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鳴き竜はどうしておこるか?


■公民館の館長さん来校!?

 1999年の年末に、職場の近くにある公民館の館長さんが「鳴き竜」について、質問にみえました。何でも話では、私の勤務する高校の近くに「石楯尾(いわたてお)神社」という小さな神社があるそうです。その神社の天井に「竜」の絵が描いてあり、さらに日光の東照宮などでもおなじみの「鳴き竜」現象がおこるとのこと。来年の干支は「辰年(竜の年)」でもあり、西暦2000年のミレニアムとも重なるめでたい年始になるため、その「鳴き竜」を年始参りに来た人に開放しようと計画されたのだそうです。ところが、「なぜ、そういう現象がおこるのか?」と質問されたときに答えられないのも情けないというわけで、館長さん自らが学校まで質問に来られたというのです。

 この館長さんの好奇心の強さにまず感慨を覚えてしまいました。80歳近くの方のようで、私から見れば自分の親と重なる年齢の方が、わざわざ話を聞きたいと出向いてこられたのです。私は一応「物理学科」出身ですが、内実をご存知の方はすぐにピンとくると思います。そうです、もう私たちの年代の物理学科というのはどの大学でも「音関係」というのは、それほど重要視されていなくて、この分野を深く勉強をしている人は少ないのです。私も実のところ、詳しいわけではないのです。でも、せっかく来て頂くのに生半可な答えでは失礼です。

 そこでいろいろ調べてみたのですが、辞書や百科事典、物理の「波動・振動」などの本を見ても、直接この「鳴き竜」現象にふれたものはほとんどないのです。講談社のブルーバックスシリーズに『音なんでも辞典』とかいうのがあるのを思い出し、帰り道に本屋で見たら偶然あったので、立ち読みしてみました(お金がないので、買うのはやめ)。何度か読み返し少し判りかけてきましたが、まだ納得できないところもありました。そこで、勤務校の建物の中でこれと同じような現象が起こりそうなところを探して実験してみることにしました。それが、なんと私のいる物理準備室と同じ階にあり男子生徒用トイレの中なのです。床がコンクリートで天井は厚手のベニア板にペンキが厚く塗ってあります。早朝の(私は出勤が早く、7時頃には学校にいる)トイレで何度も拍手で実験してみたところ、たしかに似たような現象がおこることがわかりました。

 あとは、なぜそういう条件のところで、「鳴き竜」現象がおこるのかをわかりやすく説明する実験モデルを考えてみました。それは、すぐ身近にあったのですが、掃除用具を入れておく頑丈な箱だったのです。これで、すこし練習してみるとなんとなくそれらしい雰囲気がわかりそうです。これを使って館長さんに説明することにしたのです。それと説明用の文章も必要と考え作ったのがこのあと載せてある説明文です。急いで(言い訳ですね)作ったので、十分に説明しきれていないのは百も承知なのですが、理論的にむずかしく説明するだけがいいとも言えません。必要にして十分な説明をとこころがけて作ってみたものです。ご専門の方がおられたら、もっと理論的なことも教えて頂ければ館長さんへも連絡したいと思います。ぜひご教授ください。

■■■「鳴き竜はどうしておこるか?」■■■

■音の伝わり方

 音は空気の振動によって伝わっていきます。空気を何かの手段(拍手・スピーカーなど)で振動させると、空気に粗密のムラができて、これが空気中を縦波として伝わっていくのです。縦波というのは、波の進む向きと振動の向きが同じ波をいいます。横波というのもよく現れますが、これはロープなどをゆらしたときによく見られる「ヘビの動き」のような波のことです。これらの波を総称して「波動現象」と物理的には言っています。

 音が音源(音の発生場所)から発せられますと、その振動は空気中を四方八方へ広がっていきます。振動が空気中を伝わっていくにはエネルギーが必要ですが、広がっていくにつれて、振動させる空気の量はふえる一方ですから、音は次第にそのエネルギーをつかいはたして消えてしまうのです(減衰するといいます)。

 音をある方向へ集中させて伝えるためには、メガホンやスピーカーのように円錐形のような形を作り、その頂点から音の振動を発生するようにしてやればいいでしょう。これは、なにも音だけでなく「波動現象」全般にいえることで、その一種である電波を受信したり、送信したりするときにも「お椀型」をしたパラボラアンテナなどが使われているのはTVの衛星放送受信などでおなじみです。

 音は「波動現象」の一つですから、波一般がもつ特徴(反射・屈折・回折・干渉・重ね合わせなど)をもっています。これらの特徴は波特有のものでもありますが、一つ一つの現象の説明は詳しくなりすぎますから、ここでは「鳴き竜」に関係する「反射」と「重ね合わせ」という現象だけをとりあえずあげておきます。

 まとめますと、
・音は空気の振動である。
・音は発生源より四方八方に伝わる。
・音に方向性をもたせるには、音が広がらないように工夫する。
・「鳴き竜」現象は音の「反射」と「重ね合わせ」に関係している。

■鳴き竜はどうして鳴くか?

 結論からいいますと、「鳴き竜」は「竜」とはなんの関係もありません。何でもいいのですが、音をよく反射する大きな壁(天井でも床でいいのです)が2枚平行においてあれば、「鳴き竜」の現象はおこります。表面をきれいに磨いた板は音の反射がいいので最適です。とくに天井の板に御椀のようなカーブをつけてあれば、より効果的です。音が反射され、それが天井と床の両面で繰り返しおこりますと、上で述べた音の「重ね合わせ(空気の密のところと密のところが重ね合わさってより増幅する)」がおこり、それが何度も続けておこります。そうすると、人間の耳には「ビューン、ビューン」というような大きな響きとなって聴こえてくるのです。

 日光の東照宮にあるのも同じ原理です。あの天井をよくごらんになりますと、ゆるいお椀型をしているのがわかります。つまり、下で拍手をした音は、天井と床に、そして前後左右に広がっていきますが、天井と床はほぼ平行に作ってあるため、音が上下を行ったり来たり繰り返し反射されるのです。そうすると、ちょうど人間が拍手をする高さあたりで音が重ね合わさって強い響きに聴こえるように設計してあるのです。これは、特別に計算しなくても大体の直感でその高さはわかりますから、あの建物をつくった大工さんたちも経験でわかっていたと考えられます。

 この現象は「カラオケ」などで多用される「エコー」とはちがった現象ですが、日常上で述べたような条件がそろっている場所なら、どこでもおこります。ただ、神社やお寺さんなど、厳粛な雰囲気をもったところで、しかも「竜」などの天井画などが施してあると、効果は抜群です。まるで「竜」が鳴いているように聴こえるからです。おそらく、ご相談になられた場所も同じような構造になっているのではないでしょうか?

■鳴き竜(鳴竜…なきりゅう)について

 鳴き竜についてある辞典でしらべてみると、次のような記述があります。

なきりゅう【鳴竜】
1 栃木県日光市にある東照宮本地堂(輪王寺薬師堂)の天井に描かれている竜の 頭の画で、手をたたくと特有な反響音がする現象。また、その竜の絵。
2(1から)平行な二つの面の間で、音が何回もはねかえる多重反響現象。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

 この説明の2にあたるのが、上で説明したところにあたるとおもいます。たしかに物理的には上のような説明で終わってしまうのですが、このような現象を巧みに建物に生かし、それを恐ろしがるどころか楽しむようなこころの余裕をもった先人たちの「知恵」を素晴らしいものだと感じています。世界中にも同じような建物が数多くありますが、日本にあるものは「木材」という音の反射にはあまり適していないものを利用している点で工夫がより多いのではないでしょうか?木版の表面に漆などで表面加工をほどこし、それで音の反射を多くしているところなど、心憎いほどの技巧です。私たちも、こういう先人たちの知恵をこれからも生かせていければ、と反省することが多いです。

■物理ですべての説明は無理?

 音に関してはすでに述べましたような説明でわかっていただけたでしょうか?ただ、実際に人間が「聴く」音というのは、この物理的な説明以外に心理的な要因も多く、決して今まで説明したことだけで、すべてを説明することはできません。まだまだわからないことも多いというのが実情です。むしろ、そういうわからない点が次から次へとでてくるのが自然の現象です。物理だけでなく「科学」そのものがそういう「未知」の部分を抱えながら研究されているというのが、本当のところです。

 今回、ご相談をいただき、こちらも楽しく考えさせてもらいました。何気ない日常の現象に注意を向けておられた姿勢は本当にすばらしいものです。今後とも、何か「これはなぜ?」というような現象がありましたら、遠慮なくご質問ください。こちらも、まだまだ、学究の身。わからないことは、わからないとはっきり申し上げますが、わかる範囲でお答えできるよう努めて行きたいとおもっています。

 ご質問どうもありがとうございました。

 1999/12/14(火) 14:52 神奈川県立高校教諭 理科(物理) 大竹 一弥  

 以上が館長さんへお渡しした「説明のコピー」です。そのあとに、よく考えるとまだまだ説明が不十分な点も多いことに気づきましたが、それは私の勉強不足が原因です。今後、調べていきたいと思っています。現段階のものとして原文のまま載せて、皆さんのご意見・ご批判を仰ぎたいと思います。

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