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Combat Flight Simulator3で遊ぶ


スピットファイアーでメッサーシュミット109を追撃中、もうすぐ撃墜。

スピットファイアーでメッサーシュミット109を追撃中、もうすぐ撃墜。

■時間のないときは、CFS3でちょっと遊ぶ

 転勤して、職場がちかくなったのはいい。しかし、部活動や雑務は前任校より返ってふえている。というより、ちかいせいか、つい散歩ででかけるように職場にいってしまう。これでは、仕事と自分の生活のけじめがなくなってしまう。できるかぎりは、土日は学校へは行きたくないのだが、昨日もまた行ってしまった。きょうは、でかけまいと決めているが、天気もよくなりつつあるし、わからないなあー。自宅で、パソコンにむかう時間は、ふだんの日はそれほどとれない。だいたい、寝る時間も早いし、起きる時間は早すぎる。これでは、ちょっと、パソコンでメールチェックをしたり、いつも訪問しているサイトなどを見て、すぐに終了してしまう。余力のあるときは、FS2004で飛行機をとばすが、毎日はできない。

 そこで、飛行技術の鍛錬のためもあって、「CFS」「CFS2」「CFS3」「F/A-18」を遊び用にいれてある。いずれもCombatものなので、時間はかからない。「クイックコンバット」というメニューがあるので、それで1回だけ対戦する。撃墜されたら終わりにする。ほぼ、15分ぐらいねばると、終わってしまう。上にのせたスナップは「CFS3」で英国のスピットファイアーに乗り、ドイツ軍のメッサーシュミット109と対戦しているときのもの。このスナップのような画面では、なかなか敵機を撃墜することなどできない。でも、遊びでやってみたら、なんとかその撃墜場面をスナップに撮ることができた。煙をだして、墜落していく敵機に最後の一撃をくわえるべく接近中の場面である。こんなことをしていると、反対に別の敵機においかけられて銃弾をあび、こちらが撃墜されることがほとんどだ。このときも、案の定、後ろから回りこまれ一貫の終わりとなった。

 パソコンでのゲームといってしまえば、それまでであるが、これがけっこうつかれるのだ。緊張感もあり、たのしいことはまちがいない。しかし、集中力がないときなどすぐに相手に回りこまれて一撃をくらってしまう。本物と同じような設定をしてある(銃弾数、Gの効果、などなど)ため、下手に銃弾の無駄うちなどしていると銃弾なしで逃げまどうことになる。「o」キーを3回連続で押せば、「パラシュート脱出」ができるが、最後までねばらないとおもしろくない。急激に旋回するとGがかかり画面は真っ暗になる。失速もよくする。飛行機をだましだましして、敵機のうしろに回り込み、接近して追突するくらいのところで銃撃する。うまく当たると、少ない弾数で撃墜できる。スピットファイアーは小回りがきくので、いろいろな飛び方ができて、好きな機体だ。これを1回だけやって、すっきりしたところで、床につく。布団にはいると、本を少しよむ。「エンヤ」のCDを聴きながら…。早朝目が覚めると、本はいつも枕のうしろにおちている。毎夜、ほとんど同じページをよんでいるような気がする。FS2004でゆっくり飛びたいのだが、なかなか時間はとれない。

■今年もあと2ヶ月、時間が早い!

 本屋さんにはすでに来年度の手帳やカレンダーがならび、「はやく買え!」とおどしをかけているように感じる。毎年つかっている「能率手帳」の小型版を先日買ってしまった。これを買うと、もう今年も終わりみたいで、すこし嫌な気持ちになるのだが。つい、この間あたらしい年になったとおもったら、もうまもなく年末である。まことに、年月の速さは加速しつつあるようにおもう。本川達雄氏の『ゾウの時間ネズミの時間』中公新書によれば、動物の生理的な時間は「体重の1/4乗に比例している」とのこと。時計ではかる時間がなにか絶対的のように感じているのはおそらく人間だけだろう。それぞれの生き物たちはそれぞれの時間感覚で生きているらしい。人間が時計などを発明したり、時間を気にしたりするのは、ひょっとすると時間感覚がにぶいためなのかもしれないな。

 こどものころ、時間はえらく長く感じられた。時間のたつのがおそかった。わたしは、最近ボヤーと歩いているとき、ふと次のような時間に関する関係式をおもいついた。「(時間感覚)=(その人の寿命)/(実年齢)」というものだ。たとえば、わたしの寿命が70歳だとすると、10歳のときには(時間感覚)=7.0で、50歳ではそれが1.7になる。50歳をこえてしまった今では、こどものころに感じていた時間のおよそ1/4の時間感覚でいるというわけ。たしかに、1日の時間は24時間だが、その1/4の6時間ほどにしか感じない。じつにあっという間に1日がおわってしまう。これでいくと、1年のたつのもこどものころの1年とはちがい、3ヶ月ほどにしか感じないのもなんとなくわかる。こんなのは、わたしが勝手につくったものなので、なんの信憑性もないが、自分では妙に納得している。

 きょうはひさしぶりに家でのんびりとすごしているが、いつもは何かしら用事があったりで、土日も休むことは少ない。それはそれで、充実しているのだし、毎日ヒマしているのよりはいいのかもしれない。でも、いずれは、そのヒマが現実のときになる。そのとき、自分はそれにほんとうに耐えられるのか?ちょっと不安でもある。わたしは、趣味だけではどうも生きられないような、貧乏性だから。まあ、その前にこの世ともおさらばかもしれないから、そう心配してもしょうがないけど。来月もいろいろ忙しくて、ほんと、早くすぎてゆくのだろうなー。

 2005/10/30 (日) 11:21

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