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教 師 の 1 日


■■ 登校 (通勤)
教師の1日も普通のサラリーマンと同じように始まります。電車と徒歩で学校まで来る人もいれば、車で来る人もいます。ただ、学校は駅の前にあるというようなことはめったにないので(特に新設校といって、ここ20年くらいの間にできた学校は)、車で来る人が結構多いのが、都会の会社などに通われている方と少し違うように思います。私も以前は車を持っていなかったので、自転車で1時間近くかけて通勤していました。姉のところで不要になった「ボロ車」を譲り受けてから車で通うようになったのです。けっこうはやい時間に家を出ますので、道は空いていて30分くらいで学校に着きます。いつも、この時間に来ている人は決まっており、そういう方はお湯を沸かしてポットに入れたり、冬だとストーブを炊いたりして、見えないところの仕事をしておられます。私はといえば、玄関から入るとそのまま「物理準備室(物理教員の部屋)」へ直行ですから、そこで朝の仕事に取り掛かることになります。現在は部屋に独りでぽつんとしています。

若い先生方はみなさんかなり「いい車」に乗っています。「ローンが大変だろうな」などと考えるのは私のような「中年オヤジ」くらいかもしれません。部活などで早く来る方もいれば、毎日のように遅刻してくる方もいるのは、まったく生徒と同じです。私は、朝起きるのも早いですし、バタバタしながら職場に着くのも嫌いなので、教師になって以来打ち合わせの1時間くらい前には学校に着いているようにしています。それぞれに家庭の事情や習慣の違いがありますから、自分のペースでやればいいと私は考えています。ただ、確かに早く着けば、ゆっくりお茶も飲めますし、その日1日の段取りやちょっとした事務的なことはやってしまえるので自分としてはこういう習慣も悪くはないな、と思ってます。私たちは仕事なので、出勤時間を守るのは当然ですが、生徒の「遅刻」はもう当たり前のようになっています。私はどちらかというと「古い考え」の持ち主ですから、「生徒って一つの仕事じゃないの?」などと考えていますが、この辺はいろいろな考えをお持ちの人もいますから、これ以上は言いません。

こうして、学校の朝が始まります。あとは「チャイム」が1日の生活パタンを刻々と告げて、その流れに乗って行くだけです。不思議なもので、「チャイム」は単なる「機械」でしかないのに、これを毎日続けていると当たり前のようになってしまいます。いつか、ゆっくり考えてみようとは思っているのですが、これは立派な「学校のツール(道具)」です。人を動かすのに何の「大声」も「演説」もいらないのです。ただ、時を告げてスピーカーで流すだけです。小学校から綿々とつづく学校生活の中で、この「チャイム」こそが学校を動かしている「ツール(道具)」なのです。夏休みや冬休みで家に居るときなど、何となくペースが乱れてしまうのはおそらくこの「チャイム」がないせいではないでしょうか?このような家庭ではまずできない、「規則正しい生活」というのも長い目で見ると決して悪いことばかりだとは言えない気がするのは私だけでしょうか? (98/1/14)

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