TopPage


日本縦断飛行(本州編23)
< 米子空港 → 広島空港 >


広島空港へ近づき、ギア・フラップを落とし、着陸態勢にはいるBaron

■中国山地を越えて

 年が明けて2000年。昨年末までに予定では最終目的地「石垣島」まで飛ぶつもりでいましたが、諸般の事情で越年してしまいました。でも、飛行はいつも楽しくしたいので、無理をせずに目的地めざして飛んでいきたいとおもっています。今回は島根県の米子空港から広島空港まで飛んでゆきました。2000年1月7日、新年の初飛行です。夕食をはじめようとする18:10に米子空港を離陸しました。ナビには「NavicomGPS」を使いました。広島空港にはILSがあるため、それをセットしておけば滑走路の正面に飛行機を導いてくれるはずです。この日も、天気は曇りで上空5000フィートの辺には厚い雲が広がっていました。離陸後、雲をぬけて高度8000フィートまで上昇しました。この辺りでどうにか雲のすぐ上に出たので、操縦をAutoにかえました。せっかく中国山地の上空を飛んでいるのですが、雲にさえぎられて地表はまったく見えません。雲の上を飛ぶだけの味気ない飛行ですが、これは何もパソコン上だけでなく、実際の飛行でもたえず雲が湧き上がっているのがふつうの状態なのでしょう。

 エンジン音はすごい迫力で響いています。Creativeの5スピーカーで音量をあげていますから、今まで2スピーカーで飛んでいたときとは比較になりません。専用のウーハーもついており、エンジンの低音も床を響くように伝わってきます。速度をコールしてくれるのは「GPWS98」の効果。そのコールする声にも深みがあります。PCでの音も重要であることを再認識しているところです。さて、飛行機は雲の上を180ktで飛びつづけ、広島空港まで13NMの地点まで近づきました。ここで「NavicomGPS」の「Set approaching point」に切り替えますと、飛行機は滑走路からのILSにインターセプトするために、一旦滑走路から10NMほど離れた地点までコースを移動します。今回選らんだ進入滑走路は90度方角(つまり東向き)なので、飛行機はそれとは180度回った西側から滑走路に進入することになります。approaching pointと呼ばれる地点(別にその場所に何かがおいてあるわけではないのはおわかりだと思いますが…)に近づくと機体は大きく左旋回をして、いよいよ、滑走路向けて下降をはじめます。この地点で高度は2500フィートに落ちるようにセットしてあるのです。予定通り前方に広島空港の滑走路が見えてきました。ギア(車輪)とフラップを落として着陸態勢にはいります。このときのスナップが上に載せてあります。滑走路がはっきり見えてくるにしたがい、飛行機の高度と速度を次第に落としていきます。久しぶりの飛行なので、少し緊張しますが、落ち着いてやればまず着陸は大丈夫でしょう。滑走路がモニター画面中央にくっきりあらわれた段階で、Autoから手動に操縦を切り替えます。ここからは操縦桿(ジョイスティック)を微妙に操りながら滑走路のセンターラインからずれないように下降をつづけます。「GPWS98」の高度コールも頻繁になってきます。いよいよ滑走路が大きくなって高度コールが「テン(10フィート)」と告げられたら、飛行機の機首をあげてヘッドアップ・テイルダウンの姿勢にするときれいに着陸しました。時間は18:40。ようやく広島空港へ着陸しました。飛行機をターミナルのところまでタキシングしてそこで静止。今回の飛行は無事終了しました。

 1階の居間に下りていくと、夕食を済ませた家族の冷たい視線が私に向けられました。「もうみんな食事は済んでいますよ」と妻が…。この家族の冷たい視線に絶えながら、ひたすら目的地まで飛びつづけるのも、なかなかつらいものですね。家族からは「飛行(非行?)中年オヤジ」と呼ばれていることでしょう…。多分。

■自宅の窓から(休みも今日で終わり。明日からはまた物理室へ)

 きょうは「成人の日」です。今年から1月の第2月曜日に変わったのだそうですね。何かまだ違和感があります。もう長い間「成人の日」といえば、1月15日!と決まっていましたから、急に変わっても意識が着いていけないのでしょうね。ぼくの家の近くにも「成人になる女性」がいまして、先ほど晴れ着を着て車で出かけて行きました。天気は朝方雨でしたから「きょうは晴れ着を着ている女性にはあまりいい日ではないな」などと思っていましたが、次第に日も差してきてどうやら天気は回復する気配です。まあ、めでたい日なので良かったですね。

 現在は「成人」といっても、なんだかよくわからないうちに過ぎてしまうようです。しかし、20歳くらいで「私、もうオバンよ」などと口走っている若い女性を見ると、情けなくなります。私の教えている高校生くらいで、もう人生がわかってしまったみたいな口をきく人がふえていますが、私には「不遜」に見えてしかたありません。自分の狭い知識や経験くらいで、何かもう人生のほとんどがわかってしまったみたいな考えでいるのは、「無知」をさらしているようでこちらが恥ずかしくなってしまいます。まだまだ未熟な子供たちを大人が経済的な需要から一人前の「消費者」とみてしまうことで、「大人扱い」をしているように思えてしかたないのです。ほとんど、道徳的なことや倫理的なことには疎い私から見ても、現在の高校生(とくに私が教えている生徒たち)が成人して社会人としてやっていけるのか、不安になることもたしかです。

 彼らのつくる社会がどんなものになるのか、私はじっくり見てみたいと思っています。私の心配が「杞憂」に終わることを願いながら…。

 Monday, January 10, 2000 10:46:38 AM

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ TopPageへ