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またしても転勤!


■またまた転勤

 明日(2002/03/31)の朝刊に発表になるだろうが、私はまたしても転勤することになった。3年前に現在(もう明日までの在籍になるが)の高校に転勤して来て、早いもので丸3年の日々が経ってしまった。フリー・副担・担任と順調に流れて来たが、3年前に転勤して来たときに、自分で決めた「3年間だけいる」という予定が本当になってしまい、この4月からは古巣の横浜の高校へ転勤が決まったのだ。きょう(3/30)、現任校からほとんどの荷物を車に積み込み、学校をあとにして来た。校門までの坂道に沿って両側に咲く桜も満開の時期を過ぎ、風にふかれて桜吹雪になっていた。後を振り返ることもなく、そのまま校門を出て、自宅に向かった。明後日からは、この校門をこの職場の職員としてくぐることはないのだ。

 思えば3年前、自分としては不本意な転勤で、かなり嫌な気持ちで現任校に移ってきたが、この気持ちは3年も経てば消えるかなと思っていたら、そんなことはなかった。現在もほとんど3年前と同じ気持ちである。人の第一印象というのは、かなり正確のようで、職場に入ったときに感じた印象はかわらないままであった。こうして、3年勤めた職場をあとにして来たが、特別な感慨はない。ただ、1年生の担任としてクラスの生徒たちにはかなりうるさく生活指導などもしてきたせいか、一緒に2年生・3年生と持ち上がってやれなかったことは残念に思っている。同じ学年で頑張ってくれた同僚たち、一緒に転勤してきた有志の人たちには、申し訳ない気持ちも多少ある。「一緒に3年までやりたかったな」と言ってくれる人がいるうちに、去るのがいいのかもしれない。

 もう転勤も6校目になる。職員の中には教員生活をわずか2・3校で終える人もいるようだが、私にはどうも信じられない。中学→高校と渡り歩いて来た私には、いろいろな学校を見るほうが面白いという気持ちが強い。高々30数年の教員生活の中で、自分の経験できる範囲など知れているのだから、積極的にいろんな場所を体験できたほうがいいのではないかと思う。一箇所にじっくり腰を落ち着けて…というのも悪くはないが、そこが生徒指導などの手がかからないところとなると、あまりに長居されては、底辺校で頑張っている人にすまないように思ってしまうのだ。実際に各学区のトップ校に転勤になると、ほとんどの人は最長12年まで居られるという権利を行使する。これは、感心しない。私は最長でも7年というのが適切だと考えている。担任を1年から3年まで一回りやり、1・2年残り、浪人などしている生徒のお世話をしたら、次の場所に移ってゆくのがいいのではないだろうか。7年で回れば、最低でも5校は経験できる。学校教育を語るのには、レベルのちがう学校をそれぞれ経験しておくのは参考になるように思う。

■それぞれが新たな道へ

 私の転勤に合わせたわけではあるまいが、友人もこの4月から新しい道に進む。学校教育の現場から、管理部門(というと格好いいが、要は事務関係)へと変わる。もう、最近は老眼も進んでいるようで、飲み屋のメニューも見るのに難渋しているほどであるから、そういう部門で新たな可能性を試すのはいいことだろう。私としては、素直に嬉しく思っている。そういう部門が単なる「名誉職」にならないように個人的には願っているが…。何度も書いているが、本当にリーダーとして適任の人は少ない。そういう人が、みんなが望むようにリーダーになってくれることはさらに少ない。ならなくてもいい人だけが不思議とそういう立場に進む。しかし、われわれが求めているのは、部下の能力を高めてくれる資質をもったリーダーであって、お上の通達をただ受け取ってくるような「ボンクラ管理職」ではない。ここでも、「ピーターの法則」は厳然として働いている。

 我が家においても、息子はようやく大学生になる。私に反発したのか、私の願っていた自然科学分野への進学ではなかったが、これも息子自身が決めたこと。彼の道は彼が決めればいい。新しい生活は、自宅を離れて始まる。下の娘たちもおのおの最終学年を迎え、それぞれが受験生活へと入ってゆく。これまた、私の出る幕はなく、それぞれが自分の好きなように道を選んでゆく気配が濃厚である。みんな好きなようにやればいい。第一、私自身の生活の仕方が「自分の好きなことをやる」というパタンなのだから、今さら子供たちにこちらの気持ちを押し付けるわけにもいかないだろう。家内とともに彼らの資金面でのバックアップをするくらいしかできない。そこにはもう、あの幼児の頃の何でも頼ってくる子供たちはいない。ちと、さびしいが…。

 別れはいつかはかならずやってくる。それは悲しくもあるが、新しい道への出発であるのかもしれない。新しい道へ進むのはいいことでも悪いことでもない。それは、ただ変化であるといってもいいだろう。変化は求めなくてもやってくる。それをわれわれは受け入れるしかすべはない。受け入れるなら、こちらから進んで受け入れたい。そして、その変化の中で楽しんで行けたら、それはとても嬉しいことだと思う。

 明後日(4/1)から、私もふくめて多くの人が新しい道に進む。自分も気持ちを引き締めて新しい職場に臨むつもりだ。移り行く人たちの健闘を祈りたい。

 2002/03/30(土) 20:28

■■転勤その後(2週間目)

 4/1(月)に新しい勤務校で辞令交付式に出た。新しく転勤してきた人は、事務職もふくめて10名ほどであった。一人ずつ校長室に呼ばれ辞令をもらった。そのあと、校長、事務長(新任)、教頭、教務主任などからあいさつやら服務の話などがあって、約1時間ほどで終わった。最後に、教務主任に職員室などの案内をしてもらい、お開きとなった。久しぶりにスーツなど着て苦しかった。

 さて、じつはこの日私は自宅を7:00に出て、40分ほどで転勤先の高校へ着いていた。そして、すぐに身支度を整えると、ワゴン車の後に目一杯積んであった荷物を4階の物理準備室まで運び上げる作業に入った。前任校では物理準備室は3階にあり、それも生徒昇降口から近かったため、運び上げは今回にくらべて楽であった。今回は、階段までの水平移動が長くなったのと、階段を4階まで上がらないといけないので、作業は困難を極めた。パソコン一式と書籍類が主なものだが、パソコンもデスクトップ型でモニターだけでも20kgほどあり、腰が抜けるほどであった。それに、長年捨てるに捨てられずに持ち歩いている書籍類の重さといったらなかった。すべて、小分けにしてスズランテープでしばり、さらにこのときのためにと集めておいたスーパーのビニール袋に入れて一度に数個ずつ持てるようにしておいた。最初は水平移動で、階段の脇まで台車を借りて運んだ。そのあとは、延々3時間にも渡る4階までの運び上げである。階段を山を登るようにゆっくり昇ってゆき、4階に登り切ったところに荷物を置いてくるのだ。最初は、元気だったが、次第に息切れもでてきて、しかも汗は滴り落ちる。ときどき休憩もするが、なかなか荷物が減らないのを見ていると「なんで本をすてられないのかな…」と後悔もでてくる。何度往復したのかわからないほど、昇り降りを繰り返し、10時30分頃にようやく、すべての荷物を4階の階段脇まで運び終えた。残り30分で、台車を使って、物理準備室まで荷物の水平移動を行った。全部の荷物を運び終えたのは、11:00頃であった。もう顔は汗だらけで、首に巻いたタオルもぐっしょりだ。意識も朦朧としてかなり疲れてしまった。ここで、ようやく一仕事が終わった。

 その日の予定は、そこまでではなかった。前日の予定ではパソコンの設定をして、きちんと動くのを確認するところまでやるつもりであった。そこで、10分ほど休憩した後、さっそくパソコンのモニター・本体・プリンターなどなど梱包しておいた箱から全部出して、セッティング。モニターの設置場所を吟味したあとセットして、あとは順次、パソコン本体などを並べていった。並べ終えた後、配線をして、再度全部の接続部を点検してから、電源を入れてみた。ちょっと不安はあったが、パソコンは無事起動して、先日まで使っていた状態と同じに動くことが確認できた。プリンターも印字テストをしてみたら、大丈夫であった。これで、当座の仕事はすぐに取り掛かれる。ここまでやって、やっとホッと一息ついて昼食にした。手や腰はしびれていた。

 14:00からの辞令交付式に備えて、持ってきたスーツに着替えたのは13:00頃であった。この学校の階段を嫌というほど昇り降りして、環境に身体を慣らしたせいか、辞令交付の前に私はもう長年いるような気分になってしまっていた。そんなに甘いものではないのだが…。

 転勤して、早2週間目になろうとしているが、正直なところまだ戸惑っている。授業をするほうは、何とか目途が立ってきたが、いろいろな校務分掌(学校内の授業以外の仕事)には、まだ全く手をつけていない。来週からは本格的に仕事も入ってくると思うのだが、まだやる気がまったく出てこないのだ。そんな気持ちとは関係なく、月曜日から早速部活動顧問として野球部の仕事が入ってくる。これは、本当は勤務時間外なので、ボランティアなのだろうが、スポーツの盛んなこの高校では、当然やるべき仕事になっているようで、最低6:30までは監督することになる。別に実際に野球の練習にお付き合いするわけではないのだが、当番制で残って部員(マネージャーなど)への連絡や指示を出すのだ。それと、土曜日・日曜日には練習試合がかなりの頻度であるため、これまた行ける範囲で引率の仕事が入ることになった。これは、負担がないとはいわないが、部員がやる気で頑張っている限りは、進んで付き合うしかないだろう。

 3年副担・教務部・野球部&自然科学部顧問その他もろもろというのが、今年度の仕事である。転勤した年には何もいうべきことはない。その学校でのやり方に少しずつ慣れてゆくのが大切である。今年は前からいる職員の邪魔にならないように早く仕事ができるようになろうと努めたい。まあ、どの職場に移っても、最初は同じなのだが…。2・3年もいれば、もうこっちのものだろう。

 生徒のほうは、まだよくわからない。といっても、この学区は私が中学校の教員として仕事に就いたところでもあり、中学校でどのレベルの生徒が来ているのかは本当は知っている。が、生徒には知らないふりをしている。それに、4年前まではこの高校のお隣でもある瀬谷西高校に勤務していたので、高校の事情も知っている。でも、最近のようすは実際は知らないわけなので、あまり先入観をもたないようにして、生徒のようすを見ている。私が教えているのは、3年の物理(全員男子…まあ不満とはいわないけれど、ちと残念)と、これまた3年の情報である。授業中の生徒のようすは、前任校と比較してもあまり意味はないが、今のところ大変いい。なんと言っても授業中に職員がだれも巡回などしていない。廊下も静かでシーンとしている。「これが、高校だよな…」と授業からもどると一息ついてそう思う。休み時間になると、まだ巡回に行きそうになるのも前任校での習慣が残っているのだろう。休み時間をゆったりと過ごせるなんて、何ともぜいたくなことだ。おそらく、これが今度の新しい習慣になるのだろう。

 転勤して2週間。あとには戻れないし、前進してゆくのみだ。前任校のクラスでただ一つ気がかりだったS君の転学が無事決まったことを知り、ホッとしている。これからは、今の学校で楽しく仕事をするだけである。

 2002/04/14 (日) 15:51:19

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