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日本縦断飛行(奄美・沖縄編4)
< 那覇空港 → 石垣島(ゴール!) >


とうとう石垣島が見えてきた!ゴールも間近だ!!

■ゴール目前!

 北海道の稚内から飛び始めてもう1年ほどが過ぎようとしています。その間、私的にもいろいろなことがあり、なかなか飛べない(書けない)状態がつづいたりして、遅々として進まず途中で何度も止めようとしたこともありました。那覇まで飛んできて、この「日本縦断飛行」のゴールとした「石垣島」はもう目前です。この飛行が最後だと思うと、なにか胸にせまるものがあります。しかし、那覇から石垣島まではこれまたものすごい距離あります。時間は相当にかかることを覚悟して、愛機「Baron」で有終の美を飾ることにしました。

 那覇で10分休憩をとったあと、再び滑走路に向かいました。1/15(土)のきょうは、午前中の10:55から飛びつづけています。もうたしかに疲れもピークなのですが、きょう飛んでおかないとしばらくはまた飛べなくなるかも知れません。「一気に石垣島まで行こう!」というのが、きょうの目標でした。あともう少しです。13:55滑走路に待機後、すぐに離陸を開始しました。最後は南の海をじっくり見ながら、と考えていました。FSNavigatorのマップだけを参考に有視界で飛行することにしました。

 那覇を飛び立つとすぐに海に出て、あとは南の海が延々とつづきます。しばらくは周囲を見渡しても海だけです。45分も過ぎた頃、宮古島(そして、すぐ後ろに伊良部島が)が正面に見えてきました。そして14:48に多良間島を通過しました。それから数分後に、とうとうゴールの「石垣島」が見えてきたのです。ゲームとはいえ、胸が熱くなるのを感じました。最後は何としてもきれいに着陸したい、という思いもひとりでにわいてきました。高度をそれまでの4500フィートから次第に落としていき、2500フィートでから滑走路にアプローチすることにしました。飛行場は島の南端にあることは地図で確認しましたから、あとはあせらずにじっくり着陸のタイミングを整えるだけです。島が近づいて、空港の位置も目視で確認できました。「よし!いくぞ」と操縦桿を握りなおします。滑走路は短いようなので、速度もできるかぎり落としておく必要があります。滑走路が正面にくっきりと見えると、すぐにギア・フラップを下げて、着陸の態勢に入ります。ゴールはもうすぐです。滑走路がぐんぐん近づいてきて、着地寸前。機首を少しあげてふわりと滑走路に降り立ちました。しばらく滑走をしてそのままターミナルまで飛行機を移動させました。とうとう目的地「石垣島」へゴールしたのです。感無量です。時刻は15:00ちょうどになっていました。1時間5分の長いフライトでした。

 職場は土曜日とあって、すでに職員はだれもいません。この物理室でひとり「孤独な飛行」をつづけているとは誰も知らないでしょう。とうとう終わった!という安堵感と嬉しさでしばらくはお茶を飲みながら今までの飛行を振り返りました。「長かったな〜」というのが実感でした。

■日本縦断飛行を振り返って

 最初は、軽い気持ちではじめたのですが、次第に本気になっていく自分がおかしかったです。だれも読んでくれそうにもないこのような「フライト日記」を書こうとは、考えてもいなかったのです。だいたいどこをどう飛んでいくかも決めないで思いつきで飛び始めたのですから、あとが大変でした。しょっちゅう日本地図を見ながら、コースを検討することが多くなっていたのです。ジェット機を利用すればもっと短い時間で飛ぶこともできることは、だれでもわかることですが、プロペラ機にこだわったのも「飛行(非行?)中年」のゆえかもしれません。プロペラ機の魅力にとりつかれた昔「飛行少年」のなれの果てですね。

 飛行の途中で姫路工業大学の鈴木道隆先生の作られた「Texture for MSFS98」を知り、インストールすることで飛行の旅にやる気が一段と増しました。さらに「FSNavigator」の日本語のていねいな紹介をされているoodonoさんにも多くの助言をいただきました。そして、わたしの怠慢できちんと調べもしないで無断でこの飛行に機体を使わせていただいた「Baron」の作者の方などなど多くの人に支えられてこの飛行を終えることができたことをここに深い感謝とともにお礼を申し上げて、この「日本縦断飛行」の旅を終わりにしたいと思います。

 本当にありがとうございました。m(__)m

 2000/01/25 (火) 4:27:27 PM

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