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2000年度夏山山行記
<四国の名峰ー石鎚山・剣山ーを登る>

2000年夏山思い出フォトコーナー⇒やっとできました!ドーゾ!


★山行記録とはだれのために書くものなのだろうか?

 一緒に登って仲間にとっては、同じ経験をしてきたのだから、ほとんどのことは自明である。しかし、同じ経験をしても感じ方は各人によってちがうのもこれまた常識だ。今回も山路さんや甲地さんが克明な記録をとってくれるだろうが、現実にあったことを細かく埋める作業とそれをどのように感じたかという個人的な印象も後日この山行を振り返るときに必要なものとなろう。 じつはこの山行記を書きながら気づいたのだが、旅が終わって1週間もたてば、自分自身の記憶もかなりあやふやになることがわかった。甲地さんの取ってくれた、細かい記録と自分の記憶にかなりのちがいがあることに気づき、愕然としてしまった。これが「山行記」と自信をもって言い切れない理由である。この記録はおそらくぼく自身がこの山行で感じた「印象記」なのだと言っていいだろう。つまり、ぼくの印象に強く残った部分を語っているという意味である。そうは言っても「夏山印象記」でもおかしいので、ここでは「山行記」という名まえで述べさせてもらうことにする。

■今年の夏山は・・・

 例年なら7月下旬から8月上旬には出発していた我が山岳会の夏山登山であるが、本年度は8月下旬の出発となった。珍しくもこの時期になったのは、会長である山路さんが引越しをしたためである。引越しをするからと言って、夏山を諦める山路さんでもないので、何とかみんなの日程をやりくりした結果、引越しが終わり少し片付けも終わるであろう8月下旬に出発が決まったわけである。この日程は、教員には比較的休みを取りやすい時期であるが、一般の会社で働く人などではなかなか休めない時期であろう。教員という職業の利点をうまく使ったわけである(ついでに言っておくと、正式な休暇を取ったということ)。しかしこの時期で心配なこともある。天気が不安定になることと台風の襲来が予想されることである。幸いなことに、今年は猛暑で、太平洋高気圧の張り出しが強かった。そのため、この時期にあっても比較的天気が安定しており、しかも台風がくる気配はなかったので安心して登山に取り組めた。

 今回目標とする山は、「日本百名山」の中にふくまれる四国の名峰「剣山」と「石鎚山」の2座である。いずれも2000m級の山ではあるが、西日本では「石鎚山」が第1位、「剣山」が第2位の標高をもっている。四国の左右にぽつんと分かれて位置しているため、こういう山はアプローチが面倒で、なかなか登る機会がないのだ。こういう機会に2座まとめて登っておくのもいいチャンスだろう。今回の計画は、山路さんと指原さんが作ってくれるので、ぼくは車を準備して運転するのが主な役目になった。計画を立てなくていいのは、けっこう楽なんですね〜。準備段階からお世話いただいた両氏に感謝したい。

 ぼくは、個人的には「日本百名山」をめざして山登りをはじめたわけではないのだが、気がついてみるとすでに60座ほど登っていた。そうなると、「1つの目標として100座登るのもいいかな…」という気持ちになり、現在では山での努力目標みたいになってしまっている。学生時代は同じ山に何度も通ったものだが、こうして日本中に散らばっている「百名山」を登ることで、いろんな地方へ出かける機会を得たことは本当に良かったと今ではおもっている。深田久弥氏が選び出した「百名山」ではあるが、現在ではもう深田氏の想い(彼の一つの目安)を超えて、「百名山」も一人歩きをはじめてしまったようだ。良くも悪くも1つの「日本の山の標準(デファクト・スタンダード)」として捉えられているようにぼくのは感じられる。年齢とともに山に行く機会が減る一方のぼくとしては、せめて1年に1回あるかないかの登山で「百名山」の1座でも登れれば、これ幸いというのが本音でもある。「百名山」に批判的な意見もあるが、登る登らないは各自が自分で決めればいいことで、是非をめぐる論にはぼくは関心がない。

 昨年の夏山で「太ももの痙攣」を起こす失態を演じたので、今年は何としても足だけには気を使った。と言っても、厳しいトレーニングをするなんてことは、もうやる気もない。準備したのは、膝・太もものサポーター、それに湿布(温・冷とも)と鎮痛剤というまったく逃げの姿勢そのものの物品であった。体重を減らすということも意識的にはしなかった。とにかく、山でみんなに迷惑だけはかけたくなかった。どんなに息切れしても歩くことさえできればどんな山でも登れるとおもっている。今年はその1点だけに注意をした。

 ただ1つ偶然に辞めたことーそれはタバコだ。今年の5月に急にまずく感じたので、しばらく吸わないでいたら、いつの間にか4ヶ月も禁煙してしまった。とくに手が震えるとか、タバコの夢をみるとか、禁煙ガムをかむというようなこともなく、タバコそのものに興味関心がなくなってしまったようなのだ。それまでは、パソコンに向かうときもほとんど吸っていたようにおもうが、タバコのために何度も手を休めるのがおっくうになってきたのが、辞める気になった原因ではないかと自分ではおもっている。それと、初めての人と会ったりするときに、どうしても緊張するのと場を持たすためもあって、無意識に吸っていたようなのだが、最近「他人などどうでもいい」と独りでに居直ってしまったのも、原因かもしれない。まあ、理由などいくらでも作れるから何でもいいのだが、タバコ代が浮いたので(\250/日×30日=\7500)、金銭的にはじつに助かっている。おかげで、パソコンのソフトや書籍類の購入にお金が回るようになった。

 一方、身体的には今のところ、何の恩恵も出ていない。わずか4ヶ月ほどで、20年来吸ってきたタバコの影響が抜けるわけもないし、そんなことは自分でも期待していない。思わぬ変化が見られたのは、何と「カラオケ」である。今まで出なかった(もちろん若い頃は高い声もきれいに出た)高い声がでるようになったことだ。酒を飲んでも以前より食べるようになったため、当然体重は少し増えてしまった。息切れはまだある。山に登るとなると、心肺機能も心配だ。そこで、通勤やちょっとした買い物などにはできるかぎり徒歩で行くようにしている。最近とみに筋力の衰えも自覚するので、早朝の起き掛けに「腕立て伏せ」「腹筋」「背筋」を各20回ずつ励行している。これは、何とか半年近く続いている。ものぐさなぼくにとって、3ヶ月以上も続けることは奇跡に近いことなのだ。このあと、どれくらい続くのかは自分でも自信はない。

 このように、夏山に向かうまでにもいろいろなことがあったが、8月20日の夕方に我が家に山岳会の面々が集まりはじめ(甲地さん・鎌田さんは翌朝合流)、いよいよ出発が近づいてきた。山路さんは、マンションの管理組合の会議があるため少し遅れることがわかっていたので、ぼくと指原さん・松田さんの3名で自宅の近くにある焼肉風居酒屋「だるま」に行って、前夜祭の開始となった。明日の早朝には、ぼくの運転で四国までの長い行程を移動しなければならない。「少し控えなければ…」と最初はおもっていたが、飲んでしまえばそれも虚しい自戒。2時間半ほど飲んで自宅にもどる。山路さんも来ていて、再度自宅で前夜祭。明日は4時には起きて、5時には出発の予定なので、できれば10時には寝たいが、そんなことはだれも気にしていない。「あ〜あ、明日は寝不足で運転か…、まあ運転できる人は他にもいるからいいや」といつもと同じようなペースで飲んでしまった。結局寝たのは深夜1時近くになっていた。「いつもこうだよなー」f^^;)

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