TopPage


科学雑話2005


■今年は何を書くか

 昨年末に気まぐれで、この「科学雑話」を書きはじめた。が、内容にやや問題があり、正式には公開していない。この方針は変わらない。まちがってこのページに入りこんだ人には申し訳ないが、このページは、まったくの個人的な備忘録みたいなものである。日々、科学の教育に従事していてかんじたこと、専門的にかんがえてみたこと、妄想、などなど書いているので、とてもこういうのが好きだという人以外には勧められない。もし、同好の士の方がおられたら、静かにひそかに読んでもらえればうれしい。内容は保障できない。自然科学の道はけわしい。真偽のほどは、ご自分で確認してもらうしかない。それと、何を書くのかは自分でもまだ決まっていない。あくまでも「気まぐれ」でゆくつもりでいる。

 では、今年もどうぞよろしく。

 2005/01/01 (土) 21:01


■2005/12/14(水) 10:59

 この雑話は偶然に見つけた人しか読んでないはずだから、いたって気楽に書けるとおもって油断していた。気がついたらもう年度末。ほとんど手つかずのままになってしまっていた。本来なら、この雑話で「世界物理年2005 〜相対論へのお誘い〜」の紹介もしようとおもっていた。ところが、この準備に相当の時間をとられてしまい、とてもその内容を述べるような余裕はなかった。なにせ公開講座に参加される方々はほとんど女性の方で、物理に関しても予備知識は期待できない。できるかぎり、物理の内容をかみくだいて説明することが必要だとおもい、そのように内容をねった。当然、話し方も大きく影響するとおもい、そういうプレゼンテーションの練習もしておく必要を感じた。内容が内容なので、こちらの勉強もけっこう大変だったのだ。

 この公開講座に参加した人は10名前後であった。しかし、人数の多寡にかかわらず、内容の手抜きはしようとはおもわなかった。たとえ1名でも、その時点での最善をつくしたかった。そのために、啓蒙書から専門書、論文など手持ちのものを再読、さらに最新の知識も知っておくために、何度かの公開講座などにも出かけて参考になるものはできるかぎり吸収するようにもした。ただ、すでに刷り込みが十分にはいっているせいか、素直に受け入れることができたかは疑問だ。アインシュタインのした仕事全体を見渡すことは到底できそうにないが、それに向けてのいい機会にめぐまれたことはまちがいない。何でも、キッカケがあればそれを生かしていきたい。

■2005/03/16(水) 16:20 新カリキュラムの物理はデタラメ

 わかっていたことだが、ことし高校3年になる生徒たちの授業の基本になる「新カリキュラム」は、まったくのデタラメでひどい。あまり、悪口もいいたくないが、このカリキュラムの指針となる「高等学校指導要領理科編」を作成したひとたちは、ほとんど科学がわかっていない(か、なにかの強制がはいっている)といって、まちがいない。この指導要録があまりにひどいために、それをもとにつくられる教科書は壊滅的な内容になってしまっている。

 一例をあげよう。いままでの高校物理では、どんなに内容に出入りがあっても、その基本である「運動と力」はまず最初にまなぶべき内容として、かならず最初にあった。これが、物理をはじめてまなぶ生徒たちにとっては、敷居も高くつらいものではあったが、これを超えないと物理全般がわからなくなってしまうのだから、物理教員もできるかぎりわかりやすくていねいに指導してきた(少なくてもわたしは)。ところが、なんと物理の最初にまなぶ内容が、「みじかな電気の話題」にころっとかわってしまった。いくらみじかにあるといっても現代の電気製品は高度の科学技術の結晶であり、初心者がそのしくみなどを知ろうとしても歯はたたない。こんな内容をやっても、そのあとになにがのこるというのだろう。それと、物理Tの内容がおおきく「波動現象」→「運動と力」→「エネルギー」となり、まったく系統的な流れはなくなってしまった。「波動現象」など力学をきちんとやっていない人にわかるわけもない。「運動と力」の単元でも「運動学」のところは、自由落下運動・落下運動・鉛直投げ下ろし・鉛直投げ上げ運動だけの扱いになり、斜方投げ上げ(斜方投射)などは物理Uのほうへ移動させられている。物理Tだけしか学ばない生徒は(センター試験では物理Tだけの範囲になる)、結果的に鉛直方向の鉛直投げ上げ運動と水平方向への等速直線運動の合成としての斜方投射はやらずに(いつも見ているまったくふつうの運動にかかわらず)、物理をおえることになる。これは一つの例であるが、至るところに流れの断絶があり、非常に教えにくくなっている。これなら、物理Tは「力学だけ」とわりきった方がもっとすっきりするだろう。この学習指導要領はとても物理を学んでいる(研究している)人間がつくったものとは、到底おもえない。

 中国のことわざにあるそうだが、政府に(官庁に)政策(指導要領)があるのなら、現場には対策(裏わざ授業)がある。それで、対抗してゆくしかない。まったく、文科系の連中だけが大勢そろった役所では、とんでもないことをかんがえるものである。こまった官僚たちがおおすぎる。

■2005/01/27(木) 07:53 理科教師の気風の変化

 わたしが理科教師になって、はや四半世紀をこえてしまった。この間に多くの若い理科教師と出合ってきた。一言に「理科教師」といっても、さまざまなひとがいたのは当然のことである。ただ、理科教師にはある気風みたいなものは感じていた。それは、自分の学んできたそれぞれの専門分野の勉強をつづけているひとが多いな、ということである。大学での研究室みたいな雰囲気をどことなくひきづっているような、そんな気風である。中学校や高校でおしえている理科教師にもそういう雰囲気はあり、とくに高校などでは、以前にはどの科目(物理・化学・生物・地学)にもそれぞれの準備室に居座り、そこを根城にして、理科の授業にとりくむのが一つの定番であった。

 しかし、いつしか、この気風も変わってきてしまった。おそらくどの高校でもそうであろう。ほとんどの理科教師はもう準備室(わたしの場合は物理準備室)などにはいない。とくにわたしの勤務している神奈川県の公立高校ではそうだ。理系衰退をうけて、どの公立高校も理科教師は5人前後のことが多い。物理などはよほどの進学校でもないかぎり、1人しかいない。準備室にひとりで居座っているひとは少ない。みんな、仲良しクラブみたいに、職員室に居住するようになってしまったのも仕方がない。わたしが今の勤務校に転勤してきたときも、物理準備室は部屋全体がほこりをかぶったようなかんじで、ひと気はなかった。実験用具もつかわれている形跡はほとんどなかった。やはり、常時、準備室で実験装置類を身近にかんじながら生活していないと、なかなか実験などをしようという気力はおきない。実験する(生徒に見せたり、やらせたり)ためには、けっこうなエネルギーをつかうものなのだ。

 10年以上も前にお世話になった理科の大先輩から年賀状をいただいた。「昨今の理数離れを何とかするための妙案はないものかな」と記されてあった。わたしも現任校でも毎日のようにこの問題にはなやまされている。理科教師の気風自体がもう理科にのめりこむような雰囲気はなくなっている。「実験、実験…」などとかけ声はしてみても、実際に実験などを準備する時間も気力もない、そんな理科教師がほとんどになっている。化学や生物などではまだそれなりには実験観察などをしているが、物理となると、ほとんど座学になってしまってひさしい。正直なところ、実験などをのんびりやっていては、教科書の内容すら満足におわらない状況がもうふつうのことになっている。基礎の段階でこれでは、「科学技術立国」などと以前にいわれたことなど、夢のまた夢である。新カリキュラムで勉強をはじめた生徒たちが、この4月から高校3年になる。物理T・Uをとおして学ぶ生徒は、学年全体の1割もいない。これは、全国的にもほぼおなじである。そして、この生徒たちの中から、新たな教師がうまれるのであろうが、選択制ばかりになってしまっている現行のカリキュラムで、はたして理科常識をそなえた教師がでてきてくれるのかは、まったく不明である。

■2005/01/14(金) 08:04 電波時計

 年明けの1月5日に2つ目の電波腕時計を買った。最初の電波腕時計は、カシオから5年ほどまえにはじめて発売されたとき、どうしてもほしくなって、購入した。当時で3万円ちかくしたとおもう。腕時計は、高校に進学したときにおやじに買ってもらって以来、けっこうな個数になる。それまでの時計は、どんなに正確でもときどきは、TVやラジオの時報にあわせて、時刻修正をしなければならなかった。電波時計にしてからは、深夜に自動的に時報をしらせる電波を受信して(深夜のほうが電波が安定しているから)、時刻を自動修正してくれる。買った当時は、電波発信所は福島県にしかなかった。きちんと受信するため、寝るときは時計の受信機の方角(12時方向)を北にしておいた。今回購入したものは、九州で発信している電波も受信できるので、ほぼ全国で電波受診ができるようになった。さらに、米国のコロラド州で発信している時刻電波も受信できるようになったので、米国に行った際にも正確な時刻を知ることが可能になった(ま、ほとんど行く可能性はないが…)。

 そんなに正確なのにどうして新しいのを買ったかというと、デジタルの部分はまったく問題がなかったのだが、しだいにアナログの針部の表示がすこしおくれるようになったためである。この針は分針が20秒で1分の1/3動くようになっていた。それが、ときおり1分ちかくもずれていることがでてきた。ふつうは針のうごきで時間をみているため、針の位置からまだ時間があるとおもっていたら、始発のバスにのりおくれる寸前だったことがある。昨年末のことである。それ以来、毎日、朝にデジタル表示と針の表示をあわせる作業が必要になった。電池の消耗かなと新しい電池をいれてみたが、かわらなかった。やはり精密な電子製品の寿命はほぼ5年くらいなのだろう。そんなわけで、新しい電波腕時計を買うことにした。次はシチズン製をとかんがえていたが、現物をみたら、薄さだけは評価できるのだが、針のうごきがきちんと文字盤と一致していないものがおおい。それに、すべて「maid in China」。それで、他のメーカーのもみたが、ソーラーバッテリーでうごき、文字盤のデザイン、針のうごきなど、わたしの好みにぴったりだったのは、またしてもカシオ製。こちらは「maid in Thailand」である(こういうのでもう日本製はないのか…)。値段も手ごろなので、これを購入することにした。現在、つかっていて、満足している。

 なぜ、これほど時計の正確さにこだわるか。それは、仕事柄、授業では時間をみながら進めるため、正確さとアナログの針をもつタイプの時計を身につけていたいからである。アクセサリとしての時計にはまったく興味はない。要は優れた機能と正確さをもとめているだけだ。時報とどんぴしゃりの時計は、じつに気もちがいい。この時計をみながら、チャイムの20秒前に授業をおわるようにしている。日本の技術の高さがこの時計にきっちりと示されている。

■2005/01/04(火) 13:48 インドネシア・スマトラ沖地震

 昨年末に起きたインドネシアのスマトラ沖地震は巨大な地震であったことが、その後の調査で明らかになった。それにともなって発生した大津波はインド洋沿岸の国々を次々と襲い、15万人超(本日のニュースの段階では)もの死者をだすという、ものすごい惨事になってしまった。この周辺の海底で巨大地震が発生するのは200年近くに1回という。人間の寿命をかんがえると、過去の教訓が生かされるには、あまりに時間間隔が長すぎる。地震多発国のわが日本においても、津波の恐ろしさが実感されるようになったのは、1960年(昭和35年)チリ地震津波で三陸沿岸で多くの被害がでて以来ではないか。丸善『理科年表』に載っているわが国の地震災害記録をみても、過去には何度となく津波災害を受けているのがわかる。しかし、時代がはなれるとそれは一つの歴史と化してしまい、それをもとに災害対策を講じることはまずない。ましてや、今回のインド洋周辺の国々では、津波災害にあった記録など残されている国などほとんどなかったのではないだろうか。これでは、目の前に広がる南海が突然凶暴な大波として襲ってくるなどとかんがえる人などいないのは当たり前である。

 何百年に1度のことに対策を講じる人間などまずいない。地震・津波の起こったあとに、あれこれ危機管理のなさなどを論じている人もいるが、そういう点がまったくわかっていない。こういう自然災害は、おこってから何とか乗り切るというのが、ごくふつうの対策でしかない。現在の状況は、まだ遺体確認もままならないようで、このままでは、高温多湿の地域でもあり、これ以上確認に時間をついやすことは不可能であろう。被災者にはかわいそうであるが、まとめて荼毘にふすこともやむなしである。まずは、生存している人への援助が優先されないと、2次災害がおこる可能性もある。物事の優先順位をまちがうととんでもないことになる。まずは、伝染病などの被害を最小限に食いとめる必要がある。海に流されてしまったとおもわれる多数の人たちの身元確認などはとてもできるものではない。幸運にも見つかった場合だけの特例であろう。

 わが国でも、こうした地震災害が起きる可能性は高い。どんなに予知システムを整備しようが、地震は人間の都合にあわせておきるわけではない。津波に関しては、過去の教訓が相当に生かされているとおもう。まだ、対策の講じていない地域も、今回の津波災害を教訓に、見直しがなされると聞く。やれるだけの対策はしておき、実際におこった場合は臨機応変に対応せざるをえない。わたしたちの祖先もそうしてきたはずである。これからも災害を乗り越えながら、少しずつでも対策が整ってゆくことだろう。

■ 科学雑話2004へ ■ 科学雑話2006へ ■ TopPageへ