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チュニジア(チュニス)へ


チュニスへの途中、マルタ島の上空を飛ぶBoeing 777-300

チュニスへの途中、地中海のマルタ島の上空を飛ぶBoeing 777-300

■悲劇の古代都市カルタゴへ

 前回、エジプトのカイロまで飛んで来て、次はどこかに迷いはありませんでした。目的地は現在のチュニジア(アフリカ北端)のチュニスです。ここは、紀元前5世紀頃から600年前後栄えた商業国家「カルタゴ」のあったところです。TVの何かの番組で、偶然にカルタゴの悲劇的な滅亡を知り、興味を感じて服部伸六『カルタゴ 消えた商人の帝国』現代教養文庫というのを買って読みました。それ以来、この「カルタゴ」がどうにも現在の日本と重なるようなイメージが強く残り、気になっているのです。今回の飛行は、その古代国家「カルタゴ」の遺跡の上にある現在のチュニジアのチュニスまで飛んでみようというのです。

 2002/06/01(土)は、今年度からは公立の学校は休日ですが、転勤して担当することになった野球部の練習試合があるため、朝からの飛行は断念しました。8時過ぎには試合会場の高校へ出かけました。私は、「野球部顧問」であり、監督さんは野球部OBのMさんに嘱託として来て頂いているため、試合の方はベンチで黙って見ているだけです。何か事故等があったときに出てゆけばいい立場なので、気は楽です。試合は、接戦で9回裏の攻撃であわや逆転というところまで行ったのですが、惜しくも負けてしまいました。ま、この話は別のところでゆっくりすることにしましょう。試合が終わって、も昼も過ぎていましたが、車の中で昼食の弁当を食べて、それから別件の用事を済ませて急いで自宅に戻りました。幸い、家族は皆それぞれの用事で出かけており、家の中には私一人だけです。荷物を整理すると、すぐにパソコンの前に座り、FS2002を起動して、Boeing 777-300をカイロ国際空港の23L滑走路に引き出しました。あとは、FSNavigatorでフライトプランの作成作業。チュニジアのチュニスの空港は、何と「Carthage」国際空港となっており、まさしく「カルタゴ」です。現在では「カルタージュ」と発音されているようですが、ラテン語式では「カルタゴ」でしょう。読んだ本に載っていた地図は頭に残っているため、空港はすぐにわかりました。地中海に面したチュニス湾の入り江の奥に空港はあります。まさに、旧カルタゴのあった場所とほとんど同じです。期待に胸がおどります。

 14:08離陸開始。12000ft近くある余裕の滑走路なので順調に加速して、160ktsで離陸。すぐにギアアップ。高度2000ftまでそのまま上昇し、そこで自動操縦に切り替えました。飛行機は、大きく右旋回をしながら上昇をつづけ、約15分で高度35000ftに達し、そこからは水平飛行に入りました。飛行ルートは一旦地中海に出て、ほとんどその上を飛ぶコースです。途中、クレタ島やシチリア島などの大きな島々の近くを飛ぶので、今回はパソコンの前をほとんど離れずにいます。離陸後1時間ほどでクレタ島の近くに来ると、それまでの海水の色とはちがう、エメラルドブルーの色に囲まれたクレタ島に思わず何枚もスナップを撮ってしまいました。残念ながら、アングルが今一つで、今回は上には載せませんでしたが。さらに1時間ほどで、進行右前方にシチリア島が見えてきました。これまた、スナップの準備。アングルをいろいろ変えていたら、シチリア島のすぐ近くにあるマルタ島が、実にきれいに見えるではありませんか!思わず感激して、もう四方八方から撮りまくり。一番気に入ったのを上に載せてみました。雲のレイアーが縞模様になってしまい、少し残念ですが、これはFS2002の仕様ですからご勘弁を願います。マルタ島の向こうには、薄くチュニジアが視界に入ってきています。

 飛行機はこのあと、チュニス湾に向けてほぼ直進して、入り江の奥に位置するカルタージュ国際空港へ16:48に無事着陸しました。前にも書きましたが、FS2002では、巡航速度が340ktsくらいを越すと、「オーバースピード」の表示が出るようになってしまっており、私の愛用しているFSNavigatorのフライトプランでも巡航速度は290kts以上には設定してないため(自分で設定を変えてみましたが、そうすると”オーバースピード”表示の出っ放しです)、FS2000のときに較べて飛行時間が大幅に伸びているのは、実感できます。おそらくこのFS2002の設定もどこかで変えることができるのでしょうが、今のところ不明です。あまりこのことが話題になっていないようなのですが、みなさんはその辺の設定をどうしているのでしょうね。本当は今回使ったBoeing 777-300にしても、巡航速度は460ktsほどでFS2000ではきちんとそこまでスピードがでたのですが…。

 それはとにかくとして、せっかくここまで来ましたので、空港についてターミナルに飛行機をつけたあと、今度は飛行機を双発プロペラ機のBaronに乗り換えて、「カルタゴ観光」に繰り出してみました。巨大帝国ローマに消滅させられてしまった「商業国家カルタゴ」。何か、ローマをアメリカに、カルタゴを日本に当てはめて見ると、思い当たることはありませんか?

■飛行機好きの若者たち

 転勤して、物理の授業を担当していますが、教えている生徒の中に「飛行機好き」が何名かいるようで、じつに嬉しい限りです。その中の数名は、私が授業中に飛行機の話をしたのをキッカケに物理準備室にまで来てくれて、飛行機の話をしてゆきました。ついでなので、学校のマシンに入れてある、「CFS1」で少し遊んでもらいました(もちろん昼休みですよ)。彼らはやはり現代の生徒らしくプロペラ機(しかも戦闘機)での飛行、着陸などは慣れていないようで、少し戸惑っていました。でも、こういう生徒がいることが、とても嬉しいです。飛行機の整備士になることを希望している生徒もおり、休み時間に相談に来てくれたときには、こちらも真剣にアドバイスをしました。物理の勉強と飛行機を整備したり飛ばしたりすることは、生徒たちにはなかなか結びつかないようですが、逆のコース(飛行機好き→物理)を歩んできた私には、物理を学んでおくことは飛行機を安全に飛ばし、かつ整備するのに、これ以上の勉強はないとさえ思えるのです。彼らもいずれはそれがわかってくれるだろうと期待しています。

 どうも私の周囲で見ているかぎり、今言ったような若者はやはり少数派のようです。飛行機は今やあこがれの対象ではなくなり、日常の交通機関の一つになってしまいました。ただ、電車には「電車マニア」がいるように、飛行機にも「飛行機マニア」が細々とながらいるのでしょう。飛行機の雑誌もまだ数冊出ていますが、本屋さんでも見ているのは若者というより、「昔、若者」みたいなちょうど私と同じような世代の人が多いように感じています。夢がないといわれる時代ですが、若者の中に飛行機に想いを寄せる人が少しでもいるのは、こころ強いことです。パソコンのFSなどにハマっていると「オタク」のように見られがちの風潮があり、子供や若者はもっと野外で元気に…みたいなことをいう識者が多いですが、私にはそんなに鋳型のような若者像を押し付けなくてもいいように思えます。ゲームばかりしていると、現実とゲームの見境がつかなくなってしまい…などとまことしやかにいう識者に「あんたは、そうなるほどゲームをしたことあるのですか?」と逆に問いかけしてみたくなります。ゲームを現実と同一視できるのは、人間しかいないのですよ。なんで、ゲームがこれほど売れるのか?ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』講談社学術文庫でも読んで、ジックリ考察してから発言してほしいと思うのは、ゲーマーの私くらいでしょうか?

 いつの時代も若者が大人たちから誉められたためしはありません。古代エジプトのヒエログリフの中にも「今の若者は…」という字句があるそうです。私たちも今では社会的には中年と呼ばれ、それなりに世間では大人の一員として見なされていますが、つい20数年前は、単なる若者の一員でしかありませんでした。あれから、それなりに経験も積んだり、学んできたこともあるかもしれませんが、それがどれほどのものだというのでしょう。今の若者たちだって、あと20数年経てば、現在の私たちと同じ年代になります。そのとき、彼らもまた「今の若者は」というのでしょうか?若者に媚びる必要はまったくないですが、若者をあなどることはできません。彼らはいずれは私たちを時間的にも追い抜いてゆくのです。それが、どういう方向へかは私にはわかりませんが、彼らがこの世の中を変えてゆくのです。これだけは、だれにも止められません。

 飛行機好きの若者が、「宇宙(航空力学的には全く面白くない世界)」と同様にこの大気をもった地球の空を優雅に気持ちよく飛び続けてくれることをいつも願っているのです。FSも立派な「遊び」であることを付け加えつつ。

 2002/06/02 (日) 9:46:04

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