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96年度 夏山山行記


念願の常念岳に登る


■■常念岳へのあこがれ

常念岳。それはぼくにとっては特別な「山」であった。

さきほど無事自宅に帰宅して、ようやくこの「常念岳」に一区切りをつけた気がしてきた。早速この気持ちの高ぶりのある内にパソコンに向かい、山で感じたこと・体験したこと・次の山行で改善したいこと等を気ままに書き記しておこうと思う。

我が家の狭い居間に一枚の油絵がある。山岳会の松田さんが描いた絵だ。ぼくが彼から預かっている(?)もので、そこには蝶ヶ岳から見た朝焼けの常念岳が見事に描かれている。ぼくが結婚して出た下宿の部屋に松田さんが入り、その部屋を訪ねたとき目にしたのがこの絵だった。

多少酔っていたと思うが、その絵に「空の色はもっと違う」等々素人が知りもしないのにいろいろ難癖を付け、彼が「こんな色かな?」と少しずつ色を加えていってできあがったのが、この絵である。ぼくが強引に預かってしまい、今に至っている。朝に夕に10数年眺め続けている大切な絵である。そこに描かれている常念岳は、ぼくが始めて槍ヶ岳に一人で登ったとき見た、あの朝焼けの様子を彷彿と思い出させる。

一度は必ず登ろうと自分に誓った山である。

■計画を立てる

機会はなかなか巡って来なかった。昨年の夏は北海道で、かなりの出費を余儀なくされた。それで、今年は一息入れる意味でも近間でいこうという雰囲気ができていたので、「蝶ヶ岳〜常念岳〜燕岳」のコースを提案してみた。ぼくの提案は以外にすんなりと通り、ぼくが計画を立てることになった。しかし、いざ計画を具体的に立てていく段階になると、日程や行程など簡単には決まらなくて本屋で山の雑誌をみたり、過去の自分の山行を思い出したりして検討していった。そして、ようやく概要が決まったのが「長後」での会合の直前。雑誌「別冊岳人'96の夏山」に予定しているコースに似た行程が載っていたので、それを多少アレンジしてみてひとまず計画を作ってみた。無理なく縦走できるように、1日の行程を短くしてみた。そのため通常の行程より1日長くなった。最後は"温泉で"というのははずせなかったので、中房温泉を一応チェックしておいた。

■山小屋

今回の山行の宿泊については、山小屋利用を予定したが、どうしても初日の徳沢で小屋の予約が取れず、結局テント泊となったため指原さんには重いテントを担いでもらうことになってしまった。申し訳ないことをした。荷物を少なくすることは、この数年何度となく話題になっているが、テント泊が入るとどうしても荷物量が増えてしまう。ただ、完全に山小屋利用に徹底できないことがある(山域にもよるから)ので、これからもテント泊があるときはやむを得ないだろう。

山小屋は時期が時期だけにだいぶ混んでいたのは仕方ない。下界で考えれば食事や寝床など8500円という値段から民宿並の待遇を期待したいところだが、どっこいそこは山。蝶ヶ岳ヒュッテ・常念小屋・燕山荘ともいずれも立派なものだった。返って山小屋で生ビールを飲んだり、平らな布団で寝れたり、若いとき「一度で良いから山小屋でゆっくり休んでみたいなぁ」とあこがれていた自分にとって、今回はこのリッチな気分を味わえた最高の山行であった。山でできる贅沢の最高峰は「水」と言いたいところだが、この歳になるとやっぱり「喉が痛くなるほどに冷えたビール、それもジョッキで飲む本生ビール」である。まさかと思ったが、今回その夢が実現してしまった。"自然派の人"にはほんの少し後ろめたさを感じないではないが、これくらいは許して欲しい。

はたして山小屋はどのレベルまで変わっていくのか?ぼくはケチをつけることなく見届けたいと思っている。

■体力と気力

毎回のことながら、自分の所持品を見直してみるとまだまだ無駄な物が実に多い。多分今回の場合も半分は無用の物があった。自分の体重の増加を加味すると足に掛かる負担は相当なものであったろう。自分の健康のチェックも大切だが、「山でみんなに迷惑をかけない」体力と気力はそれ以上に重要だ。計画を立てている段階から、ぼくは自分のことが一番不安であった。特に「足と心肺」。車通勤ですっかり脚力も落ちており、しかもタバコで心肺機能の方も心配。これでは、初日から辛いだろうなぁと口には出せないが、心配であった。何とか稜線まで登り切れば、後のアップダウンは大丈夫かなと楽観していたが、現実はいつも厳しい。常念の登りと燕への登りではへばりそうになってしまった。この反省を今後にどう生かすか?目下思案中である。

精神的な問題についてはいつも同じである。慢性的な"うつ状態"にある自分にとって、「山でみんなに迷惑をかけない」を励行するくらいしかできないのが現状。ゆっくりでも歩いていれば必ず着く、と思っているので、マイペースを心がけている。歩けなくなっても山では誰も荷物やぼくの身体を代わってくれる人はいないのだから、これは当然である。それにしても、本当はかなり迷惑をかけているのだろうが、自分のペースで登らせてもらっているせいか、毎回楽しく山に登れているのは皆さんのおかげと正直感謝している。

■山でのトイレ

昨日(9/8)、山路さんから今回の山行記録が送られてきた。早速読ませてもらった。いつもながら詳細な記録と観察で、読んでる内に笑いが出てしまうこともしばしば。
「そういえば、こんな事もあったな…」とつい一ヶ月ほど前のことなのに忘れてしまっていることを思い出させてくれる。その文章の中に、恒例のようにぼくの「雉撃ち(山でのトイレ)」のことが数カ所でてくる。これは今に始まったことではないので、皆さんには百も承知と思う。がしかし、自分でも苦労していることでもあり、少し私見を述べたい。

ぼくは(親の遺伝だと思うのだが)小さい頃から身体的なことに異常に敏感だった。特に、「トイレ問題」はそれ以来、自分にとっては大きな人生の課題となってしまった。朝はしっかり出してからでないと、どうも気になってしまう気質がしっかりできてしまったのだ。日常的にそうだから、朝は早起きし落ち着いて出すことを心がけている。        

そんな訳で、山に行っても別に事情が変わる訳ではない。気圧の関係や食事の内容で影響されるが、「朝はしっかり出す」が原則なので「もし、出ない」ということがあれば、いつ出てもいいように備える。ポケットには必ずティッシュ。催しそうになったら、周囲四方八方をよく確認し、身を隠せて安全な体勢で事を処理できそうな場所を予め目星をつけて歩く。一緒に歩く仲間のことを気にしたりするのは必要ない。

「雉撃ち3分。腹痛1日」

ほんの少しの時間、仲間には迷惑をかけるが、我慢して腹痛でも起こしたらもっと大きな迷惑をかける。歩きながらも、適切な場所をチェックすることを忘れてはいけない。そして、機が熟し適切と思われる場所が見つかったら、仲間に「ちょっとタンマ。トイレに行く」と軽く声をかけ、敏速に行動に移る。このとき、長い経験から自信をもって言えることだが、「山では人の雉撃ちを気にしている人はいない」ということだ。
目に入らないと言った方がいいかもしれない。山を上り下りしているとき、そんなことを気にしている余裕はないだろう。だから、その体勢に入れば安心してしっかり出すことにしている。ちなみに、今回の山行では2度ほど危険な状態になったが、心構えが良かったせいか、無事乗り切ることができた。特に、燕岳の頂上直下での早朝の「大雉撃ち」は、自分でも驚くくらいに見事で、思い出深いものとなった。

それにしても、最近は山も山小屋あたりでしか雉撃ちをできないような雰囲気になってしまい気になっている。果たして人間の排泄物がそんなに山の自然に影響があるのだろうか? ここでも、登山人口の増加という量の問題があるのだろう。自然の樹木に囲まれ、あるいは岩の間に身をふせ、景色を眺めながらの「自然の行動」が疎まれるようになってきたのには何か大切なものを失うようで、残念でならない。

■自分にとっての山

今回で上飯田山岳会の夏山山行も19回目になる。山路さんの作ってくれた山行記録表によれば、ぼくが参加したのは17回である。
途中で参加人数も減り、もう山岳会を解散した方がいいのでは?と真剣に悩んだこともある。ぼくが都合で参加できなかった夏は、湯上さんや松田さんたちがつないでくれ何とか19年目の夏を終えることができた。

来年は20年目である。本当によく続いたと思う。ぼく個人の人生にとっても、山岳会の年月は教職に就いてからの人生とぴったり重なっている。自分の人生の半分以上を「山」と関わりをもって生きてきたことになる。

ふと、なんで山なんかに登っているのかなぁと思うことがある。当然山に登っているときには(苦しい登りなどではいつも)思うことだが、そういう疑問ではなく、山に登ることを自分はどうして止めないのか?
という素朴な疑問である。大学の頃は、いろんな山の頂上に立ち、地図に登った印を赤く入れるのが楽しみだった。雲が沸き立ち、次々に姿を変えていくのを見ながら登るのが好きだった。残念ながら、高山植物や山に住む動物にはそれほど興味もなく、登ることそのものが面白かったように思う。だから、独りでも平気で(むしろその方が早く登れるので)登りに行ったし、その方が気も楽だった。

今はどうか?独りで登ることはほとんどない。むしろ、何か寂しくて不安もある。ぼくの中の「山」が完全に変わってしまったような気がする。山そのものはそんなに短い時間で大きく変わりはしない。でも、山に対する人間の気持ちはほどなく変わる。変わりながらも登り続けることがある。どうしてだろう?ぼくは、「仲間」だと思う。
仲間がぼくを山に登り続けさせているのだ、と思う。山岳会を解散することもなく続けているのも同じ理由だろう。もう、みんな職場もバラバラになり、月に一度も会うことも少ないこの頃だが、それでも何か不思議と山岳会の集会(飲み会)がいつも楽しみなのだ。

ぼくにとっての山=仲間と楽しく飲める自然の酒場

というのが、どうもぼくの本音のような気がする。

■山を登り終えて

今年も無事夏山を登り終えて、そして今こうしてパソコンに向かっていると、この夏も大きなイベントが終わってしまったようで、何か物寂しさを感ずる。よく「祭りのあと」と言うことがあるが、成就感と喪失感でちょっとしたエアーポケットに落ち込んでしまったようだ。

毎年言っていることだが、以前のように秋にもどこか山に行きたい気持ちもある。だが、休みもゆっくり取れない日程でせわしなく出かけるほどの気力は今の自分にはない。ぼくの日常を振り返っても、山のことを考える以上にいろんな興味(パソコン・通信・インターネット・科学・思想・etc)や仕事さらに遊びで、忙しい日々になってしまっている。何とか自分でももっと整理して、落ち着いた生活を送らねばと反省はしているもののさっぱり実が上がっていないのが現状。

こんな状態では今年も秋山行は無理なような気がする。たとえ山は無理だとしても恒例の「芋煮会」は例年通り実施したいと思っている。

それと、この夏山山行記の編集は自分でも楽しんでやっているので、暮れの忘年会ではみんなに渡せるよう気合いを入れて行くつもりだ。

何かを書くというのは結構しんどくて、全くの雑文になってしまった。山にかこつけての自己満足に終わってしまった感がする。だが、そんなに深刻に考えて登っている訳でもないので、このような文も記録しておけば何かの思い出にはなるだろうと気ままに書いてみた。

いい思い出をいつまでも胸に… 1996.9.12

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