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いざ、出発!


■出発(8月21日 曇り)

 4時に目が覚めた。睡眠時間3時間。起きる時間はいつもと変わらないが、さすがにまぶたが重い。1階の和室には指原さん(運転してもらうため特別待遇)、居間には山路さんと松田さんに転がって寝てもらった。階段を降りてゆくと、山路さんはさすがに朝が早い。もうむっくりと起きていた。山路さんは「エイ!ヤー!」とか叫びながら、蛍光灯のスイッチを入れて、部屋を明るくしてしまった。これにはたまらず、指原さん・松田さんも目を覚まし、バタバタと出発の準備にはいる。ぼくはコップ1杯の水を飲み、顔を洗った。朝食は途中のサービスエリアで取る予定のため、今朝はパス。さっそく我が家の前にある駐車場の車のキーを開けて、荷物の積み込みをはじめる。今回は荷物が少ないので、スペース的に余裕をもって積み込める。5時前後には甲地さんたちの車がやって来る予定になっており、彼らの荷物分のスペースを空けておかねばならない。朝空はまだ薄暗いが、西の方から雲も切れ始め天気も回復しているようで、神奈川から四国へと西へ向かうわれらにとって最高のコンディションである。

 5時少し前に甲地さんたちの車が到着。我が家の車と入れ替えにして、駐車してもらう。彼らの車はぼくらが無事もどってくるまで、この駐車場で待機することになる。この間に甲地さん・鎌田さんの荷物を積み込んで準備終了。みんな眠そうである。運転するぼくも当然眠い。

 5時を少し回ったあたりで、駐車場から四国へ向けて車が動き出した。我が家のカミさんも起きてきたようで、玄関先で見送ってくれた。頭の中に日本地図を思い浮かべて四国までの行程をたどってみると、「先は長いな〜、…」とため息が出てしまった。まあ、考え悩んでいるよりもとにかく運転だ。いつもなら、大渋滞で苦労する厚木の246号線も今朝は空いている。あっという間に東名厚木ICに到着。そのまま、流れるように東名高速道へ進んで行く。自分の運転で東名を関西方向へ走るのは2回目である。この数日前にカミさんと2人で珍しく富士五湖へドライブに行ったときが、じつははじめてであった。友人などの車に乗せてもらっては何度も走っているので、それほど不安はないが、静岡より西に行くのは今回がはじめてなのだ。とくに、名神〜中国〜山陽の高速道はまったく未知の領域であり、内心はかなり緊張している。運転席のとなりでナビをしてくれている指原さんは大分出身で、何度か大分まで車で帰省しているベテランなのでそのナビを頼りに不安を乗り切ってゆくしかない。

 足柄SAで朝食にしようと話はすぐにまとまり、時速140kmから急激に減速しながらSAに滑り込んだ。ここで各自が好きな朝食を取る。ぼくはまだそれほど空腹感もなかったので、軽くてんぷらそばを食べた。電車やバスとちがい、すべてこちらのペースで時間配分ができる今回の山行はおもった以上に快適である。そうはいっても、返って自己規制がはたらくのか、返って無駄な時間はほとんど取らないようになるのは不思議なものである。

 別に先を急ぐわけではないが、足柄SAを出発するとき、「次は浜名湖SAにしよう」と指原さんがかなり距離のあるSAを口にした。ぼくは「途中でねむくなるよな…」とおもいながらも「いいよ」とか言って車を動かした。この日のために、タイヤ・バッテリーを交換し、定期点検もばっちりしてもらったトヨタのエスティマ・エミーナは快調に東名に再合流してゆく。いつもはそれほどスピードを出すことはないのだが、どうも高速道に乗ると、車の運転席が飛行機のコックピットと化し、ジェット戦闘機のパイロットのような気分になるのには、自分のことながらじつに怖い。車の場合、時速100kmくらいがちょうど音速を超えるような感じを受ける。これを超すとぼくの運転するこの車は道路にピタッと吸い付いたような感じになる。気がつくとアクセルを踏み込んでいて140kmくらいで走っているわけだ。いい歳をしてまことに恥ずかしいのだが、事故に気をつけさえすれば、これはこれで運転がたのしくなり悪いことではあるまい。バックミラーを見ると、後ろ席では山路・甲地・松田・鎌田の4氏が何とか眠るまいと頑張ってくれている。先は長い。あせらずにゆこう、と気をひきしめる。

 名古屋〜京都〜大阪と車は進み、中国道から山陽道に入ったあたりから、風が強くなってきて、運転していると車が右方向へときどき流されるのを感じはじめた。南風が強く吹いているようだ。山陽道から分岐して淡路島を経由して四国に入る神戸淡路鳴門自動車道に乗ると、風はさらに強くなり、明石海峡大橋の上にくるともうハンドルを離す余裕はなくなっていた。みんなは瀬戸内の海を眺めながら「オオー、きれいだな!」などと盛り上がっているが、ぼくはハンドルをにぎる手に力がはいるのをひとり実感していた。そろそろ昼食の時間でもあるが、とにかく四国に渡って「徳島ラーメンを食べよう!」という指原さんの提案に応えるべく淡路島を縦断してゆく。5年前の神戸・淡路大震災ではかなりの被害のあったところであるが、もうそういう印象はまったくない。さらに、ぼくの印象では淡路島はそれほど大きくはないとおもい込んでいたが、実際に走ってみるとなかなか縦断できず、地図と実地のギャップを思い知らされた。

 四国の鳴門に到着して、一旦高速を降りて、今渡ってきた大鳴門橋を望める場所に行く予定でいたが、昼の「徳島ラーメン」の魅力には勝てず、そのまま徳島めがけて走りつづけることになった。徳島自動車道にはいるまでの間、一般道を走るので、この道路沿いには「徳島ラーメン」の店があるにちがいない。遠目の効く松田さんも活躍しながら看板をさがしてくれる。しかし、こういうときに限って見つからないのは世の常。2軒ほどそれらしい店にあたったが、「徳島ラーメンはやっていない」とのこと。「こんどこそ」と車を左路線に寄せてゆっくりと探しながら走る。もう徳島自動車道に入る分岐も近くなった。しかたなく、車がたくさん駐車しているラーメン屋があったので、そこへ入ることにした。指原さんは今年の3月に職場の同僚と四国を旅行したとき食べた「徳島ラーメン」の味が忘れられないようで、この店でも「徳島ラーメンはありませんか?」と聞いていたが、残念ながらメニューにはなかった。でも、それらしいラーメンが出てきたので、ぼくはこれがそうなのでは?とおもった。

 ぼくの田舎にも「喜多方ラーメン」というのがあるが、あれだって店によっていろいろなタイプがあり、どれが本物なのかなどと議論してもはじまらない状態なのだ。だいたい地元では、「ラーメンはラーメン」であり、いちいち「…ラーメン」などとはふつう言わない。案の定、翌日に徳島自動車道に入り、途中のSAで休むことにして何か食べようと食堂に行ったら、「徳島ラーメン」とメニューにあり、さっそく注文してみた。出てきたラーメンは先ほど食べたものとほとんど同じであった。味も「ま、こんなものだろう」というのが感想であった。最近は、日本中に「〜ラーメン」があり、その味を競っているが、ぼくには「たかがラーメンに何をそんなにおおげさな…」としかおもえない。ラーメンは気楽に食べられる便利な食べ物というところに存在価値があり、それ以上でも以下でもない。いらざる「能書き」は不要であろう。その土地土地で食べやすい形で(値段で)提供されていれば、それでいいのではないだろうか?

 徳島自動車道に入ってからは、運転を指原さんに代わっていたので、ぼくは後ろの席でウツラウツラした状態で休んでいた。そのうち寝てしまったようである。気がつくともう美馬(みま)ICから一般道に下りて、きょうの宿泊場所の剣神社簡易宿泊所へ向けて細い山道を走っていた。なんでもICを下りてから42kmもあるようで、どんどん山の中へ入ってゆく。道路は狭くなる一方で、運転を指原さんに代わっておいてよかった。早朝からの運転で約700kmほど走ったから、徳島でラーメン屋に入ったあたりですでにぼくは限界に達していたのだ。この車に換えてから後ろの席に乗るのははじめてなので、「ヘェー、こんな乗り心地なんだ」などと変に感心したりしていた。ぼくはこのあと熟睡してしまったようで、山路さんの記録を読むとこの道筋上で大変なバトル(?)があったとのことであるが、まったく覚えていない。まったく「お気楽極楽」のぼくである。おそらくぼくが目を覚ましたのは、もう車が見の越に着く直前くらいではないかとおもう。

 ものすごい急坂を登ったところにある駐車場に車を止めた。そこが剣神社簡易宿泊所の駐車場であった。車から荷物を部屋に運び入れると、もう待ちきれないように「ビール!」を注文。さっそく明日からの登山に気合をいれるべく乾杯。24畳ほどもある広い部屋に6名とはじつに贅沢のきわみである。季節をはずした計画がまずは成功したようだ。夕飯・風呂・再度の宴会とつづいたが、ぼくは早朝からの運転でかなり疲れていたようで、眠くてしかたなかった。いつ寝たか、どうしても思い出せないが、ぼくが予約をしておいた(いびきや寝言をできるだけ避けられる場所を選択しておいた)布団にはいつの間にか誰かが寝てしまっていた。仕方なく空いている布団に横になり、すぐに寝入ってしまったようだ。よほど疲れていたのだろう。

 剣山の登り口にこの簡易宿泊所はある。想像以上に奥深いところにあり、車1台がやっと通れるような山道を何箇所も通りながら次第に高度を上げてゆく。ここを、トラックやバスが通っているのだから驚いてしまう。しかし、現在はほぼ舗装されており、何とかすれ違いもできる。登山が目的なので、こういう道も我慢しているが、まず観光では来る気はしない。剣山とは山のガイドブックやパンフレットなどで書いてある以上に奥深い山なのだ。ようやく、家が何軒か並んでいるところに着くとそこが簡易宿泊所のある見の越であった。きつい傾斜の道を登り、駐車場に車を入れて、長い1日目の行程が終わった。

 剣神社簡易宿舎の夕食は質素ではあったが、地元で取れた山菜などを素材にした味わいのあるものであった。宿泊客はぼくらだけのようで、のんびりと過ごすことができた。20畳近くもあるような広い部屋に6名という贅沢な宿泊である。明日の剣山登山はリフトが動き出す時間が7時からということで、それほど急ぐ必要はない。剣山に登頂するために実際に登る標高差は200mほどで、ぼくは内心ホッとしていた。「まあ、これくらいなら、昨年痛めた足も何とかもってくれるだろう…」ぼくは、年ごとに怠惰になっていて、自分のことながら何とも嘆かわしい。

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