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日本縦断飛行(本州編20)
< 高松空港 → 岡山空港 >


瀬戸内海を横断して、もうすぐ中国地方。岡山はもうすぐ。

■四国をあとに

 修学旅行の引率で、生徒といっしょに「さぬきうどん作り」をした高松をあとにして、まだ行ったこともない岡山へ向かうことにしました。12/16(水)の午後14:00、午前授業で生徒も帰ったしずかな中で、いつもより高いエンジン音を響かせて、高松空港を飛び立ちました。この日は天気もよく、雲もほとんどないので、高松空港を80度の方角に離陸し、ちょうどS字を描くように瀬戸内海を周遊しながら岡山に向かいました。眼下に広がる瀬戸内の島々と青い海。最高ですね。エンジン音をあげているせいか、いつもの飛行機が元気をましているような感じすら受けます。

 周遊の飛行も終わりに近づき、岡山空港へ向けて、中国地方へいよいよ入っていきます。高度は7000フィート、速度はいつもより飛ばして210ktです。陸地に入ると、岡山空港まではほんのひとっ飛びです。あわただしく着陸の準備をして正面に見えてきた滑走路をめざします。徐々に高度と速度を落としていき、滑走路を正面にピタッととらえていきます。「きょうはやけに早いな〜」などとぼやきながら、完璧な着陸を心がける。14:25久しぶりに完璧な着陸で着地する。滑走路のセンターラインがまっすぐに画面の奥に伸びている。「気分のいい着陸だったな〜」と自分でもなっとくできるような…。

■物理室の窓から

 窓の外に間近に見える座間キャンプには米陸軍が駐屯しています。ここは、戦前は大日本帝国の「陸軍士官学校」があったところです。もともとは東京の市ヶ谷あたりにあったようですが、東京への空襲が激しくなってこの地に移転してきたとのことです。海軍の厚木飛行場もここからは近いですから、場所的にはこの辺は首都防衛の拠点みたいなのでしょう。ちなみに、厚木飛行場は、「厚木」と名前がついていますから厚木市にあるとおもっておられる人もいるかもしれませんが、現在の地名で言うと「大和市」と「綾瀬市」にまたがってあります。小田急線の厚木や本厚木(厚木の中心はこちら)で降りても厚木飛行場はありません。一番近い駅は横浜と海老名をむずぶ「相鉄線」の「相模大塚」か「さがみ野」の駅です。ここからだと歩いてもいけます。

 座間キャンプの中がこの物理室からはよく見えるので、ときどき眺めて楽しんでいます。キャンプ内のアメリカンスクールが近くに見え、そこの生徒たちの姿も(スケボーやバスケットをしている生徒をよく目にします)はっきりと見えます。ときおり、軍楽隊が演奏して歩くことがあります。さすがにプロですからすばらしい演奏がタダで聴けます。はじめて聴いたときはとても感動しました。今でもこの演奏は好きで、始まると寒くても窓を開けて聴き惚れています。アメリカのマーチなどはこざっぱりした曲が多いので、聴いていても疲れなくて気持ちがいいものです。アメリカの国歌も演奏されますが、いい旋律ですね。日本の「君が代」もいつの間にか「日本国歌」になってしまいましたが、ぼくは正直なところあまり好きではありません。むずかしい思想的なことからではなく、あの旋律と歌詞がどうも調子はずれで好きではないからです。ぼくの故郷(会津)からみると、にっくき薩長が作った明治政府肝煎りの「君が代」などぼくが好きになれるはずはないでしょう。まあ、もうはるか昔のはなしではないか、などと言われるかもしれませんが、会津人としての誇りを持って生きていたいと思っているバカな中年おやじがぼくなのです。

 故郷会津からも雪のたよりが届いています。今朝、自宅から見える丹沢山系にもうっすらと雪がかかっていました。銀世界になった故郷の姿を思い浮かべる昨今です。

 Sunday, December 19, 1999 5:58:00 PM

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