Home Pageへ

94年度 夏山 山行記


20年ぶりの朝日連峰は…

〜これからの山をどうするか?〜


◆計画の段階では
人の記憶とは(こう言っては失礼に当たる人もいるから、自分自身に限ってみても)、まことに頼りないものだとつくづく感ずる。今回の朝日行きを山路さんから言われたとき、学生時代に2回ほど行ったことがあったので、「まあ飯豊ほどではないし、3泊取れば何とかなるか…」と少し軽く考えてしまった。しかし、計画を立てている内に、山がだんだん遠く感じるようになって来た。山形までは新幹線も出来たので3時間ほどで行けるが、それから取り付き口までのアプローチまでが不便で、バスを利用するとなると時間的にかなり制約されそうな気配がでてきたのだ。雑誌の『山と渓谷』を参考にしたり、山と渓谷社の『東北の山』などを調べてコースを作ってみるが、主稜を2〜3泊で、しかもアプローチが短くテントなしでも安全に行動できるようなものがなかなかできず、授業の空き時間や家での夕食後にいろいろ検討してみたが、完成したのは出発間際になってしまった。
計画(予定)と実際が違うのは、終わってみると歴然とする。「まあ、計画というものはそんなもんだ」と居直る気持ちと、「あの辺をもう少し工夫しておけば良かったかな」などと自分の工夫のなさを後悔もする。昨年、今年と計画の段階と実際のようすがかなり違うと感じたのは自分だけではないだろう。

昨年の教訓が余り生かせなかったと言っていいだろう。山は成功したが、参加者に辛い思いをさせたのでは、何にもならない。

山でのようすは何人かの人が書いてくれると思うので、私はこれからの山行計画の立て方、食事計画、持ち物等について具体的に感じているところを述べてみたいと思う。

◆山の計画の立て方について

昨年、今年と計画を省みて痛切に感じることがある。我々の歩く速さだ。計画を立てるときは、コースタイムの1。5倍位を目安に時間を計算しているが、これもだんだん厳しくなってきたことだ。

食事計画(今回は2泊が自炊だった)にも湯上さんの発想なども参考にやはり改善が必要だろう。少し具体的に考えてみたい。

(1)1日の行程をどのようにするか。
今回の山行でもそうだが、平均すると大体20分歩いて5〜10分休むのが基本のペースである。もう、若いときのように50分で一本つけるということは、考えられない。となると、地図で1時間の行程はほぼ1時間30分かかることになる。実際には、自分の歩き方をみても、登りになると相当速さが落ちるし、この割合よりもう少し時間がかかるようだ。
朝5時に行動を開始するとして、1日の行程はせいぜい12時までである。行動時間7時間の内、大休止1時間と小休止合計2時間を差引きすると、正味4時間が実際の行程となる。そんな訳で、行程を組む上で次のような原則を提案しておきたい。

(a)1日のコースタイムの合計は、地図のコースタイムが正確だとして、最大4時間ま でとする。

(b)1日の行動は、遅くとも12時までとする。

(c)地図のコースタイムには、休み時間や食事時間などは含まれていないことを承知し 、出来るだけ確実(現地の山小屋などに前もって確認しておくと良い)な情報に基 づき計画を練る。

 こういう原則を決めても、実際は幅があるのは言うまでもない。今回の山行でも、日暮沢小屋〜竜門小屋のコースの判断は計画より正確だった。ついでに、竜門小屋から大朝日小屋までノンビリ1日の行程にし(この夏は大朝日では、水場の問題があったが…)、最終日を大朝日〜朝日鉱泉とすればだいぶ負担が違ったのではないかと思う。臨機応変の判断は実に大切であるが、そのツケは、やはり、どこかで払うことになるのは自然の流れか。 
(2)食事・食糧計画について

お粗末ながら、今回の食事計画は昨年のものと全く同じだ。もし、湯上さんが参加してくれなかったら本当に味気ないものになっていただろう。食事計画は、私の最も苦手とする部分である。一人だけの山行や完全な小屋泊りであればほとんど苦労はないが、グループでの自炊が入るとなると面倒くささが先に出て、簡単に出来るメニューに傾いてしまう。これからは、年齢も考えて野菜物(水で戻せる簡単な食品もある…)を多くしたり、各自が好みのものを別々にとる、などの新しいパターンにも目を向けて行きたいと思う。

具体的には、食事・食糧計画は行程を考える人とは別に、係の人を作り検討してもらい、計画に加えていく方法が良いのではと考える。

◆山での宿泊はどうするか。
 山によっては、今回のように小屋はあってもほとんど素泊まりで、シュラフ、食料、炊飯用具を持参しなければならないところもある。と、は言ってもテントがないだけでも随分違う。平らな板間で寝るのとゴツゴツした石の上で寝るのでは、次の日の行動に大きな差が出ることは誰でも想像がつく。できれば山小屋を有効に利用してゆくのが我々にとって必要であろう。泊数については、やはり体力を考えて、山で3泊位が上限であろう。その後1泊を温泉などに当てるというのが無理のないところか。気になるのは、小屋泊りは費用がかかるということである。それでなくても、普段打ち合わせと称して飲み会の出費の多い自分には、ボーナスの出た後とはいっても6万円前後のお金を家内に頼み込むのも、正直言って気が重いものである。

学校の親睦会でやっているような積立方式が取れれば、知らぬ間に必要な会費が集まり、山行の費用も用意できる。何とかうまい方法はないか?皆さんにもぜひ良い案があったら教えて頂きたい。

◆誰が計画をたてるか。

 計画を立てるのは、正直言ってかなりしんどい。私も随分計画を立ててきたが、修学旅行で毎年行き先が変わるのを担当した場合を想像してもらえば、自ずとわかってもらえるのではと思う。毎年、同じ地域を少しずつ辿って行くという方法をとれば、いくらかは楽かと思うが、それでは面白味に欠けてしまう。

私の場合、計画に最低1ヶ月ほどかかってしまう。最初に山の下調べ。その後、出来る限り効率よく主稜と考えられる(つまり、メインになる山々)所を少ない日数でうまく歩けるコースを考える。単独峰なら話は簡単だが、何日かの縦走ともなると、やはりメインコースの設定には頭を悩ます。

大学時代、槍穂や八ケ岳、谷川、越後三山など単独でよく通ったときには、計画など立てず気楽に歩けるだけ歩く。眠くなったら雨でも降らなければ岩影あたりでシュラフを広げ、満天の星空を見上げながら眠ってしまう。実に無茶だが今思うとあれはあれで気楽な山であった。

でも、今は体力的にも精神的にもそんな山行は危なくてできない。それに、いくら山は好きだと言っても山で危険な目に会うのはやっぱりゴメンだ。
修行の為に登る訳ではない。みんなと楽しく登りたいし、最後は全員が安全にしかも登ってよかったなあ…と素直に思えるようにしたい。そうなると、計画は出来る限りしっかりしたものを作って山行に出るのが良い。

そんな点から見ると、今回の山行は確かに全員無事に下山はできたが、竜門小屋から一気に朝日鉱泉までというのは、私の計画のミスであった。下山の時、足を痛めたりするのは、本当はいけないのだと思う。この教訓を次回の山行からは生かしていきたい。(と、毎年言っているがなかなか実行できないでいる)

計画を一人の人間が完璧につくるのは困難だ。何回かみんなで相談し、いろんな意見を出し合い、過去の経験も加味して練り上げ、それを一人がまとめあげる(それを順番で担当してもらう)のがこれからの年代にあった山行を進める上でbetterな方法ではないかと考える。

今、山の雑誌や新聞等で山のツアーが多くの人気を集め、中高年の人たち(われわれもこの仲間か?)が数多く山に入るようになった。ガイドが付き、いかにも安全そうに見えるが、自分の狭い経験から考えて、ガイドがどんなに優秀な人でも何とか面倒みれるのはせいぜい2人までとはっきり言える。それに、下界の観光のような気分で「連れていってもらう」式のもので、まだ大きな事故が出ていないのは多分幸運が続いているせいなのだろう。

結論が遅くなってしまったが、計画を練り上げ作り上げてゆくのは山岳会全員の大切な楽しみであり、それが山でのより充実した生活を生み出してくれるもとになると信じている。下山後の温泉と、そして腹に滲みいるビールの味が一段と思い出深いものになるのではないだろうか。

◆と、ここまで書いて

 今年は8/4という早い時期に帰省したので、忘れない内に山の記録を書いておこうと、田舎にパソコンを持って行った。そして、実家でチビチビ書いてはいたが、何せ今年のこの暑さ。一向に頭が動かず、途中で原稿をうっちゃっておいた。田舎から戻ると(8/21)、案の定、山路さんの子細漏らさぬ山行記が届いていた(昨年もそうであったが…)。山でのようすは、まさにそこで述べられている通りで、私は実に悲惨な体験をした。鎌田さんからは悲痛の叫び声が聞こえてきた(これには、上で述べたような、計画上のミスが少しは影響していると思えて心を痛めている)。山路さんの書いている内容を読めば、私が思いつくままに書いてきたこととほとんど一致するように思う。確かに、この山岳会も精神的、肉体的に大きな転換点に来たというのが実感である。

 これからも、出来れば歩けなくなるまで山には登り続けたい。そのためには常識的ではあるが、年齢にあった登山の方法を考え実行していくのが地に足を付けた行き方かな、と考える。トレーニング法も自分に合った無理のない持続できるものはないか、今あれこれ思案している。

「考えるより実行だ!」

の声も聞こえてくるようだが、三日坊主になりがちな自分の性格を省みると何か目の前にぶら下げたニンジンがないとだめかも知れない。身体が衰えてくるのを止めることはできない。できることは、せいぜい衰えの速度をゆっくりしたものにうまくもっていくことだろう。ともあれ、今年も何とか登れたが、来年(すでに北海道の大雪に決まってしまった)も元気に山に行けるようせいぜい少しのトレーニングを励行し、時には丹沢あたりをぶらついてみようと考えている。

先日、押入の中を整理していたら、学生時代に南アルプスを17日かけて全山縦走した時のアルバムが出てきた。カラーの色も変色し”時の流れ”を嫌でも感じさせられた。あの頂にまた立てるだろうか…。朝日連峰にも学生時代以来20年ぶりに行けたのだから…と自分を元気づけるこの頃である。 1994.8.23

前のページへ ■次のページへ ■Home Page