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はじめに

(物理はむずかしい?)



■■ 物理はむずかしい?

「物理」と聞くと、高校時代のあの計算ばっかりの物理の授業と訳のわからないいろんなむずかしい用語などを思い出して「イヤーな気分」になる人も多いかと思います。また最近では、物理と数学のできる人は大学に優先的に早くは入れるとかのニュースも聞かれ、何か「物理」が優秀な人材を選ぶ為の「選別機」になりそうな気配。別に優秀な人は頑張ればいいし、そういうことに反対しようとも思わないけれど、物理が好きで、それを教える仕事に就いてしまった自分としては「何とも物理が可哀相」な気がしてくるのです。確かに高校の「物理」では数学も少しは使うし、専門的に「物理学」をやろうとするとむずかしい数学も必要になります。しかし、これほどまでに嫌われると何か「原因があるのかな?」とつい考え込んでしまいます。生徒たちには実際「物理嫌い」が実に多いのです。

本当のことを言うと、「物理はやっぱりむずかしい」というのが私個人の感想でもあります。「むずかしい」ものを「いや、簡単ですよ」とウソをつくのも嫌ですので、正直に言います。私も高校で物理を習い始め、大学、教職とほぼ30年近く「物理」を学んで、しかも、わかったふりをしながら、物理を教えているのですが、よほど能力がないのかセンスが悪いのか「面白い!」とは思っても「簡単だ!」とは自信をもっていえません。高校で学ぶレベルの「物理」、これは一応仕事ですから、普通の人よりはわかっているのかもしれません。「わかる」っていうのがまた曲者ですが、まあそういうことにしておきまましょう。でも、計算できたりいろんな説明も出来ますが、まだ腹にズシンと来るものがないのです。多分勉強不足のせいもあるのでしょうが、どうも「物理」自体にその原因があるように思えてきたのです。

実験を多く取り入れて「楽しい物理学習」を実際の授業で展開されている素晴らしい先生方も多くいて、私も大きな影響を受けています。「こんな面白い実験があったのか!」とか、その先生方の自分でも楽しんでおられる姿勢には、いつも教えられることが多いです。「本当の物理」とか「いいかげんな物理」などというものはありませんから、自分でこれが自分なりの「物理」だと思えば、一つの趣味のように楽しむこともできるのかもしれません。

物理を学び始める「機会」は多くの人にとって、学校での「理科」の中の1分野としてではないでしょうか?これがいいことなのか、不幸なことなのかは、私には即答できませんが、自分の体験では、確かに学校での理科(物理的なことは特に)は面白くなかった記憶があります。それでは、どこで興味を持って学び始めたのか?と聞かれると、それは高校に入ってからのことです。

■■ むずかしいけれど面白い!

「むずかしい」と面白くないかというと、そんなことはありませんね。ただ「難解」なだけだったら、物理なんてやる人はいなくなってしまいます。もちろん、「難解なことを自分は理解できるのだ」と他人に見栄を張る為に学ぶ人もいるのかもしれません。私自身にそういう点がなかったかといえば、確かにあったと言えます。でも、そういう気持ちがいつまでも続くことは難しいでしょう。やはり「やっていてホントによかった」とか「これって今まで知らなかったけどけっこう面白いな〜」などと感じなければ、長くは続かないですね。

不思議なもので、あまり簡単なものは意外に早く飽きてしまいます。適度の「むずかしさ」が返って興味を引き起こすことが多いのではないでしょうか?学校で学ぶときはどうしても時間的な制約や評価のためのテストなどがあるため、どうしても「テスト駄目」→「苦手科目」と思い込み勝ちで、ホントの面白さを知るはるか以前に諦めてしまうことが多いのかもしれません。才能があるとかないとかいうのは、そんなに簡単にわかるものではありません。テストの点が悪くたって、「自分は物理が面白い」と思える人は多分「才能」があるのです。ただ、学んだり楽しんだりするにも「コツ」というのがやはり多少はあるので、その辺をうまく捉えることができれば、物理だってけっこう楽しめるんだな、と思ってもらえると考えています。

著名な宇宙物理学者の佐藤文隆さんが「日本には物理などを鑑賞する人が少ないのでは?」とその著書で話されていましたが、正しく物理を「むずかしい学問」とはじめから敬遠してしまうのはもったいないような気がします。別に数式などにこだわらず、自分なりに「物理の面白さ」を感じていけば、それが「物理の鑑賞」につながっていくことと考えています。こういう人が増えていくことこそ、物理だけでなく科学全般を「文化の土台」として自然に付き合っていける社会を作っていくもとになるのでは、と密かに期待しているのです。

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