TopPage


挫折しないための「通読法」


■挫折しないための「通読法」

 前回述べた渡辺久夫『親切な物理TB・U』正林書院・上下は上が508ページ、下が582ページにもある大変にボリュームのある本です(解答・付録も含めて)。合計で1090ページあるのですから、読む前にもうギブアップしてしまうことは明白です。Niftyserveの「物理入門フォーラム」でこれを読破した人の発言がありましたが、これをすべて(問題を解きながら)読み通すことは至難のことです。単純計算でも1日10ページのペースで読み通したとしても(1日1時間読むとして)、109日(109時間)かかることになります。ほぼ3ヶ月半かかるわけです。この本は小さな字でびっちり書いてあり、しかも物理の本ですから、いたるところに計算や式がでてきます。著者である渡辺久夫氏の生真面目そうな性格がはっきりと本にあらわれているのがわかります。本当に正確に詳しく親切に解説してあるのです。教科書にはページの関係でのせることのできないことまで、ていねいに説明してあるのです。おそらく、教科書をていねいにつくるとなると、これくらいのボリュームになるという見本のような本です(なお、著者の渡辺久夫氏は平成7年以前にお亡くなりになっているようです…本のまえがきより)。

 この本は自分で独学するのには(教えてくれる先生なり、助言者がいないとき)、一人でも読める日本でも数少ない「物理(高校レベル)」の本と言ってもいいと思います。「本書の使用法」というページには、この本の読み方までていねいに書いてあります。がしかし、この本を最後まで読み通せる人はそうはいないでしょう。そういうわたしも何度か挑戦しましたが、結局は失敗に終わりました。ただ目を通すだけでも大変な本だなーと何度も感じました。いい本なのにどうしてかな?と思ったこともたびたびです。わたしが、この本を全部通読できたのは、大学を卒業して教職につき生徒に教える立場になってからのことです。じつはこの本を読むには「コツ」があるのでは…と考えるようになったのも、一通り読み終えてからのことです。

■どのように読むか?

 それでは、具体的に「読む」方法について考えてみます。まず、読む前の「心がまえ」として大切なことは、これで「物理を勉強する」という気持ちをいったんわすれることです。「これは物理の小説なのだ」と思い込むことです。なぜこんなことをいうかというと、小説ならこれ以上の分厚い本をどんどん読んでしまう人が多いからです。内容がちがうといっても、「物理」も自然についての一つのストーリーの面があるのですから、そんなにかまえるとはないとおもいます。変に鉛筆など持って計算しながら…などと考えると、もうその段階でこの本のボリュームに圧倒されてしまいます。とにかく、1回目は一通り読み終えてみるというのが、第一の目標になります。ですから、ペースも「1日何ページ」などと決めないで、ゆったりとした気分で小説を読むように読み進めていくようにします。教科書などにくらべて格段によくわかるように書いてあることはまちがいありませんから、「ただ読み進めることだけ」を念頭におきます。このとき、ふつうの本とちがうのは「法則」や「公式」のようなものが次々と出てくることです。しかし、これも話しの「まとめ」みたいにして読んでおくのです。とにかく、最後まで通読して全体像をまずつかむことが、じつはとても大切なのです。せいぜい「例題」までは読む(自分で解くことはないです。ただ読むのです。)ようにして、本文をどんどん読んでいくのがいいでしょう。

 本というのはじつに不思議なもので、まず「一通り通読」してはじめて、その全体像が確固とした印象として頭に焼き付いてきます。ですから、細かいところは目をつぶってまずは最後まで一通り読んでみることが、一番の近道になるのです。最後まで読んでみると、たしかに全体像が見えてくるのが実感としてわかります。途中でわからないところも出てきます。でもそこで立ち止まらずにとにかく前に進むことをお勧めします。わからないところは、また読み返すときに考えればいいのです。練習問題を解いたりその解説をを読んだりするのは、2回目以降と決めておくのが良いでしょう。本文と例題を読むだけでしたら、用語や考え方に慣れてくれば思いのほか早く読めるとおもいます(わたしの体験では「上」が1ヶ月、「下」が1ヶ月半ぐらいかかるでしょうか)。そうして全部読み通してみると、「あぁ、物理ってこんなものだったのか!」と全体の印象が持てるようになるでしょう。

■1回読み通すと不思議な効果

 このように、一度とにかく一通り読み終えてみると、「読んだ(見た?)」という充足感に似た気持ちがおこってきます。これが、「一回通読」をすることの大切さです。これで、この本ともようやく意思疎通ができる環境ができたわけです。次に、この本の「精読」に入ります。もう全体像はほぼつかめていますから、ここで、はじめて必要な箇所は鉛筆をもって実際に計算してみたりしながら、再読にはいればいいのです。今度は、2度目ですから1度目より時間は半分くらいですむかもしれません。どうも、本というのは読む時間が1度目にくらべて2度目・3度目・…といくにしたがい、1/2・1/3と時間が短縮して読めるようになるようですね。練習用の「問題」は3度目くらいに取っておくのが賢明だとおもいます。大学入試クラスの問題が難易度を示しながら乗せてありますが、全問解くためには相当の時間がかかってしまいます。それに、この本の問題を全部解いたからといって、大学入試で物理は満点というわけにはいかないようにおもえます。この本はあくまで、物理の基本的な考え方・基本的な問題の解き方などを通して、物理の発想法を学ぶ本である、というのがわたしの考えです。大学入試に必要な問題解法テクニックを学ぶにはまた別の良書がたくさんあります。それについては、このあと順次紹介していきたいと考えています。

 まとめとしてこの本は「何度かの通読を通して物理の基本的な考え方」をしっかりつかめるという点でとてもすぐれた本であると言っていいでしょう。値段は「上」「下」で¥4000ですが、教科書の不親切さ(簡潔さ?)を補って、独学でも読める「物理の本」ということで、紹介してみました。

■良書は消えるか?

 最後にこの『親切な物理』を読むような人には、おそらく上に述べたようなことはすでにご承知だとおもわれます。というのも、もう高校の「物理」もそれを学ぶ生徒は全体の2〜3割くらいになっているからです。「物理」は一部の進学校でもないかぎり、生徒がもっとも「嫌いな」科目になってしまっています。「理科」の中でも嫌われものになってしまいました。わたしの勤務する高校でも物理を学ぶ生徒は全生徒の1割ほどです。そして物理を学ぶその生徒たちでさえ、「進学するためにやむを得ず」選択しているのが実情です。教えるわたしたち教員にも多くの問題があるのでしょう。しかし、決して「物理」自体が面白くない科目というわけではないのです。その考え方は「科学」と呼ばれるいろいろな学問や技術のなかでたしかに大きな力を発揮してくれるのです。「真理とはなにか?」とか「自然の法則とはなにか?」などなどいろいろなことを考えさせてくれるとても面白いものでもあるのです。数多くの入試物理関係の本のなかに埋没させてしまっては、せっかくこの本を書くために心血をそそいでくれた渡辺久夫氏の意思が無駄になってしまうとおもい、ここに紹介させていただきました。この本は、現在ではもう手に入れるのがむずかしい本になっています。薄くて多色刷りの本が受験本のコーナーに多く並べられるのがふつうになり、めったに見かけなくなりました。残念なことですが、もう書店からその姿を消すのも時間の問題になっているようです。でも、わたしは仕事(学校で物理や化学を教える)に役立てるのは当然として、物理を学びつづける「一人の物理学徒」としてこの本を読みついでゆきたいとおもっています。

 2000/02/02(水) 15:48

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ TopPageへ