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神奈川県の公立高校入試制度に物申す(2)


2 神奈川県の公立高校入試制度

2・1 問題点

2・1・1 入試に要する期間が長すぎる

96年度までの公立高校の入試は事実上2回に分割されていた。中学校の2年生の最後の3月に「アチーブメント・テスト」という全県一斉の学力到達度試験があり、全教科にわたって2日間で実施されていた。これは、各教科の点数が全県的な点数を統計的に処理され10段階でその結果が入試の資料の一部として(と言っても全県的な順位が判るわけなので、文面で表現されている以上の効力をもっていた)利用されることになっていたので、事実上はこのテストの結果は入試での結果を予想する上で絶大な力をもっていた。実際は第1回目の全県一斉の入試と言ってよい。この結果が出てくる3年生の6月頃には「三者面談」が行われ、その結果が本人と父兄に知らされる。この合計点(5教科10×5=50点、4教科10×4×0.5=20点、合計70点)がどれくらいかで、ほぼ希望できる高校のランクがきれいに予想できてしまうのである。この他に2年生と3年生の内申点があり、さらに入学試験も加味されるが、こちらは中学校の学校間格差というものが厳然とあるので、高校側も単純に同じようには見ていない。表向きは文面化された入試判定資料としての割合がしめされてはいるが、それはあくまでも表 向きである。大学等への入学の実績を良くするためには「点数の取れる生徒=入試で強い生徒」を取りたいのは、どの高校でも同じである。一転して成績不振の生徒が数多く入学する高校(神奈川では底辺校→課題集中校→教育困難校など次々に名称が変っているが)では、授業自体を成り立たせることが実際に大変な困難を極めるので(私も勤務した時期は身の危険を何度も経験した)、できるだけ問題行動の少ない生徒を求めていた。ランクの最上位と最下位はいつも入試の倍率が高いのが例年の傾向であることは、誰にでも想像のつくことであろう。

97年より「偏差値を廃す」という全国の論調に追随して、神奈川でも「ア・テスト」を含まない形での「内申点+入試点」での全国で普通に見られる方式に転換された。しかも、上で述べたような「複数高校希望制」という尾ひれをつけて…。ここでちょっと付け加えておくと、神奈川(特に横浜)というところは住んでみるとよくわかるが、何か他県よりも一歩前に進んでいるようなポーズを取りたがる傾向がいつも見られる面白い県である。かといって東京のような首都ほどではないので、東京のお尻にいつも引っ付いているような感じのする変な県なのだ。

この「複数高校希望制」はどこかで過去にやった入試選抜制に似ていることに気づかれる人も多いことだろう。それはさておき、この方法によって入試の期間(準備の期間も含めて)がべらぼうに長くかかるようになってしまったのである。データの送受信のテストなども含めると4ヶ月近くも(12月〜3月)入試に時間をかけていることになってしまったのである。入試は確かに大切な仕事であるが、高校の本来の仕事はいうまでもなく日常の授業と生徒の指導である。この制度になって入試に関する会議や業務のため止む無く授業のできない日が大幅に増え、生徒の自宅学習が増える結果になってしまった。3学期といっても、1月下旬から2月一杯は授業が飛び飛びにあるのがふつうになってしまったのだ。これに定員割れの再募集など入ると、3月中旬まで入試をしていることになる。「授業時間確保」などときれいごとは言わないが、一体何のための入試かと首をかしげるのは私だけだろうか?

2・1・2 第2希望校まで書くことの無駄

希望する高校を2校まで複数希望できることは一見すると「合格する可能性」を高め、生徒の希望を尊重しているように見える。しかし、これはトリックである。「なぜ第2希望までなのか?」「第3・第4はなぜだめなのか?」「ついでに学区の高校全部希望でなぜいけないのか?」と疑問を投げかけていけば、いろんなことが想像できる。

仮に「学区の高校全部を希望できる」としたとすれば、受験生はトップ校から最低ランク校まで希望することができるが、成績の良いものから「トコロテン式」に上から押し出され、きれいに並んで重複のないランクの階層構造ができる。今回の入試においても、第1希望は、中学の指導にもかかわらず1ランク上の高校を志願した生徒が多かったという情報を得ているから、これはまんざら非現実的な話ではないのである。生徒は自分の実力はともかく「少しでも上のランクへ」という気持ちは当然あるからだ。

新しい入試制度で「選べるのは2校まで」とした理由は、実は受験生と父母の思惑と県教委そして教員組合などの思惑のぶつかり合いの結果生まれた「妥協の産物」なのである。現実の高校間の格差は県教委は肯定していない(公式的には)。したがって、表向きは、受験生も父母も各高校の「特色や校風など」を考慮して、自分にふさわしい高校を選んでいることになっている。現実がそうでないことは、誰もが承知しているのだから、みんなで「芝居」をしているようなものである。「2校くらい選択肢があれば、一応自分で選んだという感触は得られるだろう。全部フリーにしたら、入試制度そのものの意味がなくなる。公立高校のレベルも極端には下げられない。できるだけ希望する生徒の入学の間口は県民からの要望があるので、広げていかねばならない。などなど」の思惑が交錯して、その間を取って決まったのが「複数希望制」なのだと理解しても大きく的を外していることはないだろう。

(本音:時々これが入る)

教員組合(私も組合員ではあるが)はもうほとんど県教委と馴れ合いになっているので、県民の意見を反映したポーズは取っていてもほぼ県教委(つまり県の役人)の思惑通りに事が進んでいく。「受験生の立場に立って」などときれいごとは並べていても、高校間格差は歴然とあることを前提に教員の移動なども行なわれているのが現実である。ちなみに、教員の移動に関しては「4校運動」というのがあって、底辺校・中堅校・進学校・職業校・養護学校などを最低1校ずつ4校は移動しようというものである。もちろん、これとて「建前」あり、毎年の教員の人事異動などを見ていると、しっかり進学校(ここは生徒指導=問題行動を起こす生徒の指導が主、が非常に少ないので精神的には楽であることは常識)を渡り歩いている者もいる。おそらく、裏で何か工作をしていることは周知の事実である。教員も人の子。大変だとわかっている「底辺校」にはできれば勤務したくないので、底辺校の職員は新採用の教員か他県からの転勤者・県内の中学からなどの転勤者などがほとんどを占める結果になってしまう。そして、進学校に勤務することになれば、強制的移動の対象になる12年(最近まで15年 であった)間はしっかりと居座るのが当たり前になっている。各高校の職員の在職年数は見事なくらい各高校のランクと相関している。こんなことは一般の人には興味のないことなので、「進学校の教師は優秀な教師だ」みたいな誤解が平然とまかり通っている。教師の実態と世間の常識が大きくズレている一例がこれである。

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