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メモリカード類の転用


■デジカメのメモリカード類は何にでも使える

 わたしのデジカメは、もう何年も前に買ったもので、古い。OLIMPUSの「CAMEDIA C-860L」という130万画素の今ではおもちゃみたいなものである。別段、愛着とかがあって使っているわけではないのだが、これでHP用や普通の写真代わりに使うには全く不便がない。Dバックの中に入れていつも持ち歩いている。だから、値段は安くなっているが、最新の機種に換えようとはとは今のところ思っていない。山に持って行ったりしているせいか、あちこち痛みはじめてはいる。もう少し使って、不具合が出てきたら、新しいものを購入するかもしれないが、壊れないうちは使っていこうと思っている。

 このデジカメは、メモリ用にスマートメディアという小さな板状のものを差し込んで使っている。現在、手元にあるものは32MBのメモリ容量のものを入れてあるが、他にも8MB、64MB、128MBのものも持ち歩いている。32MBの容量だと、わたしのデジカメの設定(自分でHQ…High Qualityにした)では、146枚の写真(800×600のサイズ)が撮れる。この解像度で撮ったものを写真店で普通サイズにプリントしてもらうと、ふつうのカメラで撮った写真と全く見分けがつかないものができる。もちろん、自分のHPなどに載せる写真もこれで十分なレベルだと思っている。これ以上の画素数をもったものは、大きな写真を作ったりするときには、役立つかもしれないが、ネット上に載せたりすると返って見る人への迷惑となる。64MBや128MBのものはデジカメでは使わないようにしている。こんな容量の大きなものを入れたら、わたしの設定ではとてもじゃないけれど、撮りきれないほどの枚数になってしまうからだ。それでは、一体何のためにこんな大きな容量のメモリをもっているかというと、デジカメとはちがう用途のためである。大抵の人はデジカメで使うメモリはデジカメにだけ使うものだと思っているから、おもしろい。

 じつはデジカメ用に販売されている種々のメモリはデジカメ専用というわけではない。わたしの使っているスマートメディア以外に、コンパクトフラッシュ、メモリースティック、SDメモリーカードなどが売られているが、いずれもカードリーダーというUSBなどで接続して写真などのデータをパソコンに取り込むようになっている。あるいは、直接プリンターに差し込んでプリントを印刷できるものもある。このカードリーダーというのが、けっこうすごいものなのだとあとでわかる。

 ところで、デジカメで写真を撮ったときのデータは通常は「**.jpg」のように圧縮されたファイルの形式で記憶メモリに保存される。このときに、言うまでもないとは思うが、データはデジタル化されて、ふつうの文字を打ち込んだときの保存データ形式と何も変わるところはない。物理的には同じ形式なのである。それだったら、このメモリカードを利用して、ふつうのテキストデータなどを保存もできると考えて間違いない。わたしも最初は、ちょっと不安はあったが、自分のデジカメで使っているメモリを利用して、これを実際にやってみた。そうしたら、当然のことながらできた。これは、何かの本や雑誌、人などから教えてもらってやったのではない。でも、あとから知ったところでは、こういうことを、すでに実践している人はふつうにいるそうである。でも、自分で見つけるとやはりうれしいし、確実に身につく。

 というわけで、FD(フロッピーディスク)やMOなどの小さすぎたり大きすぎたりする保存用の機器を使わなくても、ある程度の大きさ(数MB〜500MBくらい)のものならば、わざわざ大げさなドライブを用意したり、CD-R/WやDVD-R/Wなどに焼き付けたりしないで、保存移動ができる方法がわかった。そう、あのデジカメ用のメモリを転用してふつうのFDやMOのような使い方をすれば、それが可能になるのだ。ただし、そのためには1つ用意すべきものがある。それが、カードリーダー/ライターというものだ。すでに述べたカードリーダーとちがうの?と心配することはない。カードリーダーとカードライターはふつうは両方できるようになっている。もし、リーダー(読み取り専用)であれば、そう箱に書いてあるので、リーダー/ライターと書いたものを買えば、両方ともできる。値段は、いろいろあるが、わたしの使っているものはスマートメディア専用なので、\3000前後である。上にあげたいろいろなタイプのメモリカードのほとんどを読み書きできるタイプのものは少し値段が高いようだが、それでも\5000前後だと思う。自分の使っているデジカメのメモリカードに合わせて買えば、わたしの使っているものと、値段はほとんど同じだ。

 このメモリを使えば、FDには納まり切らないが、かといってMOなどに保存するにはちと大げさすぎるようなサイズのファイル類は、ちょうどよく納まる。何といっても、メモリ自体の物理的な大きさもじつに小さいし、場所もとらない。それに、FDやMOなどと違って、モーターで回転するとかの稼動部分がないため、機械的な故障とはほとんど無縁である。どれくらいのデータの書き換えに耐えられるのかは無知にして知らないが、どこかの新聞でちらっと見たような記憶では、最低でも1000回くらいの書き換えは全く問題にならないとのこと。それなら、毎日書き換えても3年以上はもつということになる。わたしたちが日常的に必要とするデータファイルなどで、3年以上も前のものはまず使わないから、これでデータを保存しておくのも可能である。こんなことを書いている内に、一昨日、Justsystemからのメールで、USBに差し込むだけで使えるメモリスティック(32MBで差込部保護のふたもある)を¥2000前後で安く売り出すという広告が来た。学生用がこれを1つ持っていれば、自分で作ったファイルなどを学校や自宅で自由に使えるというふれこみである。32MBの容量はデジカメの用途ではそれほど大きくはないが、文字情報などで考えれば、ふつうの人間が一生かかっても書けるものではない。だから、学生時代の情報がわずか親指サイズのメモリに全部納まってしまうことになる。ちと味気ないが、たしかに便利にはちがいない。

■使用法の固定観念

 わたしたちは日常的に使うものはほとんど決まった使い方しかしない。決まった使い方をしないといけないと思い込まされている。製品を売り出す企業も決まった使い方をしないと製品を保証しないとおどす。これはこれ、あれはあれと決まった指示通りの使い方である。

 しかし、ちょっと立ち止まって考えてみると、絶対にこれ以外の使い方はないというようなものなどない。なんとでも使えるのである。だけど、ちがう使い方をするには保障などが得られないというリスクも伴う。そのせいもあって、あまり大胆な使い方をする人はまれになる。しかし、これではせっかくの可能性をつぶしてしまうようでおしい。値段が高ければ致し方ないが、そうでなければ、いろいろな用途を考えて試してみるのはけっこうおもしろい。

 わたしがFDをできる限り使わないようになってきたのは、最近のことである。職場で使っているマシンのデータを自宅のパソコンまで運ぶときには、それまでFDで運んでいた。本当はこんなことをしなくても、Justsystem社でやっているネット上の自分用ディスクを50MBほどもってはいるのだが、残念ながら職場で使っているマシンの方は建物の建築上の問題でインターネットのケーブルを引けないでいる。今度の夏休みあたりには何とか工夫したいと思ってはいるが、それまでの間は何とかしなければならない。そこで、FDなどには入れ切れない修正パックなどのデータを持ち込む方法はないかと考えたところから、この方法を思いついた。自宅でネット上からダウンロードしたものも同じ方法で、職場で使っているマシンにデータを移し変えている。

 OSがWindows Me 2000 XPなら標準でドライバがついているので、このカードリーダー/ライターをUSB端子に差し込むだけで、どんな機種でもすぐに使える。わたしのマシンは、種々の理由でWindows98SEのままなので、ドライバを入れてから使っている。これを使っていると、このカードリーダー/ライターが1つのリムーバブルディスクとして認識されるので、まるでHDDどうしの間でファイルを移動しているような感覚で、気軽にコピーや移動ができる。転送の速度もじつに速い。それまでは、FDDを利用したアダプタを利用してやっていたのだが、これだと読み込み・書き込みがとても遅くて大きいサイズのものだとけっこうな時間かかっていた。それと較べると、今はとても快適だ。ふつうに使うのに、100MB以上ものデータを移動することなどないので、最大128MBまでのメモリカードを持っていれば、ほぼ問題はない。ということで、上にも書いてあるように、64MBと128MBのスマートメディアはデータ移送用に使っている。メモリカードを入れるケースも売っており、これに入れると名刺入れくらいになり、そこにカードを4枚ほど入れることができる。わたしの場合、これで合計200MB以上ものデータを持ち歩くことができる。

 メモリカードの転用に限らず、身近なものでもみなさんいろいろなものに転用されている例は、数限りなくある。自分で気がつかないものでも、ちょっとしたヒントをもらえば、なるほどこんなものにも使えるのかと気付くことはよくある。これが、ものでなくて、いろいろなシステムや組織・制度でも同じことである。あまりにその使用法に捉われて気づかいないことでも、ちょっと視点を変えればちがった世界が広がることは多い。このように、ことばでいうのは簡単だが、この視点を変えるというのは意外にむずかしいことだし、だからこそ、世の中でアイディアが重宝される理由でもある。

 現在、閉塞状態にあるわが日本であるが、わたしは全く気にはしていない。上昇気流に乗っているときが稀なのであり、現在はふつうにもどったと思っている。たしかに職を失ったり、賃金が下がる一方など不安要因もいっぱいあるが、それはいつの時代でも同じであろう。むしろ、今の不況は路上に餓死者が転がっているとかいう悲惨な状態ではないことを思うと、じつにいい時代なのではないだろうか。過ぎ去った過去の栄光を思い出して懐かしく思うのは自由であるが、そのときの基準と今現在を比較して云々してみても意味はない。現在をいかに楽しむか充実させるか、それがとても大切だとわたしはいつも思っている。

 2003/04/18(金) 10:17

■■これを書いて翌日に

 この文を書いて、翌日にHPに載せる準備をしようと自宅にファイルを持ち帰りました。翌日、病院に肺炎で入院している父親の見舞いに出かけようとしていると、病院から「心臓が弱っているみたいですので、どなたか付き添ってくださいませんか?」という電話。すぐに出かけようとカミさんなどにも声をかけていると再度電話。「9:42に息を引き取りました。急いでおいでください…」。取るものもとりあえず、車を飛ばして病院に駆けつけると、ベッドの上にまだ暖かくて寝ているような父親の姿が…。

 このあと、遺体を故郷会津に移送して、目まぐるしいほどのスピードで納棺・通夜・告別式とつづきました。気がつくとあっという間に1週間もたっていました。今は、自宅に戻りましたが、身体の芯からだるさがあり、父親の最後の顔が思い出される日々がつづいています。HPの更新も気力が出ず、かろうじて前に書いておいたこれだけです。

 母が18年前に他界し、そして父親が…。正真正銘、今度はわたしの番です。生きることは死ぬ順番を待つことのようにも感じられるこの頃です。

 2003/04/29 (火) 17:21:52

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