TopPage


中学校から理系・文系?


■今朝の朝刊を読んで

 早朝、新聞を取ってきて、1面トップに次の記事が載っていて、思わず読み驚いてしまいました。感想などは後にして、まずは記事をそのまま載せてみます。

<記事全文>(2003/01/13朝日新聞朝刊より)

■中学校を文系・理系に色分け 埼玉・志木市
 学区を自由化、「人気の偏り防止」


 埼玉県志木市が市立中学校ごとに、理系や芸術系重視などの独自カリキュラムを設けたうえで、行きたい学校を選べる学区自由化を導入する構想を固めた。04年度開始の予定。市立中全体を一つの大学、各校を学部のように見立てて特色化を図る。違いを鮮明にし、学校の風評で人気が偏ることを防ぐことなどが狙いだ。

 小中学校の学区自由化は、97年に旧文部省が出した通知を土台に、各地で拡大した。朝日新聞の調査では、すでに導入済みの自治体があるのは7都県。とくに都市部で広がっているが、学校別に異なるカリキュラムを用意する試みは新しい。

 同市の市立中は4校。すべてに一つずつの特色を持たせる。「学部制自由化」と名付けられた構想によると、学校別の特色は、理系教科(数学、理科)、文系教科(国語、社会、英語)のほか、芸術系や体育、英語重視――などが候補。それぞれの分野に時間を多く割くカリキュラムを作成する。

 重視する分野には、3年生で週4時間程度ある選択教科の時間や、各学年週2〜3時間程度ある総合的な学習の時間などを充てる構想だ。

 いずれの学校も、学習指導要領に示された各教科の標準授業数は確保、それに上乗せして特色を出す形にするため、現行の教育課程内でもできる。学区を超えて入学できる枠には、一定の人数制限を設け、特定の学校に人気が集中した場合は抽選にする方針という。

 放課後の活動は学校間の壁を取り払う。従来の部活動はそれぞれ維持するが、そのほかにボランティア学科やレクリエーション学科、文化活動学科など、各校独自の活動を「学科」として設け、他校の生徒も参加できるようにする。

 特色は、子どもや保護者に市の広報や説明会で紹介。従来の学区に関係なく、進学先を選んでもらう。子どもの希望が変わったときなどのために、学年単位で学校を変わることも認める。

 学区自由化スタートと同時に市教委内に「志木中学本部」を設置。各中学校が参加し、特色について調整するなど、協力体制を維持するのが目的という。

 各校の特色を保てるような教員配置ができるかどうかなどの課題はある。教員が数年で異動することなどから違いを保つことが難しい実態もあるからだ。同市は県が持つ教員異動の権限を一部移譲するよう県と協議を続けることにしている。

 穂坂邦夫市長は「学区を自由化するだけでは、私学のような学校間競争をいたずらにあおり、協調を損なう恐れがある。公立ならではの、地域全体の協力を基盤にした選択制にするためにも、各校の特色を鮮明に出したい」と話している。

 志木市は人口約6万7千人。昨春から小学1、2年を対象に「25人学級」を始めている。

<引用終り>


■そんなに慌ててどこへゆくの?

 上の記事を読んでまず驚いたのは、この志木市の教育委員会の方々は、小学校を卒業したばかりの生徒に教科の選択能力があると確信しているかのような判断をしている点です。もちろん、そういう生徒もいることは考えられますが、ふつうの生徒たちに、そのような選択能力があるとはまず考えられません。この時期の生徒にとって、教科の好き嫌いなどは教える教師の好き嫌いと同じほど、流動的なものにしかすぎないのではないでしょうか。それも、理系(数学・理科)、文系(国・社・英)などと既成の分類概念を持ち込んでいる始末。生徒たちは、ただそこに用意されたものの中から簡単そうなものを選んでしまうことなどは、自由選択を配して失敗している日本中の普通高校の中学版をつくるようで、「なんで、そんなに慌てて狭い分野に入り込んで行く必要があるの?」と疑問を感じざるを得ません。

 学区をなくすことや、特色作りに精出すことは、今どの都道府県でも公立の普通高校で取り組まれているのですが、目だった成果は上がっていません。というより、こういう学校制度の改変は、すでに欧米で80年代までに実行されて、問題点が多いということで、今や過去のものになっていることなのです。それを、20年遅れで日本が再度取り組むということの意味がわたしにはよく理解できません。それとも、欧米の生徒たちは、日本など問題にならないほど素晴しい教育を受けているというのでしょうか。こういう浮ついた考えで、教育制度を変えようとする動きにはどうにも賛同することはできません。

 最後の「25人学級」については、大変けっこうなことだと思います。こういう、地道なことをきちんとやってゆけば、鳴り物入りでやるような改革よりも本当の実効性が現れてくるというものです。中学校でも「25人学級」にして、国・社・数・理・英の基礎教科と芸術・体育などの実技教科をバランス良く学ぶのが、長い目で見ると本当の実力を備えた国際人を育てる一番の近道だとわたしは考えています。中学から文系・理系・芸術系・体育系などに分けることは「百害あって一利なし」としかわたしには思えません。たとえ、学習の成績がよくなくても、幅広く勉強しておくことは将来にとってとても大切なことです。得意なこと・不得意なことも実際にやってみて少しずつ自分でも自覚できるようになるものです。やる前から、その機会を捨ててしまうことは、大変な損失のように思うのは、わたしだけでしょうか。

 現在の日本の不況の原因が教育にもその一端があるのかもしれませんが、かと言って、今までの教育がすべて悪かったというような考えはおかしいように思います。それでは、まるで、敗戦したあとの日本の状態と同じです。180度の転換は非常に危険です。せいぜい90度以内に留めておくのが賢明ではないかと思うのです。

 2003/01/13(月) 16:41

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ メニューへ ■ TopPageへ