TopPage


面白いぞ!センター試験問題


■今年も出たぞ!過去問研究

 センター試験の過去問集が、この6月20日前後にいろいろな出版社から発売されている。値段は\800前後で、本の厚さや科目に関係なくほぼ同じである。この本は毎年ながらその情報量に対して非常に安いと感じている。わたしは毎年これが出るのが楽しみで、出るとすぐに買う。今年も自分の専門である物理のものと、あとは趣味で数学TA・UBと化学TBを買った。物理のものは『2004年版 大学入試センター試験 過去問研究 物理TB 本試・追試 15ヵ年34回分』教学社\780だ。本の厚さは解答を含めて3.1cmある。1990年度から2003年度までに実施されたほぼ全問が載せられていて、年度を経ての変化がじつによく読み取れる。これを、毎早朝、ちびりちびり解くのがわたしの日課になっている。このときが何とも楽しいのだ。この他には、毎年、旺文社で出している大学ごとの『全国大学入試問題正解7物理』を楽しみにしているが、これは値段が高いので、職場の進路関係の資料ということで購入してもらっている。

 センター試験には、毎年のことながらいろいろな批判もあることは百も承知している。その前身の共通一次試験のときも批判は絶えなかった。わたしは、この共通一次試験世代よりもさらに昔の世代で、国公立が一期・二期などといっていた世代なので、正直なところ、共通一次試験が実施された頃は、あまりいい印象をもっていなかった。もちろん、そのあとにつづいたセンター試験にもほとんど無関心であった。が、あるとき、本屋さんでセンター試験の過去問集が出ており、その値段を見たら、これが本の厚さにくらべてエラク安い。それでいて、中身をみるとまだ半年前に実際に出題されたばかりのホカホカの問題がそのままの形で載せてある。新聞に公表されるものは、字が小さくてとても読めたものではないので、そのままポイであったが、この本で見ると、問題もじつに面白そう。さっそく買い込んで、問題に取り組んでみると、専門の物理でもグラフの読み取り方などのかなり面倒な問題もあり、全問正解には至らず。でも、出題範囲は物理TB(ほとんどの高校では、2年次に学ぶ)であるが、よく考えられた問題が多いと感心した覚えがある。それまで、食わず嫌いであったのだ。それ以来、試験自体の是非はともかく、面白い問題集というので毎年買い込んでは解いてみている。当然、過去に解いた問題が次年度の問題集には載せてあるので、毎年解くことになるのだが、不思議なもので、前年解けても解けないときもある。それと、解くときの考え方が少し変わるときもある。いわゆる別解なのだが、むしろその方法の方が本質的で、明快な解答になるときは気分も最高である。センター試験の問題を何年分もやってみると、物理で大切な考え方はほぼ網羅されているとわたしにはおもえる。

 学校の教員を長年やっていると、自分で実際に汗を流して問題を解いてみるというのを軽視しがちになるように、わたしは感じている。いろいろな知識も増え、問題のパタンもほぼマスターしたとおもわれる頃には、こういう問題演習をしてみるというのは、生徒みたいで嫌になるという気持ちはよく理解できる。しかし、現場の教員は教育の最前線で戦う戦士でもある。日頃から、自らの技量を高めるべく、少しの時間を費やしてもバチは当たるまい。しかも楽しみながら、安い費用で、自分の専門の問題を解いていれば、実力はいやが上にもついてしまうし、生徒からの質問にも的確に答えられるのだからうれしい限りである。「自分は、そういうレベルの問題は、すでにクリアして、もっと高度のことを勉強しているのだ」といわれるかもしれない。でも、それって本当かな…?高校入試の数学の問題も解けない高校教員が先般、免職になったという記事を新聞で読んだ(これには大いなる疑問がある。そんな学力で教員試験が通るはずはないからだ)。これがもし本当ならば、本人にはかわいそうであるが、当然の措置である。教員は問題を解いていくらの商売なのだ。いろいろな知識や技能の勉強も最終的には問題(これは何も受験に限らない)を解くために学んでいるのである。実用などと狭く考えなくても、わたしたちの人生は絶えず沸き起こってくる問題をいかに解決するかに尽きるように、わたしにはおもえる。そんな、忙しない考え方は意に沿わぬといわれる方もおられよう。わたしの考えを押し付ける気などもうとうないが、どう考えようと人生に問題はついてまわる。問題演習を敬遠して、総論や学問論や哲学論にハマり始めたら、どうやら「現役」引退の兆候が出てきたと判断していいのかもしれない。

■物理の問題に限ると…

 他の科目のことは、その道の専門家がいるし、わたしがどうこう言っても仕方あるまい。自分の関係するセンター試験の「物理TB」についての印象は、年々問題が素直になってきた(ひねってある問題が少なくなってきた=解答しやすい)と感じている。センター試験の性格上、あくまでも基本がきちんと理解できているかを見るのが主眼と考えると、それぞれの分野(力学・電磁気学・波動・原子物理)からまんべんなく出題されており、特別なテクニックを知らなくても教科書レベルの知識をきちんと理解していれば、まずまずの成績(8割)はとれるようにつくってある(とおもう)。平均点が大体60点±5点くらいだから、8割とれれば合格である。ちょっと頑張れば満点も可能である。

 来年度からは、過去に出題されたものでも、理解度を試すのに適切な問題は内容を少し変えて出題することも公に認められた。いいことである。ペーパーテストだけで、その受験生の実力が正確にわかるとはとてもおもえないが、かといって、大学で勉強しようという人間に「一芸入試」は、失礼である。大学で学ぶために必要な最低限の学力がなくて、どうして入学が可能なのか、わたしには理解できない。それほど、高度のことを知っていたり、理解していたりする必要はないが、センター試験で出題されるレベルくらいは、現代の高校生にもぜひクリアしてほしいものである。ちなみに、物理の問題で見る限りでは、このセンター試験で出題された問題の類似問題が、私立の下位クラスから中堅クラスの大学入試によく出題されている。もちろん、国公立の入試問題でも、同様なことは毎年ある。

 上に記した範囲での問題は、実際に全問解くわけではないが、一通りは目を通すようにしている。自分の力だけで、全問解けるのが理想ではあるが、わたしの場合全部解けるわけではない。そういうときは、素直に解答を見る。解答を見れば、ほぼ全問の内容は理解できる。解答を見て、どうしてそうなるのかわからないということは、まずない。多分、こういうのが、専門で学んでいるかどうかのちがいなのだろう。問題集の解答に誤りがあることもあり、そういうのに気づくこともある。ただし、受験生とちがうところは、時間を50分なり60分なりに区切って実際の試験と同じ時間内にやると、全問解答は無理である。本番の試験と同じような時間内で解答するためには、やはり時間配分なども考慮した受験テクニックがある程度は必要になる。

 大学などに入学してから学ぶ物理と受験勉強でやる物理では、おなじ「物理」でも内容はかなりちがう。ただ、受験勉強で学んだ物理が役に立たないかというとそうでもない。大学でいきなり物理を勉強しようとおもっても、大学レベルの物理への入門はそれほど簡単ではないだろう。曲がりなりにも基礎的な物理を高校で勉強してきたという自信(履歴?)は、やはり相当なものだとおもう。センター試験に物理Uの内容はないが、それぞれの大学で出題するときはその内容も問われるから、そのレベルまで勉強しておけば、ほぼ理想的である。

■物理の最もいい参考書は、過去問題集?

 わたしが以前書いた「独学でも使えるとても親切な物理参考書」として渡辺久夫『親切な物理 上・下』正林書院という本があった。すでに、出版社が倒産して絶版になってしまっている。ところが、この本の素晴しさを体験している人たちの間で、この本を復刻しようという動きが現在進行している。わたしも高校生のとき、この本を知り、それ以来何度となく読んで自分の仕事にも参考にしてきた。「親切な」だけにとてもていねいに説明してあるため、上下で900ページほどにもなる大部な本になっている。いまどきの薄手の本にくらべると、値段的にも内容的にもまったく比較にならない。過去の時代にはこれが人気のもとだったが、今となってはこれが逆に災いしたのか、次第に発行部数も減ってしまい、最後は、上記に書いたような結末になってしまった。ほとんどの高校生が物理を必修として学ばなければならなかった時代と、選択科目の1つになってしまった現在では物理を学ぶ生徒の数がまったくちがってしまっている。センター試験の受験状況を見ると、全国の高校生のうち「物理TB」だけを学ぶ生徒でも全体の1/4、「物理U」まで学ぶ生徒はほど1/10ではないかとおもう。わたしが今年度「物理U」を教えている生徒も学年全体のちょうど1割である。この高校は、全国的に見ても、ほぼ中堅校レベルであるから、日本全体の平均にとても近い値が出る。

 こういう現状を見ると、物理だけに精力の大半を使う生徒は、まずいないと考えたほうがいいだろう。図解のきれいな薄手の参考書に目が行くのは当然の成り行きなのだ。「親切な」参考書だとわかるには、そうでない教科書や参考書を使ってみて、その「不親切さ」に気づいてからでないとわからない。「よくわかる」ように書いてあるものも、著者が「よくわかるだろう」とおもって書いた本がほとんどである。どの本も、いろんな年度、大学入試などからその例題や練習問題などを採ってきている。著者のもっとも主張したいことがらに合うような問題を選択して、載せているのである。だから、本によって問題の採択具合が異なる。それだったら、生のセンター試験の問題や大学入試の問題をそのままやった方が近道ではないか。たしかに、くわしい解説などはないかもしれないが、どっちにしろ、本番の問題には解説などつかない。わからないところは、あとで教科書なり参考書で調べるなりして、ダイレクトに生の問題に取り組んでみるのが一番の近道のようにおもうのだが、これってわたしの独断であろうか。

 大学レベルの物理の話ならともかく、大学受験までの物理の勉強法としては、教科書を一通り読んだら(本当は三回くらいがいい。あまりおもしろくはないとおもうけど…)、センター試験の過去問集をどんどんやり、そのあとに個別の大学ごとの過去問を何度も繰り返すのがいいのではないか、と個人的にはおもっている。問題演習はそんなにおもしろいものではないかもしれないが、ある一定数以上の問題をこなすと(経験的には500題くらいかな)、不思議と峠を越えたような感じになり、いろいろなタイプの問題に当たってもまったく手も足も出ないということはなくなる。それと、自分で解答してみようという意欲が生まれてくる。こうなったら、もう得意科目まであと一息。模擬テストなどでもそこそこの成績がとれるようになる。できるようになるとおもしろくなるという上昇スパイラルに乗りはじめる。こうなると、問題演習にも熱がこもるようになるし、物理の演習以外の面も目に入ってくる。そのあたりで、講談社ブルーバックスなどにも手が出るようになれば、あとは自然に実力のほうも安定してくる。

■いつまでも現役でいるためにも

 世間的に見ると、「お話物理」や「物理の自然哲学的な面」に興味を持っている人は多いようだが、そこにハマり込んでしまい、数式などを扱う部分がでてくると急に拒絶反応をおこす人もいる。お話的なことは少しその方面の本を読めば、それなりの話はできるだろう。しかし、きちんと理解するにはやはり実験や数式での計算などの地道な作業を欠かすことはできない。本を読んだだけでわかるようになる物理というのはないようにおもう。どの分野のことであれ、「お話」だけでは心底からわかったという気にならないのは同じではないだろうか。それでなくても、数式が多用される物理の場合、自分の手で鉛筆(古いね。書けるものなら何でもいい)をもって、紙に図解したり、式から式への変形などを実際にやってみると、読んでいるだけではわからないこともよりはっきりとわかるものである。こういう作業的なことを面倒くさがらないで、いつまでも問題を解きつづけていたいとおもっている。

 問題を解くことよりも問題を見つけて問題として提起することのほうがむずかしいことだし、そのほうが本当はおもしろいことはわかる。しかし、問題を作りつづけるにはものすごいエネルギーを必要とする。そこまでのパワーはどうもわたしにはないようにおもう。だから、ありきたりではあっても、誰かが作った問題を解くことでおもしろさが味わえれば、それはそれで楽しいひと時が過ごせる。早朝のヒンヤリとした空気を浴びたあとのほんの少しの時間はそれにぴったりのときである。1000円もしないただ問題だけが載っているだけの本で1年間楽しめるのだから、じつに安上がりである。来年度からは物理も新カリキュラムになり、また問題も変わってくるだろう。しかし、物理に関していえば、問題は同じであろう。たかが、カリキュラムの変更くらいで、物理の基本概念がゆらぐことはないからである。

 今朝も起きがけに、数題解いてみた。コンデンサーの問題であったが、何とか正解できた。しかし、直観でのまぐれ当たりであった。解答を見て、自分が忘れていた事柄が問われていることを知り、また一つ知識が強まった。こういうことは、漫然と本を読んでいても決して気づくことはない。次第次第に物忘れも出てきた昨今、こういう形で自分の脳に刺激を与えていくのも一つの方法なのかなとおもいはじめている。

 2003/07/06(日) 12:04

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ メニューへ ■ TopPageへ