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香港へ


香港国際空港への着陸態勢にはいるJAS Boeing 777-200

懐かしい香港の市街地をバックに香港国際空港へ着陸態勢に入るJAS Boeing 777-200

■はじめての上海→香港

 FS2000を使って、何度か日本から香港への航路は飛んだことがありますが、今回の上海→香港は初めての体験でした。新しい国際空港ができるまでは、上のスナップで飛行機の右翼の下辺りにある「啓徳空港」が香港の国際空港になっており、そこへは何度も飛行の練習に行っていましたし、実際に飛行機でその空港へ降り立ったこともあります。今回は中国本土の上海から英国から返還になった香港へというわけで、飛ぶのが楽しみでした。

 2001/11/28(水)の午後は、連日つづいていた生徒・父兄との面談に一区切りついたので、2時間ほど年休を取って早めに帰宅しました。ゆっくり休もうと思っていたのですが、帰宅するとすぐにパソコンのスイッチを入れてしまいました。こういうところが、何とも情けないところなのですが、もう一つの病気ですねf^^;)。しばらく、CFS2で激しい戦闘をしたあと、「香港まで飛んでみるか」とFS2000を起動しました。飛行機はしばらく操縦していなかったJAS Boeing 777-200(レインボーカラー機)を使ってみることにしました。大きい機体なので、果たして離陸できるかはわかりませんでしたが、まあ何とかなるでしょう。FSNavigatorの設定をして、16:10に離陸開始。機体は思った以上に重く、滑走路の端が見えてきてもなかなか浮いてくれません。滑走路の端で204kts。でも浮きません。「まずいな、これは…」と思いましたが、かまわずオーバーランしながら少し進んだところでようやく浮上。これって、実際の飛行機では、まず大きな飛行機事故発生!です。完全なルール違反(自分でもきちんと決めてあるのを破ってしまった…)ではありますが、香港見たい一心なので、許してくだされ。飛行機が何とか浮いたところで、自動操縦に切り替えると、重そうな機体を少しずつ上げてゆき、フライトプランのコースに沿って飛行を開始しました。

 フライトプランでは、離陸後ほとんど中国本土上空を飛んで行き、最後の香港国際空港へのアプローチの段階で洋上にでるように設定しました。トータルの飛行時間は1時間57分の予定ですが、スナップの撮影なども入れると、2時間を少し超すでしょう。飛行機は離陸後20分ほどで、高度32000ftに達し、巡航速度460ktsで水平飛行に入りました。あとは、しばらく読書をしたり、コーヒーを飲んだりの休憩タイム。以前なら、この飛んでいる間ジーとパソコンの画面を見ていたものですが、最近では視力も落ちてきて、老眼らしい兆候もあるため、できるだけ安定飛行に入ったら、休憩を取ることにしています。スナップを撮るときは、画面に向かい気に入ったところで撮影するという具合です。

 順調に飛行をつづけ、香港が近づいてきたところで、進路を洋上に向けて一旦海の上に出ます。香港の上は何度も飛んでいますからほとんど風景だけでも飛べますが、今回はフライトプラン通りに飛びます。山々に囲まれた旧国際空港の「啓徳空港」は、そのロケーションの悪さ(ビルの林立する中を急カーブで滑走路に進入する)から、FSの世界でも着陸のむずかしい空港として知られ、私もFSをはじめた頃はなかなかうまく着陸できなかったものです。実機でも夜この空港へ降り立った21年ほど前の印象では、何かビルの中に突っ込んで行くような感じだったのを記憶しています。今度の新しい国際空港は上のスナップにもあるように、この「啓徳空港」の南の洋上に人工的に作られた空港(だと思うのだが)なので、ちょうど日本の関西国際空港のように着陸もずいぶんと楽になりました。飛行機の進行方向に新しい空港は見えています。後に見えるのが香港の市街地です。もう中国に返還になってしまいましたが、雰囲気さえ変わっていなければまた行ってみたいと考えています。

 新しい国際空港が近づいてきました。ちょうど市街地の上を通るときに「啓徳空港」上空も通り、懐かしくなりました。着陸態勢に入り、ギア・フラップも落として、洋上に浮かぶ新国際空港へ向います。着陸はきれいに決めたいものです。滑走路が目前に迫り、いよいよ着陸です。18:15ちょうど、着地。逆噴射をかけて減速しながらブレーキング。滑走路の途中から誘導路に入り、ターミナルまで飛行機をタキシングしながら移動して、ターミナル横で停止して、無事飛行を終えました。香港まで飛んでくると、これからの行動範囲が何か広くなったようで、いろいろな選択肢が拓けてきます。ま、予定では、まだ行ったことのないオセアニア地域(CFS2では毎晩飛び回っているのですが)に行こうかなと思っています。

■忘年会では毎回べろべろ

 FSの話題ではないのですが、こういうことを書くコーナーを作っていないため、こんなところに割り込ませていただきます。もう12月に入ってしまいましたが、すでに忘年会のほうは11/23に湯河原での泊り込みのものを封切りにはじまりました。このときは、4年ぶりくらいで会うNさんとの再会が楽しみで、渋滞つづきの真鶴道路を亀さんのような速度でゆっくり走り、車で湯河原に向いました。もう宿に着くやいなや、少し遅れてきたFさんとすぐにビールで乾杯。電話で他のメンバーはまだ真鶴道路を歩くような速度で走っており、かなり遅れそうだというので、こちらはもう臨戦体制に入りました。ロング缶6本ほど空けると、「風呂に入ってきましょう。」と岩風呂をめざす。風呂から上がるとまたしても、ビール。今回は幹事をしてくれているFさんが気合を入れて、クーラーに大量のビールのロング缶を持ち込んで来たので(もちろんきちんと宿とは折衝してある)、安心して飲めた。一人到着しては「乾杯!」というので、もう食事の頃にはべろべろ。そのあとに、お待ちかねのNさん登場。なんと日本酒の差し入れ。「泣ける〜!」またまた乾杯!みんなべろべろになって語り明かし、床についたのは午前2時を過ぎていました。でも、いい忘年会でした。幹事に感謝m(__)m。これが今年の最初の忘年会になりました。

 つづく忘年会は11/30の夜7:00から。こちらは職場の理科教員だけの忘年会。「前回があるので、今回は抑え目に行こう」と心に固く決めて会場へ向う。途中少し早めについたので、本屋さんに寄ったのがまちがい。一石賢『Aha!相対性理論がわかった!』日本実業出版という本を見つけ、立ち読みしていたらけっこう面白いので、買ってしまう。この手の本には目がないため、見つけると買ってしまう悪いクセが昔からあるのです。時間が来たので、会場へ。なかなかの洒落た居酒屋さん。最初はビールで乾杯。しずかな出だしで、「今夜はまあ軽く行こう」とペースを確認。と、と、ところが1年中短パンTシャツで過ごしているYさんが来た途端、調子は乱れ始めました。いきなりの日本酒のラッシュ。その飲むペースの速さに、ついこちらもペースを忘れ、いろんな銘柄の日本酒をぐいぐいと行き始めてしまったのです。気がつくともう10杯以上はいっているはず。日本酒の好きな私は元気に飲みまくり、いつの間にか、「きょうは抑えて行こう」の決意はどこかに飛んで行ってしまいました。会が終了して、カラオケまで行き、夜遅く駅から自宅まで月夜の中を歩いて帰ったのは覚えているのですが、どのようにして風呂に入り(これは危ない!)、歯を磨き、床についたのかはほとんど記憶がないのです。しかし、朝起きたらきちんと布団に寝ていたのです、いつものように。着替えもして歯も磨いたのはまちがいないのです。翌日は、身体全体がボーとしているのはわかりましたが、普通に職場に出かけました。それほどの二日酔いはありませんでしたが、記憶が途切れているのがどうにも気持ち悪くて、それが気になりました。これが2つ目の忘年会でした。

 今度の金曜日に泊り込みの3つ目の忘年会が予定されています。こちらは、毎年恒例の「山岳会忘年会」なので、職場の忘年会をキャンセルして、出かけます。山に登ってからの忘年会です。この忘年会はもう長年つづけている仲間との会なので、それほどべろべろになることはないと思います。しかし、酒は飲んでみないとわからないところがあるため、要注意。とくに地酒などが出てくると一気に行ってしまうほうなので、固い決意で望むつもりです。本当は、またべろべろになってしまうのではないかと正直なところ心配なのですが、そのときはそのときで仕方ありません。何でも、さきほどまで読んでいた本には「アルコールをある一定以上飲むと脳の神経細胞が何万か死んでしまう」そうで、もうこの年末の忘年会でおそらく私の脳はほとんど破壊されてしまうのでしょうね、きっと。そういえば、たしかにこの頃、もの忘れがひどくなっているのです。あ〜あ、何で忘年会なんてあるんでしょうね。行かなきゃいいのにホイホイ行ってしまう私自身が情けない(なぁ、酒な〜い)です(しんみり)。

 2001/12/02 (日) 16:59:28

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