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中国:哈爾浜(ハルビン)へ


ハルビンの空港へ着陸するDassault Falcon50

ハルビンの空港へもうすぐ着陸するDassault Falcon50。長い飛行だった。

■両親の思い出の地へ

 2001/11/04(日)の夕刻16:43に北朝鮮の順安(スンアン)の飛行場を静かに離陸して、中国北東部の都市:哈爾浜(ハルビン)へ向いました。そこは、私の両親の思い出の地。女学校を卒業して、単身旧満州のハルビンにあった旧日本陸軍の逓信省で働くために亡母はこの地に向かいました。今から考えると恐るべき行動力とおもいますが、その当時は占領地とはいえ日本の一部だったわけですから、遠いことはあっても国内での移動というつもりだったのでしょう。この地で、当時旧日本陸軍兵士として勤務していた私の父(現在は病気療養中)と出合ったとのこと。両親ともその辺の詳しい経過を話したことはないし、私もそれを聞いたことはないのですが、それがこのハルビンであったことはたしかなようです。とここまで書いて本当にそうなのか?不安に感じてきました。そこで真偽のほどをたしかめるべくかなりボケの来ている親父に聞くことにしました。そうすると「わしは哈爾浜にはいったことはないぞ。行っていたのは牡丹抗(ぼたんこう)というところだ。そこから、フィリピンのミンダナオ島へ転進したんだ。」と言っていました。「えぇ、そうなの?だってお袋がよく哈爾浜の話をしていたように記憶しているけど…」と言うと、「いや、わしは哈爾浜に行ったことはない。」と繰り返すのみ。親父も昔の記憶はしっかりしているので、どうもまちがいはないようなのです。ということは、私が小さい頃聞いたお袋の話をかなり自分で脚色して記憶していた可能性が大です。たしかに地図で確認すると牡丹抗と哈爾浜はそれほど離れてはいないが、ちがう場所であることにはまちがいない。なにはともあれ、親父から正確な話を聞きだすために1時間ほどかけてゆっくり話を聞けたのはいい機会でした。自分の記憶がいかに当てにならないかも実感したした次第。

 親父と母の出会いは、牡丹抗であったのです。旧満州であるこの地に母はすぐ上の兄であるS伯父さんと来ており、たまたま知り合いだったこの伯父さんが軍人であった父に母を紹介したというのが、付き合うようになったキッカケであるようなのです。もう、母もそしてその伯父さんも亡くなっており、親父の記憶だけでしか確かめようがないのですが、記憶力はすごいいい親父なのでおそらく間違いはないだろうとおもいます。母の話では、彼女は何度か哈爾浜に行ったことがあるようで、そのときの話と親父との結婚の話がこんがらかってしまっていたのかもしれません。とにもかくにも、まあ「哈爾浜」周辺が父と母の思い出の地であることにはちがいないようなので、そのような形で私の思い出のページにしまい込むことにしました。親父ももう85歳。来年は86歳。いつお迎えが来てもおかしくない歳なので、今回じっくり話を聞いておいてよかったとおもっています。

 話が、個人的なほうへ行ってしまいましたが、飛行のほうは順調にフライトプランに従って飛んでいます。中国に入ると、ほとんど広広とした平原がつづき、母がよく言っていた「360度見渡すかぎりの地平線」というのがわかりました。あの地で生活していた母がその神経質さとは裏腹な大陸的な余裕すら感じさせていた理由が何となくわかる気がします。おそらく、本当に現地を訪れてみれば、それはもっと体感的にわかることだとおもいます。だいぶ長い時間かかって哈爾浜の空港が近づいてきました。空港の周りにはFS2000の世界ではほとんど何もありません。ただ空港だけがポツンとありました。着陸の態勢をとり、静かに空港に着陸しました。時間はちょうど18:00ぴったりでした。高度32000ftの高空を460ktsで飛ばしてきましたが、それでも1時間20分近くかかってしまったのです。やはり、遠い地でした。

■年末は忘年会で大忙し

 今週までは何とか毎日曜日にはHPの更新を順調にしていましたが、どうも今月の下旬からは早くも「忘年会」シーズンに入り(年々早くなる?)更新できるか心配になっています。昨晩も友人のインターネット接続の作業帰りにしっかりと飲んでしまい、今朝の寝起きは最悪でした。二日酔いであることは歴然。身体全体がボーとしており、何とも情けないですf^^;)。かといって、お酒をやめるわけでもなく、むしろこういうのが好きなのですから困ったものです。肝臓に負担をかけないように気をつけてはいますが、このシーズンになると毎週末になると「忘年会」と称して、飲み会がつづきます。私はお酒が好きなので、気になりませんが、これが飲めない人(下戸)でしたら、このシーズンは難行苦行の日々になってしまうだろうなーと同情を禁じえません。私は、飲まない・飲めない人に無理に勧めることはないのですが、同僚の中にもそういう人はけっこういますから十分に気をつけようとおもいます。

 恒例の山岳会の忘年会は、12月の上旬に予定されています。昨年は伊豆の天城山を登ってから伊東市にある民宿で忘年会をしましたが、今年は筑波山に登ってからその近くの温泉(あるのかな?)で忘年会をやろうと計画しています。私自身は、筑波山は何度か登った(下から全部登ったのも2回ほどある)ので、それほど意欲はわかないが、まだ初めての人もいるので文句をいうつもりはないです。できれば、あの辺の太平洋岸には行ったことがないので、美味い魚料理でも食べてみたいなーというのが私の注文です。行き帰りには私の車を使う予定になっており、また夏山の再現になりそうでちょっと腰はひけているのですが…。

 ということで、もうすぐ今年も終わり。早いものですね。ついこないだ年賀状書きに必死になっていたとおもったら、もう来年の分が発売され始めました。こうして、1年1年年月の長さを短く感じるようになってきたのは、確実に自分自身が年老いている証拠でしょう。頭では、まだまだとおもっていても、身体はその生物的などうしようもない時の刻みに従って、老いを重ねてゆくのですね。これが自然なことで、何も不平はないのですが、あの若かりし頃のことをふとおもい出すことも少し多くなってきたのかな?という気がしないでもありません。

 2001/11/11 (日) 16:24:10

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