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読書日記2006


■またまた今年も

 昨年もあっという間におわり、きょうは元日。きょうは、何もしないで、酒でも飲んでいようかとおもったが、どうもそんな気にはならない。酒はやはり夕刻にならないとだめだ。もう時間的にははじめてもいい時間であるが、明日へのばすと、またできるかどうかわからない。できるうちに2006年度へ移行しよういう気持ちになった。そこで、形式もあまり変えないで、例年どおりにはじめることにした。奇をてらっても中身はほとんどないも同然。自分の書きたいようにかいて、備忘録にでも役立てることができれば…、とまたはじめることにした。

■今年も積み上げ方式

 形式はいつもと例年と同じで、積み上げ方式。一番上に最近、読んだものをおくことにしてある。本の内容を紹介するのがメインではないので、あまり参考にはならないとおもう。昨年は39冊しか取り上げることができなかった。読書量は次第におちているから、今年はどうなるのやら。まァ、自然流にまかせるしかないだろう。

 2006/01/01 (日) 17:14


★池波正太郎『剣客商売十三 波紋』新潮文庫 \514
 昨日から職場が1月3日まで完全封鎖になった。学校内には入れないため、家で年末の大掃除などの手伝いをしている。わたしの分担は換気扇回りと決まっているので、昨日は気合をいれて、磨きにみがいた。カミさんも満足したようで、ホッとしている。これをしっかりやらないと、あとで何をいわれるか知れたものではない。空いた時間にはふだん読みたくても読めなかった本を読んだり、来年度はじめからアップする予定の「居合の道場紹介」のHPつくりをしている(これは、わたしのサイトとはまったく別物として作っている)。もちろん、運動不足にならないように、朝と夕には「居合」の稽古はしっかりやっている。今週の26日に稽古納めをした。稽古始めは1月9日と決めたので、その間は各自の自主稽古になる。お酒は夜だけにして、厳しい修行につとめたい。さて、今回の十三巻目。「消えた女」「波紋」「剣士変貌」「敵」「夕紅大川橋」の5編が納められている。就寝前に1編読むのを楽しみしているので、5日ほどで読んだ。つい先日の夜、夫婦で木村拓也主演の映画「武士の一分」を観てきたので、この本の読み方にもより一層の気合がはいる。子供のころから侍ものはあまり好きではなかったが、どうも歳をとるといけない。次第に先祖がえりをするみたいで、もう時代は江戸時代の中期までさかのぼってしまった。これでは、そのうち、源平の時代、いや縄文時代までいってしまうかもしれない。もういいかげん止めにしたいが、どうにもとまらない。だれか何とかしてほしい…、とおもう。
2006/12/30(土) 16:32
★苅谷剛彦『学校って何だろう』ちくま文庫 \700
 かなり以前に買ってそのままに放置しておいた。数日前に、いらない本を処分しようと整理していたら出てきた。そのまま捨てようかとおもったが、この著者の本はけっこうおもしろいことをおもい出して、読んでから捨てることにした。わたしは、教育職にありながら、教育関係の本は大嫌いである。その偽善的な論調(生徒のために云々や建前論ばかり)や自分で教育現場でがんばったこともない人が書いたものなど、噴飯ものの本が多すぎるからだ。それに、教育学の本など読んでも、実践にはほとんど使い物にならない。学者先生たちは勝手に自分たちの論説に酔っていればいいのだ、といつもおもっている。
 この本は、直感どおりおもしろかった。サブタイトルの「教育の社会学入門」というのもぴったりしている。わたしのような現場人にも説得力が感じられた。何といっても、この内容は中学生向けに書いたものだそうで、道理でわたしのような教育オンチにもわかりやすかったわけだ。でも、じつにまっとうな内容で、感服した。こういう「学校のカラクリ」を自分でも書いておきたかったが、先に書かれてしまったようで、無念である。学校の教員も、もう初任者がバタバタと辞めていくような、面白みのないものになっている。これでは、生徒にも面白いはずもない。羽目をはずすようなことをすると、すぐに管理職やら教育委員会からのお叱りと懲罰。まァ、遠からずこの国の教育もたちゆかなくなるだろうが、その前にまずは文科省やら教育委員会はすべて解体させたい。諸悪の根源である。ついでに、学校も消えたほうがいいのかもしれない。現在の学校を再生しても、いいものはうまれそうにないから。
2006/12/21(木) 12:07
★池波正太郎『剣客商売十二 十番斬り』新潮文庫 \514
 ようやく「第4回 グローブ日本 生徒の集い」が終わり、家にもどった。昨日の全国発表に続いて種々のデモ解析などを終え、今朝も早朝から家を出て、2日目の活動に出かけてきた。きょうは、発表も終えたので、気分はかなり楽であったが、代々木の青少年センターのすぐ近くの神宮外苑の中で自然観察などしてきた。そして、昼前にすべての活動が終わり、終会となった。最寄駅は小田急の参宮橋駅。朝、この駅の近くに「刀剣博物館」というのがあるのを発見。帰りに寄ることにしていた。もちろん、こういうのに興味があるのはわたしぐらいなので、一緒に行った同僚や生徒さんとは駅の近くでわかれて、一人でのんびりと見てきた。何と、きょうは無料の日。ありがたく、拝見させてもらった。研ぎの新作発表会のような催しがあったみたいだ。すばらしい刀剣にしばし見とれてから、余韻を残しながら帰宅の途についた。
2年がかりの「環境のための地球観測学習プログラムGLOBE」がほぼこれにて終了だとおもうと、正直うれしい。この発表のために、データを取るのに苦労してきた日々を思い出す。これからもデータは取るが、発表があると重荷であることは間違いない。でも、無事役目を終えることができて、ホッとしている。じつは、一昨日はなかなか寝付かれず、この本を読んで眠気を待ったが、結局全部読み終えても睡魔はやってこなかった。「白い猫」「密通浪人」「浮寝鳥」「十番斬り」「同門の酒」「逃げる人」「罪ほろぼし」の7編が入っているが、どうにも落ち着かなくて、十分に楽しめたとはいえない。ただ、つかの間、発表の不安を忘れることはできた。ま、偶然に刀剣博物館も鑑賞できたし、めでたしめでたしである。しかし、本当に疲れた…(-_-;)。
2006/12/17(日) 16:15
★池波正太郎『剣客商売十一 勝負』新潮文庫 \514
 このところ、「グローブ生徒の集い」という文科省指定の環境プログラムの全国発表の準備に追われている。発表するのは生徒たちだが、彼らにはこれに取り組んでいる時間はほとんどないため、準備のほとんどはわたしが一人でやっている。グラフ作りやデータの分析はほぼこちらでやるしかない。生徒にやらせれば、多少はできるだろうが、実際に毎日のデータ解析をおこなっているのはわたしなので、止むを得ない。そんなわけで、自宅にもどってもヘトヘトで、晩酌をして、風呂にはいると、あっという間に寝てしまう。本を手に取ると、つい読んでしまう。この発表が終わるまでは禁止にした。が、やっぱり少しは読んでしまう。この本もそんな中で読んだ。「剣の師弟」「勝負」「初孫命名」「その日の三冬」「時雨蕎麦」「助太刀」「小判二十両」の例によって7編はいっている。どれもこれも面白いが、「勝負」は秋山小兵衛の息子・大治郎の試合をめぐる葛藤を描いていて、圧巻である。いつもながら、池波節が冴え渡り、気持ちよく読めた。ストレスにいい本とはこういう本なのだろう。
2006/12/13(水) 08:15
★住明正『地球温暖化の真実』ウェッジ選書 \1200
 サブタイトルは「先端の気候科学でどこまで解明されているか」、帯びには「温暖化の要因は自然現象なのか、人為的な影響なのか…」「地球は温暖化しても破局はしない。破綻するのは化石燃料に依存した現代社会のライフスタイルだ。」とある。この本の要約が的確に書かれていて、とくにつけくわえることもない。非常に冷静に分析して書いてあり、説得力がある。私見を述べるのではなく、きちんとしたデータを基に議論しているのがわかる。この本は、会議のため横浜に出かけ、帰りがけに本屋さんに寄ったら、見かけたので買った。偶然ではない。もう3ヶ月も前から手帳にこの本のタイトルは書いてあったが、なかなか見つけることができずにいた。値段も手ごろだったので、買ってしばらく寝かせておき、先日一気に読んだ。「温暖化」はそれらしきデータはあるが、その原因が二酸化炭素の増大というのに結びつける決定的な証拠はない。が、しかし、可能性は高いので、手遅れにならない今のうちから手を打つのが適切だろう、という。従来の科学の手法でいけば、結果がでたときにはもう手遅れになっている可能性があるからだ。まァ、そういう論理だったのかとわかったのは幸運だった。後半部にある、住正明氏・石弘之氏・松井孝典氏の3氏による討論は、それぞれの立場のちがいがはっきり出ていて面白い。「地球温暖化」の問題が科学の問題というよりは、政治経済の問題そのものであることがじつによくわかる。この本は読んで損はない、とおもう。
2006/12/04(月) 07:58
★池波正太郎『剣客商売十 春の嵐』新潮文庫 \552
 火曜日は居合の稽古日。昨夜は練習がいつもより延びて少し遅く帰宅した。風呂にはいり、お決まりのビールとお酒を飲んで、それなりに早く床についた。疲れていたし、早く寝ようとおもっていたのだ。少し目が冴えていたので、枕もとにおいてあるこの本を少しだけ読むことにして、手に取った。先日、ちょっとだけ読みかけたが、ほとんどはじめから読むのと同じだ。「除夜の客」「寒頭巾」「善光寺・境内」「頭巾が襲う」「名残りの雪」「一橋控屋敷」「老の鶯」の7編ものだと思い込んでいたら、これが全部つながった長編ものだったのだ。このシリーズでははじめての長編ものという。ミステリアスな内容も手伝って、読みはじめたら止められなくなってしまった。ほぼ370ページの本を、夜中の2時までかかって一気に読んでしまった。なにせ、途中で止めるにも、先が気になってしまい、どうにも止まらない。今朝は、寝坊を覚悟したが、寝不足にもかかわらずいつも通りに起きてしまい、完全に朦朧としている。本当に面白い本だと、途中ではやめられない。怖いことだ。今夜は、次の巻は手に取るのをひかえよう。できれば…。
2006/11/29(水) 16:55
★須藤靖『ものの大きさ』東京大学出版会 \2400
 11/11(土)に東工大で行われた日本物理学会公開講座「新原子・反原子の創造」に行った際、講演者のお一人である須藤氏のこの著書が売られていて、内容を見たら面白そうなので買ってきておいた。なかなか読む時間がとれずにいたが、少し時間がとれるようになってきたので、一気に読んでみた。物理の専門書なら、このコーナーに書くこともないが、この本はだれでも読めそうなので、取り上げてみた。「科学をする心」「微視的世界の階層」「宇宙の階層」「微視的世界と巨視的世界をつなぐ」「宇宙の組成」「人間原理」「宇宙の進化」「付録 大きな数と小さな数」の8章からなり、わくわくしながら読めたのはうれしい。サブタイトルに「自然の階層・宇宙の階層」とある。宇宙物理学者である須藤氏の世界観が遠慮なく語られている。今度、東京大学出版会から刊行されることになった「UT Physicsシリーズ」の第1巻目である。値段も本の厚さも手ごろで、とても読みやすい。2冊目の橋本幸士『Dブレーン』も面白そうなので、早速買って読み始めている。この『ものの大きさ』では、いろいろな階層の大きさが、比較対照されており、なかなかイメージしにくい、宇宙的な大きさもそれぞれていねいに説明されている。こういう本をきちんと読んでから、宇宙物理学などの専門分野に進めば、より効果的であろう。岩波書店などから出る類似本は、どうしても堅苦しいものになる傾向がある。この本は、そうではない。最近の東京大学出版会の本には、おもいの他、くだけたところもあり、楽しめる。これはとてもいい傾向である。他の大学出版会でも頑張ってほしい。
2006/11/28 (火) 07:42
★佐藤敏明『図解雑学 三角関数』ナツメ社 \1300
 仕事柄(物理教員)、三角関数はわたしにとって「大工さんののこぎり・かんな」みたいなものである。中学の1年ごろにある本(教科書ではない)で、この手法をおぼえて以来、ずっと好きで使いつづけている。教えている生徒たちは、「三角関数の公式を覚えるだけで大変っすよ、先生…」などという。「そうか、公式を暗記しようとしているのでは、そうだよな」と。しかし、わたしはその公式なるものは、ほとんど覚えていない。別に覚えなくても、最初の定義から自分でつくればいいのだから、忘れるはずもない。数学の教科書に載っている公式のようなものを機械的に覚えようとしているだけでは、苦行でしかない。本屋さんでふとこの本が目に入り、買ってみた。面白そうなので、トイレの中において読んでいるうちに終わってしまった。公式とおぼしきものの導出などは、頭の中で自然に追えるので、鉛筆などいらない。三角比からはじまり、オイラーの公式、フーリエ級数、フーリエ変換のさわり、まで。わたしの頭にイメージされていることとほとんど同じであったため、楽しみながら自分の頭の整理にもなった。「三角関数」…だれだったか、著名な女流作家が「あんな無用なものを学ぶ必要がない云々」といっていた記憶がある。そう、あんたにはね。でも、それが現代生活の基礎になっていることを知らずにいるのも、何とも悲しい。それに、ただ学ぶだけで楽しいことだってあってもいいだろう。
2006/11/25(土) 09:09
★池波正太郎『剣客商売九 待ち伏せ』新潮文庫 \514
 今朝は、土曜日で仕事は休みであるが、いつものように出勤してきた。別に「仕事の鬼」というわけではない。自宅では職場での仕事はしないことにしているため、ちょっとした仕事が残っていたので、来た。それに、気象観測の仕事は休みに関係なくあるし、その仕事を終えるまでは職場でぶらついているしかないからだ。好きな物理室で、大好きなスピッツのCDを聞きながら、今これを書いている。これが終わったら、今日予定している仕事をはじめる。この本には、「待ち伏せ」「小さな茄子二つ」「ある日の小兵衛」「秘密」「討たれ庄三郎」「冬木立」「剣の命脈」の7編がはいっている。このシリーズは、寝床でしか読まないようにしている。そのせいか、疲れている日々がつづくと、なかなか読み終えない。でも、毎回楽しみに読めるので、いい寝酒のようなものである。昨夜は、居合の稽古日で、真剣で巻き藁を何本も斬って帰ったせいか、気を静めるためにひさしぶりに本を手にとった。そして、最後の編である「剣の命脈」を読んだ。ある剣客の最後の姿が胸を打った。ついさきほどまで、手にしていた真剣の刃先が目に浮かぶ。日本刀のあの優美な曲線になぜか、時空の測地線のカーブが想いだされた。武器である剣であるにすぎないのだが…ふしぎだ。明日には、居合の昇段試験がある。とくに、高ぶる気持ちもない。いつもどおりに…。
2006/11/25(土) 08:49
★R.P.ファインマン:S.ワインバーグ『素粒子と物理法則』ちくま学芸文庫 \900
 ディラック記念講演の第1回目を担当したファインマンとワインバーグの講演集である。ファインマン氏は「反粒子はなぜ存在するのだろうか」を、ワインバーグ氏は「究極の物理法則を求めて」というタイトルで講演している。一般の人に向けての講演ではあるが、大学等で多少の物理的知識を有している人を念頭においているように感じられた。ファインマン氏はいつもながら、独特のアイディアを交えた面白い内容になっている。ワインバーグ氏の方も、わかりやすくていねいに説明をしている。多少の数式はでてくるが、気にせずに一気に読むといい。話しの大筋がわかれば、それだけでも楽しめる。訳者:小林K郎氏による文庫本あとがきには、用語の解説もあり、とても有用だ。こういう本がどんどん出てくれることを願っている。
2006/11/13(月) 18:09
★池波正太郎『剣客商売八 狂乱』新潮文庫 \514
 種々の報告書作りで、相変わらず時間を取られいる。昨日の「文化の日」も半日以上職場に行って、その仕事をしていた。仕事が遅いのは自分のせいだが、ふつうの人よりは仕事は早いとおもっているわたしでもこれである。困ったものである。午後、ひさしぶりに少し時間ができたので、自宅にもどってから、この本を読んだ。「毒婦」「狐雨」「狂乱」「仁三郎の顔」「女と男」「秋の炬燵」の6編が入っている。どの編もタイトルが実にいい。このタイトルを見ただけで、つい読んでしまう。わたしなど、どの文章を書いてもつまらないタイトルになってしまう。というより、「タイトルより中身だ…」などと強がりをいっているが、すべてはタイトルに表れるというのが本当のところだろう。いいタイトルは、やはり中身もいい。さりげないセリフの中には、それこそ珠玉のことばがキラ星のようにある。メモをとるほど野暮ではないが、何度か読んでいるうちに、おぼえてしまうかもしれないな。
2006/11/04(土) 07:49
★池波正太郎『剣客商売七 隠れ蓑』新潮文庫 \552
 雑用の多い週で、なかなか読みすすめることができなかった。寝床でちょっと目を通すと、すぐに眠くなってしまい、そのまま夢の世界へ。昨夜も同様であったが、何とか最後の編まで読んで寝ることができた。「春愁」「徳どん、逃げろ」「隠れ蓑」「梅雨の柚の花」「大江戸ゆばり組」「越後屋騒ぎ」「決闘・高田の馬場」の7編。最後の編がじつに面白かった。バカ殿をもった剣客のつらさは現代にも通じるものがある。文体が自然で、力みもないため、すーと読める。これだけの文章を書くには、単なる文才だけではできまい。見えないところで、作者の苦悩の様子が見えるようだ。それを文章の中ではけっして見せない。まさに、本物の仕事人である。感謝。
2006/10/19(木) 20:48
★池波正太郎『剣客商売五 白い鬼』新潮文庫 \552
 昨日、2冊目の本だ。午後に読んだ。「白い鬼」「西村屋お小夜」「手裏剣お秀」「暗殺」「雨避け小兵衛」「三冬の縁談」「たのまれ男」の7編である。息子大治郎が想いをよせる三冬に縁談が…。ようやくのことこの一本気の大治郎も自分の意思を彼女に伝える。剣客として生きる大治郎にとって、新たな世界である。すでに「六」を読んでしまって、その婚姻のときを知ってしまっているので、ちょっと残念であった。やはり、順を追って読んでいくのもたのしみのひとつである。小説は、専門書などとはちがった楽しみ方がある。流れにそって、ゆったりと読みすすめるのがいいのかもしれない。わたしは、せっかちなせいか、そういうたのしみ方がまだできない。というより、精神構造がこどものまま止まってしまっているのかもしれぬ。このまま、また子供にもどってあの世に旅たつのだろうな、きっと。
2006/10/09(月) 11:19
★池波正太郎『剣客商売四 天魔』新潮文庫 \552
 この連休に山に行く予定であったが、台風16号くずれの影響で、天気がイマイチで行くのをやめにした。とくに、この時期に無理をして行くべき山でもなかったのと、メンバーの日程がみなさん限度一杯につまっているようで、強引に行くこともできそうにない状況のためだ。すると、時間が一気に空いた。何をするか、と悩むほどのことはない。もう、読みたくても時間をつくれず、そのままになっていた本シリーズの「四」と「五」を一気に読んでしまおうとさっそくとりかかった。すでに「六」は読んでしまっており、ちょっとタイミングが悪いが、それは仕方ない。「四」には「雷神」「箱根細工」「夫婦浪人」「天魔」「約束金二十両」「鰻坊主」「突発」「老僧狂乱」の8編が収められている。全部、内容は別なのだが、そこはそこ、大きな流れとしては連続しており、主人公の秋山小兵衛と息子大治郎をとりまく環境でおこる種々の事件を一気に読ませる。おもしろいので、とても止めることはできない。畳の上に寝転んでゴロゴロしながら読むのが、一番いい。400ページ近くあるが、こういう本だと1日に2冊はかるく読める。このあと、「五」もつづけて読んだが、1日2冊のペースで読んでも飽きないのだから、作者:池波氏の筆は冴えている。
2006/10/09(月) 11:06
★湯川秀樹『この地球に生まれあわせて』講談社文庫 \340
 ふと、湯川氏の本を読んでみたくなり、職場の図書館から借り出した。以前に所持していたものとおもっていたが、どうも何度かの引越しで紛失したらしい。幸いなことにちょうど読みたいとおもっていたこの本が見つかったので、早速借りたしだい。氏が60歳を越えられたころの講演などを本にしたもので、そのときの雰囲気を感じながら、読むことができた。氏の好まれた「老荘思想」や大きな影響を受けたというアインシュタインの思想など、話題はじつに豊富である。物理学者として、大きな足跡を残された氏であるが、専門以外にも種々の分野にわたって深い学識を有しておられたのがわかる。来年は、氏の生誕100周年である。田村松平氏と共著で書かれた『物理学通論 上・中・下』大明堂という物理の専門書も手元にある。物理学史にもていねいにふれ、昨今のせわしなく要点だけを書きつなぐ本とは一線を画している。悠然と書きつづられており、単なる物理の専門書というにはおしい。この本も偶然に手にすることができた(神田の古本屋街で買ったと記憶する)。『旅人』という本も読んだが、そこには海外へ飛び出す前の、若き氏の想いが書かれている。その続きがこの本にあたる。老境にはいって感じられたことが述べられている。若いときにこの本を読んでもおそらくわからなかったとおもわれる。わたしも50歳を越えて、ようやくこの本で述べられていることの意味が多少なりともわかるようになった。本にも読むべき時期というのがあるのかもしれない、とおもう。
2006/10/08(日) 09:08
★李登輝『「武士道」解題』小学館文庫 \600
 サブタイトルは「ノーブレス・オブリージュとは」とある。あまりきれいな話ではないが、この本は自宅のトイレの中においた。それを、用足しをするたびに細切れに読みつづけていた。まことに、「武士道」には申し訳ないことをした。ただ、場所が場所だけに集中して読めたせいか、中身はしっかり理解できた。新渡戸稲造氏の書かれた『武士道』を何度か読んだが、この本を読んで、まだまだ読みが浅かったなーと素直に感じるところ大であった。台湾の総統であった李登輝氏は旧占領下の時代に京都大学の学生さんであられたくらいだから、英語での原文や日本語訳を十全に読みこなしておられるのだろう。新渡戸氏の言でおかしいところは、はっきりとおかしいと批判的に書いておられる。その上でもなお、現在の日本人に「武士道」のすぐれた点はぜひ取り戻してほしいと誠実なアドバイスをしてくれている。そう、私たち現代の日本人は、大切なものを敗戦といっしょに流してしまっているのかもしれない、と感じさせられた。
2006/10/02(月) 17:25
★池波正太郎『剣客商売六 新妻』新潮文庫 \552
 文化祭の代休で昨日ときょうはひさしぶりに仕事を休んだ。といっても、昼の気象観測には行っていたが…。雨が降りつづいていたし、遠出もする気力がわかない。そこで、近くの健康ランドに風呂を入りに行ったりして、疲れをとっていた。しかし、今朝からはわたしの本棚が次女の部屋から閉め出しをくらい、とうとうわたしの寝ている部屋に移動させられることになった。その作業を半日していた。本の冊数はふえる一方で、何とかしなければ…とおもっていたので、かなりの本を捨てる覚悟でのぞんだ。ただ、全集ものなどは、苦労をして集めているため、なかなか踏ん切りはつかないものだ。その作業が終わってから、一昨日から読みはじめたこの本を一気に読んだ。「鷲鼻の武士」「品川お匙屋敷」「川越中納言」「新妻」「金貸し幸右衛門」「いのちの畳針」「道場破り」の7編が納められている。「四」「五」を飛ばしているため、少し気持ちにひっかかるものがあるが、どの編もおもしろい。

 昨日、健康ランドに行った帰りに、本屋さんに寄ってみたら、何とその「四」と「五」が売っていた。すぐに購入したのは言うまでもない。こんな調子で本をためていたら、どんどん増えていくのは必至。買った分だけ処分していけば、物理でいう「連続の法則」に従って、定常状態を保てるのだが、放出する方がいつも滞っている。何とかしたいとはおもっている。しかし、本だけはふんぎりがつかない。だめだ。
2006/09/27(水) 20:03
★池波正太郎『剣客商売三 陽炎の男』新潮文庫 \514
 この2日はおとなしく家で過ごしていた。台風の影響もでてきた昨夜からは外出も控えて、ひさしぶりに読書に専念。濫読であれこれ読んでいたが、最後まで一気に読んでしまったのは、この本。おもしろくて途中で止まらない。「東海道・見付宿」「赤い富士」「陽炎の男」「嘘の皮」「兎と熊」「婚礼の夜」「深川十万坪」の7編がはいっている。早朝の散歩と居合の練習はしたが、それ以外は布団の上に寝そべって読んでいたら、終わってしまった。読んでおもしろかったら、つづきを買おうとおもっていたので、さきほどいつもの本屋さんに出かけてみたら、買うつもりでいた「四」と「五」が抜けて、「六」以降が売っていた。まぁ、とくにつづきにこだわるほどでもないが、気持ちはよくない。わたしとおなじペースで読んでいる人がいるのかもしれぬ。油断は禁物である。今度見かけたら、一気に買っておこう。仕方がないので、「六」「七」「八」の三冊を買ってきた。それにしても、もう小説など読むことはほとんどあるまいとおもっていたら、これだ。人生なにがあるかわかったものでない。おもしろいうちはつづけるのが、わたしの思考パタン。あまり、夢中になりたくはないが、なにせこういうものは歯止めがきかない。本はこわい。
2006/09/18(月) 17:01
★池波正太郎『剣客商売二 辻斬り』新潮文庫 \476
 枕元に置いておくとつい読んでしまい困る。この本には、「鬼熊酒屋」「辻斬り」「老虎」「悪い虫」「三冬の乳房」「妖怪・小雨坊」「不二楼・欄の間」の7編がはいっている。1回で2編くらいを読むつもりでいると、一気に半分も読んでしまうこともある。池波氏の本はこのシリーズがはじめてであるが、筆の運びがじつにいい。朗々と書いている。情景がまさに浮かび上がる。画像をみているような感じがする。書くときには、大変だろうなー、とふと想う。これだけのこなれた文章を書くには、相当の下準備もいるし、気力もいる。読んでいるこちらは、気軽に楽しんでいるが、こういう文章ほど、書くほうは苦労するものだ。そういう意味では、作者に感謝しながら読ませてもらっている。常盤新平氏の解説もまたいい。主人公・秋山小兵衛の「剣術もさむらいの商売」と言い切るところがすっきりする。
2006/09/16(土) 17:24
★池波正太郎『剣客商売一 剣客商売』新潮文庫 \552
 この頃では、寝床であまり本を読むことも少なくなった。老眼がでてきて、近くの文字などはかすんで見えないからだ。ただ、ちょっと寝付けないときのために、枕元に本はかなりおいてある。この本もその中の1冊であった。前からこの本のドラマ化されたものはときおりTVで見ていた。主演の藤田まことの剣のさばきの見事さにいつもほれぼれしていた。無外流の剣である。ああいう「さびた」剣客にはとくに惹かれる。このシリーズは、現在、新装本になり、全16巻ででている。一気に買うほどではないので、ヒマなときに買っては枕元において読んでいる。短編のあつまりのような体裁なので、疲れないし、寝付くまでの時間内で読める。小説はつい最近まであまり読んでいなかったが、『紺碧の艦隊』以来、またときどき読むようになった。というより、専門的な本や雑誌は職場で読むようにしているため、自宅ではどちらかというと、柔目の本に移行しつつある。どの編もたのしく読めるので、気張らずに読みついでいきたい。
2006/09/05(火) 07:54
★池田清彦『環境問題のウソ』ちくまプリマー新書 \760
 出版されてほどなくある大きな本屋さんでチラッと見かけ、買うかどうか迷った。財布の中身もとぼしかったため、「まだ、しばらくはあるだろう…」と言い訳にして買わないでしまった。案の定、そのあと、同じ本屋さんに見にいったら、もう売っていなかった。こういう経験は何度もしているのに、またしても失敗してしまった。本は発行部数が限られている。買うかどうか迷ったときは、とりあえず買っておくのが大切である。不必要ならあとで処分すればいい。このあとは、あちこちの本屋さんを探したが、ついぞ見つけることができなかった。好きな著者だけに、惜しいことをしたと気になっていた。あるとき、「そうだ!職場の図書館にリクエストして買ってもらおう」と気づいた。1ヶ月ほどして届いた。そして、一気に読んでみた。おもったとおり、おもしろかった。ふつうにおもいこんでしまうことを斜めから見る著者の見方に納得すること、多々あった。「地球温暖化問題のウソとホント」「ダイオキシン問題のウソとホント」「外来種問題のウソとホント」「自然保護のウソとホント」の4章からなる。地球温暖化=二酸化炭素増加説のウソは自分のかんがえでもわかっていたが、著者のデータを交えた説明に十分に納得できた。マスコミなどでは意図的にか知らないが、どうも地球温暖化現象の原因を人間が排出する二酸化炭素の増加に原因を特定する説だけを前面に出しているようにおもえる。何かある企みがあるのだろう。「ダイオキシン」「外来種」の問題については、これまで、かんがえてもいなかったことを教えてもらった。こういう著者を大切にしないのは、本当にもったいないとしかいえない。図書館の本はあまり好きではないが(書き込みができないし…)、自分のわがままで購入してもらい、しかも最初に読ませてもらって感謝している。こういうのは、学校に勤務するものの特権かもしれないが、こういうこともいけないことなのだろうか?
2006/08/25(金) 08:20
★荒巻義雄『旭日の艦隊4』中公文庫 \876
 読みはじめてからすでに1ヶ月以上もたってしまっていた。夏休みにはいっても仕事は切りのないほどあるし、講習会などもやっていると、おわってつい疲れがでてしまい、帰宅するとお決まりのビールを飲んでしまう。そうすると、もう読書をする気力は出てこない。お盆の帰省中に一気に読んでしまおうともって出かけたが、無駄だった。いなかのほうがもっと飲む条件がそろいすぎていた。今回は「大西洋地政学」「不死の要塞」の2章からなっている。荒巻氏の小説は、頻繁に本題から離れ、自説をとうとうと語ることがおおい。こういうより道をきらう人はかなりいる。ところが、わたしは、そういう脱線がなにせ好きな性分なので、著者と波長があっているのだろう。むしろ、そういう脱線部分に著者のほんとうに書きたいことがあるのでは…、と楽しみながら読んでいるところがある。きょうは、お盆休みにした最終日。きょうこそは、と朝から読みふけり、ようやく最後まで読んだ。したたるような汗をタオルで拭きながら読むのも、けっこうシンドイ。真夏は読書には向いていないことはだれでもわかる。とくに、エアコンなどあるわけもない自宅での読書は、本が汗でぬれないように気を使いながらだ。秋になれば、また自然に読み出すだろう。
2006/08/18(金) 16:38
★藤原正彦『この国のけじめ』文藝春秋 \1190
 先日、職場でのある集会で、同僚の社会科の人が、この本の作者を「歴史を知らないとこういう本を書くことになる」と酷評していた。わたしは、この作者のオヤジさん(新田次郎氏)以来、読み継いでいるので、この批評にはニヤニヤしてしまった。作者の本は、全部読んでいる。その中での過激な発言などに慣れていない人には、ちょっと毒になる部分もあり、その同僚はその毒にあたったのであろう。あわれである。わたしには、著者:藤原正彦氏のいわれていることはごく当然のようにおもわれるし、わたしもほぼ同様のかんがえをもっているせいか、いつも抱腹絶倒しながら楽しませてもらっている。生真面目に彼の本を読んでいる人の顔を想像すると、おかしくなる。彼は最近、国家を憂うような言葉を激しく書いているが、きちんと読めば、それは決して軍国主義的なことなど無関係であることは明白である。ま、ときどき理屈が飛んでしまうときがあるのは、彼の意図的なレトリックであろう。

 「国家再生の道標」「祖国愛」「蘇れ、読み書き算盤」「学びのヒント」「藤原家三代」「私の作家批評」「日々の風景」の大きく7章からなる。あちこちに、わがふるさと”会津”のことがでてくる。何の因果か、「会津武士道」などが取り上げられることがおおいが、カミさんの実家(これまた会津)のオヤジさん(義父)は、会津の武士のことはよくいわない。古い篤農家で戊辰戦争では田畑が相当に荒らされたという言い伝えをときどき話す。実直な農家にとって、武士どもの戦いなどどうでもよかったのかもしれない。わたしも、習い事で「居合術」をやっているので、武士道に関心がないとはいいきれない。が、武士道に入れ込むほどの気持ちはない。新渡戸稲造氏の「武士道」も英語と日本語で何度か読んだが、どうもわたしにはあまりにきれいごとのように書いてあり、同調はできない。日々、本物の刀(真剣)で巻き藁を切っていると、人を刀などで切ることは容易でないことはすぐにわかる。シンボルとしての日本刀は美的にもすぐれているが、実戦ではほとんど役には立たない。平和ボケした260年の江戸時代に「武士道」もあまりに美化されすぎてしまったのかもしれない。ま、武士道も少し身体を動かしてみれば、その精神性だけに偏った意味とはちがう別の面が見えてくる。武士道をあまり倫理面だけで見ないほうが正しいだろう。
★星亮一『松江豊寿と会津武士道』ベスト新書 \750
 今は昼休み。とにかく、昼休みでもかまわず会議がはいってくるのがふつうだ。きょうは、昨日に学年の次年度教育課程説明会を終えたばかりで、珍しく会議もはいっていない。とはいえ、次から次と仕事は湧いてくる。年間の行事予定をみると、分掌などの仕事は、絶えずはいってくる。そんな中で、ちびちび読んでいたのがこれ。映画「バルトの楽園」がはじまるとかで、話題になっている徳島の坂東俘虜収容所の所長をした会津出身の松江豊寿氏について書かれた良書である。作者の星亮一氏の作品はけっこう読ませていただいている。故郷を離れているせいか、どうも「会津」と聴くと、目がいってしまう。会津にいたのは、高校卒業までのわずか18年ほどであるが、身体に染み付いてしまった会津のにおいはおそらく一生抜けないであろう。会津武士とかいってみても、時代錯誤もはなはだしいが、知らず知らずにそういう刷り込みを受けて育ってしまったせいか、やはり精神的には大きな影響は受けている。いつも、中央の失態の尻拭いに奔走させられるわが故郷。会津出身者といってもいろいろな方がいるのだが、今まで会ってきた多くの同胞の方をみると、たしかにある面で共通点はあるようにおもえる。松江豊寿氏のとられたドイツ人捕虜に対する、温かみにある処遇に、同胞のものとして、ホッとして気持ちと凛とした態度をかんじる。
2006/06/20(火) 13:09
★池田清彦『やぶにらみ科学論』ちくま新書 \700
 池田氏の本はどうも波長があうようで、読んでいて楽しい。本屋さんで見かけると、つい買ってしまう。まだ、数冊読んでいない本がおいてある。人間関係でもそうだが、「ソリ」のあわない人とは、あれこれ努力をしても無駄である。おそらく、生理的なものだろうから、わたしは適度につきあうくらいにしている。だれでも受け入れられるような器は自分にはない。ただ、絶対に嫌だというようなほど、他人に興味はない。この著者にしても、わたしが勝手に抱いたイメージで見ているのだろうから、実際に会ったり話したりしたら、それほど合わないのかもしれない。まァ、本の著者に幻想を抱いてもそれほどの益はないから、内容が気にいればそれでいい。これも、自分の考えなどと同調できるようなものを、取捨選択しているのだろうから、要するに「お気に入り」を確認しているだけだ。「若者の理科離れ」「科学的知識の確実性」「地球温暖化論のいかがわしさ」「加速するバカ化」「定期健診は病気を作る?」など妙に納得してしまう。人は論理だけで説得させられるわけではない。言っている人の生き様がその話に迫力をつける。面白くない人間の話は、面白くない。
2006/06/14(水) 08:07
★長山靖生『不勉強が身にしみる』光文社新書 \720
 まるで自分のことをいわれているみたいなタイトルだったので、つい買ってしまった。著者はわたしより10歳年下の歯医者さんである。歯医者さんではあるが、副業で文筆活動もしており、著書も多い。本屋さんで見かけて、ちょっと読んでみた。「ゆとり教育」のことにもあちこちふれてあり、それが教職員の勤務時間短縮のためかんがえだされた後付け教育論であることをきちんと書いていた。まず、教職員の勤務を週5日制にすることが、外圧できまり、それを理屈づけるために「ゆとり教育」などというおろかな屁理屈がかんがえだされた経過である。個人的には、週6日でも5日でもどっちでもいいが、6日なら6日分の給料をしっかり払ってくれればいい。いくら、公務員だといっても、労働者の端くれにはちがいない。そういう、当たり前のことを当たり前にやってくれるなら、何も時短をすることで、授業時間の奪い合いなどしたくはない。ただ、現在の「学力低下論」が、土曜日を復活したり、がんがん教え込むことで解決できるなんて、かんがえるほどわたしはおめでたくはない。お手本にしていたアメリカの方式がダメだとなると、今度はフィンランドである。そんなにフィンランドの教育が気に入っているなら、フィンランドへ行けばいい。そこで、しっかりした教育を我が子にすればいいのである。孟母三選というではないか。

わたしのHPにある掲示板でも「数学は暗記だ」についての発言が一時かわされたが、わたしには暗記でも理解でも正直なところどっちでもいい。現実には、どっちの要素も必要である。数学をこれでもか、というほどやったことのない人には、議論をしてもそれほど意味があるとはおもえない。いつも、わが身をかえりみて、「もっと若いうちに勉強しておけばよかった」と悔いているのだから、不勉強が身にしみていることだけはたしかだ。
2006/06/05(月) 08:06
★陳舜臣/手塚治虫『マンガ中国の歴史A諸葛孔明と三国志』中公文庫 \648
 前作の第2巻目。今回は、もう何度も読んでいる「三国志」の世界である。もともと、「中国」なんて国はないのだが、現在では強権的に1つにまとめて、それらしい体裁をたもっている。いずれ、分裂してまた以前のようになるのだろうが、今は世界の先進国からは新しい市場とかでもてはやされている。もう、過去に世界に冠たる大国であったのだから、これからまたその再現がおこなわれるとは、とうていおもえない。おもしろい国だとはおもうが、それほど好きというわけではない。以前は、中国語(北京漢話=普通語)を習っていたりもしたが、いつの間にかやめてしまった。それほど興味はなかったものとおもわれる。無理して学んでもつらいだけなので、今は遠ざかっている。また、興味が出たらやるかもしれない。発音はみっちりしごかれたので、今でもそこそこにできる。それだけがそのなごりである。諸葛孔明は好きである。こういう人物に自分もなりたいとおもったこともある。もちろん、幻想であるが。NO.1になりたい人もいるみたいだが、わたしは、NO.2かNO.3が好きである。トップに立てるほどの器量が自分にはないことは、この歳になるとわかる。本当は役付きなどないほうが気楽なのだが、世の中、歳の順番でお出ましということもままある。そういうときは、お気楽な方をえらぶ。これが、わたしの流儀である。
2006/06/03(土) 11:25
★陳舜臣/手塚治虫『マンガ中国の歴史@項羽と劉邦』中公文庫 ¥648
 半月くらい前に読んだ(見た?)のだが、毎休日につづく部活動の大会で疲れ果てており、とても書く気分にはならなかった。陳舜臣氏の『中国の歴史全7巻』講談社文庫を相当前に読んでおり、そのマンガ化というので、買ってみた。陳氏の本は、いずれも500ページを超える大作で、正史といってもいいくらいだ。それをマンガにするのは、いくらなんでもできそうにない。そこで、タイトルにもあるように、その中でもわが国でも有名な箇所を抜き出して描いたものがこれである。日本のマンガのレベルはべらぼうに高いので、出来はすごくいい。手塚治虫氏はすでに亡くなられていて、本来ならこういう本はでないはずだが、おそらくそういう企画は生前にあったのであろう。もちろん、作画は別のひとがおこなっている。作風は手塚氏のに合う形になっている。文章で読んでいると、中国の歴史はおもった以上にわかりにくい。この本を読んでみて、そうだったのか!、と気づかされた点も多々あった。こういう形で以前の本がリメイクされるのもいいものだとおもった。本の最後には確認のための問題集もついており、けっこうおもしろい。
2006/06/03(土) 11:10
★デカルト:小場瀬卓三訳『方法序説』角川文庫 ¥不明
 かんがえることがあって、ふと読み返してみることにした。高校時代に買って読んだ本で、本棚のすみにすすけてあった。デカルトの死後、1637年に初版で出たものの訳である。うすい本だが、デカルトじきじきの話は日本語訳とはいえ、いたるところで何度も読み返す場面がでて、さすがの内容である。高校時代の書き込みもあるが、おそらくただ読んだだけであろう。わたしも、デカルトの亡くなった年齢と同じになった。ようやくにして、彼の言っている意味が理解できるようになった。科学の世界では、あまり評判もかんばしくない彼の論であるが、批判をしているひとたちが本当にデカルトの本をしっかり読んで批判しているのかは疑問である。よく読んでみると、それらの批判を見越したような記述がいたるところにあるからである。わたしも、この本を読み返して、自分の誤解していた点もよくわかった。やはり、天才の論はその本にあたってよく確かめておいたほうがいいと反省させられた。
2006/05/08(月) 08:05
★荒巻義雄『旭日の艦隊3』中公文庫 \876
 一昨日ようやく読みおえた。このところ、とにかく忙しい。土日もなく職場に行っているし、行けば何かの仕事があとからどんどんでてくる。それも、それほどの意味もない文書作りのような仕事ばかりだ。ただ、この忙しさに文句をいっても仕方ないから、自分でやりたいことはやっている。ただ、それでも時間は足りない。いやいや読むのももったいないし、自分の気持ちが自然にのったときに読むようにしている。今回の内容には、「影の寄生秘密帝国X」の正体が次第にあきらかになっていく。これは、小説の中のことなので、現実とは関係ないとわかっている。しかし、以前に、これと同じようなことを何度かかんがえたことがあったせいか、どうも気になる。歴史を影で動かしている「ナゾの集団」の存在だ。あるのかもしれないし、そんなのはないのかもしれない。しかし、歴史の流れを見ていると、どうも得体の知れない存在が影で陰謀をはかっているような気がするのは、気のせいだろうか。ま、非力なわたしにどうすることもできないが、そういうことを痛切にかんがえさせられた。今回も。
2006/05/01(月) 21:33
★竹内一郎『人は見た目が9割』新潮新書 \680
 4/22・23の土日、顧問をしている部活動の関東大会県予選があった。そのとき、空き時間があれば読めるような薄手の本があれば、と21日に本屋さんで買ってみた。それほどの関心があったわけではないが、試合の合間に一読して、これはすごい本だと感嘆した。舞台関係の仕事や漫画の原作などで活躍しておられる著者である。人間の見た目がどれほど大事かをいろいろな事例をあげて、じつにわかりやすく書いてある。言語をつかって現場で教育活動をしている身としては、言語の伝達力をそれなりに評価していたが、著者によると、非言語の伝達にくらべて極端に低く、全体を100とすると、言語の伝達の評価は7%くらいだという。身振りや見た目など非言語の方が格段に伝達力があると知り、これはぜひ活用しない手はない、と認識した。その他、漫画での表現の仕方やちょっとしたしぐさの意味など教えられることがゴマンとあった。意識して選んだ本ではなかったが、こういうことがあるので、本選びはやめられない。またしても、いい本に出合えた。
2006/04/25(火) 07:48
★荒巻義雄『旭日の艦隊2』中公文庫 \876
 これまた、数日前に読み終えたが、忙しくて、ようやく今になってしまった。これ以外にも読みかけの本はおおく、もう乱読状態である。授業もはじまったので、教科書や資料の精読の時間も必要になる。まちがったことは教えたくない。授業は下手でも正確さは確保したい。それで、きちんと調べてから授業にはのぞむようにしている。さて、この本の中身だが、「北海突入作戦」「超輸飛行艇白鳳出撃」の2部である。もともとは新書本形式で、それぞれ1冊ずつ出ていた。それが、この文庫本化で合本になって出版されたようだ。このシリーズも合計8巻ででている。すでにみんな買ってあるが、集中するとどんどん読める。ただ、今は年度はじめの仕事がおおく、あまり時間はとれない。これらの後には、古本屋さんで見つけた「新旭日の艦隊全19巻」も買ってある。まだまだ、先は長い。楽しく読める本に出合えるのは幸運である。
2006/04/13(木) 08:09
★荒巻義雄『旭日の艦隊1』中公文庫 \876
 数日前に読み終えたが、新学期はじめの準備があり、とてもこれを書いている時間はなかった。というより、わすれてしまっていたf^^;)。「超戦艦日本武尊出撃」「日独戦艦対決」の2タイトルがはいっている。再三述べているように、この本はコミック本ではない。まったくふつうの活字本である。ネットでしらべていたら、「紺碧の艦隊」シリーズと「旭日の艦隊」シリーズは著者の論理がおかしい旨などの批判があちこちに見られた。そうかもしれないが、何も学術本じゃあるまいし、そんなにムキになる必要などない。それに、そういう批判をしている人は、この荒巻氏の原著を読んでいるのではなくて、コミック本を読んでいるのではないかと推測する。なぜなら、著者がこの本の中で、「なぜ、紺碧の艦隊と旭日の艦隊の2つを併存して書いているのか?」について、ていねいに書いているからだ。「紺碧の艦隊」は「陰」、「旭日の艦隊」は「陽」で要は「陰陽道」の関係になっているのだ。よく読まないで批判などを書くと、こういうことになる。まずは、読むべき本は読んでからでもおそくない。この本もわたしにとってはおもしろい。おもしろくない本など興味もないし、読まない。こういう娯楽の本にそれ以外の読む動機はあるのだろうか?
2006/04/04(火) 08:02
★荒巻義雄『新紺碧の艦隊7〜8』幻冬舎 各\800
 1日で2冊読んだ。読みきるまで止まらなかった。「7.スカンジナビア解放作戦」「8.最終巻 ヒトラー最後の決戦」の2冊。先週の土曜日は午前中だけ仕事に出かけた。やることはたくさんあるのだが、休みの日に仕事に行くのは本当はあまり好きでない。しかし、気象観測をしているため、最高最低温度計のリセットしておかないといけない。その単純な作業のためもあり、ちょっと出勤した。校内は、ワックスがけの作業がはじまっており、立ち入り禁止のところがあちこちあった。それで、早々に退散した。昨日の日曜日は、ひさしぶりに家でゴロゴロしていた。それで、この本である。一気に2冊読んで、「紺碧の艦隊」シリーズを終わりにしたいと、コタツに足をつっこんで読み終えることにした。この作者はストーリーの合間にじつに余談が多い。ちょっとくどいくらいに脱線する。しかし、それもけっこう面白いから、どうも自分とは波長があっているのだろう。気持ちが同期するのだ。きょうからが春休みであるが、ちょうどいい時期に読み終えることができた。きょうからはまた同じ作者の『旭日の艦隊』シリーズを楽しむことにする。
2006/03/27(月) 08:21
★荒巻義雄『新紺碧の艦隊3〜6』幻冬舎 各\800
 4冊である。とにかく、途中でやめることもできず、次から次へと読んでいる。「3.南極要塞攻撃指令」「4.激闘中部大西洋」「5.北アフリカ制圧作戦」「6.ハインリッヒ王幽閉」である。1冊200ページくらいであり、気分がのれば、1日で2冊は読める。まだ、2巻目は手に入らず、本屋さんに注文してある。年度末のいそがしい時期ではあったが、早朝、就寝時に読みついで、きょうは7巻目を読んでいる。あと、1冊で「紺碧艦隊シリーズ」も終わりになる。コミック版も出ているし、アニメも出ているが、やはり荒巻氏の原著で読んだほうが、言わんとしていることははっきりとわかる。かなり、思想的な面もある。これをコミックやアニメで表現することはむずかしいようにおもう。今まで意識にもなかった「地政学」「地経学」などの内容も、読んでいるうちに自然にわかるようになった。何せ、もう荒巻氏の本だけで15冊も読んでいるからだ。さらに、本屋さんで「旭日の艦隊全8巻」を買い、「新旭日の艦隊全16巻」も古本屋さんで買ってある。「紺碧の艦隊」シリーズと「旭日の艦隊」シリーズはどうもそれぞれが時系列でいうと、年代を補完しながら書かれているようだ。「紺碧の艦隊」は潜水艦(海面下)ものとして、「旭日の艦隊」は洋上をそれぞれ書いてあるようだ。今のシリーズを読み終えたら、今度は洋上に出て、「旭日の艦隊」シリーズを読みついでいこうとおもっている。DVDも出ているらしいから、明日にでもTUTAYAに行って調べて来ようとおもっている。もう、すっかりはまっている。
2006/03/25(土) 19:55
★荒巻義雄『新紺碧の艦隊1』幻冬舎 \800
 昨日に一気にこの1巻を読んでしまった。「超潜出撃須佐之男号」というタイトルである。残念ながら2巻目はまだ手に入れていない。なかなか、そろうまでは一苦労である。紺碧艦隊も新しい「須佐之男号(すさのうごう)」というものすごい超潜水艦を旗艦として再出発である。わずか、1年で停戦も第三帝国によってまたまた破られた。米国もそしてわが日本も再度の宣戦布告。この秘匿艦隊の活動も再開された。わたしのような活字人間には、どうも漫画化されたものやアニメなどよりは、本で想像たくましく読んだほうが盛り上がる。このシリーズは、徳間書店からでた零巻をいれて、全部で9巻である。わたしは、幻冬舎で出した8巻(まだ2巻目は手に入れてない)を読みはじめたところである。これまた、楽しめそうで、かなりうれしい。こういう読書の楽しみはいつでもできるので、精神的にもいい。もう、またまたはまっている。
2006/03/21(火) 09:31
★荒巻義雄『紺碧の艦隊10』徳間文庫 \876
 とうとう最終巻になってしまった。何か物寂しくもあったが、粛々と読ませてもらった。「赤道大海戦」「亜細亜の曙」の2編がはいっている。後世(ごせ・物語はこの世界で繰り広げられる)世界の覇権は最終的に米・第三帝国(ナチ独)・亜細亜の三極になって一応の停戦がはかられたところで終わる。もちろん、この停戦はそれほど長くはつづかない。州連邦の大統領となった大高弥三郎は、まだまだ日本と米国・第三帝国との確執をもったまま、次なる時局にむかう。ここで、ひとまずのこの物語の終焉になる。わたしは、この本はまったく知らないでいたし、偶然にこの年末年始にレンタルビデオでアニメ「紺碧の艦隊全32巻」を観て、それではまってしまった。それ以来、この原作をもとめていたが、ついに全10巻にまとめられて発刊された文庫本を手に入れることができて、一気に読みすすめてきた。先日、古本屋さんで、このシリーズのつづきである『新紺碧の艦隊』シリーズを手に入れた。もう、1巻目を読み始めているが、この病気、しばらくつづきそうである。
2006/03/21(火) 09:20
★荒巻義雄『紺碧の艦隊9』徳間文庫 \876
 昨日の午後はPTA主催の「まなび塾」で講師をした。先週の土曜日に1回目を、昨日2回目をやった。「物理基礎講座2006」というタイトルで「相対論」について演示実験なども交えて、計6時間ほどだった。話すのはそれほど苦にはならなかったが、このとこころ、土日も部活動指導で出勤することが多く、正直疲れていた。それもあって、終わったあとはグッタリしてしまった。この講演がはじまる直前まで、上記の本を読んでいた。講演のほうは、PowerPointに入れてあるスライドに沿って話すだけなので、それほどの心配はしていなかった。この9巻目には「ウラル要塞崩壊」「東シベリア共和国」の2編がはいっている。この本を「単なる戦争ゲームの本」と論評する人がけっこういるとのことだ。そうかもしれないが、面白いのだから、わたしなどそれで十分である。むずかしそうなアカデミックな本のほうがいいとおもう人はそういうのを読めばいい。他人の好みなどわたしには興味はない。これで何かを学ぼうなんておもってもいないし、アニメでみたのとはまったくちがう世界が本にはあるので、それが楽しみなだけである。わたしにとってはじつに面白い本である。
2006/03/19(日) 12:47
★荒巻義雄『紺碧の艦隊8』徳間文庫 \876
 今年度の授業もきょうで終わった。しかし、成績処理やら会議やらほとんど勤務時間いっぱい仕事がある。今は、ちょっとしてすき間の時間だ。すでに3日ほど前に読み終えていたが、ようやく書ける時間がとれた。「印度南方要塞」「敗戦の予感」の2編がはいっている。この著書のおもしろい点は、ストーリーの流れに関係なく、ときどき著者自身の種々の思想談義などがはいっていることだ。たんなる「戦記シミュレーション」小説ではなくて、著者の思想書にもちかい。圧倒的な文献を参考にして書いておられるようで、じつに博識である。それに刺激されて、上げてある別の本を読んだりしたりするため、けっこう退屈しない。現在は9巻目の中ほどまで読み進んでいるが、最後まであとわずかで、ちょっとさびしい気持ちもしてきた。
2006/03/17 (金) 20:11
★荒巻義雄『紺碧の艦隊7』徳間文庫 \876
 学年末試験の採点やら合格者説明会の準備などで忙しい時期ではあるが、何とか空き時間をみつけては読んでいる。「印度洋地政学」「史上最強内閣」の2編がはいっている。「地政学」というのをじつは最初はよくわからなかった。しかし、じっくり読んでみると、これまたものすごくおもしろい。何でこういうことに気づかなかったのかと、いわれてはじめてわかった。下手な「戦略論」などを読んでいるよりも、その哲学的側面や思想的なことも、作者:荒巻氏はこれでもかとていねいに説明している。もっと、関心をもつのが早かったら…とおもうこともあるが、こういうのはやはり一種の出会いでもあるから、人為でどうなるものでもない。この歳にして、出会えたことをすなおによろこびたい。
2006/03/13(月) 17:21
★A.Einstein・L.Infert:石原純訳『物理学はいかに創られたか上下』岩波新書 \?
 高校時代に読んだ本を36年ぶりに読んでみた。当時は、ほとんどわからなかったのか、あちこちに鉛筆で書き込みがある。アインシュタインが懇切丁寧に書いているせいか、今となってみると、じつに明解でよくわかる。もう、本はコーヒーみたいな色になってしまっているが、内容は最高である。文句なく名著である。
2006/03/07(火) 18:05
★荒巻義雄『紺碧の艦隊6』徳間文庫 \876
 今週から学年末試験がはじまっているが、のんびりできるどころか、ふだんより返って忙しい。来年度の準備がもうはじまっているからだ。こんな中、すき間の時間を見つけてはひたすら読みつづけている。この巻には「電撃ロンメル軍団」「日米講和成る」の2タイトルがはいっている。もっとも主たる登場人物である大高弥三郎首相(奇遇なことに私の父親は大竹弥三郎といい、高と竹の一字ちがいであり、親近感がある)の悲願であった「日米講和」が成功する。勝ちもせず、負けもせず、という狙い通りの目的が達成される。著者は心理学科を出て、さらに建築学科も出ているということで、奥の深い人物描写はそのせいか。とにかく、面白すぎる。
2006/03/07(火) 08:17
★荒巻義雄『紺碧の艦隊5』徳間文庫 \876
 「新憲法発布」「暗雲印度戦線」の2タイトルがはいっている。32巻のビデオをみているため、おおよその中身はわかっているが、このあたりはビデオではそれほどこまかく描けるところではないため、本を読んでみたら、作者「荒巻義雄氏」の思想的な部分がじっくりと語られていた。これだけの内容の本を書くためには、そうとうな下調べが必要とおもわれるが、それにもまして、その消化された内容をストーリーの中に盛り込む力量にはおどろく。すでに6巻目にすすんでいるが、次第にすくなくなってくる巻に何か心さびしい気がする。こういうことは最近の読書ではめずらしい。
2006/03/04(土) 08:49
★荒巻義雄『紺碧の艦隊4』徳間文庫 \876
 きょうは、後期選抜入試の合格発表と卒業式の予行があった。それと、来年度の仕事にそなえてのいろいろな仕事が次々にでてくる。忙しいといえば、忙しい。しかし、そのちょっとの合間を利用して、この本を読みついでいる。平均550ページを上回るかなり厚手の本(元は20巻本としてだされたようだ)だが、読み出すとすぐに本の世界にはいってしまう。まさに、読むために生活しているような按配である。今回は「紅海電撃作戦」「海中要塞鳴門出撃」というタイトルがついている。戦略本のようにおもえるかもしれないが、読んでみればわかるが、じつに「生きる」ということをしっかりかんがえさせられる。やはり、漫画本や映像のアニメでは表現できないような部分が文字でかかれた原本はみごとに表現している。とにかく、読むのが待ち遠しい本というのは、そうは出合えない。今年はいい年になりそうだ。
2006/03/01(水) 07:32
★荒巻義雄『紺碧の艦隊3』徳間文庫 \876
 どんどん読み進めている。なんともやめられない。この巻は「空中戦艦富士出撃」「風雲マダガスカル」というタイトルのものだ。ビデオで観たときには、細かい心理分析などはどうしても表現できていなかったが、荒巻氏の原本で読むと、じつのその辺の心理描写がこまかく描かれていて、かんがえさせられる。「戦略」というと戦いに勝つための方策とかんがえられやすいが、この本を読むと、本当はどういうことなのかが、じっくりとわかる。これからの人生に生かしてゆきたい、とおもう。
2006/02/27(月) 16:45
★荒巻義雄『紺碧の艦隊2』徳間文庫 \876
 2巻目は「濠州封鎖作戦」「原爆阻止作戦」である。「濠州」は「豪州」のまちがいではない。この本は、実際の大東亜戦争(太平洋戦争)ではなくて(これを前世とこの本ではよぶ)、別の後世とよぶ世界にタイムスリップしたところで、この大戦を迎えるのである。前世での記憶をもとに、後世世界での大戦をどのように戦い抜いていくのかを、シミュレーションのように体験していく。これが、もう、正直仕事も忘れるほどおもしろい。職場にいても、自宅にいても、空き時間はこれに没入している。ひさしぶりにこういう本に出合えた。併行して読んでいるアインシュタインが書いた本だけが、かろうじて対抗できる。いやはや、「はまる」というのも疲れる。
2006/02/22(水) 17:12
★荒巻義雄『紺碧の艦隊1』徳間文庫 \876
 このお正月にかけて全巻見たレンタルビデオ『紺碧の艦隊1巻〜32巻』の活字原本である。アニメーションで観ておおよその概略はわかっているが、原本ではどういう風に書いてあるのか、とても関心があった。しかし、あちこちの本屋さんで探してもまったくみつからなかった。

 先日、近くの床屋さんに髪を切りに行った際、何気なくいつも寄っている本屋さんを覗いてみた。そ、そこで、びっくり。まだ、再販されて間もない文庫本のこのシリーズが全10巻そろいで売っているではないか。迷ったが、ここで手に入れておかなければ、明日はもうないと直感。お金はなかったので、カードを使って全10巻を思い切って買ってしまった。カミさんにはきっと怒られるであろう。しかし、読み始めてみたら、案の定もうどうにも止まらない。1日1巻のペースで読んでいる。現在は、3巻目になった。アニメの画面もおもいだされて、もう最高に幸せである。アニメではわからなかった奥深さもわかり、いい著者に出会えたと感激している。
2006/02/22(水) 17:03
★筒井康隆『銀齢の果て』新潮社 \1500
 新聞の新刊欄に筒井氏の面白そうな本が出たので、切り取って手帳にはさみ込んでおいた。仏事で田舎に帰省する際、北千住の駅にある本屋さんで偶然に手にすることができた。これから、お葬式に行くのに…などとおもいつつも、時間があったので、電車の中で読んだ。いやはや、いつもながら筒井氏の本は楽しめる。老人が増えてしまってにっちもさっちもいかなくなった政府が70歳以上の老人対象に「老人相互処刑制度(シルバーバトル)」をつくった。これが、適応された地域では、お互いに生き残りをかけて(1人しか生き残れない)、壮絶な死をかけたバトルがおこなわれる。途中で何度も止めようとおもったが、面白すぎて、結局最後まで読んでしまった。今は、その虚無感の中にまだある。こういうことも現実にあるかもしれない。いや、きっとある。そういう気持ちがおこってくる。今は、ご老人を大切になどといっているが、本当に増えすぎるとこういう結末はありうる。アーァ、こういうことのないうちに、さっさとこの世ともおさらばしよう、という気持ちになる。2006/02/07 (火) 21:00
★星亮一『会津藩VS長州藩』ベスト新書 \780
 風邪の床でふと手にとって読んでみたが、この種の本は気持ちが重くなる。人にもよるだろうが、明治維新前後の会津藩と薩摩・長州藩などとの戦いは心情的についこの間のことのように感じられてしまう。それゆえ、それほど冷静に判断できる立場にはない。ただ、この本の著者も最後のほうで述べているように、会津側・長州側ともに事実誤認もあり、それが増幅されて伝承されていることも多々ある。その辺のことが再認識されれば、共に歴史を冷静にみれる時代になるのではないか、とおもう。
2006/02/06(月) 08:03
★養老孟司『無思想の発見』ちくま新書 \720
 これも、下記の本につづいて寝床で読んだ。先日、本屋さんで見つけて買っておいたものである。どうも、最近「筑摩書房」の本を買うことがおおい。別に意識して買っているわけではないが、わたしにとっては興味をもつ本がおおいということか。昨日は、布団の中で3冊の本を読んだ。いつもは、拾い読みが主だ。でも、体調がすぐれず、何もできないと本でも読んでいるしかない。「無思想」「無宗教」などというと根無し草みたいで、何だか頼りなく感じられる、と世の中ではおもわれているようだ。自分の主義主張をしっかりもっているのが、何かしっかりした人間のように感じられるのだろう。そういうかんがえかたをいともたやすく否定している。思想や宗教などに何かいうにいえない違和感をもっていた自分にとっては、じつに明解な話であった。何でもそうだが、自分の身の丈にあったもの以上をもとうとするとつらいものである。頭の中にも不要なものはもつことはない。自分の頭にあるものをもっと信頼して大切にしてゆく態度、これに尽きる。2006/01/30(月) 09:39
★F.ダイソン『宇宙をかき乱すべきか(上)』ちくま学芸文庫 \1100
 ちくま学芸文庫で新しく企画された「Math&Scienceシリーズ」の1冊。値段が高いのがちと難点。この本はすでに単行本のときに一度読んでいたが、それを読んだのは昔の自分である。今は中身もほとんど忘れている。はじめて読むのと大差はない。読み始めてみると、以前の記憶もすこしは思いだされてきた。読んでいたのは布団の中。じつは、昨日(2006/01/29(日))は風邪で完全にダウン。体温が38℃を超え、ひさしぶりに身体がフラフラしてしまった。寝ているしかないが、一昨日の夕刻から寝ているので、腰がいたくてかなわない。眠り込むこともそうはできない。そこで、枕元にある本を片っ端から読んでいた。その最初が、この本である。物理学者のファインマンとの交友や朝永振一郎の話題もでてきて、ぐんぐんひきつけられて読んだ。こういう病の床での読書は、雑念がないためか、集中できる。たまにはいいものである。
 2006/01/30(月) 08:10
★大村あつし『人生は数式で考えるとうまくいく』サンマーク出版 \1400
 昨年度末から読みはじめたが、枕元において気がむいたときだけ読んでいたので、かなり時間がかかってしまった。著者は「ExcelのVBA」関連の本で有名な方だ。それらの本にお世話になった人もおられるかもしれない。わたしは、本屋さんで立ち読みはしたことがある。基本的にパソコン関連の本はそれほど読むわけではないから、大村氏の本としては、はじめて読むものといってよい。中身は人生論(的エッセーかな)である。数式でかんがえる云々とあるが、べつに数式が書いてあるわけではない。数式というより、式の形でものごとをみるといろいろな面が見えてくるというのが趣旨である。たとえば、「目標ー現状=課題」とか「知識×経験=知恵」などなど。それでどうした?といわれてしまえば、それだけのことである。ただ、式のもつ意味をしっかり認識している人には、これを見ただけでパーと頭の中のモヤモヤがとれる人もいるかもしれない。わからない人にはわからないだろう。とくに、「人生はそんなにすっきりとわりきれるものではない!」などとおもい込んでいる人には、こういう書き方の本はカチンとくるかもしれない。でも、わたしは著者にほぼ同意する。

 半分以降は多少「説法」くさいことが何度も繰り返し書いてあり、正直なところ、題名の意味が半減してしまっているのは残念だ。式でかんがえるとみえてくる世界をもう少し例をおおくして語ってほしかった。でも、まァ、いい本だとおもう。
2006/01/28(土)09:32
★橋本治『上司は思いつきでものを言う』集英社新書 \660
 途中まで読んで、そのままにしておいた。著者の別の本を読んで強い印象を受けたので、この本を再度最初から読みはじめてみた。日常の職場で、わたしの上司といえば管理職(校長・教頭)になるわけだが、最近の言動を振り返ってみると、まさに「思いつきでものを言う」を地でいっている。ただ、わたし自身を振り返っても、そうとうにというか、ほとんどというか、思いつきでものをいっているようであり、あまり人のことをあれこれいえない。自分のことを反省するために読んでいるような感じである。

 第4章の「「上司でなにが悪い」とお思いのあなたへ」では、日本の言語風土と天皇の存在する意味など、かんがえさせられるところが多かった。ここだけ読んでもじつに読み応えのある本であった。ゆっくり読んだので、時間はかかったが、それなりに充実した時間をすごすことができた。
★藤原正彦『祖国とは国語』新潮文庫 \400
 下に紹介した『国家の品格』の前に単行本として出版されたものであるが、この1月に文庫本になって再出版されたものである。いつも文庫本になってから読むようにしているので、今回はほぼ同じ時期に2冊を読むことになった。「国家の品格」ということばは、この文庫本の中でもつかわれている。下の新書とあわせて読んだ方が、より楽しめるとおもう。

 人はその思考をおこなうとき、一番「根っこ」になっている言語(母語)でおこなう。これを多言語でおこなうことはできない。言語(同様に図像も)と思考はペアになっている。英語で思考すれば英語的な発想に、日本語で思考すれば日本的な発想になる。数式を用いれば、数学的な発想になる。思考と言語を切り離すことはできないのではないか、ということが著者の話の前提になっている。これは、論理ではないし、論理の前提を話している。論理はその前提のあとにくるものである。このかんがえにわたしはほぼ同意する。この本の最後の章にある「満州再訪記」というのがある。わたしの父母も満州で知り合い、結ばれている。新京(ハルピン)のことなどが詳細に書いてあり、若き日の父母もこの光景を眺めたのか、とジーンと胸にくるものがあった。本当にすばらしいエッセー集である。(2006/01/10 (火) 20:52)
★藤原正彦『国家の品格』新潮新書 \680
 数学者である藤原氏の本は、その最初のエッセー以来、ずっと読みついでいる。私自身は「国家云々」にはあまり興味はない。がしかし、この本を読んで、わたしにも「祖国愛」(「愛国心」ではない)というようなものがしずかに沈潜していることはわかった。「経済、経済、…」と騒いでいる今日の日本において、氏が自分のかんがえを率直に述べた本書は、じつに爽快な気分をかんじさせてくれた。「品格をかんじさせる国」にこの日本がなれるのかは、ひとえに親・社会の躾と教育にかかっている。けっして、子供たちに株や投資を教えたり、ITなどに夢中にすることで、この品格をかもし出すことなどできない。言い古されたことではあるが、「読み、書き、そろばん、理科、社会」――理科・社会は私が勝手につけたが――がもっとも大切であることは、著者にまったく同感できる。今年も、年始からいい本に出合えて、うれしいかぎりである。
★吉田典生『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』日本実業出版社 \1400
 新聞の新刊書欄のところでチェックして切り取り、手帳に挟み込んでおいた。そうしたら、ほどなく、本屋さんで見つけて購入した。大体、こうしておくと見つかる。この本の題名は、いつも仕事をしながらかんがえつづけていることでもあるので、すぐに反応したのも当然だろう。仕事で、生徒たちに教えることをしていると、つい「なんでこのくらいのことがすぐにできないんだ」とか「これは、かんたんだからすぐにできるね」などとついおもったり、口に出してしまったりする。自分が生徒だったときをおもうと、それほどかんたんにできたのかな…と疑問におもうこともおおい。どうもわたしだけでなく、人をおしえる仕事についている人たちは、自分がその内容を身につける段階でじつは相当の苦労をしていたことをわすれてしまっているようだ。そういうことをじつにていねいな実例をあげて解説してくれている。反省させられることが多かった。すぐにはなおせないだろうが、注意しながら役立てていきたい。

 この本の内容に、わたしも「階層社会学」ボックスで触れている「ピーターの法則」が生じる原因とおもわれる事柄にもふれた箇所があちこちに点在している。何度か読み直して、検討したいとおもっている。年末に読んだ本であるが、貴重な本を手に入れることができて幸運だった。(2006/01/01(日) 16:54)

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