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パソコンと思考?


■■本(情報)の活用

「パソコンと本」の兼ね合いについて述べることは、これからの「マルチメディア」対応の先行きにも大きな影響を与えるので、非常に重要な問題です。もちろん、「教育」にもますます影響が出てくるでしょう。今まで、「本」の独壇場であった教育現場においても、「本」の代わりにパソコンのディスプレイを見ながら学習する、という光景が本校でも出始めています。「本」の好きな私としては、「学習では本がメイン、パソコンはその補助」と考えています。

■■パソコンは本を隅に追いやるか?

さて、前に「パソコンにまつわる本」を紹介しましたが、ちょっと気になることがあります。それは、パソコン関係の本はHOW TOものの「マニュアル本」がその大部分を占めていることです。それだけ需要があるので出版されているのでしょうから、一度は目を通しておくのは参考になると思います。しかし、ソフトのバージョンアップに伴って、本の内容もどんどん変わってきますので、決定版はいつまで待っても出てきません。それに、パソコンを操作していてトラブルが生じたとき、意外に役に立たないことが多いものです。トラブルは人によってさまざまな原因でおこるので、その全部に対処した記述をするのは、まず不可能でしょう。こういうときに、前回お話したパソコン全般にわたる「雑学と直感」がけっこう役に立つのです。

本校でも図書室にすでに紹介したような本がけっこうありますので、いとわずに読んでみられると思わぬ発見があるかもしれません。私も、ずいぶん勉強させてもらいました。これらの「本」以外にもパソコンの雑誌の記事で良いものがあったり、新聞の記事で「お!これはいいなぁ」というようなものもあるのですが、ほとんど記憶のかなたへ飛んで行ってしまってます。何せ本を読んで、「記憶しよう!」と思う方ではないので、ほとんど読み放しで印象しか覚えていません。がしかし、この印象が大切で、パソコンを操作したりするときに「直感」が次第に働くようになるので、なかなか侮れないのです。

本の「ディジタル化」が進み、まるで本がその内になくなってしまうように心配するひとがいます。が、その心配はないでしょう。私も、Interactive Comptons EncycropediaというCD-ROM版の百科事典やMS社の「ENCARTA」、平凡社(日立ディジタル)「マイペディア」などを使っていますが、いうまでもなく一長一短があります。本は適当にペラペラめくって楽しんだり速読したり自由に楽しめますが、ディスプレイ上で文字を読むのは余程慣れていてもかなり疲れるものです。本の歴史は5000年あります。最近、出てきたばかりのコンピュータとくらべるまでもありません。

ただ、本は活用されないまま眠ってしまう(皆さんや私の家の本棚を見るとわかりますね?)ことが多いので、その中の有用な情報をディジタル化していつでも活用できるようにすることは、確かに大切なことだとは思います。本とマルチメディアの共存が望ましいのでしょうが、はたしてこの激流に流されてしまう本も多いことでしょう。私もこのところ以前ほど本を読まなくなっています。やっぱり、パソコンばかりでなく「本」をじっくり読んで思考を深めていくことが(楽しんでいくことが)大切ですね。

パソコンは「思考のための」道具?

パソコンで文章を書き始めると「本」を読む読み方にも変化がでてきます。パソコンを仕事でしかたなく使っているときには、たんなる「清書用文具」でしかありませんが、自分の好きな分野のことや興味のあることを考えているだけでなく、文章にして記録しておこうと思ったとたん、パソコンは「思考のための道具」に変身します。当然、「本」を読むときにも、これは自分の考えを深めるには大切だと直感でわかる部分が増えてきますので、読み込みの深さに変化が現れてきます。

それだけではありません。パソコンで文章を練ることは「鉛筆」や「万年筆」「ボールペン」などとはちがった感触があることはみなさんも感じられていることでしょう。パソコンで書く文章は、確かに手書きのものとちがう雰囲気があります。しかし、手書きのものが「よい」というのも、錯覚だと私は思います。現に私たちが読んでいる本で手書きのものなどほとんどありません。きれいに編集されきれいに印刷されているからこそ読みやすいのではないでしょうか?私の手書きの文章など字がきたなくて自分でも読む気がおこりません。

不思議なもので、きれいに印字された文章は「客体化」されるようで、まるで人の文章を読むように冷静に批判的に読めますから、推敲するときにも「カッカッ」しないで修正できます。手書きには手書きのよさがあることは十分理解しているつもりです。それでも、パソコンでの文章作りには大きなメリットがあることを強調したいと思います。作文の大嫌いだった私がパソコンを使うようになって(ここ10年ほどでしょうか)、文章を書くのがそれほど苦痛にならなくなったのは、自分でも信じられないほどです。手書きだと漢字を気にしたり、字のきたなさが気になったりして肝心の文章を書くことが嫌になっていたように感じます。それよりなにより自分の思考速度に手書きだとついていけなくて、じれったい思いをすることが多かったのです。ワープロができ、パソコンが出てきたときには本当にうれしかったことを昨日のことのように覚えています。

パソコンは「パーソナル・コンピューター(個人用)」ですょ

何度も書きましたが、パソコンは個人用です。個人で自分の好きなように好きな時間に好きな目的のために使うのが一番です。ですから、職場にあるパソコンは名前は「パソコン」でも本当はパソコンではないのです。あれは公共物ですから勝手にいろんなことに使ったらいけないのです。自分で自分専用のものを自由に使えるのがパソコンの最高の使い方ですから、多少の出費はあっても自分で購入すべきものだと思います。買った後それをどのように使いこなすか、自分のために活用できるかはその人自身の問題です。恥も外聞もなく聞きまくって十分に活用して、それこそ「思考の道具」と化したとき、そのパソコンは自分の一生を共にする“たんなる道具”を超えた存在になるのではないでしょうか。

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