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パソコンで何を?


■■パソコンで一体何をするの?

パソコンを使ってどんなことをするのが一番多いですか?人によってさまざまだと思うのですが、私の場合は「ワープロ」機能です。「パソコンで何かの文章を書く」作業がもっとも多いようです。今、書いているような文章もあれば、電子メールのようなものも、あるいは「テスト問題」を作ったり、会議などに出す「文書」を作ったりも含めて「文章書き」がほとんどです。もちろん表計算をしたりデータベースを作ったりすることもありますが、それは「文章」に具体性を持たせたり、根拠を示すための「資料」の部分であって、けっしてそれが主になるわけではありません。文章にしない場合でも、口頭で説明することの「資料」としているのであって主になるのはやはり「文章」なわけです。絵や音やアニメーションでも何かの内容を伝える手段として用いていることは言うまでもありません。

昨日(1/27)、手塚治虫『ぼくのまんが人生』岩波新書という本を読みました。その中で、非常に興味を惹かれたのは、彼が小学校時代に受けた「作文教育」のことです。先生の名前はちょっと忘れましたが(最近これが多くてホント困ってます f^ ^;) )、その先生が小学生に向かって「原稿用紙10枚作文を書け。書けるなら30枚でも40枚でも書け」と要求して、本当に書かせるのだそうです。小学生ですから、当然「朝おきて、顔を洗って、…」と書き始めるのですが、それでは到底10枚も書くことはできるはずもありません。自分の遊びの体験談なども書き始めてみるとすぐに底をついてしまいます。彼の友人は書くことが苦手で悶々と苦しんだ末に、「なぜ書けないのか?」を延々と原稿用紙いっぱいに買いたそうです。手塚氏は書いているうちにだんだん話しがフィクションになっているのも構わずに懸命に書いたそうです。クモの巣にひっかかったアリがクモに食べられる様子を延々と書いた生徒もいたとのこと。手塚氏いわく「この作文書きで物語のストーリー作りの方法を学んだ」と。

私たちはいろいろな作家の小説や文章や専門家の論文などを読むのですが、「その内容を簡単に要約するとなんなの?」という質問に意外に簡単に答えられます。どんな長い文章や数式などの交じった論文でも「言いたいこと」は実はそんなに多いわけではないのですね。私も学生の頃「トルストイ」に凝り、彼の全集を買って全部読みました。細かい内容は大半忘れましたが、おおよそのあらすじは克明に覚えています。じゃ、あらすじさえ覚えればあの感動を得られるか?というと、そうは行きません。あの、どうでもいいいような細かい描写がバックにあって、全体としてその小説の雰囲気を醸し出すのではないかと思うのです。読むのに疲れたことも確かですが。

私の場合、どうもパソコンで何をするの?と聞かれたら、「文章書き!」と言ってもいいと思います。いろんなどうでもいいようなことをくどくど長々と書く、この作業の中に実は「何かを考える」ことの「原点」があるような気がするのです。書きながら考えるというのはこのことをいうのでしょう。書くことによって考えがまとまってくるとも言えます。
ゲームも楽し

パソコンゲームは実に楽しいです。私の大好きな「フライトシミュレータ」もそうですが、それ以外にもロールプレイングゲームや「シムシティー」のようなゲームもやりだすと本当に止まらなくなります。ゲームボーイやプレイステーション・セガサターンそして老舗の任天堂のファミコンなどはそれ以上に優れたゲーム機だと思います。まったく子供にやらせておくのはもったいないものです。多くの人があれだけ熱中できるものに「難癖」をつけるのは、「ゲーム」の本質をよく理解していない人だと私は断言できます。むしろ熱中した上で「なんでこんな事ができるのか?」とか「自分もこれ以上のゲームを考えてみたい」と思ったら、もうそこからは「創造」の世界です。

考えてみれば、この世の中「ゲーム」だらけです。ひょっとすると「人生」だってゲームのようなものなのかも知れないのです。パソコンで仕事をほとんどするようになると、何かゲームをしているような感覚に囚われることが時にあります。こういう感覚は実は大切なものなのです。自然科学などをやっている人間には「科学」自体がゲームでないかとふと思うことがあります。これを「やりすぎるとどこそこに害がでる」とか「適度に抑制しながらやった方がいい」とかいう評論家などもけっこういますが、私にとって彼らは「物事に熱中したことのない」哀れな人間にしか見えません。パソコンなども家族に見放されるくらいやって始めて一人前になるのです。その先に「創造」も見えてくるのではないでしょうか?

パソコンを休ませない

パソコンを買ったら、休ませてはいけません。いつも、触って何かをするのです。何でもいいのです。お絵描きしたり、電卓(この使い方がわからない人がけっこういるのですね。あれはキーボードの数字の部分を打てば、ふつうの電卓と同じなのです)をしたり、表計算ソフトでグラフを適当に作ってみたり、パソコン通信・Internetに凝ったり何でもやってみて、故障が起きるくらいに休ませず使ってみることです。

大事に飾っておくなんて品物ではないのです。パソコンは。とにかく、こちらから何かの働きかけをしなければ、何もしてくれないのがパソコンや車などの特徴です。情報を与えないと何もしないただの「箱」になってしまうのです。

パソコンを買って何もすることがなかったら、まずは自分の「体験談」などでもくどくどと書いてみるのは面白いことだと思います。ワープロ専用機でも同じことです。文字の修飾に凝る必要など最初はないのですから、テキスト文で書いておけば、他のパソコンでもソフトでも簡単に読み込めます。これが、溜まってくると自然に「あれも…」「これも…」と芋づる式に書く内容が思い浮かんでくるようになるようなのです。別に作家になるわけではないのですから、そんなに気合を入れる必要もありませんし、自分の書きたいように書いても誰からも文句を言われることもありません。作文の苦手なはずの私でもパソコンを使うようになって文章を書くのがそんなに苦痛でなくなって来ました。多分、自分の「考える速さ」と「書く速さ」にそんなに大きな溝がなくなって来たせいではないかな、と自分では思っています。

パソコンを休ませないで、どんどん使って何かをして行きましょう。

98/02/04

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