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息子の高校合格に思う


2月27日に息子の受験した公立高校の合格発表があった。私自身が勤務する高校でも同じ時間に発表があり、私は1校時目の授業をしながら、忙しく発表準備をする同僚の姿を目にしていた。同じ事は息子の受験したZ高校でも行われているはずである。9時40分に授業が終わると、次第に我が身のことのように緊張感が高まってくるのが自覚できた。息子の話では、中学校で一旦発表を見に行く前の説明があり、それから各々受験した高校へまとまって行くことになっているとのこと。もう、高校へ向かっている時間である。

以前なら、発表の掲示板に合格者の受験番号が張り出され、見に来た受験生がそれを見て一喜一憂する光景が例年の定番であったが、何でも「生徒のプライバシー」の問題とかで、今では全員が同じ封筒に入った合否通知書を受け取って、その後その高校に合格した生徒は入学手続きのための書類を別に受け取るような流れに変わってきている。別に合格を知らせる方法などいろいろあるから、どうでもいいことかも知れないが、合格したときの喜び「やったー!」は何となく少なくなっているように個人的には感じている。

11時くらいになると、私も「もう息子も結果を家にいる家内に連絡しているだろう」と結果が気になりだしてきた。思い切って電話をすればすぐに結果はわかるはずなのだが、どうも変に気後れしてなかなか受話器に手が向かない。そうこうする中、勤務する高校でも次々と受験生たちが合否の判定通知書を受け取りに来ている。11時半頃思い切って自宅の家内に電話するべく受話器を取り上げた。すぐに家内がでて「俺だけど、どうだった?」と聞くと「合格したみたいだよ」と軽い調子の返答。あまりのあっけなさに「そうか、まあ良かった…」とすぐに電話を切った。「合格したか…」と安堵の気持ちとともに緊張感が次第に薄れていくのを感じた。思えば、今、すぐそこの職員玄関の前で通知書を受け取りに来ている受験生の親たちも自分と同じ思いで結果を待っていることだろう。合否通知を渡す立場と結果をまつ親の立場と両方を同時に体験する奇妙さ…。

第1希望校に合格した受験生は良いが、昨年から始まった「複数志願制」によって第2希望校に回されて合格した受験生は、入学の書類をもらいに再度第2希望校の方へ行かなくてはならない。私の勤務校ではこの段階で、他校から第2希望で回されてきた受験生を含めて合格者を出しても欠員が生じることがわかっており、この複雑な制度の欠点をもろにかぶる結果となった。再募集は避けられない事態となったのである。「第1希望と第2希望」を同一に書いていてくれれば合格した受験生は相当にいたのである。受験の不安から第1希望校と第2希望校を別に書いた受験生は「外れくじ」を引いたような結果になってしまった。

私の自宅のある神奈川県中央地区では「第1希望と第2希望を同一にする」指導が、中学側でかなり浸透しているようで、再募集のような結果はほとんどなかったようだ。息子の場合も、私が昨年の結果から見て「同一校志願」の方が絶対に有利と見ていたので、私立の併願をまずしっかりとした上で、Z高校1本で行くようにアドバイス(強要?)しておいた。入試の出来具合はまずまずのようだったので、「まあ大丈夫かな」とは思っていたが、何が起こるか予想できないのも確かなので、一抹の不安はあったことは確かである。息子から一緒に同じ高校を受験した友達が一人第2希望の高校へ回されたと聞いたのは、その翌日であった。私といえば、その日の夕方から予定されていた教科の遅い「新年会」に行って気楽に飲んでいたのである。もちろん、気持ちの中では「よくやった」と息子に感謝していたことは本当であるが…。

遠くにある有名な進学校をねらうのも気持ちとしては理解できる。少しでも良い高校へというのはどんな親でも本音であろう。私にもそして家内にもこういう気持ちがなかったかといえば「ウソ」になる。ただ、公立高校で教えていながら、自分の子供はしっかり私学の進学校へ通わせている教師もよく見かけるが、私には何か自分の仕事を否定しているようで好きでなかったというのが本当のところである。私の自宅の近くにせっかく一生懸命に頑張っている公立高校があるのに、そこを盛り立てて行くのは地元に住んでいる者のの務めであると素直に思っている。進学校に入れば、自分の子供もまた進学に有利になるのでは、と考えのはその家庭の自由であり、それをどうこう言うつもりもない。私はそうは考えていないというだけのことである。このことで、息子にはかなり重荷をかけたかな、とも思うが、この考えを変える予定はない。

大学への進学はもう本人の意思に任せるしかないとも考えている。ただし、親は死ぬまで親であり、手綱を締めるべき時はやはり言わねばならない。物分かりのいい親でないことは自覚しているが、そういう親の下に生まれたのも1つの偶然であり、それを背負って生きて行くのは生き物として避けられないものであると思う。与えられた環境の中でどれだけできるかは、それこそ本人次第であろう。

 1998/03/23

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