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ギリシア(アテネ)へ


もうすぐアテネ。眼下にはエーゲ海の島々が点々としている。

アテネはもうすぐだ。眼下にはエーゲ海の島々が広がっている。

■思い出の地・アテネへ

 前夜の体育大会反省会で飲んだ酒がまだ残るボーとした状態でいつもよりは遅く起床しました。もうお酒もそれほど飲める身体ではなくなっているのですが、若い頃からの習慣でつい飲んで二日酔いというのがいつものパタンになってしまっています。反省。さて、そんな状態でも、FSを飛ばすという意欲はあるようで、世界地図を見ながら「次はどこへ飛ぼうか?」と考えていました。ローマはチュニスからは近くていいのですが、気になるのはギリシアのアテネです。ここは、私がカミさんと新婚旅行で来た「思い出の地」だからです。FSの世界ではどんな風になっているのかが気になってしまったのです。私にとってははじめての海外旅行の地でもあったのです。そして、ヨーロッパ文明の発祥の地でもあるギリシアはいつになっても心惹かれるところです。

 2002/06/08(土)の朝8:10、チュニジアのチュニス(Carthage空港)から飛び立ちました。今回は、観光飛行にもぴったりのLearjet45に登場しての飛行です。パワフルなジェットエンジンを全開にして、一気に高度35000ftまで上昇して、水平飛行に入りました。速度は280ktsです。もちろん、自動操縦に切り替えてあります。朝から腹の具合が良くなくて(昨夜は風呂上りの下着姿のまま、下の和室の畳の上に何もかけないで寝てしまったのです。だいぶ身体が冷えていました。)、途中でトイレも余儀なくされると予想されたのでマニュアルでの気ままな操縦はあきらめました。シチリア島の北部を通り、イタリア半島の南部をかすめるようにしてイオニア海上にでました。しばらく、この海上を眺めながらの飛行です。古代ギリシア・ローマの時代にはこの海は、海洋貿易の中心だったことでしょう。

 前方に島々が見えて来ました。ギリシア西部にあるイオニア諸島です。その向こうにはピンドス山脈、そしてペロポネソス半島が見えます。もうすぐ、ギリシアに入るところです。飛行ルートは、ペロポネソス半島を横断するようにして一旦ミルトア海に出て、そこから左旋回して南より、アテネ空港へ向かう予定です。景色を見ていると、ギリシア全体がかなり緑に覆われているように見えます。もう20年以上も前になりますが、実際に飛行機の上からギリシアを目にしたときには、どちらかと言えば緑の少ない印象を受けたのですが、その辺の細かな描写はさすがにFSでもできないようですね。上に載せたスナップは、私たち夫婦(当時はまだ新婚でしたが…)が、「エーゲ海クルーズ」というので船で回った島々のようです。記憶と当時つけていたメモでは、3つほどの島に寄りながらクルーズと食事・買い物を楽しんだようです。現在でも使っている財布は、これらの島の1つで購入したものです。皮製の単純なつくりで、値段は日本円で200円くらいではなかったかと思います。緑の島というより、赤茶けた島々で、そこに白い壁の家々が斜面にへばりつくようにびっしりと立っていたのを、今でも写真のように想い出せます。

 思い出に浸っている間に、もうすぐアテネ空港です。高度もかなり下がってきて、いよいよ着陸です。ギア・フラップを降ろし態勢を整えます。このとき、めずらしくAI機(FSが自動的に飛ばしている飛行機)が眼下に見えて、どうも着陸するようす。滑走路は2本あるので、私の着陸予定の滑走路ではないだろうと注視していましたら、何と!同じ滑走路です。しかも、こちらも着陸態勢に入っていましたから、このまま行けば、滑走路上で激突です。急いで、自動操縦を解除して、海上に向けて左旋回して回避することにしました。ほぼ円を描くようにして再度着陸態勢に入ったときには、その飛行機は着陸を終え、誘導路をターミナルに向かって移動していました。今度はこちらの着陸です。あまりスピードを落とすと失速しますから、速度に気をつけながら滑走路に向かいます。きれいに着地。すこし滑走しながら減速して、途中から誘導路に入り、そのままターミナルの方へ。さきほどの飛行機はすでにターミナル横に移動して止まっていました。私もその飛行機の横へ移動して静かに停止。時計を見ると、9:55でした。今回の飛行では、静かに飛びたかったので、ATCを聴かないで飛んでいたのがニアミスの原因です。あぶない、あぶない、…。

■アテネに着いて

 アテネ空港へ無事着いて、しばらく休んだ後、今度は飛行機を大好きなBaronに乗り換えて、観光飛行に出かけました。今度はどこを飛ぶかは気分におまかせです。まずは、アテネの市街地上空へ。高度を下げて飛んでみると、なつかしや、ポッコリした丘の上にパルテノン神殿がきれいに見えました。実物は、トルコとの戦争でほとんど壊れており、柱だけがかろうじて残っているのですが、神殿の周囲には白い大理石がゴロゴロしています。私が行ったときは、崩壊が進んでいるとかで、修理中でした。古代ギリシア人は足が長かったのか、階段の1段1段がとても高いのです。短足の私にはきつい階段でした。オリンピックスタジアムもきれいに見えました。あちこちに見える丘がそれぞれ1つのポリスを作っていたのですね。

 オプショナルツアーで出かけた「スーニオン岬」にも飛んでみました。ここは、夕日がきれいなところとして有名なのだそうですが、その時間に合わせて行ってみましたが、そのときは、残念ながら曇りでダメでした。岬の上には神殿があり、そこの柱の1本に詩人のバイロンの落書きを見つけたときには「みんな同じことやっているのだなー」と苦笑い。FSではその神殿までは描画できませんでしたが、地理的な位置関係がよく見てとれました。このあと、エーゲ海の島巡りをして、1時間ほどでアテネ空港へもどりました。

 古代ギリシアは自然科学の発祥の地でもあり、「なぜこの地に自然科学の芽が起こったのか?」には強い関心をもっていますが、現代のギリシアを見てもその疑問には容易に答えることはできないように思います。ただ、自然環境が日本などに較べると実に単純で、こういう環境が明快な論法を生む土壌になったのかなとは感じています。食べ物なら何にでもオリーブ油をかけるあの習慣には付いてゆけず、最後には食欲不振にまでなってしまったギリシアですが、時が経ってみると「また、行ってみたいなー」と思うようにもなっています。FSでの旅でもこういう思い出をおもいおこさせてくれるのですから、楽しいものです。思っていた以上によく描画できていたギリシアを堪能しました。次はどこへ行こうかな?

 2002/06/09 (日) 9:44:34

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