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ブラジル(リオ・デ・ジャネイロ)へ


ようやくリオに近づき、着陸に向けて市街地上空を飛ぶBoeing 747-400

もうすぐリオ・デ・ジャネイロの空港だ。市街地の上空を旋回しながら着陸に備えるBoeing 747-400

■長い飛行の末の失敗

 とうとう着陸に失敗してしまいました。6時間もの長い時間をかけて大西洋を横断して来たのに、肝心の着陸に失敗して機体を大破させてしまいました。めったにないことなので、ショックは大きく、しばらく呆然としてしまいました。「6時間も時間をかけたのに…」という気持ちと、日ごろから訓練して、それなりに自信をもっていた着陸だったので、ガックリ来てしまったのです。もちろん、もう一度やり直しというのもありましたが、こちらは飛ぶこと自体は好きですからそれほど気にはなりませんでしたが、6時間近くを確保するのは、結構大変なのが心配でした。幸い、お盆休み期間中で年休を取っていたので、再度挑戦してみることにしました。

 2002/08/15(木)の朝8:10にダカール空港を再度離陸しました。前回の失敗もあるので、最後の着陸時にはすぐに手動に切り替えて対処できるよう、最後の1時間はパソコンに張り付く覚悟で望みました。ダカール空港を離陸して約23分で高度35000ftに達し、速度290kts(マッハ0.83)で水平飛行に入りました。すでに、自動操縦に切り替えてありましたが、油断はできませんから、昼前後の食事時間以外は、読書をしながらパソコンの前に待機するようにしました。飛行ルートのほとんどが大西洋上なので、飛行中は海と空だけの単調な飛行がつづきました。大西洋の横断はやはり時間がかかりました。南アフリカ大陸上空に達したのは11:50でブラジルの東端のレイフェの上空辺りからです。約4時間近くかかりました。そこからは、ほぼ海岸線に沿った形で、南下をしてゆきます。ここからも相当に長いです。下はブラジル高原ですが、さすがに緑の多い地形です。

 しばらくは、緑の多い高原状のところを飛び、着陸まで1時間ほどになってからは、パソコンの前にきちんと座り、前回のような失敗がないように注意します。前回の失敗というのは、FSNavigatorのフライトプランの通りに自動操縦で飛んでいたら、最後のリオ・デ・ジャレイロ上空で、コースが複雑になっていて、空港の周囲を小さく小刻みに周回しながら高度を落とす設定になっていたため、着陸直前には回復できないほどの失速状態近くまで速度が落ちており、気づいて自動操縦を解除してスロットルを全開にして回復をはかったのですが、滑走路の前で失速して大地に激突してしまったのです。ですから、今回は滑走路への進入ルートを変更するのと同時に、着陸態勢に入ったら、完全に手動で着陸する(自動でも着陸はできます)計画にしたのです。14:00を過ぎた頃、リオ・デ・ジャネイロの町が見えてきましたので、町の周囲を一回まわってから、滑走路に向かうことにしました。上のスナップはそのときのものです。有名なリオの光景が見えますね。いよいよ着陸です。いつもよりもさらに緊張しながら滑走路に機首を向けます。徐々に高度と速度を落としながら、下降をつづけます。滑走路が大きく見えてきて、14:10無事着地。そのままゆっくり誘導路からターミナルまで飛行機を移動させ、14:15機体を停止させました。

 2回も同じルートを飛んでしまいましたが、NAVIを信用しすぎていたという反省と最後まで何が起こるかわからないということを本当に実感しました。時間はかかってしまいましたが、それだけのものは得たかなと自分では思っています。

■今年は現実生活でも事故つづき?

 今年はどうも現実生活の方でも事故続きで、頭を痛めています。8月最後の昨日31日、用事で少し伊勢原方面に出かけた帰途、日ごろの疲れが出たのか、渋滞でのろのろしているとき、前の車に接触してしまい(いわゆる、お釜を掘る)ました。ほんの数秒記憶がなくなり(寝てしまったのでしょう)、気がついたときは前の車にドスン。目が覚めたときにはすでに遅しでした。踏んでいたブレーキから足が少し離れ、オートマチック車の特徴で、とろとろ前進してしまい、それで接触してしまったのだと思います。警察を呼んで事故証明を取り、相手にも素直にこちらの非を認め、帰宅しました。その後、保険会社に電話連絡をして、事後の処理について相談しました。今年に入って3回目です(1回は被害者)。今まで長く車を運転してきて、こういう事故を起こすのは、今年が初めてです。幸い、今回はスピードも出ておらず、相手の方にもケガはなく、こちらにも何もありませんでしたから、物損事故ということであとは車の修理についてだけで終わりそうですが、どうも注意力が落ちてきていることは間違いないことです。

 この傾向はこの4月に転勤して、車での通勤時間が長くなってから、ときどき運転中にものすごく眠くなるというような形で出ていました。そのときには、すぐに車を通行の邪魔にならないところで止めて、しばらく目を閉じて休むことで対処していましたが、内心「人身事故でも起こしたら大変だな」と感じるようになってきたので、8月の後半からは通勤も電車通勤に変えたばかりでした。今年は精神的にも不安定な年であり、体力的にも変わり目の年でもありそうなので、十分注意はしていました。しかし、意識は人間の能力のほんの一部でしかありません。氷山の下に大きな氷塊があるように、無意識下には私の意識ではコントロールのできない世界が大きく広がっています。注意力の及ぶ範囲で、努力するしかないのかなと思っています。

 飛行機事故にかぎらず、仕事上や日常の事故も「不注意」がもとで起こることも多いでしょう。しかし、本人がどんなに注意をしていても、注意が途切れるときはかならずあります。そういうことを見越した上で「事故はおこるものなんだ」→「万が一事故が起こった場合でも、できる限り最小の被害で」というのが人間の取れる限界ではないのかなと今回の連続した事故で感じました。今回の事故でもスピードを出してなかったこと、シートベルトをきちんと着けていたこと、などで被害は少なくてすんだように感じています。ただ、眠くなったときに止まって休むをいうことが車の流れから、できなかったことは反省しています。「何とか大丈夫だろう」と考えてしまったことが事故につながったのでしょう。車の運転は、これを機に少し控えようと考えています。

 2002/09/01 (日) 10:36:56

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