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J.ホーガン『科学の終焉』徳間書店を読んで


 科学史MLで書名を知り、何軒かの本屋を探して手に入れた。筒井康隆氏が監修をしているのが、「いかにも…」という感じをあたえるが、訳者は竹内薫氏で一応そつなく訳している本である。徳間書店というと「トンデモ本」のメッカとも目されるが、この本はまずまず正統的な内容である。

 訳者の竹内氏については、早稲田大学の大槻教授(物理学)が物理科学雑誌『パリティ』丸善1998年2月号誌上(P87)で「怪しい」人物とこき下ろされているが、そう偏見を持たずにこの本を読めば、まともな内容であることは自然にわかる。

 著者のJ・ホーガン氏は米国の著名な科学雑誌『サイエンス』の科学ライターの肩書きを持つ実力派の人物である。今回は科学のいろいろな分野の著名人をインタビューしたときのやり取りなどを通して、「科学に終わりが近づいているのでは?」という彼の認識を確認することが「主題」であるようだ。科学の最前線に位置する人物のインタビューのやり取りのようすなどを細かく描写して、読者が独りでに「最先端にいる人も限界を感じている」のがわかるようなしくみになっていると、読んで感じた。

 私が、気になったのは「科学の理論・実験」などと、それを創る・実行する個々人の科学者との関係をあまりに結び付けて捉えている点である。「科学者のエピソード」としてはそれなりに参考になるが、科学は個人の思惑を乗り越えて変化していく点が置き忘れられているのを感じたのは私だけだろうか?

 人間的には「怪しい」人物であっても、科学の理論なり実験なりはその人物とは「独立して」他の科学者に影響を及ぼしていくことは、科学の世界では通常に起っていることを、『サイエンス』の著名なライターが知らぬはずはないから、何か他の目的があったのかも知れない。そこまで、私には読みこなす力はなかった。ただ、著名な科学者と言えども日常生活では「変な」人もいるから、そういう人物論的な観点から科学を知りたい人には面白い内容になっているのでは、と私は感じた。

 この本についての的確な(と私が感じるのだが…)書評は、物理科学雑誌『パリティ』丸善1998年4月号(P80)に宇宙物理学者の佐藤文隆氏が書かれている。この本を読まれたあとに参考に読んでみることをお勧めする。ついでと言ってはなんだが、佐藤氏の書かれた一般的な科学啓蒙書---例えば『科学と幸福』岩波書店(最近文庫本も出ている)---なども科学の意義について示唆することの多い本なので、一読されておかれるとこの『科学の終焉』との比較の上でも面白いのではと思う。
                (ここまでは2年ほど前に書いておいた)

<補足>上で紹介した『パリティー』という物理科学雑誌はメジャーではないので、手に入りにくいかもしれない。そこで、書評の一部を引用しておきたい。

 …「科学」は文化、経済、政治の中に組み込まれてはじめて制度を維持できるのであって、そのための権威、公教育、産業・経済と独立ではあり得ない。…(中略)…その意味で『「科学」の終焉』は現実味をもった重大な社会的テーマである。本書にはそういう視点はまったくない。…(引用終)

(注)佐藤氏は、制度としての「科学」と、いわゆる人間の内なる好奇心の発露である「科学のこころ」を分けて考えている。

 2002/08/29(木) 09:00

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