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93年度夏山山行記


北アルプス白馬岳から朝日岳を歩く


それにしても、今年(1993年)の夏の天候は例年に増して異常である。平年より8日遅れの7月27日に、関東甲信越地方の梅雨明けが出された。 が、その後も日本の南岸に梅雨前線が残る準梅雨状態。オホーツク海の高気圧がブロッキング現象(北極の冷気の吹き出す場所が一定の所に止まってしまい、高気圧が動けなくなる)を起こし、太平洋の高気圧が北に張り出せなくなったためだ。さらに、エルニーニョが続いているためとか、いろいろ説があるがまだ解明されていない。とにかく、異常な夏である。

◆ ◆
8/3
 こんな中で、夏の縦走は白馬尻から始まった。早朝から、雨の中を新宿から白馬、さらに猿倉とバスを乗り継いで来た。最後は、傘をさしながらの白馬尻入りであった。例年より雪は多いようで、テント場へ渡る木橋も雪の上につけられている。雨降る中、どうにか7人用テントを張れるだけのスペースを見つけ、急いで設営。荷物をテントの中に入れ終えると、雨の中の仕事を嫌がるホエーブスを騙し騙し飯を炊く。今夜は鳥釜飯。なかなか上手く炊け、味も良い。

食事が済めば、山では寝るだけ。しかし、まだ時間もあるので少し梅酒などを飲みながら雑談にふける。それぞれ寝る場所を確保する段になり、僕は出口の所に寝ることになりシュラフを広げた。しかし、隣の松田さんの辺からググーと傾斜が付いている上に、背中の辺には尖った大きめの石があり、今夜の睡眠に暗い陰を落としていた。案の定、滑り台のような寝床はバランスを必要として、悪戦苦闘の一夜であった。甲地さんも山路さんもすぐいびきがでて寝つけるのにはいつもながら驚く(本人たちは、いつも眠れなかった、眠れなかったと繰り返すが…)。

◆ ◆
8/4
何となく時間が気になり、暗いテントの中で懐中電灯の弱い光で時計を見ると、まだ4時少し前。もうちょっと寝ていたいが思い切って起床。
山路さんへ声をかけ朝の準備が始まる。テントから外へ顔を出すと、夜半からの風雨がウソだったかのように右側がすこし欠けた月と明るい水星がきれいだ。反対の西方を見ると、薄いガスがまだ残ってはいるものの、今日登っていく大雪渓がシルエットのように浮かび上がってくる。まだ肌寒いテントの外へ出るとブルッとする。朝食に使う湯を沸かす。湯だけなのでガスコンロを使う。これは簡単に火が付くので使いやすい。シュラフやザックの整理をしている内に湯も沸き、予定を変更してお茶漬けご飯の朝食となる。ぼくは、まだ食欲もあり二杯ほど食べる。食事が済むとテントの撤収。フライシートは昨夜の雨でかなり濡れているが、テント本体は大丈夫。さすがダンロップの高級品だ。

6時頃には、本日の行動開始。(今朝は、大の出が悪く、先々不安が…)
昨日の木橋を渡り、大雪渓の基部へ向けゆっくり登り始める。まもなく、冷気が感じられたと同時に雪渓が目の前に大きく広がった。すでに、何組かのパーテイーが岩や雪の上でアイゼンを着け、登高の準備をしている。

我々も準備にかかるが、装着用の紐がうまく結べず思わぬ苦労をする。6時半頃には全員何とか形が決まり、いよいよ大雪渓の登高に入る。始めは、ゆるい傾斜をゆっくりアイゼンを効かせて登っていく。傾斜がきつくなってもアイゼンがあるので、不安なくどんどん高度をかせげる。ただ一つの心配は、朝の大キジ打ちに失敗しそれがいつ顔を出し始めるかだ。「こんな雪渓上では、逃げ場がないし、もしガマンできなくなったら…。末代までの恥だ。」不安が脳裏をよぎるが考えないようにして、ひたすら足を動かす。途中、何本か休憩をとり快調に登っていく。汗も思ったより出ない。天気もちょうど良い。時折、日も射すが曇りがちで、登りには絶好の天気。雪の階段をゆっくり登り続けていると、思ったより楽に大雪渓を登り切っていた。

「これは意外に楽だな。やはりトレーニングが効いたかな。ハッハハ。」
などと内心喜んだのもそこまでだった。アイゼンをはずし軽い食事をした後、ガレ場の急登が始まると、雪渓の時とは全く調子が違いゼーゼーと息も切れ汗もビッショリ。頭も少し痛い。ザックがやけに肩に食い込む。とにかく、ー歩ずつゆっくりゆこうと修行僧の気分。なかなか今日の目標の村営頂上小屋の建物が見えてこない。

「あれー、こんなに時間がかかったかな?」
と以前登った時のことを思いだそうとするが、疲れで思考が働かず。こうなると機械的に足を前に出すのみ。後ろからくる甲地さんの足音に追い立てられるように少しずつ前へ進む。お花畑が左右にあるのに気づく頃、道も広くなってきた。ガスの中に人工的な鋭角の屋根のシルエットがぼんやりと見えたときは、本当に足が軽くなった。あと少し。最後の汗をしぼる。水場の標識と白馬の頂上側から大きく張り出した雪田が目の前に広がった。「登った!!。」

ザックを岩角に置き、ポリタンの古い水をその場で捨て、すぐそこにある水場で手の切れるような新しい水に入れ換える。その後、一口思いきり飲む。
「あ〜あ生き返る。うまい…。」
山路、松田、鎌田の各氏も到着。皆で「お疲れさん。」の声を掛け合う。タバコの一服がまたうまい。これがあるからなかなかタバコが辞められないでいる。しばらく歓談。その後、小屋の中でテント設営の手続きをして、念願のビール(500ml缶)を手に小屋裏のテント場へ。ちょうど良い場所を見つけると、陽射しも出てきて乾杯にはうってつけ。ザックを下ろし、各自酒の肴を出したら、皆で「乾杯!!。」「やっぱりビールが最高。」と先ほどの「水」を忘れたかのように…。

汗がひいて来た頃、何か頭がズキンズキンと痛み始め気分も悪くなる。「風邪でも引いたのかな?」と額に手をやるが熱はない。山路さんも頭が痛いという。どうも軽い高山病のようだ。そういえば今回の山は2年ぶりの3000m峰。身体は正直だ。夕食のカレーは、食欲が出ず余り食べれなかったが、寝る前頃には少し頭痛も少し和らいできた。今夜は、ゆっくり寝よう。

◆ ◆
8/5
3日目の朝は、ガスの中で始まった。今日の行程は長いので、4時には全員起床。食事、テント整理も速やかに済ませ、5時半には白馬の頂上を目指して登り始める。「このガスでは、頂上でも景色は拝めないだろうな…」と思いながら足下の石を見つめ登っていく。白馬山荘を過ぎた辺で何となくガスが薄くなってくる感じがした。頭上に朝の明るさがもどったかなと思うも間もなく、ガスが切れ、白馬の頂上、そして振り返ると剣岳・立山連峰が雲上に姿を見せ、思わず「やった!日頃の行いがいいからだ。」と自画自賛。今年の天気では望むべくもない絶景が、今まさに目の前に360度のパノラマで見渡せる。

頂上で記念撮影の後、嬉しさを心の中にしまい三国境の縦走路に向かう。この段階では、まだ、今日の行程をどうするか?天気は持つだろうか?と迷いがあった。とりあえず三国境で決めることにして、そこまで行くことにする。途中、高校生のカップルなどいて、時代を感じる。自分たちの頃は高校生ぐらいで二人連れなんて考えなかったが…。しかし、若いというのはただそれだけで素晴らしいものだ。この頃、素直にそう思える。

しばらく行くと、三国境の標識の周りに登山者が休んでいるのが見える。最近、登山をする若者が減って、代わりに中高年の登山者が増えているということだが、確かにそう感じる。特に、中年の女性の進出は目ざましいものがある。さて、ここで行程を決定しなくてはならない。天気はまずまず良好で、我々の「逃げ」を許してくれそうにない。こうなると、温泉&ビールは少し先に延ばして計画通り朝日岳方面へ行くしかない。自分としても、ここ何年か山岳会の計画で最後まで完遂したものが少ないので、何とか今回は…の気分が強い。みんなも諦めた(?)ようだ。道を左に折れ下り始めると、登山者はめっきり少なくなった。甲地さんは、山の記念になる石をと探しながら下りてくる。僕は先頭でゆっくり進もうとするが、今日の行程の長さを考えると、つい足が前へ前へと行ってしまう。目前に鉢ケ岳が見えて「あ〜あ、またこいつに登りか。」と気が重くなっていると、道がどんどん右へ巻いてゆく感じ。「こりゃ、ひょとして巻き道か。」と嬉しくなる。

地図をよく調べなかったので、これは後でわかったのだが、お花畑の豊富なとても気分の良い巻き道だった。こういうのははっきり言って好きだ。時折、ガスが出始める。ガスが出れば天気が悪化するのではと不安になるが、陽射しが強ければ日焼けで痛くなるのが嫌だし、全くどっちでも困る。タラタラ行くと、雪倉の避難小屋に着く。ここから、雪倉岳への400mほどの登りに入る。少し休んでから登り始める。汗は出るが、とにかく登りは足を一歩でも前へ出せば少しずつでも高度が稼げるからまだマシ。徐々に高度を上げてゆき、一番高そうな場所に出る。1時間くらいかかったか。でも、「雪倉岳頂上」の標識がない。「ひょっとしたら別のピークがあるのか?」と不安になるが、確かにこの辺。倒れた棒切れにかすかに「雪倉岳…」とあるのを見て、やっと納得。ここまでで、行程の半分。先を思うと、ため息が出る。縦走はいつも疲れる。

いよいよここから600mの下りになる。登山靴の紐を絞め直し、気合いを入れて下り始める。最初は快調。石がガレていて歩きづらい。だんだん靴先に親指と中指が当たり始め、痛い。以前の履き慣れた革靴ではこういうことはなかったが、足首の良く締まらない軽登山靴の弱点がここにきて出てきた。左足先が特に痛い。ゆっくり下るが、痛みは増すばかり。「多分、内出血しているな。」と思いながら、長い長い下りをおりていく。燕岩の下を通過する頃は、もう諦めた。

この後、少し平らな小桜ケ原という赤男山を左に巻いた所にある湿原に出た時には、救われた気がした。今回の縦走でも最も気に入った場所で、木道で湿原をたどる尾瀬のような雰囲気を感じさせ、水芭蕉まで咲いていた。ゆっくりしたいが、先はまだ長い。木道の広い場所で昼食をとる。腹が落ち着いたところで湿原を後にし、白馬水平道と朝日岳の分岐へ向かう。山に来る数日前に朝日小屋に電話をし、水平道のようすを聞いたら、「なんとかみなさん通っていますよ。」と話してくれたので、この分岐に着いた時には、9割方水平道に決めていた。ただ、ここに来る途中の道で単独行の人が、「道がだいぶ荒れているというので、自分は朝日岳を登り返すコースを通ってきた。」というのを聞いて少し気にはなっていた。しかし、早朝からの行動の疲れと予定よりかなり遅れているのを考えると、コースは決まったも同然。何と言ったって”水平道”の魅力的な響きに耐えられる訳がない。分岐に着くと水平道を示す標識に従い、左のコースをとり歩き出す。その後まもなく、せっかく部費で買ったイタリア製の靴もゴアテックスのスパッツもここでは通用しないことを思い知らされた。疲れ、焦り、悪戦 苦闘。雨も降り出し、いつ着くのか朝日小屋。こんな中で、今夜の宿は自然に小屋泊まりに決まっていた。いい加減グチも出尽くし、しかたなく傘を出して歩き始めて間もなく、道が急に広くなりだし標識が見えてきた。小屋が近い。今日は、雨の中の炊事もないと思うと、気分も楽になる。3時20分全員無事に小屋へ入る。

小屋の中は本当に別天地。何と言っても食事の声が掛かるのを待ちながら、缶ビールを飲んだりウイスキーなどをのんびりやったりすることができる。他のパーテイーも好きな飲物でワイワイやっている。一つだけやけに気合いの入ったパーテイーがあり、「社会党がどうのこうの…。」とやっていた。食事もうまかった。山小屋は本当にありがたい。
 電話をするため玄関の所に行き、ちょっと外のテント場を見ると、ものすごい雨の中、食事の支度も大変なようす。今夜は、小屋が正解であった。ふっくらしたフトンで今夜はゆっくり寝よう。それにしても、足のあちこちが痛む。
明日が心配。

◆ ◆
8/6
早朝5時からの朝食に合わせ、4時半頃に起きる。質素ながら十分すぎる朝食。外は雨が降り続いており、これから行動を開始するのは気が重い。トイレもしっかり2度行き、完璧な備え。6時ちょうど小屋の前で記念撮影をした後、朝日岳の頂上目指し出発。ジグザグ道をゆっくりゆっくり足を前に出す。雨具を着ているので暑くなるが、この雨では仕方がない。小一時間も登った頃、平らな頂上に着いた。雨にしては視界があり、旭岳から清水岳・猫又山などがはっきり見える。「あ〜あ、後は下るだけか。」とこの時はホットした(後で大きな思い違いであることを例によってしるのだが…)気分になる。頂上より少し下った所で栂海新道と分かれる地点が、日本海や周囲の山々を見渡せる最後の場所だ。一本つけると本格的な下りに入る。昨日、雪倉岳の下りで痛めた足の指先が少しずつ痛み始める。小さな雪田を横切ったり、ドロンコ道をこわごわしながら下ってゆくと、いつの間にか雨が小止みになって青空が少しずつ見えてきた。はるか遠くに今日の宿泊場所の蓮華温泉が。それにしても遠い。地形を見ると、一旦、沢すじまで下降しそこからまた登り返さねばならぬようだ。簡単には楽をさせて くれぬ山が、恨めしい。「まあ、仕方がない。どっちにしろ、そのうち着くだろうから歩くだけだ。」と諦め、足を進める。木道の続く広い白高地という所も、痛い足にはつらい。急な木道はスベリ台と化し、返って危険。と、言ってその側は粘土質のドロンコ。どっちもどっちだ。頭にきて、どこでも構わず歩く。天気は回復し、雪倉岳がきれいだ。泣き言、グチをこぼしながらぐんぐん下る。が、なかなか沢に到達しない。川音が少しずつ大きくなり、近づいて来たなと感じたらひょいっと川原に出た。靴を洗い、ここで昼食をとる。

一息ついて、梯子のついた仮橋を渡りまた歩き始める。この辺から蓮華温泉の方から登ってくる人にぼちぼち会う。時間をみると、もうかなりの時間だから、やはり蓮華までは結構かかるんだなと判断する。そうこうする内に次の橋が現れ、これは釣り橋のしっかりしたもの。地図で見るとこれが瀬戸川というらしい。ここから、また登りが始まり、今度はいよいよ蓮華に向けての最後のフィニッシュだ。もう体力は使い果たし、ただ気力あるのみ。すでにコースタイムに記された時間はとっくに過ぎてる。「ビール、温泉、ビール、温泉。」と心の中で繰り返し、ウダウダ登る。道は滑る。それでも登る。兵馬の平に着く。湿原だ。周囲を木道に従い歩いていく。また、登り。ここから1時間と地図にある。半分だけ信じてゆっくり進む。今度は、本当のようだ。

1時間たった頃、人の声が何となく多くなって来た。目の前にキャンプ場らしい建物が見え、そして広い自動車道に出た。ついに着いた!本当に疲れた。車道を少し歩いていくと念願の蓮華温泉ロッジが近づいて来た。

後は、ビールと温泉があるだけだ。これより後はもう書く必要はあるまい。93年の夏山は、天候不順の中、計画通りこうして終わった。こうして、山行の後をもう一度たどってみて、気持ちの上でも夏山が終わった。

【反省】
山路さんとも話したが、我が山岳会の年齢構成と体力から考えて、今回の山行は限界に近いものだったと思う。自分自身の準備をふりかえっても、かなり厳しくなってきたな、という気がする。今回の山行にあたって、週に最低3回の30分走(約5Km)と腕立て・腹筋・背筋、各30回(出きる限り毎日)それに、5月からは晴天の日は自転車で片道50分の通勤。これをこなしてきた(苦しいときも多かった)。それでも、山に行けばやはり年齢を感じるときがたびたびであった。こんな訳で、来年度からは夏山行のとき、テントだけでなく山小屋もあらかじめ予定の中に入れて計画を立てていこうと考えている。
そのためにも、会員一人一人に毎月の積立を実行してもらい、急な出費で苦しむことのないように、お願いしておきたい。1993.11.30


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