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推薦入試と一般入試


■推薦入試終わる

 1月22日(水)にわたしの勤務校でも推薦入試が実施された。といっても、当日は面接が行われただけで、その前に中学校から提出されていた調査書をもとにデータの大半はすでにパソコンの入選システムに入力済みであり、この面接の結果を待って最後の入力になる。はじめての推薦入試であり、当初どれくらいの応募者があるのかは憶測の域を出なかったが、結果的には予想していた人数を1名越えるだけという、じつに見事な読みであった。入選委員長のHさんの勘が冴えていたということか。

 面接は、3人の教員が1組になり、その総合判断をもとに評価をするという手間はかかるが、ていねいなやり方で行った。わたしはPC担当なので、面接の仕事にはタッチしなかったが、途中の休憩時に集まってくる評価のデータをシステムに入力する仕事をしていた。面接の評価を入力すると、自動的に順位が表示されるように設定を作っておいたので、1人1人の入力が終わると、その時点での順位が次々と変わってゆくのがたちどころにわかる。募集定員は47名なので、この順位の周辺に位置している受検生がボーダーになる。途中、用事で事務室に行くと、ちょうど受検生が次々と来校中で、どの顔にも緊張したようすがうかがえ、こちらの身も引き締まるのを感じた。人を選ぶということは、大変なことなのだとつくづく思う。厳しいことだけれど、やらねばならないときは、厳正にやるしかないと自分にも言い聞かせた。

 午後の3時過ぎ、予定していた面接も終わり、受検生全員の面接の評価が出てきて、その入力も終えた。この段階で、データ的にはほぼ当落がわかった。正式には「合否判定会議」の審議を経て決まるのだが、相当に緻密なデータの積み上げをしてきているので、この総合判定をくつがえすには、感情的なものを加えて順位を変える以外はまずできないようになっている。単なるデータ処理係のわたしにはデータの入力ミスやデータ処理用の式とかに間違いがないかをチェックすることくらいしかできない。入力ミスがないように、何度もチェックをするので、個人的な感情は全く入る余地はない。すべて機械的に行われる。パソコンに入っているデータ処理用のソフトを信じるしかない。これを使わない限り、これだけの人数のデータを限られた時間内に処理することはできない。あまりにパソコンに頼りすぎる入試はわたし個人としては好まないところではあるが、仕事としてやる以上はやむを得ない。入力データの確認が終わり、順位を並べ替えると、そこで当落がわかった。あとは、このデータをわかりやすい形でプリントアウトして、合否判定会議に提示するだけだ。

 1月24日(金)に合否判定会議があった。合否の原案を出すのが入試選抜委員会(入選)の仕事である。入選委員長から原案の説明があり、審議になる。わたしの仕事はすでに大半は終わっており、この段階で付け加えることもない。黙って審議のようすを聞いている。提示したデータについて質問されることはなかった。というより、データは何段階もの処理をされて並べられており、係のもの以外にはどうしてそのような数値が出てくるのかは、まずわからないのが現状だ。係のわたし自身、計算式に間違いがないかどうかをチェックするときは、電卓を使って確認するということまでしている(ランダム抽出で)。計算式そのものは、入選委員会で何度も検討したものだが、実際にこの式を用いてやってみた結果では、わたしも「やっぱり本番では思っていたのとは、かなり違うものだなー」という印象を受けた。それぞれのデータにつける「重み付け(係数)」によって、総合評価がこれほどの動きをするとは正直なところ驚いた。これは、次年度への検討事項になるだろう。

 個人的には、推薦入試はけっこうしんどいなーというのが、本音である。面接をすることのむずかしさもあるが、その評価をどのように総合判定に取り込むのかは、わたしには考えさせられる点が多数あった。入試作業がすべて終わったら、ゆっくり考えてみたい。来年度からは、推薦入試の形態がまた変わるようだし、何とも落ち着きのない制度である。その影響をもろに受けるのは受検生であるから、行政側の都合でころころ制度を変えるべきではないとわたしは思っている。役人(官僚)とそれに付随する種々の審議会ほど「無責任」なものはない。自分たちの提示した制度への厳しい自己反省の態度を忘れてほしくない。

■次は一般入試

 1月28日に推薦入試の合格発表がある。それが終わると、1月30日からは一般入試の募集が始まる。推薦入試の枠とは別に定員も設定されているのだが、これまたどれくらいの応募者が集まるのかは、はっきりとはわからない。ただ、すでに推薦で合格した生徒は除外されるから、おおよその人数は予測できる。心配なのは、定員割れをおこして、2次募集にならないかである。前にも、現在行われている神奈川県の公立高校複数志願制度の矛盾点について書いたのだが、入学志願をするときに第2希望にちがう高校を志願すると、不利にはたらくことが多い。このあおりが、高校側にも出て、応募者は定員を上回っているのに、1次合格でははずれてしまった受検生が、2次の選抜段階で他校に回ってしまい、結果的に定員割れをおこしてしまうのだ。これほど馬鹿げたことはないのだが、これが結構あるのだ。これがおこると、3月の中旬以降まで入試を続けてるという、じつに情けないことになるので、これだけは避けたいと係としては願っている。

 一般入試は筆記試験が主である。受検生は2月18日の学力試験に向けて、日々追い込みの勉強に打ち込んでいることだろう。どんなに勉強しても、万全ということはないから、その緊張感は高まる一方だ。けれど、これがじつは学んだことを骨身にしみさせるには一番のいい機会なのである。受検生当人はそんなことは意識していないにちがいないが、ここ1ヶ月の追い込みが本当に力を伸ばしてくれるのだ。最後の最後まで諦めることなく粘る気力と体力がきっと大人になっても役立つ真の力になると、わたしは自分の体験からも保証したい。受検当日向けて、精一杯の勉強を心がけてほしい。風邪など引かぬよう十分に気をつけてほしい。健康面での準備も含めて、それが本人の実力であることを忘れないように…。風邪を引いていたので落ちました、では口実にはなってもだれも「そうですか」としか思ってくれない。健闘を祈る。

 受検生を迎える高校側も準備にはいる。まだ、推薦入試の余韻の残るところであるが、気持ちを切り替え、一般入試へ向けて再度気合を入れる。わたしの仕事はおなじPC担当であるが、願書が出されたときから、入選システムへの入力作業がはじまる。最近とみに誤字・脱字・印漏れなどの記入ミスが目立つような気がするが、受検生も願書を出す前にもう一度チェックをしっかりしてもらうと助かる。入試は願書を出す段階からすでに始まっているのだから。もし、わたしが自分で学校を作ったとしたら、願書の記入ミスがあれば、その場で不合格にしてしまうだろう。下手な温情は本人のためにはならない。それくらいの気持ちで願書をしっかり記入して出せば、半分合格したようなものである。字の汚いものもあまり感心しない。上手ではなくても、ていねいに書けば、それなりの字になるものだ。入力していて、気持ちのいい願書はきっと合格をもたらすのではないかと思っている。合格を自分の手引き寄せてほしい。

 わたしは、一般入試で入学してくる生徒がどうしても好きだ。大きな壁を乗り越えて、ようやく手にする合格。学力試験の教室に張り詰めるピーンとした緊張感。鉛筆の音だけが聞こえる。人間が集中しているときのオーラ。問題に打ち込んでいる受検生の机の間を巡視しているとき感じる、あの静かなものすごい熱気。こういうものが、人間には青春のある時期、きっと必要なのではないか、といつも思う。こういう制度を疎ましくいう人々も多い。でも、わたしには、そういう人は人生で何かに打ち込むといういう、もっとも大切な経験をしないで終わってしまうようで、もったいないと思える。別に、受検でないと味わえないわけではない。しかし、大きな壁を乗り越えるという経験はそれほど簡単にできることではないのも確かだ。逃げようと思えば、いくらでも逃げ道はあるのだから。逃げた人はもう壁を越える醍醐味は味わえない。壁を一度でクリアできなくても、再挑戦する気構えがあれば、粘っただけのことはあるものだ。めげないこと、これが大切だ。これを書いていて、自分の経験と重ね合わせているのが実感できる。わたしの人生も失敗ばかりであった。でも、逃げるのだけはよそうと決めていた。何度も壁にはじきとばされた。最終的には壁を乗り越えられなかったことも多い。それでも、精一杯やったという充実感だけはしっかりある。それが今のわたしを支えている。一般受検生のそれぞれの健闘を祈りたい。

 最後に、時間は直前まで十分にある。あせらず、落ち着いて頑張ってください。高校に入って失望しないように、こちらも気合を入れて待っています。

 2003/01/26(日) 12:10

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