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真珠湾を零戦で飛ぶ


ホノルル国際空港から飛び立ち、真珠湾を臨む。

ホノルル国際空港から飛び立ち、真珠湾上空へ向かう零戦21型

パールハーバー上空。ここは、現在も米海軍の軍港だ。

真珠湾上空に達する。ここは現在も、米海軍の軍港だ。まさに日米開戦の地。

真珠湾内の基地に着陸態勢にはいる。戦艦アリゾナの記念館が見える。

真珠湾内の基地に着陸態勢にはいる。撃沈した戦艦アリゾナの記念館が見える。

キャノピーを開けて、滑走路に無事着陸。すばらしい飛行機だ。

キャノピーを開けながら、無事空港へ着陸。じつにいい飛行機だ。

■FS2004用零戦21型で真珠湾へ

 「Simviation.com」で素晴しいFS2004用の零戦21型がリリースされたので、さっそくダウンロードした。以前にも1機ダウンロードしたものがあったが、いまひとつしっくりくるものがなくて、あまり飛んでいなかった。今度の機体は、「Combat Flight Simulator2」に入れられているほとんど実機に近いモデルとほぼ同等の機体で、これならいけるとよく飛んでいる。6月5日(土)の午後、部活動指導から帰宅して、真珠湾上空を飛んでみたときのようすをスナップにまとめてみた。本当は、これを前回に載せる予定であったのだが、「F/A-18F Super Hornet」のリリースがあり、そちらのほうに力点が行ってしまい、載せそびれてしまった。せっかくの名機なので、このまま捨て置くのは忍びなくて、今回紹介することにした。パネルも実に凝っていていい。ぜひ、ダウンロードされて飛んでみられると、すばらしさを実感できるとおもう。

 ハワイのホノルル国際空港から飛び立って、すぐに近くにある真珠湾上空へ。ハワイ周辺はもう何度も飛んでいるので、ほとんど目視で飛行できる。真珠湾(いわゆる”パールハーバー”)は日米開戦の地であり、アメリカは今もって「奇襲攻撃」されたと、言い張っている。戦争は「奇襲攻撃」が当たり前なのに、何ともおバカな国である。自分たちも結構「奇襲攻撃」ばかりしているのだが、いつも自分のことは棚にあげて話をする「ガキの国」のようだ。どこかの子ども親父が支配する独裁国と同じで、全然成長するということを忘れてしまっているのだろう。こんなに真珠湾の海面の色がいいのかは、実際に行ったことのないわたしにはわからない。そのうち行く機会があれば、確認してみたい。こんな狭い入り江のところに、しかも浅瀬であることも考えると、よくあれだけの攻撃をしかけられたものだと感心する。それだけの訓練を積んでいたのはすごいことである。戦闘機で海面すれすれに攻撃するのは自分の飛行機自体も非常に危険を伴うものだ。そういう条件を考えるとすごい技能をもったパイロットが多かったのであろう。現在の時点であのときの攻撃をいろいろ批判したり、分析したりしているものも多いが、そんなことは無意味だ。ほとんどレーダーなど無いも同然の時代に、あれだけの精密な攻撃をできたことだけでも奇跡的と言っていい。戦争の是非とは、これまた、まったく別な話である。

 零戦を操縦することは(実際に飛行可能な実機が数機あると聞くが)、まず不可能だ。こういうときこそ、FSで操縦できるありがたさがしみじみとわかる。上記のCFS2では、戦闘もできる。操縦が下手だとすぐに撃墜される。ゲームなので、実際に死にはしないが、飛行機で飛行機を撃墜することのむずかしさは体験できる。現在のミサイルで遠くを飛ぶ飛行機を撃墜するのとはまったくちがう世界だった、その当時の雰囲気はわかる。FSの世界では、零戦もふつうの飛行機で、機銃も使えない。のんびりと飛行を楽しむのもいいが、戦闘機の真価は戦いの中でしかわからないのも事実だろう。「戦争と平和」は対立概念ではなくて、お互いに補完しあって、一対のものなのだとおもう。わずか30分ほどの遊覧飛行だったが、いい機体で飛べるのは、FSでは最高の喜びだ。

■FSも気がつくともう10年

 英語版の「Flight Simulator for Windows95」をインストールして早10年ほどになる。今、そのときの「Pirot's Handbook」がある。95ページほどの薄い冊子でアイルランドで印刷されたものである。記憶の糸をたぐっても、インストールしたときのようすはおもい出せない。おそらく94年の暮れ頃かとおもう。94年の10月頃までは、NECの98ノート(初代)を使っていたので、DOS/V機に乗り換えたのが、この時期だった。乗り換えの理由はもちろんこのFSをやるためだった。それまでも、フライトものはやっていたが、DOS/V機にしてから、英語版のものを買いあさった。マニュアルはすべて英語だったが、英語を読むことに抵抗はまったくなかった(むしろ英語の中では簡単だった)から、すんなりとこの世界にはいったようにおもう。パソコンの技術はまだまだ未熟であったとおもうが、毎晩、飛ぶことには熱心だった。マニュアルも何度も読んでいたようで、もうあちこちに手垢が残っている。

 わたしをFSの世界に引き入れたのは、大学時代からの友人である佐々木くんである。が、彼はコンピュータの専門家の道を歩んだためか、その忙しさもあったのであろう、最近ではあまり飛んでいないようだ。わたしは気長にやる性格みたいで、いつまでも同じ事をつづけている。山も30年以上、酒も同じ、タバコは辞めた。パソコンはもう何年か忘れた。本当は気が短いと自分ではおもっているが、意外に粘りだけはあるようで、はまると長続きする。わからないことがあっても、そんなに簡単に諦めたりはしない。むしろ、わからないことをじわじわと攻めること、そしてそれを解決したときの喜びのほうが面白いと感じる。すぐにわかってしまうことは、あまり興味がわかない。すぐに正解を知りたがる人の心理はわからないわけではないが、人に聞いてしまうのはもったいない。自分で解決して行くことのほうが楽しいとおもうのだが、周囲の人はどうもそうではない人が多いようだ。先日も、20日間ほど試行錯誤して、ようやくFSの機体導入でうまく行かない件を解決した。それが解決したら、同時にFS2004の機体導入のしくみ全体がほぼすべてわかってしまった。わかれば、なんてことはなかった。何でもわかるまでのプロセスのほうがじつは楽しいのでは、と個人的にはおもっている。

 FSでいつまで飛ぶのかは、自分でもよくわからない。もう飛ぶ気がなくなったら、すんなりと止めるつもりだ。ま、飛行機自体が好きな内は持つだろう。飛行機が好きになって、ほぼ半世紀になる。じいさんになって、パソコンの前で飛行機飛ばしに夢中になっている構図はちょっと異様ではある。が、その可能性は否定できない。それまで、マイクロソフト社があるかどうかはわからない。いつまでもFSだけは出していてほしいと願っている。他のソフトはもう十分である。マイクロソフト社は好きも嫌いもないが、FSを出しつづけていてくれている点に関しては、いい会社だと感謝している。こちらが先に参るかもしれないが、FSが出ている限りは買いつづけていくような気がしている。もちろん、そのためにパソコンも新しくしてゆくしかない。自分ではFSを趣味とはおもっていない。

 2004/06/13 (日) 17:06:14

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