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久しぶりの同窓会へ


■ 18年前の卒業生と

 1999/03/20(土)の夜7:00から18年前に卒業した生徒さんたちとの同窓会が大和市でありました。今年の正月に来た年賀状で、今年「同窓会をやる」との連絡を受け、私も招待を受け楽しみに待っていたのです。彼らは私の教員としての最初の卒業生ですし、思い入れも大きかったクラスでしたから、今でも一番印象に残っている諸君なのです。この前に同窓会がおこなわれたのは10年ほど前と記憶していますから、今では33〜34歳の立派な社会人として活躍しています。私も10年ほど前の同窓会は確かに記憶にあるのですが、そのときどんなメンバーが集まり、どんな話しをしたのかを思い出すことができなかったので、今回は記憶の新しい内にどんな様子だったかを記録しておいて、3年後にやるという次回の同窓会に備えておこうと考えました。

 出かけるとき、ひょとすると役に立つかもしれないと思い、その卒業生たちのアルバムを持参して行きました。これは、実に役に立ちました。何と行っても18年間会わずにいた人もいますから、人に寄ってはかなりの変貌をとげていて、なかなか思い出せないときもあるからです。顔は不思議と大体は記憶があるのですが、顔と氏名が一致するのに苦労するのが実情です。本人には申し訳ないのですが、なにぶん多くの生徒と日常的に接しているため、一番身近で教えている現在の生徒の名前が優先されてしまいがちです。それで、前の晩にゆっくりアルバムを見ながら名前を思い出し、顔と一致させるべく予習をしました。これは意外に役立ちました。それと、だれかアルバムを持ってくる卒業生がいるかと思ったら、一人もいなかったのは「そうだろうなー」と妙に納得してしまいました。実は、私も自分の卒業アルバムなど田舎の実家に置いたきり、見たこともありませんから、一旦社会に出てしまうと、学生時代のアルバムなどをなつかしげに見ている人は少ないものと思うのです。むしろ、それでいいのであって、「過去にいつまでも囚われていない」というのはとても現実的で良いことなのです。

 参加者もそろい、一人遅れて来る度に、何度も乾杯をしてビールもぐいぐい進みます。私は飲み会のときあまり食べ物をたべないで飲んでばかりいるクセがあるため、カミさんにもよく注意されます。そこで、少しはつまみをつまんでみるのですが、話しが弾んでくると食べるどころではありません。卒業生諸君もほとんど食べ物には手をつけず、お酒と会話に夢中です。そうですよね。同じクラスで過ごしたあの思いでは共有する人間にしかわからないものでしょうから。私はクラス担任という立場でしたが、もうこの歳になるとみんなが集まるときの一つの口実みたいなもので、私自身「それが一番いいんだ」と自覚しています。

 「来るかな?」と期待していた何人かの人は参加できなかったようです。考えてみれば、男子はちょうど仕事に油の乗った時期であり、女子はといえばちょうど子供の世話で家庭を空けるにはまだ時間的に余裕のない人も多いでしょうから今回クラスの半分以上の人数が集まったのはすごいことだと感じました。夜7:00〜9:00まで多いに飲み語り、その後は定番の「カラオケ」に行きました。この2次会にもほとんどの人が参加してくれ、ボックスの中はぎゅうぎゅうづめに入って、場は一気に盛り上がりました。私は、できる限り「若い人は若い人だけで」と思っていましたから、最初に一発、松山千春の「大空と大地の中で」をすでに話しすぎてガラガラになった咽喉で歌い(ふつうの状態ではかなり上手く歌えるんだけどなー…残念)、その後はいろんな飲み物を飲み、みんなの会話を楽しませてもらいました。11:00くらいまでお付き合いをさせてもらい、これからは若い人どうしで談笑するのが一番と「ちょっと今日はこの後少し仕事があるから…」などと口実をつけ、退散することにしました。みんな本当に優しく送り出してくれ、ほのぼのとした気持ちで帰りの途に着くことができました。みんな、本当にありがとう。

■その後

 宴会の会話の中で、かなりの卒業生がInternetのe-mailアドレスをもっていることがわかり、私もこういうときのためにと「名刺」をかなりの枚数用意しておいたので、それを配りまくりました。そうしましたら、しばらくしてY君からメールが届き、「あの晩はみんな終電車に間に合わなくタクシーで帰ったり、そのまま朝までやっている居酒屋で飲みなおして朝の始発で帰りました」という内容。私も若けりゃ付き合っていたと思いますが、もう睡眠不足はすぐに身体に出てしまう歳になってしまい、つくづく年月の流れのはやさを実感した次第です。

 次回3年後の同窓会に元気で参加できるか、わかりませんが、再会を誓ったみんなに会えるようせいぜい養生して行きたいものです。4月からは新しい学校へ転勤です。職場は変わってもこうして何年たっても「担任」ということで同窓会に呼んでもらえる自分は本当に幸せ者だと嬉しい気持ちです。

 3年後の再会を楽しみに待っています。

                                                        1999/04/04

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