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お江戸ものの楽しみ


石川英輔 著作集 (いずれも講談社文庫)

神奈川の大和市立図書館にて石川英輔『江戸空間』評論社という本が偶然目に留まり、借り出したのもずいぶん前のことになってしまった。それまでの「江戸時代」に対する自分の印象がどんどん崩れて行くのが面白いように実感できた本であった。

これに興味を掻き立てられて著者「石川英輔」の名前のある本を意識的に探して読むようになったのが、この著者との出会いである。最初は図書館で借りて読み、本屋で見かければ迷わず購入するようになった。結果的に次のような本を読みつづけている。

<小説>

・大江戸神仙伝
・大江戸仙境録
・大江戸遊仙記
・大江戸仙界記

主人公は元製薬会社に勤めていた研究者で、現在は科学評論家として活躍している。ふとしたキッカケで「転時能力(他の時代に時を越えて移動できる能力)」を持ってしまい、江戸時代に行ったり来たりできるようになる。江戸では薬の知識を利用して大きな商家の息子の病気を治してしまい「仙人」のような存在となってしまう。粋な芸者とも親密な関係を持つようになり、いろんな庶民との交友を深めていくというストーリー。

とにかく読んで面白い。江戸時代の見方が知らず知らずの内に変って行くのが実感できる。連載ものというわけではないが、順に読んで行くと楽しめることは確か。

まずは、読んでみられるとその面白さがおわかりいただけるものと思う。

<江戸事情>

・大江戸えねるぎー事情

江戸時代は封建社会でさぞかし暮らしにくかったのでは、と思い勝ちであろうが、事実は奇なり。けっこう楽しみも多かったのある。確かに、現在と比較すれば「エネルギー」的にも「省エネルギー」社会であったので、今のような暮らしぶりはできなかった。しかし、物質面・エネルギー面ではほぼ完全なリサイクルが行なわれおり、現在の「浪費社会」からみたら、それこそエネルギー的に見れば、理想に近い社会であったのだ。これらの事情を詳しく解説してくれるのが本書。ぜひ、一読されてはと思う。

・大江戸テクノロジー事情

「日本の科学技術は遅れておりー云々」などと言う前に、西洋の科学・技術が本格的に入ってくる前の江戸時代にどんな方法で先人達は暮らしていたのかを知っていると、簡単には騙されないと思う。私たちが想像する以上の知恵をすでに持って事がよくわかる。日本の技術を馬鹿にしてはいけない。本書にその例を数多く見ることだろう。

・大江戸生活事情(旧題・江戸空間)

私が「江戸時代」に興味をもった記念碑的な本。文庫本で手に入るようになり実に嬉しい。学校で習う「歴史」がいかに皮相的な内容かがこの本で痛いほどわかった。「封建社会」などとしたり顔で時代を括ってみても実態を知れば、そういう「能天気な」発想はあっという間に消えてしまう。まず、先祖の暮らしぶりを冷静に見つめてみよう。

・雑学 大江戸庶民事情

どんなに厳しく暗い時代でも人間は楽しみを見出し、何とか生活していたのである。増して「江戸時代」は言われているほどに不自由な時代であったのではない。一般庶民もそれなりの楽しみを持ち、たくましく生活していたはず。これは、どの時代にあっても同じ。江戸人の暮らしぶりをしっかり学んでみたい。

大江戸泉光院旅日記

偉いお坊さんの全国行脚の実体験記。ほとんど庶民の家に泊まり歩く旅で、その道中のようすを克明に記録している。へたな歴史本を読むよりこれをじっくり読んだ方が、庶民がどんな生活をしていたかが、実によくわかる。私の田舎の会津にも立ち寄っている。実に興味深い本である。こういう本を出してくれている著者に大きな敬意を払いたい。

大江戸リサイクル事情

前回のとき、うっかり忘れた本がありました。この本です。江戸は完全なリサイクル(環境的な)社会であったことを詳しく実例を挙げて説明している。もともと自然科学を専攻していた著者の指摘は鋭い。ただの「科学バカ」では自然すらその本当の姿を見せてはくれない。人と自然を見る目が同じ目の高さから見られている。これを読んで、江戸時代を単なる「封建社会」などとのたまう人があれば、その不勉強を私はむしろ笑ってしまう。まあ、ちょっと読んで見て下さい。江戸時代も人々は精一杯生きていたのです。

<その他>

・未来妙法蓮華経

どうして日本の仏教には宗派がたくさんあるのか?わかる人いますか?そうです。仏典の中の、どの「お話」を自分の経典にするかによってですね。「南妙法蓮華経」は仏典の中の一つ。岩波文庫でも「法華経」というので分厚い3冊本で出ている。実は、私も恥ずかしながら母の葬儀の際に知ったのだが、私の家の宗派は「天台宗」だった。葬儀のときに読んだお坊さんは近所の人たちが頼んでくれたのだが、なんと「浄土宗」。近所ではほとんどそうだったのだ。私の実家は、引越しできたものだから、近所の人は知らなかったのですね。オヤジに聞いて慌てた私は、再度「天台宗」のお坊さんを読んでもらい、やり直しをしたのです。実にお粗末。のんびり構えていた親父もオヤジである。ちなみに、喪主は長男の私であった。
と本には関係ないようなことを書いたが、実はそうではない。この「天台宗」の経典が「法華経(南妙法蓮華経)」なのである。私も何度かこの経典を読んだが、よくわからなかった。今でもよくわからない。多分わかった頃には死んでいるだろう。でも、それでよいと素直に思う。それで、この本であるが、題名でわかると思うが、「法華経」を題材にした未来版のSF小説なのである。著者が「うつ病」に苦しんでいた頃に書いたものらしく共感を覚えた。実を言うと、私も「慢性うつ病」(近くにいる人は誰も信じてくれない。いかにこの私が繊細な神経の持ち主であるかということを…)に苦しんでいるので、著者の気持ちは痛いほどわかる。人に理解してもらおうなんて考えるのを止めるキッカケになった本である。「うつ病」ぎみの人は読んでみられることを勧める。

・SF三国志

この本は、正直に言うと読了していない。三国志は有名だからどなたも内容はご存知だろう。それのSF版である。「三国志」の方は吉川英治氏のものを熟読した。中国に行った際に上海の本屋で中国語の本も買って来て、一応読んだ。「えー!?中国語の本読めるの?簡体字なのに?」ご安心あれ。黄先生という方に6年ほど中国語を学んでいたのである。ダテに月謝は払っていないのです。ほんの少しは読めるのである。それも中国語で…。中国語(本当は中国語なんてない。中国東北部で話されていたのを普通語…プードンファと発音する。もちろん四声に気をつけて発音することは言うまでもない。…として一般に中国語と称している)を「漢文」として学ぶと「やれ韻を踏む」だの「返り点」だのうるさいが、中国語の発音で素直に読めば、「韻」の意味など考える必要もない。音の最後が「同じか近い音」になるので、調子良く聞こえるだけ。まあ言葉遊びの一種である。
「三国志」は「戦略論」として読むと面白い。国のバランスを保つには「3つの国」があるとよい、という発想はかなり使える。西洋流の2つでバランスを保つやり方は実はもろい。最低3つでバランスを取ることを教えてくれるよい見本である。第2次世界大戦後は表面上比較的長く表面上の平和が保たれたのは、米国(欧米)とソ連のバランスではなく、実はそこに中国という大きな存在があって、三者構造になっていたからだ、と私は勝手に思い込んでいる。もちろん、我が国・日本はその中でうまく立ち回っていたことは言うまでもない。自分の国を卑下する必要などないことは、もちろんである。それだけ、知恵があったということである。
未来の三国志は如何に?ぜひ読んでみて感想をお聞きしたいものです。

1998/05/05

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