TopPage


追悼:米国同時多発テロ事件


ケネディー国際空港から離陸して、マンハッタンに向かう。

ケネディー国際空港から離陸して、これよりマンハッタンに向かう。

この飛行機の右下に世界貿易センターがあった。

この飛行機の右下に、世界貿易センターがあった。

犠牲になった方々の冥福を祈りつつ、現場を離れる。

犠牲になられた方々の冥福を祈りながら、現場を離れる。

ありし日のマンハッタン。世界貿易センターが懐かしい。(FS2000にて)

ありし日のマンハッタン。世界貿易センターが懐かしい。(FS2000にて)

■あの事件からすでに3年

 昨日(2004/09/11)は、米国で「同時多発テロ事件」がおこって3年目の日だった。あのときの衝撃は今でも忘れない。あれから、米国の報復ともおもわれる戦争が広がっていった。あの事件の直後の日記(ほぼ毎日つけている)を開いてみた。

ーーーーーー(原文のまま)
2001/09/12(水) 08:10 曇り

 アメリカのマンハッタンでとんでもない事件が起こった。世界貿易センターに2機のハイジャック機が突入して多数の死者が出たのだ。犯人はわかっていないが、アメリカは分かり次第「戦争突入」をするだろう。当然、日本への影響も避けられない。おそらくイスラム教がらみであろうが、全面戦争は起こる可能性がある。

2001/09/12(水) 14:14

 何とも悲惨な事件が起きてしまった。被害は大きくなるばかりで、TVもラジオもほとんどその報道に追われている。4機の飛行機がハイジャックされて、そのうちの2機が世界貿易センタービルに激突したようだ。日本国内の米軍基地も最高レベルの厳戒態勢に入っている。

2001/09/13(木) 07:32 雨

 今、雨が本格的に降り始めた。昨夜も「同時多発テロ」関係のニュースを見つづけてしまった。ハイジャックをした飛行機を使ってのビルへの特攻という前代未聞の事件である。死者の数もまだわからない状態で、懸命に捜査がつづいている。まだ、ぼくもショックを受けてしまった。しばらくは、この事件の推移を見守っていきたい。

ーーーーーーー(引用終わり)

 わたしがこの事件を知ったのは、かなり遅かったとおもう。周囲の人たちが大騒ぎをしているのを「どうしたのかな?」と気づいて、話を訊いたのを覚えている。それから、しばらくはあの衝撃的な衝突のシーンを何度もTVで見ていた。まさに、現実がフィクションを上回ってしまった例だ。もう丸3年が経つのかと時の流れの早さにいつもながらしんみりしてしまう。

 昨日はそういうわけで、この事件の犠牲になられた方々への追悼の意味もあって、この事件の現場に飛んでみた。上の3つのスナップはFS2004(2003年10月17日日本語版発売)で撮った。4枚目のスナップはFS2000(2000年1月25日日本語版発売)で撮った。FS2002(2002年2月1日日本語版発売)では、このスナップを撮ることはできない(世界貿易センターは消えているため)。3つのFSにも時代が反映しており、おなじマンハッタンのようすでもちがっている。それと、飛行機のまわりの景色(シーナリ)もずいぶんと変わっているのに気づく。飛行機から犠牲になられた方々へお悔やみ申し上げた。

 ジェット旅客機をハイジャックして、その機体を高層ビルに激突させるという前代未聞の事件だっただけに、飛行機の怖さを実感させられた。特に、速度の速いジェット機の場合、ビルに突き刺さるのをまるで映画でも観るようにみて、かなりショックを受けた。そのあとの、ビルの崩壊にはさらにおどろいた。あのテロ事件で米国は完全に理性を失ってしまった。これはどの国でもおなじだろうが。もし、東京の新宿ビル群へあのような形で飛行機テロがあったら、わが日本はどうするのだろうか。例によって、黙って時の経つのをじっと待つだけであろうか。いろいろなことをかんがえさせられた事件であった。その後の米国の行動は、どなたもご存知の通りである。テロはこれからもつづくであろうし、そのテロとの戦いも同様である。これはいいも悪いもない。

■久しぶりにFS2000で飛んで

 FS2002に入っているマンハッタンのシーナリに世界貿易センターがあったような気がして、久しぶりに飛んでみた。そうしたら、消えてなくなっていた。どうも記憶ちがいだったようだ。そこで、さらにFS2000で飛んでみることにした。こちらは大丈夫だろうと。本当に数年ぶりで起動したので、ちょっと戸惑ったが、とくに問題もなく飛べた。それでも、FS2004とは少し感じがちがった。シーナリのようすがディフォルトの状態でも、格段に粗雑である。FS2000で飛んでいたときには、ほとんど意識しなかったのだが、現在のようにFS2004で飛んでいると、そのちがいがはっきりとわかる。現在のマシンでFS2000を動かすとじつに軽い。当時は相当に重かったように感じていたが、マシンの進化はそれほど早い。これだけの3Dグラフィックを自由に動かすにはCPUはフル活動する。今使っているマシンのCPUも今ではごくふつうのものになっている。昨年の初め頃には、もっとも優れたマシンだった。ほぼ1年半でふつうのマシンと化してしまった。今のところFS2004までは、ほとんど違和感なく動くが、これが限度であろう。出るかどうかはわからないが、もしFS2006でも出ることになれば、マシンのグレードアップは避けられまい。もし、出ればの話であるが。

 もう飛ばすこともないので、FS95やFS98は入れていない。もちろん、ソフトは箱にきちんと入れて保管してある。しかし、もうインストールをすることはないだろう。つい先日、押入れの奥から、もう10数年前にもなるNECの98Noteの初代のノートPCが出てきた。カミさんが押入れに新しい収納箱を入れるというので、整理していたときだ。電源を入れると起動はするが、DOSモードの使い方など忘れてしまっているので、何とも使いようもない。このPCのHDDは40MBであるが、当時7万円以上も出して購入したものだ。今なら、この値段で新しいPCセット1台が買える。これも、捨てるに捨てられないで困っているが、最終的には捨てるしかあるまい。こんなのを記念碑的に取っておいてもジャマになる。でも、正直なところ、まだまだ迷っている。何か自分のパソコン生活の原点を捨て去るようなさびしさがあるのだ。単なるモノと割り切れないもどかしさを感じる。ソフトも同じだが。

 2004/09/12 (日) 11:29

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ 目次へ ■ TopPageへ