのである。漱石の文章もすきなので、いつか使ってみたい表現もあるが、わたしが使うには、漱石は重すぎるだろう。別に司馬氏の文章が軽いなどというつもりはないが、わたしにはとてもマネしてつかってみるのもいいだろうな、という表現が至るところにある。この本の171ページに「会津――維新こぼれ話」というのがある。私の故郷「会津」の気風についてかいた名文だ。さらっとかいてあるが、これがじつに正鵠を射ている。この短い文章だけで、会津は十分に語られつくしている。

 みじかく、さらっとかく。これに尽きる。

2005/10/30(日) 15:53

★前田恵一『宇宙のトポロジー』岩波書店 \1100

 1991年12月5日第1刷発行とあり、日記ではすぐに買って読んだ(とおもう)。これも前回の本と同様に、気になっていたので昨日から一気に読みかえしてみた。もう、14年も前の本なので、その後の観測の進歩で、書かれているデータとちがう現象が次々とみつかっている。しかし、現在でも一般相対性理論をもとに宇宙論のシナリオがつくられていることはまちがいないので、それほどの内容変更はいらない。この本ではトポロジー(数学では位相幾何学)的な知識面から宇宙論を解説している。数式はないが、トポロジカルな図は、見てすぐに理解できるものではない。正直、途中でわけがわからなくなることもしばしば。それでも、楽しめたようで、あっという間に読んでしまった。宇宙に存在する銀河にも階層構造があり、さらには周期的な構造も観測でわかってきた(グレイトウォールやボイドなどの存在)のを受けて、あの当時の最先端の内容になっている。

 ときうつり、現在でもあらたな「宇宙の加速膨張」や「ダークマター」「ダークエネルギー」など、つぎつぎと話題は尽きない。観測に理論が追いついていってないというのが現状であろう。こういう話は、日常的にはでてこないけれど、興味をもっているひとには、これ以上の楽しい話題はないであろう。再読また楽し。

2005/10/25(火) 08:06

★都筑卓司『10歳からの相対性理論』講談社ブルーバックス \680

 昭和59年(1984年)10月20日第1刷発行とあるから、買ってすぐに読んだはずである。が、記憶にはない。著者都筑氏が現役バリバリのころに書かれたもの。氏の本は専門書もふくめてほとんど読んでいるとおもう。朝永振一郎博士のお弟子さんで、啓蒙書も多数かかれている。今回、本棚の奥にあるのを見つけ、再読してみた。

 なんで『10歳から』なの?とおもわれるかもしれないが、じつはそれが一番の目的であったからだ。来月11月に、職場の高校で一般の人対象のコミュニティースクールがあり(10回シリーズ)、そこで「世界物理年2005 相対論へのお誘い」というタイトルで2回(計4時間)の話をすることになっている。わたしも元日本物理学会会員、現在は日本物理教育学会の会員でもあり、何かのお役に立てればと、身のほどもかえりみず、こんな企画に頭をつっこんでしまった。それで、5月くらいから、今まで読んできた論文や専門書、啓蒙書などを40冊近く読みこんでいた。そして、先日のコミュニティースクール開講式に出席して、参加されるひとたちとの顔合わせがあった。そのとき、会議室にはいって、心配が現実になった。全員女性だ!それも、ことばはわるいが、「立派なおばさんたち」である。「タイトルをまちがえた…」とがっくり。「楽しい理科実験」とでもしておけば…と後悔の念。でも、気をとりなおして、そうだ!物理的な内容はすこしおくとして、「アインシュタイン=相対性理論」と思いこんでいる方もおおいだろうから、すこしちがった面(光量子説=光電効果、ブラウン運動=原子分子の存在)などを紹介しながら(実際に実験もお見せして)、相対論のさわりまでいければ、とかんがえなおした。当然、それまでつくってきたシナリオも急遽変更した。それで、この本に目がいったのだ。「本は捨てると必要になる」というマーフィーの法則もどきを地で行くところであった。この本はそういう意味ではじつに役立った。

 もともとわたしの「りきみ」がいけなかったのだ。大体、物理理論などに興味をもっているひとは、すでに自分で勉強されているだろうし、土曜日の午後に講習などにくる人たちの中に「興味ありげなおじさんたち」はいないよな…。ちょっぴり気落ちしながらも、下手に手をぬいて「おばさん」たちの強烈な好奇心に撃墜されないように、気持ちをひきしめて準備はおこたりなくしておこう。

2005/10/25(火) 07:33

★エラワン・ウイパー『ジャンボ旅客機 99の謎』二見文庫 \600

 著者はタイ国際航空リペアマン・スーパーバイザー(一等航空整備士)である。飛行機を飛ばす側ではなく、整備する側から飛行機の話題をこまごまと解説してくれている。これが、じつに的確。なぜなら、わたしも知らなかったが、タイ国は人件費が安いのと整備技術が高いため、世界各国の航空会社から、多数の飛行機が外注整備という形でやってくるとのこと。もちろん、日本の航空会社もだ。飛行機に関する素朴な疑問から高度な専門的な疑問までていねいに説明してある。飛行機好きなら、知っているととても役立つ知識もおおくもられている。

 小さい頃からの飛行機好きで、FSにのめりこんでいる私も、知らないことが多数あって、とても勉強になった。毎日、職場にいても、高空を旅客機が、低空では厚木基地のF/A-18C&F、P-3C、E-2Cなどがブンブン飛び回っている。飛行機を間近で見られるのはうれしいが、多くの人には単なる騒音にすぎないのだろう。旅行などでは便利であるが、身近で飛ばれるとうるさくて迷惑なものが飛行機のようだ。そんな飛行機がなんともかわいそうでもある。わたしは、生涯好きでいるとおもうが。

2005/10/13(木) 07:46

★石川英輔『大江戸庶民いろいろ事情』講談社文庫 \571

 この本の最後に「2002年1月に講談社より『江戸のまかない 大江戸庶民事情』として刊行したものの文庫化」とある。石川氏の本は大好きで、ほとんど読んでいるがいつも文庫化されてから読むことにしているので、3年も遅れてしまった。「江戸という時代」「江戸の楽しみ」「江戸の暮らし」「言葉と江戸」の4章からなり、江戸にまつわる22本のエッセーからなっている。どれもおもしろくて、あっという間に読んでしまった。氏が最初に出した著書は『大江戸神仙伝』という長編小説であるが、この本が出たのが昭和54年(1979年)なので、わたしもすでに職業についており、その年月とかさなる。はじめての著書は、図書館で借りて読んだ。それ以来、ずっと読みつづけており、雑誌などにかかれたもの以外は、ほとんど読んでいる。文体もとても好きで、おそらくわたしの波長とあっているのかもしれない。

 学校で習う「士農工商、切り捨てご免、一揆と飢饉の江戸時代」という時代観とはちがう時代観をおしえてもらった。著者の江戸時代への関心の高さにくらべてると、わたしなどたんなるものずき程度であるが、いつも読んで得るものがおおい。この本も楽しみながら、読みおえることができた。

2005/10/06(木) 15:46

★池田清彦『やがて消えゆく我が身なら』角川書店 \1300

 本の帯がおもしろい。「ヒトの死亡率=100%――だれであろうと同じです。」「本当のことをこれだけはっきり短く書く人はいない。しかも笑える」養老猛司、とある。著者の池田氏は生物学者であるが、養老氏とは「虫なかま」である。虫を求めて、世界に足跡をのこしている。わたしは、かなり以前に柴谷篤弘氏の本で池田氏の本を知り、それ以来よく読ませてもらっている。構造主義生物学という独自の視点から生物学を論じられており、ふつうに学ぶ生物学とはちょっとちがっていてためになる。

 この本でも、ふつうの人なら(別に彼が変わっているとはおもわないが)とてもいいだせないようなことを、さらっと書いている。書かれていることは、わたしにはもっともとおもわれることがおおいので、おそらく思考回路が似ているのかもしれない。ただ、わたしには、生物学や昆虫学の奥深さを理解できる能力はないから、その思考法についていけないところも正直ある。その違和感が、また読んでみたいという気持ちをいっそうおこさせるのかもしれない。養老氏の本も好きだが、この人の本もそれ以上に好きかもしれない。

 そう、わたしたちは、間違いなく死ぬ。それは、人間として生まれたときから、はじまっている。

2005/09/29(木) 08:15

★菅野礼司・市瀬和義『相対性理論』PHP \1200

 専門書かな、とおもった方もおられるかもしれない。じつは、「雑学3分間ビジュアル図解シリーズ」の中の1冊である。なーんだ、一般解説本か。とあなどってはいけない。著者のお二人は、物理学の専門家で、記述は正確である。菅野礼司氏の本は専門書でも何冊か読んでおり、すばらしい本をお書きになっている。今回も、買った動機は、菅野氏の名前があり、中身をみたらやはりすばらしい出来になっていたためである。一般の方が対象の本なので、数式などは少なくしてあるが、きちんとていねいに解説してあり、本当にあっという間に読めた。見開き左ページが解説、右ページが図解という構成になっている。7章まであり、それぞれの項目を見開き2ページずつにまとめてあるので、とても読みやすい。

 いま、相対性理論に関して書かれた一般書をけっこう読んでいる。この11月に勤務している高校で、一般の方を対象に「相対性理論」の話をすることになっている。なんでもコミュニティースクールという形で、ここ数年やっているとのこと。毎年おこなわれる講座は、ほとんどが趣味的なものが多い。理科でも毎年、いろいろな講座を出しているが、今年は「世界物理年2005」ということで、わたしにお鉢がまわってきた。そこで、長年学びつづけている「相対性理論」について、わたしなりの話ができれば、ということでお引き受けすることにした。ただ、一般の人にはほとんど名前しか知られていないこの物理理論について、どう話したらいいのか、よくわからない。そこで、ふつうに書店で見かける一般書としての「相対性理論」で、どんなことが書かれているのかを知ろうとおもった。そういうわけで、あれこれ読んでいる。ただ、2時間で2回の講座なので、どういう内容(何をメインにして何を削るか)はまだ決めかねている。こういう点では、現在、学校で物理をおしえている生徒たちに話すほうが気が楽ではある。

 ちなみに、この講座は10回連続のもので、その中の2回をわたしが担当することになっている。土曜日の午後14:00からというので、ちと時間帯はよくない。ちょうどわたしが一番眠くなる時間帯だからだ。でも、引き受けた以上は最善をつくしたい。公務員なので、講師代とかはでないみたいだ。自分の学んできたことを聴いてもらえるだけでも、返ってこちらのいい勉強になる。受講される方に、迷惑のかからない内容にしたいので、すこし気持ちをひきしめている。

2005/09/05(月) 09:40

★溝上憲文『超・学歴社会』光文社ペーパーバック \952

 関係ないが、このシリーズは「横書き」なので、ふだんから横書きのものを読む機会のおおいわたしとしては、とても読みやすい。これは知っておいたほうがいいということばには英語の単語もつけてある。値段の割りに、よくツボを心得た、読者に親切なつくりになっている。

 副題に「人物本位」「能力重視」の幻想とある。「能力主義」「成果主義」などが喧伝されているが、本当にそうか?という疑問がある。著者の丹念な足をつかった聞き取り調査によると、どうも掛け声とは裏腹に、ますます「学歴」=「学校歴」が重要になってくるという。その推測も十分に納得のできる内容になっている。

 一般企業に勤める人たちを念頭において書いてある。しかし、これは、職人の世界などを除くと、どの階層社会でもあることで、学歴はこれからもなくなるどころか、ますます強化・分極化してわたしたちの社会に強い影響をあたえるだろう。「学歴など関係ない!」と強気で発言するひともいるみたいだが、そういうひとほど、学歴に敏感であるというジレンマがある。本当に自分の実力に自信があり、淡々と自分の目標をクリアしていけるひとは、「学歴」などということばを聞いても、とくに目くじらも立てずに、そんな話題には適当につきあって、自分のやるべきことに集中していることだろう。

2005/08/27(土) 14:01

★織田淳太郎『医者にウツは治せない』光文社新書 \700

 このところ、光文社の本がつづくが、別に他意はない。偶然である。最近は「ウツ」を患うひとがおおいだろうが、わたしも30代はじめに「ウツ」になり、それ以降、完治することはないが、何とか無難につきあって、今日まできている。薬も処方してもらって飲んでいるが、いいかげんなので、かなりわすれる。とくに、それほど重度になることはないので、適当につきあっている。

 自分で「ウツ」に引き入れている面があることは、もうかなり以前から気づいていた。だから、医者に薬を処方してもらったり、カウンセラーみたいなひとに話しを聞いてもらっても実際には、「ウツ」が完治するとはおもっていない。どの病気でもおなじであろうが、自分で治そうとしないひとが治ることなどない。それに、病気は完治することはまずないだろう。その病気を自然に受け入れて、なんとかうまくつきあいができるようになれば、一応は治ったといっているのにすぎないとおもっている。

 おなじ病をした著者のかんがえは、また、わたしのかんがえとほぼおなじである。日々、瞑想やジョギングなどをとりいれて、生活している著者にくらべて、わたしは怠惰である。せいぜい、ただ歩くことと酒を適度に飲むことくらいである。そして、ときどき山登りにいくこと、日帰り温泉にいくこと、こんなところである。ストレスだろうが病気だろうが、自然にあるがままに受け入れていくという境地にはまだ達していない。おそらく、達する前に死ぬだろう。それは、それでいい。

2005/08/21(日) 09:13

★中野雅至『はめられた公務員』光文社 \952

 この本も気になっていた本で、たまたま本屋さんにおいてあったので、下の本と一緒に買った。昨日、一気に読んでみた。副題は「内側から見た「役人天国」の瓦解」とある。公務員といっても、種々ある。現在国内に430万人ほどいる。大きく、「国家公務員」と「地方公務員」にわけられる。国家公務員が約110万人、地方公務員が約320万人いる。多いな!と読みはじめはそうおもった。だが、国内の総労働人口は約6800万人である。国際的に比較しても、じつに少ない比率である。じつは、常識にはんして、世界的にはわが日本の公務員(もちろん自衛隊などもふくめて)は、とても少ない(小さい)人数で仕事をしていることになる。実際の数値も確認しないで(こういうのは当然情報公開されている)、怨みつらみの感情だけで議論していると、その実態はよくわからない。まあ、すくないといっても公務員が430万人である。この中には新聞やマスコミをにぎわすようなひともいることはいうまでもない。

 いままでは、省庁の官僚が主に公務員バッシングの矢面にたってきた。ところが、近年、地方への権限委譲や地方交付税の使われ方などが問題になってきて、その風向きが地方公務員にも向いてきた。当然、どんな組織・制度でもたたけばほこりがでる。それをさも鬼の首でもとったかのように集中攻撃するのが、新聞・マスコミのひとたちの習性である。それを信じこむのが、わが国のひとたちである。「税金で食べているくせに…」がお決まりのことばである。そう、あんたたちもね…同じだよ。この日本で自分の納めている税金以上の公的サービス(ゴミの回収しかり、水道しかり、…)を受けているひとはほぼ半分以上にのぼる。うすうす気づいてはいても、なかなか実態をみようとしないのも、ひとの常。わたしも同類である。一応「公務員」の一員でありながら、「あれ、そうだったのか?」と今頃になって知るありさま。ときすでに遅し。2007年からは団塊の世代の人たちの大量退職がはじまる。これを、はたして乗り切れるかは、公務員でも定かでない。リストラもありうる。公務員の身分保障をくずすのはじつにたやすい。そういえば、ここ10数年なかった新採用が少しずつ増加している。入り口で調整していたのだ。若いひとにもう席をゆずったほうがいいような年代にさしかかっているわたしなど、あっという間にリストラ対象者であろう。ま、そのときはそのときで、しかたあるまい。ただ、わが身は自分で守るしかないのは、昔も今も同じである。

 この本で、公務員の実態とこれからのおおきな流れが少しではあるが、認識できた。ちょうど衆議院選挙のまっさかり。だれに投票するか混沌としていたが、次第に語られない争点がみえるような気がしてきた。自分の利害関係は脇において、もう少しちがった観点から投票にのぞんでみようとおもいはじめている。

2005/08/21(日) 08:11

★鈴木隆祐『名門高校人脈』光文社新書 \950

 一昨日、学校へ後期物理講習会の準備にいった帰りに、なじみの本屋さんでみつけて買った。帯に「進学の名門300校を厳選!有名卒業生1700人から読み解く名門の魅力と実力」とある。都道府県別高校の目次を見たら、わたしの母校も載っていたので、当然買うことにした。正直にいって、自分の出た高校が「名門高校」といわれるのは悪い気はしない。これは、おそらくそういう学校をでたひとは、だれでもそうおもっているとおもう。だから、変に卑下したりする気はない。母校のHPを見ると、今年度は308名の卒業生のうち、現役で国公立大学(地方では首都圏の私学に出すのはじつに大変なので、ほとんどは国公立を第一志望にする)に165名合格、私学でも慶應9名、早稲田20名とそれなりの実績もあげており、後輩の生徒さんたちも健闘してくれている。それはそれでじつにうれしい。

 全国には現在5400校ほどの高校がある。首都圏や大都市圏では、中高一貫の私学がものすごい勢いで進学実績だけはあげている。しかし、地方ではまだ地元に古くからある高校が、きびしい環境の中にあっても、たゆまぬ努力をして実績をあげている。なにも進学実績だけで、名門を維持できるわけではない。それぞれの学校で、伝統と校風を未来につなげるために、生徒・教職員がいっしょになって日々の活動をしていてこそ、これができる。OBもOGもそれを支える一助でしかない。

 日本の名門高校も古い新しいはべつとして、その歴史は高々100年ちょっとである。明治維新前からつづく云々といってみても、そもそも学校制度がころころかわっているのだから、それほど当てにはならない。都会はいざ知らず、地方では「どこの大学を出たか、より、どこの高校を出たか?」は、相当な重みで世間からみられる。そこに、都会人にはわからない悲哀もうまれる。本書が『…人脈』としたのは、正しい。地方ではたしかにそういう名門高校出身者が上層に位置する。わたしの高校の同級生もほぼその道を歩いている。同じ校舎で勉強したり、バカをやったりした仲間がいまや地方の名士である。あいつが…とおかしくもあり、なつかしくもある。その同級生の大半は都会にのこり、ときおり会って昔日をなつかしむ。「あの高校が本当に名門だったのか?」は、ときおり、ふしぎに感じるが…。

 こういう本を執筆するひとは、どうもいわゆる「名門校」出にはいないような気がする。著者もそういう経歴ではないので、返って冷静にいろいろな学校を眺めることができているようにおもう。それと、この本でおもしろいサイトを紹介していた。「高校へ行こう!〜全国高校校門写真館」(http://www.h2.dion.ne.jp/~seimon/)である。現在470校ちかくの学校の校門を取材されているとのこと、なるほど校門というのはそんなに大事だったのかと認識をあらたにした。校舎や校門はその学校のまさしく姿そのものである。これを書くと、わたしの勤務する神奈川の公立校でそれを体現できているところは、じつに少ない。現任校の校舎はコンクリートがはがれ落ちており、これでは学校崩壊につながる可能性大である。県教委になんとか改善を望みたい。

2005/08/17(水) 08:19

★ポール・デイヴィス:林一訳『タイムマシンをつくろう』草思社 \1300

 だいぶまえに買いこんで、そのままタンスの上に積んでおいた(昨日の地震ではかろうじて落下をまぬがれた)。お盆の休みを利用して、少し本を整理しようとしたら、この本が目にとまった。ちょっと読んでみたら面白そうなので、一気に読んでみようとおもい、1日で読んだ。いろいろな方法や理論を紹介しているが、因果律の問題にはどうしても苦労してしまう。最終的には「ワームホール」を利用したタイムマシンをかんがえているようだが、これも実際には理論に域をでていない。過去にもどるのは、相対性理論のかんがえからも、そうむずかしいことではない。問題は、未来にどのようにして行くかだ。以前に映画でみて、おもしろそうだとおもい、本をかってきて読んだ『コンタクト』という本でのからくりも、このワームホールである。

 はたして、タイムマシンができるのかどうかは、わたしにはわからない。ただ、こういう問題に真剣に取り組んでいる現役の物理学者もいることは、すごいなとおもった。お盆の1日をこんなどうでもいいようなことを読んですごすのも、そう悪くはないないだろう。最後のほうで論じている「多宇宙論」はわたし自身も以前から興味があったので、かなり集中してよみ、かんがえてみた。捨てないでとっておいて、よかった本である。

2005/08/14(日) 08:57

★山田克哉『量子力学のからくり』講談社ブルーバックス \1040

 ブルーバックスにしては、値段が高い。いまさら「量子力学」についての一般書を読んでも…という気持ちは正直あったが、少し前に同じ著者の本を読んでいるので、つい買ってしまった。買ったらいきおいのあるうちに読んでみることにした。読んでの印象は、「なるほど値段だけのことはある」。自分でも、それなりにはこの不可解な物理理論については理解しているつもりであったが、読んでみて、あらためてこの理論の不思議さを再確認した。道理で、何度勉強してももやもやとした感じがのこるはずだ。著者はそういうもやもやしたところを数式などでごまかさずにていねいに説明している(といって、こちらがそれですぐわかるわけでもないが)。量子力学の基本式でもあるシュレディンガー方程式などを習うと、すぐにこの方程式のとりこになり、その方程式をいじりまわすことで、なんとなく量子力学をわかったような気持ちになるのは、今の学生も昔の学生もおなじだ。だけど、それは錯覚にすぎない。たしかに計算できることで、現実の応用やらには十分な精度で答えを出してくれるため、実用には問題ない。しかし、そのからくりを知ろうとすると、深遠な世界がまっている。「スピン」しかり。

 名著、朝永振一郎『スピンはめぐる』中央公論社や同著者の『量子力学TUV』みすず書房も何度か通読したが、いまひとつ掴みきれなかった「ツボ」が今回の本で、ようやく在りかだけはつかめた。まだまだ、これらの勉強はつづく。おそらく、一生わからないままかもしれない。それでも、こういうわくわくさせられる「物理学」を学ぶ(そして、それで生計を立てていられるのに感謝)ことができたことを、このお盆の日に両親に心からお礼をいいたい。合掌。

2005/07/21(木) 16:39

★山田克哉『宇宙のからくり(第2版)』講談社ブルーバックス ¥880

 第1版も読んでいた。が、この著者は、観測結果が「宇宙の加速膨張」を示しているという最近の研究に敏速に対処して、その内容を説明する第2版を出してきた。こういう誠実な著者に敬意を表したい。内容的には一昨年度の夏に日本物理学会夏のセミナー「宇宙をみる新しい目」で聞いたので、知っていることが多かったが、基礎から説きおこす著者のていねいな解説で、じつにわかりやすくなっている。こういう著者が国内でなくて、米国の大学で長く教えられているというのは、日本国内的には少し残念な気がしないでもない。

 わたしは「からくり」と聞くと、すぐに惹かれてしまうという悪癖がある。本の題名でも「からくり」ものは好きである。目で見えないからくりをまるで見えるように説明する、これが創造でなくてなんであろう。いままで、のどの奥にささった魚の小骨のように何となくわかったようなわからんようなモヤモヤしていた部分が、かなり取れた。こういう内容は自分にとっては、勉強しているという感覚はまったくないので、どんどん読める。1日で読みきろうとしたが、諸事がはいり、2日かかってしまった。でも、また読み直してみようという気持ちにさせられるいい本だった。

2005/07/10(日) 07:10

★山田雄一郎『英語教育はなぜ間違うのか』ちくま新書 \720

 まえがきに「この本は、英語教育の世界に広がっている誤解や思い込みに焦点をあてたものである。」と書いてある。「序章:言葉は武器か」「第一章:国際化=英語化?」「第二章:バイリンガルになりたい!」「第三章:英語公用語論と日本人」「第四章:小学校に英語を!」「第五章:熱烈歓迎!ネイティブ・スピーカー」「終章:英語は教えられるのか」の7章からなっている。

 英語だけでなく、外国語は個人的には好きなほうで、あれこれ試してはみた。ただ、どれも自由に使いこなすほどではない。というより、使う場面がない。いつしか、忘却のかなたへ消えてしまっている。その中で、英語は比較的、身近で見聞きするので、まあ何とか日常的にはそれほど困った状態にはなっていない。ただ、会話などの機会は少ない。職場にもALTなどの英語圏講師がやってくるが、わたしは英語で話しかけたりはしない。ここは日本国内なので、ふつうに「こんにちは」とか「おはようございます」などと声をかける。むこうも、ふつうに日本語で答えてくれる。それでいい。外国にいけば、その国の挨拶をふつうにする。日本の学校なのに、中高にいけば、英語の教員がいやに多い。英語の時間も国語の時間を越えるほどある。いやはや、英語はすごい勢いである。

 英語になんのうらみもないが、英会話ができないといけない、みたいな風潮にはどうもなじめない。英語が世界公用語的になっているのは、英米の国力のせいであって、べつに英語がすぐれた言語であるからではない。いまは英語、というだけである。昔は、それがラテン語であった。また、ドイツ語のときもあった。ALTなど英語圏の若者をほとんど無検定状態で、しかも高額の給料で採用している文部科学省の認識がよくわからない。そんなに英語が好きならば、英米にでもいって住めといいたい。個人的には大好きな英語が、学校でもみんなますます嫌いになっている。なんでも、どんどん押し付けられれば嫌いになる。おせっかいはいらない。外国語はつつましやかに学べばいい。話す内容のない英語に何の意味があるのか、わたしには理解できない。英語の音にのせる内容をしっかりもたずに、何を話すのか?不思議である。

 この本の各章は、すべて反語的に書いてある。著者はすべての章で、これを否定している。わたしも、ほぼ同意する。「英語?もっと静かにやれ!」ただそれだけである。英語など英語圏では、赤ん坊でも話している。

2005/06/26(日) 09:20

★アラン・ライトマン:浅倉久志訳『アインシュタインの夢』ハヤカワ文庫 \580

 この金曜日で、3週間にわたる教育実習の指導がおわったので、その最後の評価などを出すために、出勤した。といっても、公式には出勤簿も押さないので、これは単なる個人的に好きで仕事にきただけである。もう、提出する書類もぜんぶ書きおえた。ザックの中を見たら、先日読み終えた上記の本がはいっていた。まだ、記憶のあるうちにすこし書いておきたいとパソコンを起動した。著者のアラン・ライトマン氏は理論天体物理学者である。当然のことながら、アインシュタインの相対性理論にも詳しい。この本では、アインシュタインがちょうど100年前(1905年)の6月30日に提出した「運動物体の電気力学について(=特殊相対性理論)」にいたるまでの数ヶ月のようすを想像しながら、小説仕立て(日付を追って)に書いたものである。「時間」にまつわる種々の「妄想=夢」が次々と展開される。いろいろな時間のありようが、『不思議の国のアリス』でも読むように、頭を混乱させる。それが、心地よい。SFなどが好きな人にはもってこいの本である。多少でも相対性理論(特殊のほう)の予備知識があれば、ますますもって楽しめる。「時間」は本当に不思議な概念だ。わたしも小さいころからずっと気になったままだが、ほぼ昔でいえば、人生を終える時期になっているにもかかわらず、わからないことだらけだ。歳をとれば少しずつわかってくるというのは、こういう点では該当しない。時間の因果がくずれた世界、想像するだけも興味津々である。薄い本だが、中身が濃い小説(エッセイ?)であった。

2005/06/19(日) 15:59

★松浦元男『無試験入社、定年なしで世界レベルの「匠」を育てた』講談社 \1500

 新聞の隅に小さくこの本のことがでていて、気になったので、切り抜いて財布の中にいれていた。本屋さんによったさいに、「まあ、こんなマイナーな本はおいてないだろう」とおもい、一応訊くだけきいてみた。なんと、偶然に在庫があるということで、思いがけずに購入することになった。愛知県の豊橋市にある「樹研工業」という精密プラスティック加工の中小企業の会社の社長さんみずからが書いた本である。もうすでに何冊かの本を書かれているようであったが、わたしはこの本ではじめてこの会社のことを知った。こういう会社が、そして、社長さんが日本に存在していることにまず驚いた。ネットでも確認できるので、興味のある人は会社名で検索してほしい。ものすごい技術をもった会社である。そして、まさに「人を育てる」名伯楽が現実にいることを知り、大変うれしくなった。やれ、成果主義がどうの、人事評価がどうの、とくだらん話題が多くて、情けなくおもっていたせいもあってか、読んでひさしぶりにまさに正鵠を射る会社経営法に感服した。これだけの技術とそれをやり遂げるすばらしい技術者たち、無駄なく配置されたそれぞれのエキスパートたち、こういう会社でうまくいかないわけはない。これほどの会社に景気不景気などはありえないだろう。世界最先端の、しかも中枢的な技術をつくりあげていく姿勢に感動した。こういう会社が日本を本当は支えているのだろう。昔の本田もソニーもそうであった。大企業になる必要などない。そういう技術をもって、しっかりと社会の基盤をささえていただければ、じつにありがたい。こういう会社をみならう多くの会社がでてくれば、日本にも明るい話題がまたふえてくる。珠玉の一冊であった。

2005/06/12(日) 07:33

★中谷彰宏『大人のスピード勉強法』ダイヤモンド社 \680

 先週の火・水と2日間、東京学芸大学へいって、「GLOBEプログラム」指定校研修会というのにいってきた。GLOBE=Global Learning and Observations to Benefit the Environment(たしか、そうだとおもうのだが、いま手元に資料がない)というプログラム計画があり、全国から2年おきに20校指定されて、全世界的な学校施設を利用しての環境全般にわたるデータの採集に参加している。現在、111カ国で16000校ほどの学校で実施されている。わたしの勤務校も今年度からその指定をうけた。わたしはどういういきさつでこうなったのかはしらない。転勤してきたばかりなのだから。ただ、この計画は理科教員が率先してやるもののようで、担任もなくヒマそうにしているわたしともう一人の方に話がきた。授業をつぶしてでかけるのは、一番嫌なことなのだが、だれもいけそうにないので、いってきた。講義・観察・実習とびっちりつめこまれた。もちろん疲れてしまった。自宅から2時間以上もかけて、東京の小金井にある上記の大学まででかけたのだが、駅からバス。細かいお金がなかったので、バス停近くのコンビニでお茶などを買ってたら、雑誌コーナーにこの本があったので、休み時間にでも読もうか、とついでに買ってみた。

 その日の研修もおわり、へとへとになって帰るとき、この本を買ったことをおもいだし、ザックから出して、一気に読んでみた。こういうハウツー本はけっこう好きなのでよく読む。だから、似た内容のところはどんどんとばす。66項目あるが、知っていることで、無意識にやっていることもおおい。ただ、よくまとまっており、とても印象にのこるように書いてある。この中で項目ではないが、「メモしないで覚えられるアイディアは、たいしたアイディアではない」というのがあり、これは「そうだ!」ととくに印象にのこった。これとは逆で「メモしないで忘れてしまうものなど、たいした内容でない」というのも、どこかの本で読んだことがあるが、どうも記憶力のわるい自分には今回読んだほうがあっているようにおもう。こういう方法論も万人に通用するものなどない。自分にできそうなものだけでも、数個あれば、実行してみるだけで十分である。この本の表紙に書いてある「本は、買ってきた日が、一番速く読める。」というのは、まさしくそうである。何にでも勢いが必要で、賞味期限というのがある。生きのいいうちに、とにかく1回食べてみるのが大切だろう。

2005/06/12(日) 07:04

★滝田誠一郎『50代によくわかる「ブログ」入門』KKベスト新書 \800

 自分でつくっているHPの容量が次第に残り少なくなってきた(一応最大限までつかえるように容量は確保してあるが)。それで、あまり費用もかからずに、簡単な設定で利用できる次なる候補として、「ブログ」が気になっていた。実際にそれをネット上で読んだりもしていたが、日記風のものがおおいので、もう少しちがう使い方はないかな?とおもい、本屋さんで目にしたこの本を買って読んでみた。たしかにブログのことはそれなりにわかった。さて、自分でもつくってみようかな、という気持ちになったかというと、そうはならなかった。どうもわたしには、人がどんな生活をしているとかなどということにはそれほど興味はないみたいで、私生活を毎日のようにせっせと載せているものなどには、「お疲れ様」としか、感じなかった。自分でも同じようなものを書いてHPに載せているいきさつもあり、ひとさまのことをとやかくいうつもりなど毛頭ない。それぞれのひとが自分でかんがえてやればいいだけのことである。

 自分でやりたいとかんがえている企画では、それなりの画像ファイル(ブログでは、1ファイルあたり200kBくらいまでの画像なら可能みたいだ)が多用したいので、これではとても利用できそうにない。やはり、いままでのようにHP上を使うしかないなとおもった。@Niftyにも20MB(こちらは追加料金で100MBくらいまで可能のようだが)は確保してあるので、そちらにファイルをアップして、現在のHPサイトからリンクさせようかなと計画しつつある。じつは、これは以前にもそうしていた。ただ、2つのサイトにそれぞれのファイルをおいておき、それをリンクさせると、プロバイダー側の都合でFTPサーバーの移転などがあったとき、それをまたリンクしなおす作業はとても大変なのである。以前にそれを経験して苦労したので、いまは「So-net」にまとめてファイルはおいてある。HPをゆっくりつくる環境は、いまのわたしにはないので、できれば簡単に…とおもって上記の本も読んでみたが、そうは楽できないのはいつも同じである。また、作戦の練り直しである。でも、「ブログ」自体には、とても興味はもてた。簡単なものはこれを利用するのも悪くない気はしている。

2005/06/05(日) 13:46

★鈴木眞彦・釜江常好『素粒子の世界』岩波新書 \430

 1981年8月ごろにでた本なので、おそらく一読はしていたのだろうが、今度の転勤に際して、ひょっこりとでてきた。中身はまったくおぼえていないから、今回再読したといっても、初回みたいなものである。物理の専門書ではないから、一般向けに懇切丁寧にかいてある。それも、物理の論理をごまかすことなく、誠実に書いてある姿勢にあたまがさがる。数式でしめせばすむようなことも、専門家相手でなければ意味はない。こういう第一線で活躍している方々が、論理的に、しかもわからないことはわからないと正直に書いてある本は、そうはおおくない。わたし自身も『岩波現代物理学の基礎 素粒子論』岩波書店という分厚な専門書をヒーヒーいいながら、なんとか一読はしたが、いうまでもなく、数式の洪水に流されて何度も悲惨な目にあった。あの本が出版されていた時期とこの本の出版時期はほぼ重なる。こういうすばらしい本をきちんと読んでから、専門書に取り組んでいれば、もうすこしおおきな流れがつかめたはず。後悔は先に立たずだ。当時、すでに「クォーク」などの言葉は知ってはいたが、まだそういうことは最先端のことだとおもって、それほどのめりこんではいなかった。その点でも、わたしはどうみても物理の研究者になるほどの知的好奇心はもちあわせていなかったことがわかる。

 いま、こうして遅まきながら、再度読みかえしてみると、じつによくあたまにはいる。というより、「なるほどこういう意味だったのか…」と実感をもってわかる。どんな学問も一度学ぶだけでなく、何度も何度も反復してかんがえるという当たり前の基本が大切だ。今回も、それを十分に認識させられた。この本のあとがきに、「いずれは、この本の内容も当然かわるだろう云々」という著者たちのことばがあるが、まさに、この当時にはわからなかったことで、最近になってわかってきたこともある。しかし、基本的にはその流れほぼこの本の通りである。

2005/05/21(土) 16:42

★和田秀樹『能力を高める 受験勉強の技術』講談社現代新書 \700

 だいぶ前に買った本だが、これまたいつものように放置していた。転勤の整理もぼちぼちついてきたところで、この本が目に入った。和田氏の本は、いつも具体的な方法論をきちんと書いてあり、とても参考になる。経歴もすばらしいが、それよりもいつも自分自身が向上されようとしている姿勢がじつにいい。「受験勉強」の方法論を受験がおわったら捨て去るのではなく、むしろそこでつちかった方法を、より積極的に利用して、一生役立つものにしていこうという発想は大変参考になった。わたし自身もまさにそうしたいとおもっている。

 自分で読んだ本を、こうして書きつけておく(出力する)だけでも、けっこう自分の中になにかがのこるような気がしている。いままで、読みっぱなしでいたのだが、読み終えて数分でもいいから時間をとって、メモ程度に感想などをかいておくだけでも、積みかさねるとそれなりの記憶の貯蔵庫におさまってくれる。これが、ときどきふとした機会におもいだされて、そうとうな助けになることが何度もあった。こういうこともこの本に書いてある。わたしは若い彼からいつもいろいろなことをおそわり、役立てている。いい著者に出会えたといつも感謝している。

2005/05/17(火) 07:57

★時実象一『理系のためのインターネット検索術』講談社ブルーバックス \800

 インターネットはほぼ毎日つかうが、アクセスするサイトはほぼ決まっている。飛行機関連そして科学情報のところだ。しらぬまにほぼそれらのサイトは決まってしまっていた。だから、ダラダラとあちこちのサイトを覗きまわる、いわゆるネットサーフィンなどはしない。必要なところを読んだらそれでおしまいだ。

 こんな状態なので、一応「理系」といわれる分野で生活している自分が本に載っているようインターネット検索術といわれるものとどれほどかけ離れているのか気になって、この本を買って読んでみた。結論は、ほとんどわたしが毎日やっていることと大差はなく、巻末にのっているお勧めサイトももうすでにわたしの「お気に入り」にほぼ網羅されていた。検索エンジンの使い方については、わたしが誤解しているところがあって、参考になった。ただ、理系の論文等については、レター的なものについては日本語や英語でかなりフォローされるようになってきてはいるが、きちんとした一つの論文として手に入れるためには、有料になっている(当たり前だが)ので、ネット上で簡単に手に入れるわけにはいかない。わたしも、自分でそういう論文などについては学会誌や科学専門雑誌等の講読でおぎなうようにしている。まだまだ、重要な内容については、簡単に無料でというわけにはいかないのが現状だ。数式の入ったものなどはPDFファイルの形式で流れているが、これは主に日本国内のことがおおい。それにネット上では早さ第一なので、「ゴミ情報」がこれまたじつにおおい。

 理系の良質の情報を仕入れるためには、それなりに費用もかかるし、技術もいる。そういう基本的なことを教えてくれるものとしては、いい本だろう。理系の人で、まさかネット上の情報だけで何かを深く学べるとおもっている人は少ないとはおもうが。

2005/05/09(月) 07:38

★佐藤勝彦監修『図解 相対性理論がみるみるわかる本』PHP \476

 先々週の土曜日にめずらしく新宿まで出かけた。なんのことはない、飲み会である。ちょうど暑い日だったので、生ビールでも飲むのにちょうどいい。午前中は「かったるいからいいや」とおもっていたが、午後になり暑さがますにつれ、のどにおちつきがなくなってきた。そういえば、Yさんから「もし、時間があったらどうですか?」とお誘いをうけていた。まあ、一人で発泡酒を飲むよりはそっちのほうがいいな、とおもい、おもいきってでかけることにした。待ち合せ場所は、かって知ったる新宿の新宿紀伊國屋書店のエスカレーター付近。予定の18:00より40分ほど早くついてしまった。この書店の専門書コーナーは充実しているので、4Fの科学書コーナーにいってみた。やっている、アインシュタインコーナーが…。自宅にもゴロゴロころがっている専門書と同じものが、かなりの値段になって売っていた。飲むまでの数十分で読むのにちょうどいい本はないかとおもったら、上記の本をみつけた。「愛蔵版」とある。同じPHPの文庫版であるものを、ひとまわり大きくしたB6版サイズにして、内容もわかりやすく組みなおしたようだ。これなら、すぐに読めると買った。まだ、だれもきていないので、すぐに読みはじめて、30分で読んだ。というか、見た。相対性理論の専門書は一般にはあまり読まれていない。ほとんどの人は(わたしもふくめて)、特殊相対性理論のところで、息切れしてしまう。さらに、数学的な準備(リーマン幾何学&テンソル解析)をして、一般相対性理論までこなせるひとは、物理を専門に学んだひとでも、そうは多くない。素人向けにはそれをかみくだいたような内容で、図解にしたり、日常の常識が通用しない世界などを強調するものが多い。著者たちがいろいろ工夫しても、もともと数学的な内容なので、帯に短したすきに流し、でなんともすっきりしない。そういう一般書はゴロゴロでている。この本は、30分で一通り見れるくらいだから、それらのなかではかなりよくまとまっている。わかった気になれるのがいい。背後には、相当な数学的な計算が必要なものや、時空図をつかって丹念にしらべてみないと理解できないことも、それなりによくまとめてある。それらは、インフレーション理論という画期的な宇宙論を独自に唱えられた佐藤勝彦氏の慧眼が効いているのかもしれない。この値段で、じつにいい買い物をした。もちろん、そのあとのビールと日本酒はまさに美味であった。

2005/04/20(水) 18:38

★司馬遼太郎『司馬遼太郎が考えたこと 2』新潮文庫 \705

 ふー、やっと読みおえた。きょうは部活動の指導日で剣道部と吹奏楽部の2つをみる当番になっている。すでに、剣道部はおわっているが、吹奏楽部はまだ演奏の音が聞こえてくるから、やっているのだろう。一応、活動は18:30までとなっているが、そんなかんたんに終わるわけもない。19:00すぎになるのはいつものことである。物理室で、あすの授業の準備をしたり、今週末に提出しなければならない「自己観察書」とかいう小学生の年間計画みたいなものをしぶしぶ書いたりしていたが、あきる。そういうときは、本でも読むしかない。電車通勤がなくなった代償か、職場の行き帰りに本を読む時間はぱったりときえた。二宮金次郎でもなし、歩きながら本を読んでいたら、田んぼ道の側溝にでもおちてしまう。職場では、本を読むゆとりはまだとれない。きょうは、そんななか、めずらしく読む気になった。

 最後の50ページほどのこっていたので、それをのんびりと読んでみた。1961.10〜1964.10までの三年間に書かれたものを集めてある。わたしは当時、9歳〜11歳であるから、小学生であった。毎日、田舎の野山でケツをさかさまにしてあそびまわっていたころだ。「新選組」「私と管理者教育」「不世出の創造力」「若い者は悪いか」「毛利の秘密儀式」「百年の単位」「愛の機能」などのところには、ページの上の方をすこしおってある(ドッグイアーというのか)。ま、かんじるところがあったのだろう。いまとなっては記憶のむこうへとんでしまっているが…。

 ここ1ヶ月以上も本をおちついて読んでいなかった。転勤にともなう精神的・身体的な変動がやはりおおきかったのだろう。徐々に慣れてくれば、また相当なスピードで読みはじめるのかもしれない。今は、読書より大事なことがたくさんある。

2005/03/14(月) 08:01

★司馬遼太郎『司馬遼太郎が考えたこと1』新潮文庫 \667

 『この国のかたち1〜6』をよみおえて、まず司馬氏の本はよまないだろうな、とおもっていたら、またして偶然に本屋さんで司馬氏のエッセイ集にあたる上記の本を手にとってしまった。帯をみたら、このシリーズ全15巻がぜんぶ文庫本になるとのこと。来年の2月まで月1巻のペースで出版されるようだ。いきおいで4巻までかってしまったので、もうこうなると最後までよむしかない。「司馬史観」やらなんやらにはまったく興味も関心もない。ただ、エッセイはどの分野のものであっても好きだ。そういう意味では、しばらくまた毎月たのしみながらよみついでいけそうな気がしている。このエッセイ集は、ちょうどわたしの生まれたころから書かれており、自分の成長のあとをたどるようによめる。書かれた年代が自分の人生とかさなっているせいか、よんでいて、「なるほどこういう時代だったのか…」と知ることができる。もちろん、わたしにとってはちいさいころのことであり、かすかな記憶しかない。でも、これから時代をおってよんでいくと、自分の意識とかさなるところもでてくるだろう。それが、まちどおしい。どの巻も500ページちかくもあるが、けっこうなスピードでよめる。そして、よくわかる。さすがに文章がすばらしい。いまは、2巻目にはいっている。来月の5巻目発売までには、それまでの4巻をよんでおこうとおもっている。

2005/03/08(火) 08:09

★高橋哲哉『教育と国家』講談社現代新書 \720

 講談社現代新書があたらしい装丁になってから、ときどき気になっていたのが本書である。帯に「「愛国心」教育のウソを衝く!」とある。右傾化の気配をかんじつつある社会情勢を少し勉強してみようとおもい、買ってみた。「戦後教育悪玉論」「愛国心教育」「伝統文化の尊重」「道徳心と宗教的情操の涵養」「日の丸・君が代の強制」「戦後教育のアポリア」の6章からなっている。憲法改正(悪?)、教育基本法の改正(悪?)など、次々にだされてくる背景、そしてその本当の目的は?ということを知りたくて読んでみたのだが、わたしが日ごろかんがえてたこととほぼおなじような結論であった。一言でいえば、「アホなその他大勢の国民と選ばれし少数のエリート集団」だ。滅私奉公して、国のためにもくもくとつくす、皇室をうやまい、日本国の国柄を守る、というようなことだ。

 こんなこと、今のマスメディアの発達した時代にできるわけないだろうと、おおかたのひとはおもう。だが、水面下では着々とその包囲網はひろがりつつある。マスコミも所詮は、この蚊帳のなかでしかない。わたしも教育の現場で、日本の政府のお先棒となってはたらいている現実をしかとみつめ、どう行動していったらいいのかを、じっくりとかんがえておきたい。

2005/03/04(金) 08:08

★マルコム・E・ラインズ:青木薫訳『物理と数学の不思議な関係』ハヤカワ文庫 \1000

 原題は「ON THE SHOULDERS OF GIANTS」である。早川書房のホームページで昨年末に発売されると案内されていたので、たのしみにしてまっていた。なかなか本屋さんで見つけることができなかった。クリスマスの前日あたりにようやく行きつけの三省堂でみつけ、すぐに購入した。本書は、一度98年8月ごろに三田出版会から単行本として出版されたと最後のほうにかいてあるが、当時はまったくこの本のことはしらなかった。本もめぐりあわせがよくないと、なかなか出合えないものらしい。今回は、運よく出会えてよかった。解説をかかれている物理学者の米沢富美子氏がおっしゃっているように、本書の主題は「数学という巨人の肩に乗った物理学」である。この本は専門書ではないから、ふつうに読めるが、多少数式などもでてくるので、気になるひとはそれらを飛ばしても読めるのでは、とおもう。ただ、数学と物理の関係はじつに不思議な関係になっているので、そういう式の妙意を堪能したいひとは、多少は数学や物理に親しんでいると、わかりやすいかなともおもう。わたし自身も、とてもたのしく読めたし、「なるほどなー、こうなっていたのか…」とおしえられる点も多数あった。やはり、自分でねらって手にいれた本は、まちがいない。

2005/02/21(月) 07:52

★小浜逸郎『やっぱりバカが増えている』洋泉社新書 \720

 小浜氏の本はすでに何冊も読んでいて、その辛口の(といっても当然のことをいっているのだが)批評が好きである。今回の本は、ダラダラとあちこちつまみ読みしていて、なかなか読みおえなかったので、先日最初からもう一度一気に読んでみることにした。大きく一章から三章まであるが、とくに第三章の「性と家族の迷走を糺せ」にある「6 どうしたらバカ社会を終わらせられるか」が示唆にとんでいた。単なる批評なら種々のところでなされているが、「それじゃ、どうすりゃいいの?」と訊くと、「それは自分でかんがえてください」とかいって逃げてしまう人がおおい。具体的に自分のかんがえや企画をきちんと示してある(これがベストだと著者はいってないが)のは、とても良心的だ。わたしの仕事に関するところでは、「子どもによる教師の評価など人権侵害である!」は共感した。「責任能力を担えない未熟な年少者に、公式な制度として、大人である職業人の生殺与奪の権限を与えるような評価を下させる自由や人権などあるわけがない」「ダメ教師かそうでないかの判断義務は、管理者である校長にある」というのは、まさしくそのとおりである。わたしも個人的には、毎年生徒に自分の授業の評価をさせている(もう20年以上も前から)が、これを正式な制度として導入してきた東京都のバカ都知事やそれに追随する神奈川県のバカ知事などは、こういう理屈がわかっていないのだとおもう。本の帯びにある「誰からも賢いと思われているやつがほんとうのバカなのだ!」は、まさしく正解である。

2005/02/17(木) 10:25

★田畑到+佐倉統『科学書をめぐる100の冒険』本の雑誌社 \1600

 これは、勤務する高校の図書館で借りたもの。「科学書」とあるので、いろいろな分野が取りあげてあるのかとおもって手にしたが、「科学への入門書ガイド」ということで、当たりのやわらかい「生物」関連のものがほとんどであった。田畑氏はジャーナリスト、佐倉氏は生態学などを専門とする科学者というお二人での対談形式による本の書評である。「科学」は一般の人にはやはり敷居が高いのか、どうしても、やわらかい方へと流れてしまう。生物関係といっても、遺伝子レベルの話になれば、単なることばでは正確には話はできない。「科学のムード」だけをあじわうには、ここにあげられているような本を読んで、それなりに雰囲気にひたれるとおもうが、それは「科学」の実態とははるかに離れてしまうだろう。科学のいろいろな分野の専門家がもう少し一般の方にも理解できるように、種々の情報発信をしていく必要は以前にもましてあるだろう。とくに高校段階くらいになると、科学分野も選択科目になってしまうためか、もっとも面白い内容にもかかわらず、学ぶ生徒の数は激減する。本当は高校レベルの勉強をきちんとしておけば、現在の科学の最前線のことを学ぶときにも大変に理解しやすいのだが、多くの人はその前に、科学をおりてしまう。残念!

2005/02/13(日) 09:17

★五木寛之『養生の実技』角川oneテーマ21 \686

 人生も50年以上もやっていると、自分ではまだまだとおもっていても、身体のあちこちに故障がめだってくる。現在も、精神を病み、歯も部分入れ歯になり、肩は痛めたあとをひきずっている。昨年の夏山では下山時にどうも左アキレス腱が少し切れたのか、その治療にまだ通っている。機体の修理をしながら飛んでいる飛行機みたいで、いつ墜落してもおかしくない。五木氏の本はそれほど読んだことがないが、新聞でこの本の広告をみて、気になっていた。本屋さんで何度かまよったが、おもいきって買ってみた。そして、2日間ほどで読んだ。氏の近親者はほとんどが若死にしている。それもあるのだろう、そういう人たちの分も生きようという気迫がかんじられる。「病気の治療よりも養生」をメインテーマに、彼が日頃実践していることがらが、実体験も豊富にしめして述べてある。あくまでも、私的な方法といっているが、そうではない。自分の身体が発する「体の声」を耳をすまして聴き、自分だけの養生のスタイルをもつ、ことはだれにとっても大切なことだろう。人それぞれに寿命はほぼ決まっているから、あとはその寿命をまっとうできるように、そのときがくるまで毎日たんたんとつづけるのが、養生法である。最後につけられている「養生の実技100」の100番目に「あす死ぬとわかっていてもするのが養生である」とある。このことばにとても共感した。自分の身体は自分で守るしかないという、ごく当然のことをわたしはどうも忘れてしまっていたようで、はずかしい。耳の痛い本であった。

2005/02/09(水) 08:06

★茂木健一郎『脳と仮想』新潮社 \1500

 昨年末に薬を処方してもらうために小さな薬局にいった。そこで、薬ができるのをまっている間に、雑誌をみていた。まちがいないとおもうのだが、たしか「アエラ」という雑誌だったとおもう。何かのコーナーを見ていたとき、隅のほうにこの本のことが簡単に紹介してあった。ふつうはそんなのはみすごすのだが、何かひっかかるものがあったようで、いつもズボンの後ろポケットにいれてある手帳に、著者と書名をちょっとメモしておいた。べつにこの本を買わないと、というような意識はなかった。横浜に用事ででかけたとき、時間があったので、ちょっと本屋さんに寄ってみた。そのとき、科学本のコーナーにこの本が偶然においてあるのを見つけ、「あれ、これってメモに書いた本かな?」と手帳をみたら、そうだった。これは奇遇。値段も手ごろなので、買うことにした。買って、しばらくは寝かしこんでおいた。

 先日、ふと気になって、読みだした。わたしより10歳も若い著者であったが、内容は「すごいものに出会えた!」の一語である。一気に読んだ。いや読まされてしまった。今まで、科学畑でのうのうと生活していたためか、ここまで自分の認識(主観・客観)について、それほどくわしくかんがえたことはなかった。しかし、この本で、イヤというほどかんがえさせられてしまった。どんなに脳内の神経細胞を調べつくしても、「経験した記憶や感覚(=クオリア、という)」などはどのようにして脳内に残るのかはわからない。質的なものはどうしても物質としての脳を分析してもつかめない、というような内容だった。なるほど、と合点した。そうなると、もう、あとにはもどれない。この著者の本をまた数冊買い込んだのはいうまでもない。いい著者に出会えた。

2005/02/04(金) 13:57

★司馬遼太郎『この国のかたち 六』文春文庫 \448

 いよいよ最後の六巻目である。随想集のなかにある「言語についての感想(一)〜(七)」は、現在わたしたちがつかっている(したがって、ほとんど意識していない)文章の書き方がどのようにして作られてきたか、とくに日常生活のもろもろをごく自然に活写するような書き方が、先人たちの苦労をとおしてつくりあげられてきたことを知った。これは、とても勉強になった。こういうことは、知らなくてもべつに日常の生活に困るわけではないが、今までの日本語観におおきな衝撃となった。自分が話したり、読んだり、書いたりしていることばがじつはごく近年にようやくふつうに使われるようになってきたこと。これは、何かを書くときにも、こまかい文法知識などよりはるかに役立つとおもう。この部分は何度か精読してみたい。

 これで、ようやく6巻ぜんぶ読みおえた。もうすでに、前に読んだものの内容は忘れてしまったものもおおいが、なんとなく司馬氏の思考法、文体などに少しは慣れたかな、という感じをもちはじめている。今は、このあとに、さらに氏の本を読む計画はないが、機会があれば読みはじめるかもしれない。すばらしい名文がおおく、文体もわたしにはとても参考になった。いろいろな「文章作法本」などよりは、いうまでもないが、創造的な文章で書かれているこの六巻のほうがずっとおもしろくて、しらずしらずのうちに、そのリズムがつかめるようにおもう。これまた、いい本に出合えた。

2005/02/04(金) 12:30

★中島義道『働くことがイヤな人のための本』新潮文庫 \400

 うすい本なのだが、寝床でちょっとしか読み進まないためか、読みおえるのに時間がかかった。昨年の末から読んでいたようにおもう。哲学者の中島氏の本は何冊か読んだが、この本は、べつに「働くこと」がイヤなために読んだわけではない。というより、働くことはけっこう好きなほうである。お金になるならないなどより、仕事そのものは好きなのだ。だったら、どうしてこの本を買ったかというと、本の代金を払うために並んでいたら、そばの文庫本コーナーにこの本がおいてあり、値段もちょうどおつりで買えるほどだったので、つい買ってしまったのだ。買ってしばらくは寝かしこんでおいたのだが、ふと気になって読みはじめた次第。「働くこと」に対して、非常に哲学的にかんがえているせいか、正直なところ、内容はよくわからなかった。解説者の斎藤美奈子氏が書いているように、読んでいるうちに返って単純なことがわかりにくくなるみたいで、頭が混乱してしまった。おそらく、「仕事」なども哲学的にかんがえると、じつにむずかしい話題なのだろうが、わたしにはどうも「ここまでかんがえるのか…」と疲れのほうが先立ってしまった。内容のよしあしは、わたしには判断はできないが、まったく単純に仕事をしているわたしには、むずかしすぎた。ただ、仕事のことをここまでかんがえてするひともいるのだろう、とその精神の強靭さには感心させられた。

2005/01/29(土) 15:53

★E・T・ベル:河野繁雄訳『数学は科学の女王にして奴隷U』ハヤカワ文庫 \800

 サブタイトルは「科学の下働きもまた楽しからずや」とある。この巻では、数学の科学(とくに物理学)への応用がどのようになされていくのか、また、その数学的な意味づけについて、じつにわかりやすい解説がなされている。とくに第15章「応用数学の主な手段」では、有名なラプラース方程式などの意味が数学の専門書などよりじつに簡単に明快にのべてある。この章にある「数理物理学の真に重要な方程式がごく単純な経験法則を記号化したものである」と書いているのは、まさしくそのとおりである。そのほかにも、数学と科学の関係にも具体例をあげて、ていねいに説明している。この著者の数学的力量とともに文章がまたいい。訳者の方の訳がすばらしいのも手伝って、何度も読みなおしてみたい本に仕上がっている。通勤電車の中で読んでいたのだが、どの章もおもしろくて、早く読んでしまうのがおしい気が何度もした。この本が原書が出版されたのは1951年とあるが、じっさいに中身が書かれたのは、それよりもずっと前の1938年頃とある。これだけの年数がたっているのに、内容はまったく年月をかんじさせない。むしろ、数学の概観をえるには最適な本ではないかとかんじた。こういう本をとくに数学関係者にではなく、一般読者にわかりやすく説明できる作者はそうはいない。一連の著書を読んでみて、いい著者に出会えたと感謝している。

2005/01/11(火) 14:21

★司馬遼太郎『この国のかたち 五』文春文庫 \448

 昨年にひきつづいての「五」である。不思議なもので、仕事がはじまらないとあまり本をよむ気がしない。4日から7日までは物理講習で仕事はしていたが、まだ雰囲気としては生徒は冬休み中であり、ほとんどの生徒は登校していない。わたしもすっかり気がゆるんでしまい、勤務時間がおわり自宅にもどると、すぐに晩酌をはじめてしまう日々であった。こんな中で通勤服のポケットに入れていて、ときどきよんでいたのが唯一この本だけ。「93 神道(一)」〜「99 神道(七)」「100 会津」「102 鉄(一)」〜「106 鉄(五)」は、いろいろとかんがえさせられた。12トンの砂鉄からとれる鉄塊は2トンしかない、など理系でもあまり知ることがない。それも、鉄の歴史とからめて書いてあるので、じつに頭にのこる。会津藩についての話には司馬流の解釈があり、わたしには同意できないところもあるが、こういう見方もあるのか、と一応頭にいれておいた。まあ、会津はいつも割りをくう。自分には利はないとわかっていても、やらなければならないことはやるしかない、それが気風である。これは、現代でも同じようなことはある。司馬氏はそれをきちんと捉えている。ただし、彼の視点は関東以西からの視点のような気がしてならない。それを責めるつもりは少しもないが…。あと、のこり1巻でこのシリーズもおわり。そのあとに、また司馬氏の本をよむ予定は、まったくない。とくによみたいともおもわない。本は波長があわないとなかなかよむ気にはならないものだ。

2005/01/06(木) 15:29

★E・T・ベル:河野繁雄訳『数学は科学の女王にして奴隷T』ハヤカワ文庫 \800

 サブタイトルに「天才数学者はいかに考えたか」とある。作者は何度か紹介しているように著名な数学者でSF作家でもあり、同社の『数学をつくった人びと』も著している。数学の理論を紹介することより、どのようにしてその数学がかんがえられて、さらに応用されているのか、までていねいにのべている。数学での方法論にもくわしくふれており、教科書だけでは満足できない人にも、十分な感動をあたえてくれる書き方をしている。目次・索引ともしっかりしており、内容が充実していることが自然にわかる。この本も30年以上も前に単行本として出版されたもので、わたしはそのときには、残念ながらこの本を手にしなかった。もし、そのときに読んでいれば、ひょっとすると、現在とはちがった職業についていたかもしれない。とおもえるほど感動した。まだTしか読んでいないが、Uも買ってあるので、ゆっくり読んでみたい。

 早川書房さんは、このところハヤカワ文庫NFシリーズで、優れた本を積極的に文庫本という形で復刊しているが、これはすばらしいことである。単行本ではもう手に入らないこのような本を、読みやすい形で出版してくれる。誠に感謝している。これからも、すばらしい本をこの文庫本という形で出してくれるとうれしい。願わくば、縦書きの文庫本だけでなく、横書きの文庫本という形でも出版していただけると、数式などの多い本は、より読みやすくなるとおもう。あまり、あれこれ要求はないのだが、横書きの文庫本もそろそろ市民権を得てもいいようにかんじている。

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