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読書日記2007


■またまたまた今年も

 昨年もあっという間におわり、きょうは元日。きょうは、何もしないで、酒でも飲んでいようかとおもったが、どうもそんな気にはならない。酒はやはり夕刻にならないとだめだ。もう時間的にははじめてもいい時間であるが、明日へのばすと、またできるかどうかわからない。できるうちに2006年度へ移行しよういう気持ちになった。そこで、形式もあまり変えないで、例年どおりにはじめることにした。奇をてらっても中身はほとんどないも同然。自分の書きたいようにかいて、備忘録にでも役立てることができれば…、とまたはじめることにした。

■今年もまた積み上げ方式

 形式はいつもと例年と同じで、積み上げ方式。一番上に最近、読んだものをおくことにしてある。本の内容を紹介するのがメインではないので、あまり参考にはならないとおもう。昨年は60冊ほどしか取り上げることができなかった。読書量は次第におちているから、今年はどうなるのやら。まァ、自然流にまかせるしかないだろう。

 2007/01/01 (月) 17:34


★著者7名『暴走する「地球温暖化」論』文藝春秋社 \1524
 海老名の本屋さんで見つけて購入した。毎日、気象観測をしているものとして、「地球温暖化」の話題にはつい目がいってしまう。「自分の測定している気温が本当に正しいものなのか?」「気温って一体どういう意味か?」「平均気温って物理的にどれほどの意味があるのか?」などなど日々の観測をしながら、いつも頭に沸き起こってくる。気温を小数第1位まででも求めるのは、至難のわざである。とくに、百葉箱をつかっての野外での観測などでは、箱のふたを開けただけでも数値はすぐに変化する。それがわかっているので、最近の温暖化論などにつかわれるデータでの「0.5℃上昇」などというフレーズには、とても違和感をおぼえる。それも、データとして信頼性の置けるものは、ここ100年ほどしかない。その100年といっても観測機器の精度はバラバラだし、一体何を基準にして論じているのかがはっきりしない。少しでも気温の高い現象があったり、異常気象とおもわれる現象があると、バカのひとつ覚えのように「温暖化」にむすびつけようとする。あきれてものがいえない。

 ヒステリックに騒ぐのは、マスメディアの常。しかし、善意でものをいっているようで、事実を冷静に分析してから報道するのではなく、返って「洗脳」のようなことをしているのは、犯罪的でもある。わたしは、「地球温暖化」については、まずはきちんとしたデータを取り、冷静に判断したほうがいいとおもっている。この本の著者たちに全面的に賛同するものではないが、冷静な分析をしようという姿勢は評価できる。いたずらに危機感をあおるようなことは感心しない。地球のように長い歴史をもっている天体上でおこっている現象に、早急な解決策を付け焼刃のようにするのはむしろ危険なようにおもえる。自然現象は人間が制御できるほど甘くはない。
2007/12/21(金) 17:16
★武田邦彦『環境問題はなぜウソがまかり通るのか1・2』洋泉社 \952×2
 一言でいえば、「環境問題ほど人をだましやすい」ものはない。それも、だましている人は、それほどの罪悪感をもつことなく、人をおどしたりだましたりしてしまう。著者は、「リサイクル」「ダイオキシン」「地球温暖化」「チリ紙交換屋さんの消滅」などを例にして(1の本で)、相当に慎重に、周囲に気を使いながら論じている。わたしが、常日頃かんがえていることもほぼ一致する。こういう論がなぜ表にでてこないのか、むしろその方がふしぎでならない。この本では、2030年くらいが石油の限界という。わたしの予想では、2050年くらいではないかとおもっている。いずれにせよ、石油文明が終わるということは、現代物質文明の終わりであり、そのとき地球温暖化などの問題は自動的に解決の方向にむかう(むしろ寒冷化の方で苦労しそう)。俗物である私としては、心配事がひとつある。私自身はもうこの世にはいないだろうが、子どもや孫たちの世代がそれにあたる。彼らにつらい思いをさせるのは忍びない。でも、ひょっとすると、その世代には新しい価値観で生活しているのかもしれないな。そう信じたい。

 ネットなどで検索すると、この武田氏の本にもいろいろな反論が多くでている。データの値がちがうとか、もろもろ。どんなときにも反論したがる人はいる。気にしない。ただ、はっきりしているのは、そんな反論など関係なく、石油は確実に枯渇する。石油はそのエネルギーとしての意味合いだけでなく、現代文明で種々の形で利用されている。それらがすべて使えなくなる。それだけは、確実である。代替のものはない。原子力では電気はつくれても物質はつくれない。まァ、人間がすぐにいなくなるなどということはないだろうが、否が応でも現在の生活レベルは維持できまい。そのときに、本当の人間の力がためされる。心配はいらない、
石油などなくてもじつは生きていける。江戸時代までの日本にもその見本がしっかりある。私は、悲観などまったくしていない。そのときにはまたしぶとく生き抜いていく人間も多いだろう。それが生物であることの意味だろう。そのときを見れないのがちと残念ではある。
2007/12/05(水) 17:16
★星亮一『山川健次郎の生涯』ちくま文庫 \860
 本によっては、読むのがせつなくて手に取るまでに時間のかかるものがある。難解だからとかの理由ではない。あまりに身近な話で、それも辛い思いがあるために、読み出せない本のことである。星氏のこの本も2003年に単行本ででているが、本屋さんで最初のところを立ち読みして、買うのをやめた。140年ほど前になるが、戊辰戦争で最大の戦争が、会津であった。会津は賊軍の汚名を着せられ、策略で官軍を名乗ることになった薩長軍(西軍といってもいい)に攻め込まれて、1ヶ月にもおよぶ籠城戦の末、悲惨な敗北をした。戦いはときの運であり、それはそれで止むを得ない。が、その後の薩長藩閥政治の酷さは、ついに先の大戦までつづいた。この辺の事情は、無念さばかりが先に立ち、どうも冷静に判断できない。だから、読めばつらくなるのはわかっていた。時を経ること4年にして、先日文庫本になった本書を本屋さんで見かけた。今度もおなじ反応だったが、自分の気持ちを抑えるようにして、購入することにした。そして、1日で読んでみた。途中で涙すること、目頭があつくなること、何度もあったが、グッとこらえて最後まで読んだ。故郷会津の人たちが、いかにして現在の会津を取り戻すために苦労したかが、ひしひしと伝わってくる。本来は、当事者である会津の人間が、こういう本を出すべきなのだろうが、あまりに記憶が新しすぎて、冷静に書けまい。いつもながら、会津に多大の好意をもっていただいている星亮一氏ならではの冷静で透徹した筆があってはじめて本書のような素晴らしい本ができたとおもっている。今、日本の教育も政治もじつに情けない状況にある。山川健次郎氏のような人が増えてくれることを願わずにはおれない。郷土を愛し、学生を愛し、理学を愛し、日本で最初の物理学の教授になられた大先輩に心から感謝をしたい。そして、この本を見事に仕上げられた星氏にお礼を申しあげたい。
2007/11/19(月) 17:38
★藤塚光政『どうなっているの?身近なテクノロジー』新潮社 \1400
 「光触媒」のことを知るために、職場の図書館をさがしていたら見つけた本。液晶、遠赤外線、ダンボール、MD、カーナビ、形状記憶合金、香り、乾電池、ネジ、テフロン、接着剤、光触媒抗菌、アルミ缶、バーコード、携帯電話、ラテックス、発泡スチロール、太陽光発電、ストロボ、Fe・鉄、天気予報、水素吸蔵合金、レーダー、プリクラ、オートフォーカス、板ガラス、プラスチックと生分解、の項目がある。わたしが主宰になっている科学倶楽部でも、これらの事柄の中のものを取り上げたことも多い。わたし自身は「身近な科学」とか「身近な技術」みたいなものは好まない。そういうことは、個別に知ればいいだけのことだし、ふしぎなことにどうも興味関心もわかない。ただ、倶楽部に来られる人たちの話にでてくるのは、そういう技術や製品のことが多い。困ったことである。現代では「科学」と「技術」は境目がグレーゾーン化しており、まったくそれに無頓着でもいられない。しかし、目先でどんどん変わっていく種々の製品の原理的な部分は、それほどの変化をしているわけではない。そういう部分を知れば、次から次へとでてくる製品の流れはおおよそ予測はたつ。倶楽部でねらっているのは、まさにその点なのである。といっても、人はだれでもそういう基礎的な箇所に興味をもつのではない。「広く浅く」もひとつのあり方なのだろう。この本の著者も、そういう原理的なところは専門家ではないためか、あまりふれずに上記のような話題を書いている。いろいろな人と話してみて、じつは多くの人はそれほど深い理解をもとめているわけではない、ことがわかる。「何となくわかる」レベルで十分だと無意識におもっているようなのだ。でも、それって、本当は困ったことですよね。
2007/11/14(水) 07:47
★坂村健『ユビキタスとは何か』岩波新書 \700
 サブタイトルに「情報・技術・人間」とある。帯には「「どこでもコンピュータ」が次世代の社会をつくる!」と青地に白抜きで書いてある。著者は、TRONプロジェクトで有名な方で、わが国におけるこの分野の第一人者だ。今や、何も語らずとも、身のまわりはコンピュータチップがあふれんばかりにつかわれている。買い物をすればレジで、風呂も自動で、…と絶えずピッという音でその存在がわかる。タグをつかった識別は当たり前になっている。これを、人間が関係するすべてのものに拡張していこうというかんがえ方が、「ユビキタス」といわれるものだ。なぜこうしたものが必要なのか?の大前提をきちんと押さえておかないと、またしても技術に流されて、おもわぬ弊害に苦しむことになりかねない。インターネットを普及させた米国の基盤理念は「強いアメリカ」であった。わが国はとなると何もない。なくてもいいのだけれど、それでは心もとない。著者はこの目標に、「少子高齢化に負けない日本」を挙げている。この目標を実現するためのひとつの技術的基盤として「ユビキタス」計画をかかげている。わたしは、全面的には賛成できかねるが、著者のいわれているような危惧はかんじている。どのレベルまでこの理念をもとに技術として実現させるかは、じつにむずかしい問題をはらんでいる。読み進むうちに、重苦しい気分になるのが、自分でもわかった。未来はそこまで来ている。わたしがどうこういう前に、現実のほうがどんどんその方向に行くような気がしている。空恐ろしい気持ちがする。
2007/10/25 (木) 18:06
★砂川重信『電磁気学』岩波書店 \1860
 これまた、何度も読んでいる、愛読書の1冊である。この物理学者はわたしの大大尊敬する人である。高校のころに買った受験参考書の中にも彼の書いた本がある。それも手元にある。おなじ物理の専門書でも、彼の手にかかると小説でも読んでいるようにぐいぐい惹きつけられて読んでしまう。この電磁気学にも随所に彼独自の表現がキラめいていて、読んでいて飽きない。「電磁気学」としては入門書的な位置づけの本であるが、読むたびにその論理の緻密さとていねいな説明に感服する。この本のさらに発展的なものに『理論電磁気学』紀伊国屋書店があり、これまたおもしろい。また、彼が訳した『ファインマン物理学X量子力学』岩波書店も愛読書である。物理学でも書く人によってこんなにもちがいあるということを教えてくれた貴重なお一人(湯川秀樹氏や朝永振一郎氏の本、さらにはファインマン氏なども当然はいるが)である。受験物理に打ち込んでいる受験生には、こんな本を読む時間などないだろうが、理工系の大学生にはぜひ読んでみてほしい1冊である。まだまだ読むことも多い本である。専門的な本が2冊つづき、お許し願いたい。
2007/10/07(日) 09:50
★和田正信『放射の物理』共立出版 \980
 もう何冊もでている「物理学OnePoint」シリーズの1冊である。買って20年以上も経つが、何度か読んでいて、また読んでしまった。このような物理の専門書的な本はここでは紹介しない方針で来たが、このところ専門書的なものしか読んでないので、やむなく載せることにした。電磁波(電波や光はその中のひとつの範囲)全体と物質との相互作用、さらには宇宙での放射までふれている。いい本である。130ページほどの小冊子であるのもいい。数式も遠慮なくつかわれているから、それらに弱い人にはきついかもしれない。一般向きとはとてもいえないけれど、こういう本もちょっと手にとってもらうと、今までとはちがう世界の存在も実感できるかもしれない。修学旅行の準備でバタバタしている最中に息抜きに読んだものなので、特に他意はない。物理関係の本は、旅行先だろうが山だろうが、ほとんど毎日読むのが習慣になっている。まァ、歯磨きみたいなものだ。好きでやっていることで、こんな本に興味を抱く人はまずいないだろうが、手が勝手に書いてしまった。
2007/10/07(日) 09:35
★池波正太郎『元禄一刀流』双葉文庫 \552
 編者:細谷正充氏である。「池波正太郎初文庫化作品集」の第2巻目。7編からなる。「上泉伊勢守」「幕末随一の剣客・男谷精一郎」「兎の印籠」「賢君の苦渋」「かたき討ち」「奇人・小松源八」「元禄一刀流」の7編だ。はじめて本屋さんで見つけたときは、買うまいと決めた。池波正太郎氏の本は「剣客商売」だけでいいとおもっていたので、他の本は読むまいと何となく決めていた。しかし、どうにもまだ文庫本化されていない作品ということで、気になって3日ほど前に本屋さんで中身をちょっと読んでみた。そうしたら、どうしても全編読んでみたくなり、ついに買ってしまった。自分で決めたことを自分で破るのはつらい。が、買ってしまった以上は、一気に読みおえることにした。「上泉伊勢守」は、柳生新陰流誕生までの話。流れがきちんとわかり十分に納得できた。「…男谷精一郎」は、真の剣客といわれた人の紹介。「賢君の苦渋」は、わが故郷・会津の藩政を司った開祖:保科正之の生き様。この3編はじつに興味深かった。この駄文を今、学校で書いている。もう、日曜日の18:00に近い。体育館では、文化祭最後の生徒たちの後夜祭がおこなわれている。もうすぐ、文化祭も本当の終了に近い。最後は、花火が上がって終わりになる。残暑の厳しい中での文化祭であったが、天気にめぐまれ、本当によかった。それにしても、身体の芯が疲れているみたいでだるい。明日の片付けまでは、何とか頑張りたい。
2007/09/16(日) 17:44
★安河内 哲也『できる人の教え方』中経出版 \1300
 「みんながわかる…」と表題のわきに書いてある。ホントかな?とおもう。商売柄、こういう表題の本にはどうしても目がいってしまう。7章からなる。「惜しみなく”教える”ことで人は成長できる」「”教える”とは、どういうことか」「相手にわかってもらう教え方」「相手のやる気を引き出す教え方」「相手のタイプにあわせた教え方」「多人数を前にしたときの教え方」「20年間、教えつづけてわかったこと」である。安河内氏は、東進ハイスクール講師で、企業の研修講師もされている。「教える」ということに関してはまさにプロそのものである。人に教えるときには、どんなことでも、必要とされる技術は当然ある。ただ、技術だけで教えられるかというと、そんな簡単にはいかない。基礎になる部分は、ほぼ共通なことはありうる。が、あるレベル以上になれば(仕事とするならば、そこをふつうは目指すだろう)、共通項以外のさらなる技能が必要になる。そこからは、教える人によりさまざまなベクトルがかんがえられる。仕事の現場にいると、どうもそのレベルまで達している人は思いのほか少ないようにおもう。自分自身もある面で?である。だから、この本をざっと読んでみて、教えられることも多々あった。ハウツーものといっても、侮ってはいけない。学ぶべきことはどこにでもころがっている。かんがえてみれば、教えるという行為は、学校などの場所以外でも、日常的にいろいろな場面がある。この本の内容にあるような基礎的なことをきちんと知り、租借して実践できるようにしておけば、教えるということもけっこうおもしろいものだとおもえるかもしれない。蛇足ながら、「教える」もやりすぎると、飽きる。これは、何でもそうだろう。
2007/09/04(火) 12:52
★菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書 \760
 新渡戸稲造『武士道-日本の魂』岩波文庫などで述べられている「武士道精神」につねづね違和感をもっていた。新渡戸氏などのキリスト教徒が書いた「武士道」にはキリスト教との迎合をはかるために、相当の脚色を無意識に施しているという感じを押さえることができなかった。「武士」とは本来戦士であり、もっとも荒々しいものであるとかんがえていたし、戦場で慈悲など感じている暇などない。新渡戸氏の「武士道」は、本当に戦場で斬りあいをしたことのある武士の言葉ではなく、ただ武士の子どものとして生まれ、その中で感じたこと、思い描いたことを欧米の人たちにできるだけわかりやすく説明するための方便の一つだったのだろう。そんな想いがあったせいか、この本を立ち読みしたとき、「これこそ、まさに武士の生き様だろうな」と感じ、買っておいた。買ってはおいたが、もう数年読まずに放っておいた。

 その間に、わたしも居合・抜刀などの稽古に行くことになり、実際に真剣(本身)を手にして、巻き藁ではあるが、試斬なども毎回するようになった。この経験で、刀を使うことの大変さ、怖さ、そして大胆さなどを知った。新渡戸氏のいうような、きれいごとで武士道がなりたっていたわけでないことは、実感としてもわかるようになった。そこで、この本を実際に読むことにしてみた。わたしが、常々、感じていたことはけっしてわたしの思い込みではないこともはっきりと、書いてあり、わかった。そう、われわれが通常思い込まされている「武士」の姿は、明治になってから唱えられはじめた「明治武士道」そのものなのだ。江戸末期までの武士は、TVなどで観られるものとはまったくちがう人種なのである。もちろん、江戸時代以前の武士などもっとちがう。そこには、まさに「人を斬る」というギリギリのところで生活する戦士としての武士がいた。現在唱えられている「武士道」は明治産である。そして、この西洋化した武士道が多くの悪さを世界にしてきたことは、周知のこと。明治維新がその端緒となった。本来の「武士道」はきっと泣いていることだろう。
2007/08/17(金) 11:26
★岡村定矩編『人類の住む宇宙』日本評論社 \2400
 「シリーズ現代の天文学」の第1巻目である。帯には「日本天文学会が総力を結集した100周年記念出版 いきいきとした天文学の現在にふれる。文系・理系、すべての人にむけて、確かな科学的基礎をもとにやさしく説き明かしています。」とある。このシリーズの出版をネットで知り、興味をもち、買うことにした。現在は第4回配本までいっている。全部で17巻まで出版予定。なかなかゆっくり読む時間がなく、飾っておいたのだが、数日前とつぜん読み始めて、昨夜読み終えた。6章まであり、かなり専門的な内容だが、とくに数学的にむずかしいところもなく、たいへんにていねいな説明でわかりやすい。「現代宇宙観までの道のり」「宇宙の起源と現在の姿」「元素の起源」「太陽系と系外惑星系」「地球と人間」「時と暦」の章立てになっている。「元素の起源」と「太陽系と系外惑星系」は、あたらしい知見が得られ、じつに楽しく読めた。いままで、喉にトゲがささったようではっきりしなかったところを適切に解説してくれていて、ほぼ納得がいった。

 昨年までは、夏休み中も5日×3期=15日ほどの夏期講習会をいれていた。が、今年は辞めた。どうも生徒の質が変わってきているようで、乗りがわるい。放っておいても向こうから「講習をやってもらえませんか」と声がかかったのだが、今年は何のお呼びもかからない。ちょっと寂しい気持ちもあるが、こちらから無理にやるほどのこともない。それでなくても、やるべき仕事はいくらでもある。ということで、この夏休みは、8月末の補習を除いて、勉強会は辞めた。その分、自分の楽しめる勉強をしようと、このシリーズと『岩波講座 現代物理学の基礎(第2版)』岩波書店をできるだけ読み込んでみることにした。まァ、自分でやる「研修会」みたいなものである。毎月購読している「パリティー」丸善、「数理科学」サイエンス社、「大学への数学」東京出版もゆっくり読めそうで、楽しみだ。

 ただ、夏休みといっても、時間は限られている。恒例の夏山も今週末からでかける。もちろん年休をとっていく。このために、今年は現在まで年休はまったく取っていない。東京都知事の石原氏ではないが、「教員は夏休みに年休を取れ」というのを実践することにしている。ただし、本当は年休をゆっくり取らせるほど、教育委員会は甘くはない。次から次へと研修会をいれてくる。自分に適した研修など自分でやればいいのだが、まったく余計なお世話ばかりしている。自分で勉強できない教員にしている原因の一つは、まちがいなくこれらの研修会である。読みたい本だけをもって、山で仙人みたいに過ごしたいという願望が、わたしにはある。
2007/07/25 (水) 22:10
★マーク・ブキャナン『歴史の方程式』早川書房 \2300
 水谷淳氏の訳である。もう1ヶ月以上も前に読んだ本だが、このところの仕事の立て込みで、とてもゆっくりと書いている暇はなかった。きょうは、期末テストの最終日で、すでに自分の教科(物理)の採点も済み、成績もほぼ出してしまって多少の時間の余裕がでたので、書いておくことにした。同じ著者の『複雑な世界、単純な法則』草思社の紹介は、何冊か前にした。じつは、その本の前に書かれたのが、この『歴史の方程式』だと、読んでわかった。「歴史」に数理でいう方程式のようなものを立てることなどできないことはわかっているが、ある法則性があることも、ある程度の大人ならわかるはず。「カオス」や「フラクタル」「複雑系」などのキーワードとともに最新の科学的知見をもとに書かれている本書は、わたしにはとてもおもしろい内容であった。文系・理系などという分野分けにはほとんど興味がないから、どんな分野のものでも、おもしろいとおもったら読む。若い頃は、読書の傾向も多少は他人の影響を受けることがおおかったが、歳をとるよさは、そういうのにほとんど影響されなくなることかと最近きづいた。誰からもとやかくいわれないし、いわれても全く気にならない。棺おけに片足をつっこんでいるように気分なので、何も気にならない。好きなように本を読めるようになれるまで生き延びてきたことに感謝したい。はたして、あとどれくらい読めるかわかったものではないが…。
2007/07/11(水) 17:32
★西林克彦『わかったつもり』光文社新書 \700
 副題に「読解力がつかない本当の原因」とある。いろいろな文章を読んだときに、何の違和感もなく読めると「わかった」気になる。そこで、理解は止まってしまう。しかし、本当にわかっているのだろうか、と自問自答する人は少ない。ちょっと簡単な図にしてみたりすると、じつはよく理解していないことがすぐにわかる。ましてや、本格的な論説文などはそう簡単に理解できることは少ない。速読などで雰囲気はわかっても、じつは内容がまったくわかっていないことは多々ある。いろいろな視点からかんがてみて、はじめて理解が進むことも多い。そういうことを実例をあげて、丹念に説明してある。何気なく本屋で見つけて買ってみたが、よい本に出合えた。まさに、直感は大切である。わたし自身が「国語が苦手」と思い込んでいた理由もほぼわかった(つもりではない)。しかし、この内容を高校の頃に知っていれば、もう少し現代国語の成績も良かったかもしれない。ま、時すでに遅しである。著者は東工大出の理工系の人なのが、なんともおかしい。
2007/05/29(火) 15:17
★石川英輔『大江戸開府四百年事情』講談社文庫 \522
 毎晩、寝床でたのしんでいた。日本史上最長の265年の単一政権を誇る「江戸時代」は、ようやくにして少しずつ評価されるようになった。明治政府にはじまる捏造の歴史観によって、その実態が暗いイメージに形づくられていた時代であるが、何のことない、ごく普通の時代であった。むしろ、265年つづいたという事実をおもうと、それほど圧制をしながら維持してきたということはかんがえづらいことはすぐにわかる。そして、東京は首都としては、もうすでに400年の歴史になる。京都は1000年の都としてまだまだ威勢がいいが、江戸もますます元気だ。首都移転などのたわごとをいう政治家も多いが、言っている政治家自身がこの400年もつづいているという事実に気づいていそうもない。まァ、政治家のレベルも高がしれているから、仕方ないか。この本を読みながら、江戸について多くを学ぶことができた。
2007/05/29(火) 15:06
★河合隼雄『働きざかりの心理学』新潮文庫 \400
 ブックオフで50円で購入。トイレにおいて読んでいた。「働きざかりの心理学」「働きざかりの親子学」「働きざかりの夫婦学」「働きざかりの若者学」「働きざかりの社会学」の5章からなる。自分は、もう「働きざかり」はすぎているとおもうが、読んでみて、とくに「働きざかりの社会学」の章にあった「中年学」は参考になった。この本を読んで、問題が解決するわけではなくて、あくまでも一つのヒントとして、活用していくのが著者の願っていることであろう。定年も年々近づいてくる。若き頃、あれほど遠くに感じた一つの職業のゴールが、かすかに見えてきている。無事たどりつけるのかはわからない。ただ、現在の社会情勢をみると、定年後にのんびりと隠居生活を送れるほど甘くはない。「仕事をする」ことは、一生ついてまわるような気がしている。「働きざかり」はあるだろうが、「働きつづけ」もまた現実のようだ。トイレで読んでいたので、本も心なしか黄ばんでしまったようだ。本としての役目は十分に果たしてくれたので、またブックオフにもどしたい。
2007/05/21(月) 07:49
★マーク・ブキャナン『複雑な世界、単純な法則』草思社 \2200
 翻訳は阪本芳久氏による。「ネットワーク科学」についての本である。この分野は、1990年代からさかんに研究されるようになった。この本の帯にもあるが、「脳細胞、インターネット、食物連鎖、人間社会……。どれも同じ法則に従って、つながっていた!」という知見が得られ、現在研究はますます進展している。毎月購読している科学雑誌の「数理科学」2006年8月号でも特集で「ネットワーク科学の数理」を取り上げている。ネットワークというと、インターネットなど情報関係のことを連想されるとおもうが、じつは、複雑系の分析もふくめて今まで「物理」「数学」などでなかなか扱えなかったものも、グラフ理論や統計力学などを駆使して具体的に扱えるようにしていこうとしている最前線の科学である。なんだかむずかしそうに聞こえるが、そうでもない。「世界中の誰とも6名の友人を介してつながる」「金持ちのもとに金があつまるのはなぜか?」「インターネットを効率よく破壊する方法は?」「ロシアで貧富の格差が大きいのはなぜか?」…、などなどいろいろな疑問にある程度答えを出せたりするおもしろさがある。わたしも、最初はそれほど興味もなかったが、この本や雑誌の特集などを読んでいるうちに、次第に興味がわいてきた。何でもそうだが、なにがキッカケになるか、わからないものだ。これからも、関心をもって取り組んでいきたい分野である。
2007/05/01(火) 13:19
★坂村健『痛快!コンピュータ学』集英社文庫 \686
 最初に出版されたときは、B5版ほどの大きさの単行本として出され、それを買って読んだ記憶がある。それが、文庫本になり2002年に再出版された。この文庫本も読んだはずだが、どうも記憶がはっきりしない。そこで、再度読み直してみた。もうこの文庫本がでてからも5年ほどになってしまったが、さすがに「TRON」の開発者である坂村氏の先を見る目の鋭さにはおどろく。「どこでもコンピュータ=ユビキタス」なる予見は見事に的中しており、もう身のまわりにコンピュータのチップを入れていない電気製品をさがすことは困難になっている。「デスクトップみたいなコンピュータはすでに峠をすぎた」という指摘は、まさにそのとおりになるだろう。OSとしてTRONを組み込んだ携帯電話はもう世界を席捲している。人の作ったものを取り込んでは、どんどん肥大化しているMicrosoft社も、坂村氏に接近をはかっている。なんとか、それに取り込まれないでほしいと願っているが、氏にはすでにMicrosoft社の先々は見えているだろう。コンピュータの原理から歴史、そして未来への提言など、この本の教えるところは、まさに「痛快!」な「コンピュータ学」である。こういう本を書ける力量をもった人はそうはいない。何度でも読み返して楽しみたい本である。激推薦の本でもある。
2007/05/01(火) 12:12 開校記念日に
★荒巻義雄『新紺碧の艦隊1』徳間文庫 \1029
 荒巻氏の『艦隊シリーズ』の中で、どこを探しても見つからなかった『新紺碧の艦隊零』が、こんど発売になった文庫本のこのシリーズの中に合本として入れられていたので、迷わず購入した。タイトルは「偽りの平和」というもの。6話からなる。いままで、気にするとはなく、でも無意識の中では気になっていたようだ。今度の文庫本は装丁もいいので、また全部買うことにした。この「零」を読んで、ようやく本当に全巻読破したことになり、溜飲をさげた。わたしは、シリーズものは全部読まないと気がすまないところがあり、自分では悪弊とおもっているのだが、治らない。でも、読み終えたときの充実感と、全巻が頭におさまったときのプロットの流れの味わいが好きなのだ。著者とその本を共有できたような気がするからだとおもうが。まァ、とにかく、このシリーズはまた読み返す可能性があるので、とっておきたい。
2007/04/14(土) 09:19
★荒巻義雄『紺碧要塞の戦略論』徳間書店 \750
 「『紺碧の艦隊』の読み方」シリーズのUである。たまたま行きつけの古本屋さんで見つけたので、\100で購入。寝床で少しずつ読んでいた。生徒たちは春休みなので、部活動などの生徒以外は登校していない。しかし、職員は当然通常の勤務で、毎日出勤しては指導要録書きなどの残務処理をしていた。いっしょに物理を担当していたK先生はこの3月で定年になり、学校を去った。が、長年たくわえた不要物はとても多い。少しでも手伝いになれば、とゴミだしをしていた。何10年ものゴミはすごくて、毎日、腰の痛い日々がつづいた。わたしが、現任校に来て2年間使わなかったものは、今後も使うことはないだろうと判断して、中身も見ずにどんどん捨てた。明日、産業廃棄物処理の車がくる予定になっている。校舎のわきには、そのためのゴミが一杯出ている。学校も公害の元凶であるな…と申し訳ない気持ちである。その作業の休憩時間にこれを書いている。この本の裏表紙に「人の本性は善だが、あくまでも相対的なものだ。アメリカの正義とイラクの正義は異なり、戦争は、この異なる正義の対立で起きる…略…どうしてこんな不合理が起こるのか――精神分析の理論を駆使して現代世界を分析する云々」とある。長いシリーズを読み終えているので、著者の語り口はほぼわかる。おもしろい視点での分析もあり、たのしめた。
2007/04/02(月) 12:20
★池田清彦『科学とオカルト』講談社学術文庫 \760
 昨年末ごろに購入したが、読んでいる本が多くて、本棚においたままになっていた。シリーズものも一段落したので、次に何を読もうかな、と本棚をみていたらこの本が目についた。本のカバーの後ろに「ニュートンもケプラーも錬金術師だった。客観性を謳う科学の登場は、たかだか数百年前のことである。近代産業社会が、オカルト理論に公共性を要請した時、秘術は「近代科学」として生まれ変わった。「万能の学=科学」と現代オカルトは、原理への欲望とコントロール願望に取り憑かれ、どこまでいくのだろうか。社会と科学とオカルトの三者の関係を探求し、科学の本質と限界に迫る。」とある。著者は「構造主義科学論」の先鋒でもある。わたしは、他人の主義主張などには関心もないが、著者の本はおもしろいので、すでに何冊も読んでいる。もともと生物学者で、「虫」狂いというのがいい。養老猛司氏ともその点で交友があるようだ。わたしは、「虫」は苦手なので、無視。しかし、彼の生物を見る目にはいつも注目している。正直にいうと、「科学論」には何か胡散臭いものを感じていて、好きではない。科学の中身そのもののほうがたのしい。ただ、科学の成り立ちそのものなどを知ることも大切なのだろう。「科学の起源」「オカルトから科学へ」「科学の高度化と専門化」「科学が説明できることと説明できないこと」「心の科学とオカルト」「現代オカルトは科学の鏡である」「カルトとオカルト」「科学とオカルトの未来」の8章からなる。どうも、この本は「なぜオウム真理教みたいなのが出てきたか?」を念頭に書いたものらしい。ひとつの見方として、とても参考になった。
2007/03/26(月) 08:25
★荒巻義雄『新旭日の艦隊17』中央公論新社 \857
 とうとう、昨日の午後読み終えた。「大いなる地球」というタイトルだ。これが、「艦隊シリーズ全63巻」の最後になる。昨年の読書日記を見たら、2/22に1冊目の『紺碧の艦隊1』を読み終えていた。ちょうど1年1ヶ月ほどかけて、この63巻を読んできたことになる。作者は、このシリーズの執筆に10年間(400字原稿用紙で約2万8000枚ほどだという)かけている。それを、読むほうは1年ほどで読めるのだから、じつにありがたく、感謝している。『紺碧の艦隊』『旭日の艦隊』『新紺碧の艦隊』『新旭日の艦隊』の4シリーズであった。小説でこれだけ長いシリーズものを読んだのはおそらく初めてであろう。高校時代から大学時代にかけて読んだトルストイの本は全24巻だったが、あれもじつに長かった。大好きな夏目漱石は、何度も読みかえしているから、小説も好きなほうなのだろう。ただ、物理や数学の専門書などは計算しながら読むのがふつうなので、時間がかかる。こういう小説(SF小説はもちろん大好きだ)類は、その合間に読むことのほうが多い。それにしても、ここ10年くらいは小説類はほとんど読まなかったから、昨年の正月に見たアニメ『紺碧の艦隊全34巻』はいいキッカケになった。このシリーズの関係本があと数冊残っているが、それは、また時間をみて読んでみたい。あ〜ぁ、1年間か、長かったけど、楽しめた(^_^)v。
2007/03/20(火) 07:37
★荒巻義雄『新旭日の艦隊16』中央公論新社 \857
 まだ始業前だが、生徒たちは球技大会の準備にかかっている。わたしももう1つ仕事をしてしまった。職場についたのが、7:05だから始業までには1時間半ある。この時間を利用して、できるだけ雑用はするようにしている。それでも、次々と仕事はある。きょうから3日間球技大会がある。この間を利用して、生徒たちの成績処理などをおこなうのだ。土曜日には「総合学習評価票」を作りにきた。1・2年生480名全員の成績表を作った。これは、わたしの係の仕事である。その仕事の合間に、この本を読んでいた。「伯林への道」がタイトルである。ようやくにして、連合国軍は伯林を包囲し、そして無血解放する。もちろん、これは今、わたしたちが住んでいるとおもいこんでいる世界ではありえないストーリーであるが、並行世界では、あり得ること。こいういうのがSFのおもしろさ。あまり生真面目にかんがえないで、思考の遊びとかんがえれば、これもまたたのしい。残りもあと、17巻のみ。すでに読みはじめている。
2007/03/19(月) 07:57
★荒巻義雄『新旭日の艦隊15』中央公論新社 \857
 このシリーズも残り少なくなってきた。「風雲カルパティア要塞」というタイトルの内容だ。カルパティアは、ハンガリーの首都ブタペストの東側に位置し、ハンガリーと黒海のほぼ間にある。ここをナチス独逸が要塞化しており、そこを連合国が突破する作戦が進行中である。このシリーズは、どうも戦記SFとジャンル分けされているようにおもうが、ずっと読みつづけていると、ある種の思想本のような気がしている。作者荒巻氏がご自身でも書いておられるが、まさに壮大な世界平和化の指南書的な性格をもっているようにおもえるのだ。このシリーズもそうだが、作者の膨大な資料を背景に書かれている。各巻の最後に、作者の読書日誌が載っているが、それがまたさまざまな分野の見本市のような感じである。その紹介に触発されて買った本もある。これだけのものをいつ読むのか、わからない。執筆のほうも相当なスピードでされているようなので、不思議におもう。わたしなど、こんな短い読書日記を書くにも四苦八苦しているのだから、やはり本職の作家はすごいものだ。
2007/03/18(日) 09:19
★荒巻義雄『新旭日の艦隊14』中央公論新社 \857
 今回のタイトルは「決戦ウクライナ平原」。どんどんナチス独逸が追いつめられていく。まだ、戦場は黒海北方のウクライナであるが、ここが破られれば、独逸は食糧やエネルギーの補給に大きな影響がでる。そこを、日本を含めた連合国軍がジリジリと攻め挙げていくのが、今回の内容だ。おもしろいのだが、年度末をむかえ、仕事の方はとても忙しい。が、仕事ばかりではやる気もおきない。昼休みとか、朝の始業前には少し時間をつくって読みついでいる。昨夜はめずらしく飲みに出かけ、まだちょっと眠い。桜の開花予報もデータ入力ミスとかで、遅れそうだという。コンピュータに頼るだけでは自然はわからない。きちんと自分の目で身体で、自然に対峙する姿勢を忘れてはいけないだろう。気象庁さん、そうだよね。
2007/03/15(木) 07:56
★荒巻義雄『新旭日の艦隊13』中央公論新社 \857
 タイトルは「超戦艦黒海突入」。いよいよナチス独逸も本土近くまで攻め込まれる。架空の話と笑うなかれ。これと同じことが、じつは太平洋戦争時の日本なのだ。このシリーズではナチス独逸がこの日本の立場に立たされているのが、第3次世界大戦(このシリーズでは)の場合である。なお、ときどき出てくる「地政学」ということばは、あまり使われることはふつうない。「地理政治学」の略である。世界の政治体制や経済を見ていくときに、その地球上での「地理的配置」を見ながらかんがえていくというものらしい。地理的配置により気候も変わるし、それによる政治的・経済的影響は大きい。それを踏まえたうえで、種々の戦略をかんがえようという姿勢だ。これは、何も戦争にかぎったことばかりでなく、現在の世界情勢を見るときにも役立つ。この戦略シミュレーション小説は、単に戦闘場面を描写するのがねらいではなく、戦略をかんがえる指揮者の心理・思想・宗教面まで描くことで、今までの歴史観とはちがった様相を見せてくれる。それゆえ、著者が「余談」と称する部分が相当な部分を占める。そこには、本来の戦争の流れ以上に多くのことが語られており、かなりの刺激をうける。そこが、またおもしろいのだ。現在は、徳間文庫や中公文庫で新しく合本になって出ている。が、値段の関係で、わたしはほとんど「Bookoff」での購入である。昨日もちょっと立ち寄り、貴重な本を入手した。金105円なり。
2007/03/08(木) 07:44
★齋藤孝『教育力』岩波新書 \700
 帯に「「いい先生」とはどういう人か」とある。「序章 教えること 学ぶこと」「1 教育力の基本とは」「2 真似る力と段取り力」「3 研究者性、関係の力、テキストさがし」「4 試験について考え直す」「5 見抜く力、見守る力」「6 文化遺産を継承する力」「7 応答できる力」「8 アイデンティティを育てる教育」「9 ノートの本質、プリントの役目」「10 呼吸、身体、学ぶ構え」「あとがき」の構成。齋藤氏の本は以前にも読んだことがあるので、昨日、帰宅時に本屋さんに寄ったら、あいかわらずの「○○の力」シリーズが出ていたので、買って読むことにした。昨夜、寝床で少し読んで、早朝に起きてからつづきを。そして、昼休みに一読した。氏のいうようにできるだけ素直な気持ちで受け入れるように読もうとしたが、後半どうにもできなかった。「オイオイ、お前さんのようにやっていたら、ほとんどの教員は死ぬぞ…」などとぶつぶつ。一人二人の教師がここで書いてあるような気持ちで教育現場で仕事をすることはあるかもしれないが、全国で数100万人いる教員全部が、ここで書いてあるようなことをできるとしたら、それこそ「恐怖」の一語に尽きる。まさに、「ここで書いてあるようなことのできない先生はすぐに辞めてくださいね」と文部科学省の役人がいうような口調になってしまっている。それを本人が本心でいっているようなので、怖い。最後のあとがきあたりに「じつは、わたし自身もこういう先生をめざしてやっているのですが、現実はなかなかうまくいかないものですね…」みたいな本音でもあれば、すこしは救いになったかもしれないが、どこまでも強気である。物事を斜めに見る見方はあまりしたくないが、きれいごとばかりで読んで貴重な時間を無駄にした感がある。齋藤氏にべつに恨みつらみはないが、まァ、がんばってください、としかいいようがない。こちらはマイペースでやるしかない。
2007/03/06(火) 17:09
★荒巻義雄『新旭日の艦隊12』中央公論新社 \850
 気づいた人もおられるとおもうが、前回のシリーズ9巻目からは、出版社がそれまでの「中央公論社」から「中央公論新社」に変わっている。これは、中央公論社の経営が苦しくなり、あのにっくき読売新聞社の傘下になったためだそうだ。1999年ごろのことだ。そのため、値段も\800から\850に上げられている。読売も朝日も毎日も新聞は好きではないが、とくの読売の悪どさには呆れている。ま、そんなことはどうでもいい。この巻は「覇王軍団出撃す」というタイトルになっている。「覇王」というのは、あのスターリンと争い敗れて殺されたトロツキーのこと。小説なので、史実とはちがって何でもありだ。また、それでいいのだ。ナチス独逸に占領されたソ連を奪還すべく、日本や連合軍の助けを借りて、西進していく。この巻には「新旭日の艦隊」はほとんど登場しない。長いシリーズなので仕方ないか。作者も並行していろいろな作品を書いている時期なので、話しがやや混乱気味なのもおもしろい。今は、もう13巻目に取りかかっているが、残りが少なくなってきたし、ゆっくり読みたい気もするが、一度加速してしまうと、なかなか減速できない。これは読書の「慣性」であろう。この勢いで最後までいきそうだ。
2007/03/06(火) 07:57
★荒巻義雄『新旭日の艦隊9・10・11』中央公論新社 各\850
 「アフリカ奪回作戦」「トロツキー軍西進す」「死闘のカフカス戦線」の3冊を一気に読んでしまった。この間、3/2(金)には卒業式があり、思い出深い日もあった。それにもかかわらず、読書はどんどん加速して、毎日1冊は読み上げるペースである。『新紺碧の艦隊』シリーズでどういう結末になるかはわかっているが、著者の余談がなかなか味わいがあり、どうしても読んでしまう。読むときは、世界地図を見ながらである。そうすると位置関係もよくわかり、なるほど…と納得できる。このシリーズもであるが、単なる「戦記シミュレーション」とかんたんにくくれるようなものではない。それは、読んでみれば、すぐにわかる。社会学・経済学・科学・戦略・政治・宗教・民族などなどいろいろな関わりあいを壮大なスケールで描いている。もちろん、すべてがいいなんてことはない。それは、著者自身もしっかりとわきまえておられる。しかし、ぐんぐん読ませてしまう筆力というか、気魄というか、そういうものははっきりと感じとれる。17巻まであるので、まだ楽しめるのはいい。これを書くのももどかしいほどだ。すでに12巻目にかかっている。
2007/03/04(日) 18:34
★池波正太郎ほか『剣客商売 剣客商売読本』新潮文庫 \629
 池波氏は1990年に亡くなられている。この本はその没後に出版されたもの。内容は、「池波正太郎[剣客商売]を語る」「[剣客商売]事典」「[剣客商売]の楽しみ」「池波さんのこと」「池波正太郎年譜」からなる。この剣客商売シリーズを書き進めるにあたっての作者・池波氏の創作メモなども写真で載っており、興味ぶかい。とくに、絵を描いては玄人なみの氏が描いた主人公・秋山小兵衛の隠宅などの絵には細かい間取りなども書いてあり、じつにおもしろい。こういうイメージをきちんとつくっておいて、書き込んであるので、このシリーズがまるで映画でも観ているような錯覚をおぼえるわけである。最後にある「池波正太郎年譜」には膨大な作品群があげてあり、圧倒される。これだけ書くのは常人ではかんがえられない。秋山小兵衛は93歳まで生きたことになっているが、ご本人ははるかにお若い67歳で逝かれた。しかし、残された作品は今も多くのファンを魅了してやまない。わたしもおくればせながらファンになったが、このまま「剣客商売」ファンだけにしておきたい。あの膨大な作品群をみると、とてもあれこれ読んでみよういう気にはならない。すばらしい作家に出会え、幸運であった。
2007/03/01(木) 15:09
★荒巻義雄『新旭日の艦隊8』中央公論社 \800
 職場では、授業のために読むべき本も多いから、もっぱら始業前の時間とか、放課後の仕事が終わったあとに読んでいる。家でも読むが、最近は早春のおとずれとともに、眠気がひどい。床にはいると、すぐに眠くなってしまい、読書どころではない。さらに、花粉も本格的に飛んでおり、鼻のかみすぎでもう鼻の下は痛いほど真っ赤。ティッシュペーパーは常時持ち歩いているが、とても足りない。鼻水がずるっと出はじめると、もうしばらくは止まらない。まったく困った症状である。なかなか病院に薬をもらいにもいけなかった。きょうは、何としても帰宅時間通りに職場を出て、近くのかかりつけの病院で花粉症の薬をもらって帰ろうとおもっている。無事、おさまれば、今夜は9巻目にかかる。ちょうど折り返し点まで来た。まったく長いシリーズだなー。
2007/02/28(水) 16:51
★荒巻義雄『新旭日の艦隊7』中央公論社 \800
 タイトルは「イースター島攻略戦」である。ほぼ10年近く前の発行になっているが、今読んでも、世界情勢はこの本に出ているものにけっこう似ている。著者があとがきの代わりに書いている読書日記はとてもおもしろい。どういう本を読みながら、このシリーズを書いているのかもわかり、参考になる。国内でも、バブルがはじけて景気が悪くなっていた時期なので、その分析はいまでも実感をして共鳴できる。先が長いので、まだまだ読書はつづく。
2007/02/28(水) 16:43
★荒巻義雄『新旭日の艦隊6』中央公論社 \800
 先週の土曜日だったかの新聞に、この『新旭日の艦隊』シリーズの文庫本(中公文庫)が発売されていることがでていた。文庫本は、現在わたしが読んでいる新書版のものを3冊合本にしたもののようで、今回の出版は「3巻目」であった。この出版に負けてはならじ、と変な対抗心を出して燃えている。この巻は「超兵器搭載計画」というタイトルのものである。ま、SF戦記シミュレーションとかいう分野に入れられている本なので、予想をはるかに超えるいろいろな兵器も登場する。しかし、よくかんがえていみると、人間がかんがえたものはほぼ実現できている。ということは、この本で著者がかんがえたような兵器などは、すでに実現されているものもあるだろう。

 戦争やその道具である兵器を美化するつもりなどまったくないが、ただ「戦争反対、平和、平和…」と念仏のように唱えていても、平和などやってこない。それに、戦争と平和は「対概念」で2つでセットになっている。人間や動物一般に「欲望」という抑えがたきものがある限り、この対概念のどちらかにバランスする。げに恐ろしきは、「欲望」なり。しかし、すべての文明・文化の源泉もこの欲望。そのコントロールはじつにむずかしい。
2007/02/26(月) 07:49
★荒巻義雄『新旭日の艦隊5』中央公論社 \800
 いいペースで読み進んでいる。サブタイトル「鬼神咆吼紅海海戦」。すでに海中戦艦と大きく改装された新日本武尊は第三帝国艦隊(ナチスドイツ)を殲滅するために大活躍。読んでいると時間の経つのをわすれる。著者もいろいろ調べながら書いているようで、余談もじつに多い。が、それはいうまい。こちらも今までうろ覚えでいたことなどをきちんと知ることができる。それは助かる。今回は、舞台が「紅海」。ふだんこの辺の地政などかんがえもしないが、地図を見ながら読んでいると、もう記憶のかなたへ消えかけていた地理の知識がよみがえってくる。このシリーズを読んでいて、「地政学」というそれまで関心のなかったかんがえかたに興味がわいてきた。こういうことを教えている大学なども少ないだろうな。わたしは、「物理」という一般化・普遍化をめざす勉強の基礎をおしえているせいか、どうも個々のケースをきちんと綿密に調べていくプロセスを怠るくせがあるようで、反省している。この本を読んでいくと、そういうプロセスを大局的なものとむすびつける思考法もおしえてもらえるようで、とても勉強になる。それも勉強いるなどという感覚はまったくかんじることなく。こういう本を教材にできればおもしろいだろうな、きっと。
2007/02/23(金) 08:07
★荒巻義雄『新旭日の艦隊4』中央公論社 \800
 これまた、昨日から読みはじめたが、なんとか1日で読み終えた。タイトルは「スエズ運河封鎖作戦」という。シミュレーション小説なので、何でもできる。現実離れしているというなかれ。現実は、小説より奇なり。今朝のラジオでも、アメリカがまたしても「イランを爆撃する」と脅していると報道されていた。まァ、マスコミなどそれほど信頼できるものでもないが、これは本当らしい。イランが核開発を止めないから…という理由らしい。核兵器の本場はアメリカなのに、まったくあの国は昔からわがままのやり放題・いい放題である。何もアメリカの政府だけがそうなのだ、というだけでなく、国全体の風潮がそうなのだ。アメリカ現住民のインディアンを駆逐して建国した歴史を忘れたかのように、偉そうに他国のことに口をだす。わが日本など、戦後60年を経ても、まだ占領下にある。日本人は気づかないふりをして在米軍を見ているが、あれは立派な占領軍である。日本が自分たちでやるべきことを、金を出して代わりにやってもらっている、という構図である。よって、アメリカには強いことはまったく言えない。シミュレーション小説にすぎないこの本には、そのこともきちんと書いてある。
2007/02/21(水) 07:36
★荒巻義雄『新旭日の艦隊3』中央公論社 \800
 昨日から読みはじめたが、これまた一気に読み終えてしまった。「紅海潜航3000キロ」というタイトルの編である。『紺碧の艦隊』『新紺碧の艦隊』『旭日の艦隊』『新旭日の艦隊』シリーズのいずれにしても、世界地図を傍らにおいて読まないと、その地政学上の位置関係がよく理解できない。わたしたちがふだん耳にする国々でも、それが世界地図上のどの辺にあるところなのかを意外に理解していない。わかっているつもりでも、とんでもないところを思い違いしていることもある。だから、いつも、地図帳を傍らにおいて、読んでいる。このシリーズ全体で相当の地図に関する知識が得られる。おそらく、書いている著者も地図を傍らにおいているものと推測する。こういう本を読んでいると、別に、勉強しているというような感じはしないまま、世界中の位置関係が頭にはいってくる。「トリスタン・ダ・クーナ島」なんて島があるのをご存知か。一度地図帳でさがしてみられるとよい。このシリーズだけで、平均200ページの新書本を72冊読んだことになる。『新旭日の艦隊』シリーズは今4巻目だが、まだ14冊のこっている。先は遠い。でも、全部読みきるだろう。
2007/02/20(火) 08:11
★荒巻義雄『新旭日の艦隊2』中央公論社 \800
 先週末はいろいろなことがあり、ちょっと本をゆっくり読んでいる暇がなかった。が、それでもスキマ時間を見つけて、読んでいたのがこれ。いよいよ「海中戦艦新日本武尊出撃」である。おそるべきことに、この超戦艦は、今度は潜水艦のように海中にもぐることができるようになったのだ(笑)。うれしいですなー。現実にはありそうにないことでもできてしまうのが、このシミュレーション小説のいいところ。何せ、7万トン近くの戦艦が水深200mくらいまで潜水できるのだから、おそれいる。「紺碧の艦隊」顔負けのすごさである。読んでいると、本当に疲れがとれる。こういう本もじつのありがたい。専門書に近い本は、それなりに読むのに時間がかかるが、小説はどんどん読めてしまう。不思議なものですね。
2007/02/19(月) 07:50
★荒巻義雄『新旭日の艦隊1』中央公論社 \800
 昨夜から読みはじめて、さきほど読み終えた。「第三次世界大戦前夜」が副題である。荒巻氏の本をかなり読みついでいるが、余談が多いのをガマンすれば、著者がじつにいろいろなことを勉強しながら書いていることが、じつによくわかる。この本でも「ゲーム理論」あり、極東裁判の見直し、歴史教科書問題など種々の問題を話しの筋の間にいれて、詳しく解説している。その是非はおくとして、著者の気魄はビンビンと感じる。読ませる本というのは、じつは中身のおもしろさもあるが、この著者の気魄がどれだけ感じられるかにもよるのだろう。単なる小手先の文章書きではすぐに飽きられてしまう所以である。人に何かを伝えるためには気魄はどうしても必要である。これがないと、人は単なる情報として聞いてしまい、身にしみていかない。物事の分析はあくまでも冷静に、しかし、人に伝えるときは気魄をもって。これは、すべてに通じることであろう。自戒の意味もこめて…。
2007/02/14(水) 17:58
★荒巻義雄『新旭日の艦隊零』中央公論社 \800
 古本屋で1冊\350で全18冊買った。そのまま袋にいれておいたが、きょう出して読みはじめた。サブタイトルは「夢みる超戦艦」である。挿絵もはいっており、こちらは文字も大きい。よって、老眼の出てきたわたしには助かる。この巻から著者はパソコンで書くようになったという。「一太郎7」を用いて書いているようだ。このワープロソフトはわたしも使ったが、今はまったく使っていない。「一太郎」や「ワード」などのワープロソフトは、必要なときは使うが、機能が多くてわずらわしい。この雑感でそうだが、ほとんど「IdeaTree」というソフトについているエディターを使ってかいている。テキストエディターなので、文字装飾などの余計な機能はない。しかし、ものすごく軽い。それに、文字は実用上ほぼ死ぬまで書いても書ききれないほどだ。話がそれたが、この第二期からいよいよ「第3次世界大戦」になる。まったく物騒であるが、物語では許せる。超戦艦大和武尊(ヤマトタケル)は大改装をおこなっているところである。まだ、大戦ははじまっていないが、つかの間の平和時こそ、準備におこたりなくしておかねばならない。平和時こそ、見えない戦争がはじまっているのである。これから、残り17巻への旅がはじまる。たのしみだ。
2007/02/12(月) 18:03
★荒巻義雄『旭日の艦隊8』中公文庫 \876
 「鉄十字の鎌」「英国の栄光」の2編。これで、第一期の終了となる。もう少しゆっくり読もうとおもっていたが、なかなか時間がとれないので、この連休を利用して、一気に読んでしまった。おおよそのあらすじは『紺碧の艦隊』シリーズでわかってはいたが、こちらはこちらで、またおもしろい。単なるSFともちがう「シミュレーション小説」という新しいジャンルになるみたいだ。SFも大好きだが、このような小説ももちろん好きである。人間、自分の好きなことが本当にわかっているのかは、疑問だ。やってみたら、読んでみたら、はまった。ということは多い。新たな自分の発見でもある。このシリーズも、前に『紺碧の艦隊』を読んでいなかったら気づかなかっただろう。これで完結ではなくて、このあとに、『新旭日の艦隊』シリーズが18巻ある。もう、1巻(零巻)であるが、読んでしまった。こちらは、発売された当時の新書本である。わたしの悪い癖で、気に入るとのめりこむ。最後まで行き着かないとやめないところだ。でも、そうして、今までやってきたし、これからもそうであろう。
2007/02/12(月) 17:46
★荒巻義雄『旭日の艦隊7』中公文庫 \876
 「マッキンダーの世界」「砕氷戦艦出撃」の2編からなる。もともとは、新書版で2冊に分かれていたのを合本にして、文庫本化したものである。現在『新旭日の艦隊』シリーズも同じように文庫本化されて出版がはじまった。新書本の方が絵があったり、文字が大きかったりで、たのしい。文庫本は文字も小さいし、絵もない。ただ、持ち運びと2冊分読めるので、捨てがたい。この著者のシリーズとの付き合いは、昨年の正月にはじまる。レンタルのアニメで見たのがキッカケになり、もうかなりの冊数を読んできた。著者は、早大で心理学を学んだとあるので、そのせいか、登場人物の心理分析がいたるところにでてくる。わたしは、正直なところ、他の人の心理には疎い。もちろん言うまでもないが、自分のことはもっとわからない。自分の信念なんてないし、そのときそのときで、言っていることに派脈が通じていないことも多い。自覚はしているが、なおらない。このシリーズを読みながら、どうしたら先を見越しながら戦略を練っていくかの勉強をさせてもらっている。ただ、到底わかりそうにない。負けたふりをして、じつは勝っているというような、高度な知恵はかんがえもつかない。でも、そういうことを教えてくれる、このシリーズは例えようもなくおもしろい。すでに、第一期最終本の8巻目にとりかかっている。
2007/02/10(土) 10:40
★池波正太郎『剣客商売番外編 ないしょないしょ』新潮文庫 \552
 この本の主役は『剣客商売』の秋山小兵衛ではなくて、「お福」という若き女性である。しかし、主役ではないが、小兵衛は最後の場面でお福の助太刀をして、あだ討ちを無事はたさせる役目をする。どうも、著者に読まされてしまうみたいで、寝床でつい夢中になってしまう。2夜で読んだ。このシリーズに関係する本はあと2冊あるが、これも近々に読んでしまいそうで、ちょっとさびしい。このシリーズ以外にも、池波氏には膨大な作品があることは知っている。が、ちょこちょこ立ち読みしてみると、どうもそれほど読みたいという気持ちはおきない。これは、わたしにとっては当たり前のことである。池波氏の本全部に惹かれたわけでなし、この『剣客商売』という本に惹かれただけなので、他のものに手をのばす気などない。気にいったものは、何度でも読み直すだろうが、そうでなければ読む気はない。人生で本を読める時間につかえるのは、そう多いわけでもない。ふつうに職業についていれば、どうしたって時間は制限される。その少ない時間を費やすのだから、自分の興味関心をメインにして本を選んでいるのも、そうまちがっているとはおもっていない。このシリーズは読んで楽しいので、気にいっている。それだけである。
2007/02/08(木) 07:32
★荒巻義雄『旭日の艦隊6』中公文庫 \876
 シリーズで読んでいるので、かなり疲れるがおもしろい。「後世大恐慌」「英国中部要塞攻防戦」の2編が入っている。『紺碧の艦隊』の海上版ではあるが、何せ、長い。読み出すととまらなくなるのだが、正直なところ、読んでも読んでもあとがあり、最近ちょっと息切れぎみ。今は7巻目にかかっているが、一応このシリーズは8巻まであり、そのあと、何と『新旭日の艦隊』シリーズが新書版で18冊ほどある。これも古本屋さんで見つけたので、買ってある。まだまだ、先は長い。話のプロット(骨組み)だけみれば、数冊でおわってしまうのだろうが、何せ、著者の精神分析論などがけっこう重たく書いてある。それも、まま好きであるので、つい読んでしまう。こうやって、貴重な時間を費やしても、何も得られるものなどないことは百も承知。戦略シミュレーションとかいう分野の本になるみたいだが、そんなことには全く興味がない。ただ読んでおもしろいから、読み続けているだけだ。最後まで読みとおせるのかは、自分でもわからない。
2007/02/05(月) 07:35
★池波正太郎『剣客商売番外編 黒白(下)』新潮文庫 \705
 昨夜、就寝前に一気に読んでしまった。途中までは読んでいたが、ここ数日読めなかったので、先が気になりだし、最後まで行ってしまった。よって、今朝は寝不足である。21:00過ぎに布団にはいったが、寝たのは23:30頃だから、ふだんの生活パタンからいえば、寝不足になるのは当たり前のこと。それでも、結末までしっかり読んで、楽しめた充実感はある。解説で、常盤新平氏が書いておられるように、この『黒白』にて秋山小兵衛の若き頃のようすを読んでおいてから、『剣客商売』シリーズを読み進まれると、このシリーズがさらにおもしろく感じられるかもしれない。とにかく、このシリーズは読み出すとはまる。はまってもいい、とおもわれる方は、まずは1冊古本などで手に入れて読んでみられることをお勧めする。何度でもたのしめるシリーズだ、とわたしはおもっている。
2007/02/02(金) 07:12
★荒巻義雄『旭日の艦隊5』中公文庫 \876
 いやはや、読み終えるのにずいぶんと時間をかけてしまった。多分、昨年の10月頃から読みはじめたようだが、興味が他のところにいってしまい、ついそのままになっていた。新聞の新刊本の案内に、このシリーズの続編である『新旭日の艦隊』のことが出ており、すでに2巻まででていることがわかった。ただ、わたしは、この文庫本になったものは、すでに新書本で出ていたものを古本で買ってあるので、そちらを読むつもりでいる。この本には「総裁要塞襲撃」「ヒトラー精神分析」の2編がおさめられている。いつもながら、著者の長々とした講釈、思想の開襟等いろいろあるが、基本的にこの物語の内容が好きなので、それほど苦にはならない。まァ、もうちょっと控えてくれると助かるが、それをいえば、著者もおもしろくないだろう。次は、6巻目にまたまた突入である。
2007/01/31(水) 16:27
★広瀬立成『図解雑学 超ひも理論』ナツメ社 \1480
 このシリーズはけっこう好きでときどき買って読む。今回は、「超ひも理論」関係の物理関係の雑誌や本を探していて、頭の整理にいいかなとおもい、読んでみることにした。図解もよくできていて、それなりにわかりやすい。もう少しつっこんでみたい、というときには、ちょっともの足りなさもあるが、このシリーズはあくまでも動機付けのようだから、あとは自分の力量にしたがって、専門書なりに進むのがいいのだろう。毎月購読している『パリティー』丸善や『数理科学』サイエンス社には、専門的な解説は載るので、内容的にこの本がむずかしいということはない。ただ、「超ひも理論」のような現在構築中の理論などの概要をある程度おおづかみに理解しておくことは、こまかい議論を読む場合にもけっこう役には立つ。入選作業や3年卒業テスト、並行しておこなわれている1・2年生の授業と慌ただしい時期ではあるが、こういうときには、不思議と本も集中して読めるのは、いつものことである。少ない時間を利用しても本はいつでも読める。けっこう楽しい本であった。
2007/01/31(水) 07:31
★池波正太郎『剣客商売番外編 黒白(上)』新潮文庫 \705
 本日から明日まで前期入試がおこなわれる。今朝もいつも通りに出勤してきた。在校生はこの試験(面接)期間は自宅学習になっているので、だれも来ていない。本当は、今朝はゆっくりと出勤してこようとおもっていたが、自宅でブラブラしていても仕方ないので、職場にいつも通りに来てしまった。自宅から職場まではふつに歩いて15分前後なので、本当に助かっている(ま、今まで遠すぎた)。昨年の前期入試の日の日誌を読むと、早い受検生は8:00前には来ていたようだ。わたしの仕事は案内誘導係なので、まァ、早く来てよかったのかもしれないが。

 この本も昨夜、寝床で読んでいて、途中でやめられなくなってしまい、結局最後まで読んでしまった。その勢いで(下)のはじめまでいってしまった。一気に読ませる「池波節」にまんまと引っかかってしまった。16巻あったこのシリーズでは、主人公:秋山小兵衛は60歳からはじまるが、この『黒白』では、32歳の若き頃の小兵衛ではじまる。そう、これは小兵衛の若き頃の出来事を著者池波氏が書き足したものだ。シリーズを読み終わった読者は、当然「若い頃の小兵衛はどんな人だったのか?」という疑問が沸いてくる。それに応えたのが、この番外編であろう。これが、またシリーズと同様におもしろい。こういう小説にまさか凝るとは想像すらしなかった。まさに、偶然とは恐ろしきものなり。
2007/01/25(木) 07:20
★ブライアン・グリーン;林一・林大訳『エレガントな宇宙』草思社 \2200
 副題は「超ひも理論がすべてを解明する」。この前に読んだ『Dブレーン』の参考文献にあがっていたのと、だいぶ前にこの本を半分ほど読んだが、途中でやめてしまっていて、「よし、今度は最後まで読んでみよう」という気持ちになったためだ。574ページの本であるが、最初から読みなおしてみた。時期がよかったのか、今回は内容もよく理解できて、とても充実した読書ができた。一般書であるが、書いているグリーン氏は「超ひも理論」の最先端を拓いている人である。理論構築の現場に居合わすような臨場感をよく伝えていて、ぐいぐい読ませる。この2冊の本を読んで、「超ひも理論」がすぐにわかるとはいえないだろうが、じつにていねいに書いてあり、著者の実力のほどをじっくり堪能させてもらった。論語にあるように「学んで時にこれを習う」である。何度も読んでみると、本というのはいろいろな面を見せてくれるものだ。本ってじつにいいなーといつもおもう。
2007/01/23(火) 17:05
★橋本幸士『Dブレーン』東京大学出版会 \2400
 副題に「超弦理論の高次元物体が描く世界像」とある。ここで、取りあげるか迷ったが載せることにした。物理の本である。ただし、専門書かというと読んだ感じでは、一般科学書と専門書との中間ではないかとおもう。現在の素粒子物理学では、原子→素粒子→クォークを通りこして「ひも(弦)」にまで行ってしまっている。さらに輪をかけるように「超ひも理論」なるものまで唱えられている。その「ひも」が作り出す高次元物体として「Dブレーン」なるものがかんがえられている。著者は30代のバリバリの理論物理学者である。正直なところ、読んでわかったか?といわれれば、少ししかわからなかった。しかし、絶対に読みとおすと決めた本はかならず読みとおすことにしているので、1週間ほどかけて、最後の索引まで読みとおしてみた。数式も当然でてくるから、物理などをやった人でないと苦しいような気もするが、それらをとばしてもそれなりには読める。わたしには、数式の部分よりも発想部分の論理がよくつかめなくて、こんがらかってしまったところも多かった。しかし、こういう物理(宇宙の構造にもかかわる)の最先端の話は聞くだけでもたのしいので、十分に堪能はできた。この1月末にはこのシリーズの新しい本がでるので、それまでに読んでおきたかったのだ。この本のもう少しわかりやすくした内容を書いた本もあるが、それはじつは買って放っておいた。いい動機ができたので、それも読みとおしてみようかとおもっている。読みたい本はいくらでもでてくるが、これでは、ますます目が悪くなりそうで、困る。じつに、困る。
2007/01/13(土) 12:49
★谷口義明『暗黒宇宙の謎』講談社 \940
 副題に「宇宙をあやつる暗黒の正体とは」とある。まさしくその通りだ。現在、観測で確認できる(つまり、電磁波やX線などで観測できる)宇宙の物質量は、高々4%ほどでその他は、じつはダーク(不明)である。銀河の周辺にあるのではとされる「ダークマター」については、つい先日、著者の谷口氏を中心とする愛媛大学の研究班により、その存在がほぼ確定できた。イギリスの科学誌「Nature」電子版にはすでにその概要が紹介されている。同じ著者が、2005年に出された本がこれである。すでに、この本の前に『クェーサーの謎』講談社でもすばらしい解説を書かれていたが、この本もすばらしい。ダークマターを超える不明な実態として「ダークエネルギー」の確認が急務であるが、それはほとんど進んでいない。アインシュタインの宇宙項にも関係しており、一般相対性理論の活躍はこれからだ。この巨大スケールの話とべらぼうに微小な素粒子の話、そして、有名なE=MC^2であらわされる質量とエネルギーの等価、そして超弦理論にいたる話題にも、じつに明解にふれてあり、この道の専門家以外の人にも十分に読み応えがある。宇宙論の最先端の話なのだが、基礎的な事柄にもていねいにふれてあり、著者の真摯な書きぶりに感謝したい。この本で触発されてさらなる深みに進まれれば、壮大な宇宙のシナリオがどのように作られていくかの現場に立ち会うことができる。ぜひ、お読みください。
2007/01/12(金) 17:42
★池波正太郎『剣客商売十六 浮沈』新潮文庫 \476
 とうとう昨夜、このシリーズの最終巻を読み終えてしまった。7日の夜、寝床で半分くらい読み、そして、昨夜の夜、静かに読み終えた。「深川十万坪」「暗夜襲撃」「浪人・伊丹又十郎」「霜夜の雨」「首」「霞の剣」の6編からなる。が、これまた、ほぼつづきものという内容だ。1篇1篇ていねいに読んだ。そして、どれもが楽しめた。どんどん読ませる著者の筆力に魅惑される。しかし、著者はこのシリーズに17年近くの年数をかけて書いている。その間に、ご自分も年齢をかさねる。それは当然のように作品にも投影される。この物語の主人公である秋山小兵衛が67歳になろうとする同じ年に、著者:池波氏は67歳で亡くなられた。この巻に三度ほど書いてあるが、秋山小兵衛は物語の中では、これからさらに長生きして93歳で亡くなる。そこまで、書けないまま、著者は急性白血病で亡くなられた。合掌。最後の章「霞の剣」では、秋山小兵衛は強敵・伊丹又十郎を無外流「霞」の一手で破る。まさに、このシリーズの最後を飾るような、終演である。このシリーズを読んでいるあいだ、秋山小兵衛と俳優の藤田まこと氏をだぶらせて読んでいたようにおもう。わたしの大好きな役者さんで、子どもの頃、「てなもんや三度笠」というTV番組でファンであった。あれ以来、年齢とともにじつに渋い役者さんになられ、何を演じてもいい。彼の「必殺シリーズ」もよく観ていた。あの雰囲気が、たしかに秋山小兵衛には適役である。他の役者さんではちと味がでない。このシリーズが全編ドラマ化されているのか知らないが、もしあれば、じっくり観てみたい。この「剣客商売」に出会えて、本当によかった。これも何かの縁であろう。ふだん、小説など読まないわたしがはまったのだから…。感謝。
2007/01/09(火) 07:30
★池波正太郎『剣客商売十五 二十番斬り』新潮文庫 \438
 短編「おたま」が最初にあるが、のこりは特別長編の「二十番斬り」である。「目眩の日」「皆川石見守屋敷」「誘拐」「その前後」「流星」「卯の花腐し」の6編からなる。すでに主人公・秋山小兵衛も迎えて六十六歳。ときおり、目眩をおこすこともでてきた。ふつうの人ならとっくに出てくる身体の老化も、剣術で鍛えた彼にはかなり遅くではあるが、ようやくにして、表面化してくる。が、しかし、そんなことにかまけている小兵衛ではない。歳はとっても剣術の腕は一向に衰えを見せない。こういう老人になんとなくあこがれがあるので、読みつづけているかもしれないな。物事の推移にあたふたするわけでも、力むわけでもなく、淡々とうけいれてそれでいて、的確に処理していく。じつに老獪といってもいいほどだ。正月も終わり、4日から通常の勤務にもどったが、職員のほとんどは明日までゆっくり正月休みのようだ。わたしは、気象観測の仕事があるため、2日の大江戸ツアーの日以外は毎日学校まで行き、気象データを取っていた。これが終わらないと、とても飲む気にはならない。仕事を終えて、夕方にもどると、当然のように飲む。しかし、家ではどうも酒量も落ちてきている。まァ、もう若い頃からしこたま飲んでいるから、限界が近づいているのかも知れぬ。勝手に「酒量保存の法則」=「一人の人間が死ぬまでに飲む酒量は、ある一定値をとる」などというわけのわからない法則をつくっているので、それに従うとすると、当然、自分の寿命も見えてくることになる。小兵衛さんにも大治郎というすばらしい息子さんがいるが、どうもわたしの息子は酒も飲まないし、タバコも吸わない。正直、何が楽しみなのかもわからない。あ、こんなことはグチっても仕方ない。なにはともあれ、この巻を読みおえて、今は最後の16巻目にかかっている。なんともさびしい気持ちがしてきた。また、読みかえす日がくるか…。
2007/01/07(日) 18:11
★飯高茂『いいたかないけど数学者なのだ』NHK出版 \700
 著者のお名前はずいぶん前から知っていた。数学関係の専門誌などで知ったのだとおもう。横浜の本屋でブラブラ見ていたら、目に止まり買った。買って1日で読んでしまった。「変わり者」「S君の読書ノート」「数学の使い方」「数学の講義生中継」の4章からなる。S君とは著者の学友で若くして亡くなられた新谷卓郎氏のことである。彼も有名な数学者である。読書ノートの章で、新谷氏の若き頃のノートを読むと、何か胸が締めつけられるような気持ちになる。今にも刃こぼれしそうな繊細さを感じてしまう。数学と物理の選択をめぐり、揺れる。同じような経験をされた方も多いのはないかとおもう。同じ数学者の藤原正彦氏(わたしは彼の本も大好きだが)とはまたちがう数学者の一面をみせてもらえて、楽しく読むことができた。数学者になれるほどの頭脳をもちあわせてない自分には、数学はやはり一つのあこがれなのかもしれない。未だに、数学の本はよく読む。新谷氏の読書ノートにも出てくるスミルノフの『高等数学教程全12巻』共立出版はわたしの愛読書でもある。よくわからないところも多々あるが、学生時代に書いた書き込みがあちこちに散在する。学生は悩み勉強するというのが一般的であった時代の雰囲気を感じさせる。現在の高校生も数学を勉強してはいるが、これほどの打ち込みをする生徒さんは少なくなっているようだ。数学も時代を写す鏡のひとつかもしれない。
2007/01/06(土) 10:28
★池波正太郎『剣客商売十四 暗殺者』新潮文庫 \438
 特別長編である。一応、「浪人・波川周蔵」「蘭の間・隠し部屋」「風花の朝」「頭巾の武士」「忍び返しの高い塀」「墓参の日」「血闘」の7編になっているが、全部で一話である。どういう話の展開になるのかが、なかなかつかめないようになっているため、次々と読まされてしまう。あとが気になってしまうからだ。年始のあわただしい中で、あれこれやることは多い。ホームページの更新やら大江戸ツアーなどあり、朝からお酒を飲んでいるヒマなどどこにもない。その合間にちょっと時間をみつけては、読みつづけて、さきほど読み終えた。面白いのはいつものことながら、次第に年老いていく主人公・秋山小兵衛にわが身を写して、人生の流れも感じさせられる。このシリーズもあと2冊。次第に、一抹の寂しさもある。でも、今月中にはおそらく読み終えることだろう。再読すればまた面白いだろうから、いつか読むつもりでいる。
2007/01/03(水) 17:23

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