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上飯田山岳会の部屋



会の発足

 上飯田山岳会は昭和53年の4月に出来ました。当時のメンバーは4名で同じ職場の同僚でした。上飯田というのはその時に私たちが勤務していた横浜市立上飯田中学校の名前をそのまま使わせてもらって、命名したものです。

 会の発足は、全く偶発的なことから起こりました。この年、4月にまだ新任でこの中学校に赴任したばかりの私(大竹)と職員室の机が向かえあわせの先輩教師:山路 博氏がある飲み会でお互いの経験談を話しているときに、「山」の話題になりお互い大学で山岳をやっていたことがわかり、それでは一緒に登ろうではないか!となったのです。

 私は自分の故郷の山でもある「飯豊連峰」を候補に上げれば、彼は故郷九州の最高峰である「宮之浦岳」を上げるという具合で、なかなかお互いに譲り会わず、それでは両方を夏に登ろうではないかとなったのです。まだ、お互い独身で身軽な上、教職にある為、夏休みを有効に活用すれば何とか実行できるのではと計画に入ったのです。このときは、まだ2人だけの話で進んでいました。いよいよ夏休みが近づいてきた頃、まず7月の下旬に「飯豊連峰」を、8月の上旬に九州の「宮之浦岳」に登ることにしました。

 実際には7月下旬に予定通り2人で「飯豊連峰」に登りに行きました。夜行列車で飲みすぎて2人とも腹を壊しながらも「石コロビ沢雪渓」を登り切って、2泊3日で主稜を縦走しました。帰りは会津の私の実家に寄って飲みまくりました。

 8月上旬に計画していた「宮之浦岳」は計画段階で同じ学校の同僚2人(同期の松田 和敏氏と先輩の甲地 行信氏)が加わることになり、4人で出発しました。この山行には思い出深いハプニングが数多く起こり、今でも山岳会の語り種になっています。この話についてはいずれ山岳会のメンバーに語ってもらおうと計画しています。

 というような経過でこの山岳会が誕生したわけです。更に年数を重ねるに連れメンバーも少しずつ増えて現在は6名で活動しています。と言っても会員もいつのまにか高齢化して発足当時20才代で元気はつらつだった面々も、今ではほとんどが「中年」です。活動に元気がなくなるのも仕方ないことかと思いますが、毎年夏には必ず思い出に残るような「山」に登ろうと誓い合っています。

現在のメンバー(2009.8月現在)

・山路 博 (やまじ ひろし)(横浜市立中学校教諭:英語)

・大竹 一弥 (おおたけ かずや)(神奈川県立高校教諭:理科)

・甲地 行信 (かっち ゆきのぶ)(元神奈川県立高校教諭:国語)

・松田 和敏 (まつだ かずとし)(横浜市立養護学校教諭:美術)

・指原 信一 (さしはら しんいち)(横浜市立中学校校長:数学)

 以上5名にて活動しています。新会員は募集していませんのでこのまま全員で平均年齢を上げていくことでしょう。


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