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『親切な物理』のその後


■『親切な物理』が本屋さんで手に入らない!

 このところ、私の書いた「物理のよい参考書はあるか?」などを読まれた受験生や理科の先生方から、「この本を買いたいのですが、どこで買えますか?」という質問のメールが断続的に送られてきています。一昨日もメールが届きました。その本というのは、

 渡辺久夫『親切な物理TB・U』上・下 正林書院

のことです。この本は昭和34年(1959)に初版が出て以来、平成10年(1997)くらいまで40年近くも出版されていた本です。そのあまりにていねいで親切な書き方から受験生にも大変親しまれたものです。現在では、本屋さんで探しても、注文しても手に入ることはなくなっています。私の手元にあるものも(一時は3冊ほど持っていた)平成10年(1997)3月1日発行の第2刷だけになってしまいました。まだ、ひょっとすると上か下が本屋さんの本棚に残っている可能性はあると思うのですが、もう私自身もいろいろな本屋さんで探しても、見かけることはありません。すでに「幻の本」になってしまったようです。

■現在、この本はどうなっているのか?

 私もこの件については気になっていたのですが、愛知県の高校で物理を教えておられるYさん(仮名にて失礼します)から、ていねいな情報を頂きました。それは、この本を出版されていた正林書院がもともとあった京都から茨城に移転したあと、そこで倒産してしまったということです。現在の生徒諸君にはあまり受け入れてもらえるような本ではなかったため、採算がとれなくなったのかもしれません。何とも、この本の最後としては寂しい思いがします。版権を手に入れれば出版できる可能性はあるのですが、私の持っている本を見ても、印刷状態は決してよくはありません。おそらく再度元版を組み直さないといけない状態に近いのかもしれません。それに、再販したところで、今の生徒たちに支持されるかは疑問です。

 このような事情により、この本が本屋さんから姿を消して行った経過はおわかり頂けたかと思います。もう、本を印刷しているところがないのですから、本屋さんに売れ残っている本に巡りあわなければ手に入ることはできなくなってしまったのです。私にとっても高校時代以来の思い出のある本であり、いつまでも残っていてほしいという思いはあるのですが、著者であられる渡辺久夫先生もすでに亡くなられており(先生は1908年のお生まれ)、本の改定等もできる環境はなくなっていたのです。今、この本をキーボードのそばにおいて、これを書いていますが、中を見ると文字の薄くなったようなところも散見されて、この本の歴史を物語っているように思われます。

 本屋さんでふつうに見かけていたときには、特に意識して見ることもなかったのですが、こうしてなくなってみると、いい本だったのだなとしみじみ思います。物理が面白いものだと感じさせてくれた本(もちろん他にもありますが)の1冊ですから、なおのことです。上・下とも分厚い本ですから、現在の受験生や高校生の風潮には合わないかもしれません。しかし、内容の説明に変な論理上の飛躍もなく、階段を少しずつ昇るような進め方は、他の本では味わえないような安心感を与えてくれるものでした。受験用にも役立つようにと問題の配置にも相当に周到な工夫をしてありました。こういう本が消えてゆくことに、寂しさは隠せません。幸い、私の手元にはこの本が残されていますが、この本と同じようなていねいさで生徒に教えられるかといえば、残念ながら、それは不可能です。もう授業時数から見ても無理なのです。ですから、「独学で学ぶのにふさわしい本」ということで、紹介してみたのです。でも、もうそれもかなわなくなってしまいました。残念です。

■他にはこういう本はないのか?

 お話し物理的な本は現在でも数多く出版されています。すでにみなさんご存知のように、物理のお話し的な部分には興味・関心を持っておられる方は多いのでしょうが、一旦本格的な話(もちろん数式も使ったもの)になると、ほとんどの方はしり込みしてしまうようです。ネックは「数式」ですね。これが出てくると読んでくれる人が極端に少なくなってしまうため、本屋さんで売られている一般的な物理の解説書はできる限り数式を使わず、図などを多用して説明しているのでしょう。でも、物理と数式は表裏一体のものですから、数式を使わないで説明すれば、痒いところに手が届かないというような状態になります。高校レベルの物理で数式に慣れておくことの大切さを感じます。数式も立派な言語(記号)なのです。数式を用いることで、物理の考え方が大きく拡張できるのです。こういう数式の意味をていねいに説明しながら、物理の内容を学べる本というのは、私の知る限りでは本当に少ないのです。

 受験用の物理の参考書にもいいものがあります。しかし、受験という主目的がありますから脱線はできません。教科書も原理の説明などは詳しいものもありますが、もともと教師が説明して補うことが前提になっていますから、読んで面白いとはいえませんね。かといって、いきなり物理の専門書にアタックしてもほとんどの方はノックアウトを食らってしまいます。専門書はほとんど数式のオンパレードですから、数学や物理の基礎訓練をした人でないと、とても歯が立たないでしょう。ここで、正直に告白しておくと、物理を専門に学んだはずの私は物理の専門書や解説本に書いてある数学や数式はすべてわかるのか?というと、そんなことはありません。よくて、半分くらいしかわかっていないと思います。ただ、「数式アレルギー」はないので、わからないことでしり込みしたりはしないだけです。数式もよく内容を吟味して考えれば、ほぼその意味はとれるという不思議な確信があることも事実です。これは、訓練の成果だと思います。高度な数学を使った議論などでは、数学の方も勉強しなおさないと内容が理解できないことはもちろんです。ですから「読んですぐわかる物理の本」などというのは、ありえないと思います。そういう意味では『親切な物理』といえども同じことです。こうなると、どうも代わりになるような本はないのかもしれませんね。

 物理の内容を噛んで含めるように説明し、数式などの導入や扱い方もていねいに書いて(途中の計算などもできるだけ省略せずに)本をつくることは、思っている以上に大変なことです。これを文字通り『親切に』やろうとすると『親切な物理』のような分厚いものになってしまいます。内容的にすばらしくても、本も一つの商品ですから、需要と供給の関係からは逃れられません。売れなければどんなにすばらしいものでも出版はできないのです。それに昨今では、高校で「物理」を勉強する生徒は激減しています。私が高校生の頃は、文系・理系に関係なく物理は勉強させられたものですが、現在では選択科目の1つにすぎません。物理をまったく勉強しなくても、大学までいける時代になってしまっています。ですから、このような本が出たとしても需要が好転する可能性は極めて小さいように思えます。『親切な物理』という本もやはり時代の流れが生んだものだと言えるでしょう。そして、その役割を十分にはたして静かに消えて行くのでしょう。この本の代わりになるような本は、現在だれかが書いているのかもしれません。現代のニーズに合うような形で。

 残念ながら、現在の時点では『親切な物理』に相当するような他の本を私は見出していません。本当はあるのかもしれませんが、私の知っている範囲ではどうも見つからないのです。どなたかが見つけて紹介して頂けるのを待つしかないようです。私にそれを作れるだけの力があればいいのですが…。ちと、無理ですね。数学関係では、吉田武さんという方が『虚数の情緒:中学生からの全方位独学法』東海大学出版会というユニークな本を出されています。その他にも『オイラーの贈り物:人類の至宝exp(iπ)=-1を学ぶ』ちくま学芸文庫のようなすばらしい本を書かれています。同じような形で物理でもそういう本が出てくる可能性はあるかもしれません。ちなみにこれらの本の中で物理の話題もきちんと説明してあります。何かの参考になればと思います。

 以上、『親切な物理』に関する話でした。

 2002/10/06(日) 11:52

■復刊の動き

 先日、ある方からメールを頂き、この本の復刊の動きがあることを知らされました。いい本は残していこうという一連の活動の中にこの本も取り上げられたようです。とてもうれしいことです。もし、興味のおありの方は、次のページにアクセスしてみられると、現在の状況がわかります。

 「復刊ドットcom」URL http://www.fukkan.com/vote.php3?no=8685

 みなさんの貴重な投票が、この本の復刊を可能にするかもしれませんので、ぜひご覧頂ければと願います。

 2003/05/03 (土) 7:29:23

(追記)

 さきほど、上記のページを確認したら、復刊予定分の投票数に達していて、『親切な物理』の復刊が実現するかもしれない状況になっていました。こういう動きがあることに全く無頓着であったわたし自身が恥ずかしいです。いいものはできる限り残していこうというのは、文化をさらに深めていくためにもとても好感のもてる動きだと思っています。この本の組版はわたしの持っているもっとも最近のものを見ると、印刷もかすれがちで、かなり痛んでいると推測できるので、ちょっと心配しています。例題や練習問題もできる限り最新のものに入れ替える作業も必要な気がするし、復刊が決まったとしても、その辺がどうなるのかは、今後の動きに期待したいと考えています。わたしのところにこの本のことを質問してきた方々が、この動きを知ってくれればいいのですが…。

 2003/05/18 (日) 17:13:06

(追追記)

 数日前、メールがきて、この本の復刊が決まりました。この10月の下旬に復刊されるそうです。わたしもさっそく記念に購入することにしまして、手続きをとりました。もし、読んでみたいという方があれば、上記の「復刊ドットcom」にアクセスして、購入されてはいかがでしょうか。いい本は、みんなで読み継いで行きたいものですね。
復刊おめでとう!ヽ(^o^)丿

 2003/09/27 (土) 18:34:32

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