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ドイツ(フランクフルト)へ


ライン川上空を飛ぶBaron58。もうすぐ、フランクフルトの空港だ。

ライン河を下るように飛んで来たBaron58。もうすぐフランクフルト空港だ。

■ライン河に沿って

 金曜日夜の山岳会の集まり(夏山計画&飲み会)で、かなりアルコール殺菌が効いたのか、土曜日の朝はいつものように朝早く目が覚めたにもかかわらず、頭の中がかなり重くボーっとした状態でした。こんなことはけっこうあるので、気にもしていませんでしたが、はたして予定しているFS2002でのライン河下りができるかは心配でした。できるだけ水分を取り、体内のアルコールを薄めるようにしました(こんなことが本当に効くのかわかりませんが…)。軽い朝食を取り、しばらくすると頭のほうも少しずつ軽くなってきたので、予定通り飛んでみることにしました。

 きょうの飛行は、スイスのチューリッヒからライン河に沿いながらドイツに入り、フランクフルトまでの予定です。時間にしておよそ1時間半ほどなので、FSNavigatorはGPSマップだけ使うことにして、マニュアルで飛行することにしました。飛行機でのライン河下りと洒落こんでみたのです。2002/06/29(土)8:55、もっとも好きなビジネス機Baron58のスロットルを全開にして、離陸を開始しました。34滑走路を取ったので、離陸後少し右旋回してまずは北上して、ボーデン湖まで飛んでみました。ここからライン河下りをはじめてみようというわけです。高度を15000ftまで上げて、135ktsほどの速度でのんびり風景を楽しみながら飛んでいます。北上するに従い、あちこちに黒い森が点々と現れてきました。これが、話に聞いていた「シュバルツバルト(黒森)」といわれる森林帯でした。進行右側にボーデン湖が大きく見えて、その周辺を少し周遊してから、ライン河に沿って飛行を開始しました。高度はそれほど高くないので、眼下の景色は素晴しいものです。バーチャルな景色といっても、実測に基づいて作成されているシナリーのため、地図と比較してもほぼ同じように見えます。まあ、現地に行けば、実際の光景はそれに優るものはないのは当たり前ですが、コンピュータのプログラムだけで、これだけの景色を表現することのできるソフトはそうないでしょう。

 右手にシュバルツバルトを眺めながら、バーゼル、シュトラスブルグとライン河沿いの町の上空を通過して行きます。このライン河沿いの都市には何度も聞いたことのある名前がたくさんあります。ハイデルブルグのような大学町もあります。そのほか、科学分野の本などでも知られたところが目白押しです。やはり、アメリカが現在のような科学大国になる前はドイツ(プロイセン)が科学の一大中心地であったことがわかります。飛行機はときどき高度を下げたり、スピードを変えたりしながら、ほとんど河沿いに飛んでいました。目的のフランクフルトが近づいてきました。上に載せたスナップの右方向にフランクフルトの空港があります。機首を向けて、いよいよ着陸の態勢に入ります。この機体は非常に安定しているので、着陸もとても楽です。でも、他の飛行機が滑走路に進入していることもあるので、ATCで滑走路の状況を確認して着陸する滑走路を決めます。幸い、予定していた滑走路が空いているようなので、そこへ向けてどんどん高度を落としていきます。滑走路が正面に見えてきました。あとは、事故のないように慎重に操縦桿を操作します。今や、PCの画面はコックピットのパネルと化し、部屋の中はエンジン音で満たさせています。少しずつ、エンジンのピッチを落として、滑走路に進入します。機首を少しあげて、軽く着地。そのまま少し滑走しながら減速して、途中の誘導路へ逃げ込みました。ターミナルまで移動してBoeing737とセスナ182の逗留している脇に機体を着けて停止しました。時間は10:19でした。

 とてもすばらしい「ライン河下り」ができて、満足しました。できれば、本物の飛行機でこういう贅沢な飛行ができたら最高だろうな、と思いながら静かに翼を休めました。

■遠くアメリカの地より

 インターネットは世界に通じているなどと喧伝されていますが、HPなども日本語で書いている限り、外国の人に読まれることはまずありません。PCに日本語環境がないかぎり、表示できないからです。ですから、外国からメールが届くと、嬉しいと同時に驚いてしまいます。それも知っている人からのメールならともかく、見ず知らずの方からだとなおさらです。

 今朝、メールを受信しましたら、見慣れないところからのメールが1通ありました。私がこの「世界紀行」の前に飛んでいた、「アメリカ50州ー州都の旅35」への感想でした。メールを送ってくれた人はアメリカのサウス・ダコタ州の州都Pierre(ピーア)に住む方でした。日本の方で(日本語で送ってくれました)、その州都ではただ1人の日本人ということです。私もこの飛行をする前は、州の名前は聞いたことがあっても、その実態はほとんど知りませんでした。「アメリカ」と聞くと、何かもうわかったような気がしてしまう、錯覚に捉われていたのです。でも、この飛行をする中で、どうも私たちが思い込んでいる「アメリカ」は本やマスコミなどによって作られた一つのイメージにすぎないのでは、という思いがするようになってきました。よく日本を「芸者・富士山・?」などという外国人に対して「現在の日本をよく理解していない!」などと憤慨する人がいますが、じつは私たち日本人もそれぞれの外国をどれだけ理解しているかというと心もとないように思うのです。このメールを書いてくれた方の住むサウス・ダコタ州は日本の半分ほどの面積に65万人(1990年調)ほどの人口です。北海道に較べるまでもないのです。ものすごく人口が少ないですね。そういう州の州都に日本人では1人だけというのも驚いてしまいました。日本人はどこにでもいるというような印象ですが、在米の日本人にしても、アメリカ全土に均してみれば、本当は少ないのかもしれません。よくもまあ、そういう土地で…と驚いたのも無理はないでしょう。

 それにしても、ネット上でとはいえ、私のマイナーなこのサイトをよくぞ見つけたものだとびっくりせざるを得ません。英語でも使って書いていれば、英語圏の人の目にも触れるかもしれないのですが、そこまでの英語力は私にはありません。それに、単なる趣味のページで、何か有用な情報があるわけでもないのですから、アクセスしてくれる人には申し訳なく思っています。ただ、こういう「未知との遭遇?」みたいなことがあるだけでも、インターネット上の末席を汚している価値があるのかなと独り納得している次第です。

 あと、しばらくは世界の空を飛びながら、最終的には日本に戻りたいと考えています。はたして、いつになったら日本に戻れるのやら、飛んでいる私自身にもじつはわからないのです。そして、不思議なもので、FSで飛んでいるとときどき自分がその場所に現在行っているというような錯覚が日常生活の中でも感じられることがあるのです。ですから、サウス・ダコタ州からのメールは本当に旅行してきた場所からのメールのように感じられてしまったのです。感覚というのはじつに面白いものですね。

 2002/06/30 (日) 11:44:17

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