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天城山に登る


天城山からの秀峰富士

2000/12/8 伊豆・天城山(万三郎岳1406m)より富士を望む

 2000年12月8日(金)に天城山を登りに行った。メンバーは山岳会の山路さん・指原さん・鎌田さん、そしてぼくの4名である。7:52横浜発のJR東海道線の普通列車で伊豆の伊東まで向かった。横浜駅のホームでメンバーと出会えず焦っていたら、電車がくる10分ほど前にようやく合流できた。この日は、ぼくの勤務校では期末テスト4日目であったが、たまにはゆっくり休ませてもらってもいいだろうと、朝から年休を取っての出発である。

 電車が来る直前にはしっかり飲み物を購入して、準備をばっちり整えた。電車が来て本当に20年ぶり(結婚したときに初めて乗った)の”グリ―ン車”に乗り込んだ。これは正解だった。ほかの車両はかなりの混み具合で、これから始まる「宴会」には不適当だったので、伊東までのグリーン料金¥900はそれほど高いとはおもえなかった。なんと言っても座ってのんびり行けるのはありがたい。乗り込むとすぐにシートを対面にして、買い込んで来た「ビール・日本酒・つまみ」をメンバーに配り、電車が発車すると同時に「乾杯!」。きょうの山行の成功を祈念する。それにしても、時間はまだ朝の8:00前である。ほんの少しの後ろめたさを感じながらも、始まってしまえばもうどうしようもない。天気は快晴、足の調子さえ問題なければ、気持ちのいい山行になるだろう。山を下りれば、そのあとは伊東の温泉民宿での山岳会恒例の忘年会が予定されている。なんのことはない、天城山登山は忘年会とセットで計画したものなのである。計画は、毎年「忘年会」の計画を立ててくれている山路さんが担当してくれた。忙しい中で大変だったはずであるが、そんなことは全く口にしないのが山路さんらしい。

 この「天城山登山」の言い出しっぺはぼくである。毎年、年末には山岳会の忘年会を湯河原周辺でおこなっていたが、毎年では当然飽きがくる。どこかの山を登ってから、忘年会をするのも悪くはないのでは?と考え、日本百名山の中で行く機会がなかなか巡ってこない「天城山」に目をつけた次第。ただし、計画のほうは山路さんにまかせてしまい、全く無責任なことをしてしまった。山路さんの計画をみて、「天城山って伊東から登るんだ…」と始めて知るいいかげんさである。天城山という山はなくて、「万二郎岳・万三郎岳」という2つのピークを総称して「天城山」と呼んでいるのだ。標高は万二郎が1320mほどで、万三郎岳のほうが1406mである。初冬ともなると、霜柱も下りて山道がベトベトになってなければいいのだが…などと心配はしていたが、とにもかくにも現地に行ってみないとようすはわからない。

 電車の中でいい気分になって、少しはしゃぎすぎた感もあったが、時の経つのは早くて10時前には伊東駅に到着した。すぐにタクシーに乗って登り口のある天城山ゴルフ場へ向かう。メンバーが4名だったため、ちょうど都合もよくタクシーに乗れた。35分ほどでゴルフ場のセンターハウスの前に到着。料金は\6500ほどであった。ここから2分ほど下ったところに天城山の登山口がある。

 10:50ごろに登山口で、同じ山に登るらしいオバさんたちに登る前の元気な姿(?)を撮ってもらい、そのまま登りにかかる。といっても、しばらくはゆるい下りがつづき、ちょっと嫌な気分。帰りも同じ道をもどってくる予定なので、そのときにはこの道は逆に登りになるのだ。疲れてもどって来て最後にまた登りではかなわない。でも、これも「グチ」である。山に登るとはこういうことであることなど、もう本能になるくらいわかっているのだ。しかし、こういうグチをいいながらもこうして登りつづけている自分がよくわからない。これは登る山が1000mでも2000mだろうが、さらには3000mの高峰でもそれはいつも同じことだ。

 いよいよ登りにかかるが、傾斜は比較的緩くそれほど息切れもしない。それに、天気はいいものの12月である。気温は低いので汗も噴出してこない。これは助かる。夏場では、汗っかきのぼくはいつも登り出すと汗がすぐに噴出してくるからだ。最初のピークである万二郎岳まではおよそ1時間の行程である。きょうの先頭は山路さんなので、ペースは速い。ぼくは2番手につけている。おもしろいことに、傾斜が緩いときにはみんなの会話もはずむのだが、傾斜がきつくなるとこれがピタッと止まる。これを何度か繰り返しているうちに万二郎岳が近づいてきた。遠くから見ているときはピークらしく見えたが、実際に着いてみるとほとんど視界のきかないピークであった。標識があるからわかるが、何も書いてなければ知らずに通り過ぎてしまいそうである。ここまでくると、相模湾から吹き上げてくる風が冷たく、休んでいると身体が冷え切ってしまう。休憩もそこそこに主峰である万三郎岳へと稜線をたどってゆく。

 万二郎岳からはまたしても一旦かなりの下りとなる。木々の間から北西方向に富士山が鋭く天をついている。ここからの富士山は横浜などから眺める富士とはちがって裾野から急激に角度を増すようにみえて形が鋭い。今年は九合目以上に少し雪が見えるだけで暖冬の影響かななどとみんなで話していた。稜線は小刻みなアップダウンを繰り返しながら少しずつ高度を上げてゆくようだ。万二郎岳から万三郎岳までは2.2kmと標識にあったから、時間にすればおおよそ1時間ほどだろう。途中で昼食を取る計画になっていたので、どこかいい場所がないか、探し探し歩くが、風除けになる場所は陽射しがあたらないというジレンマが生じてなかなか場所が決まらない。そうこうしているうちに「まあこの程度ならいいか」という場所が見つかったので、そこで昼食をとることにした。ぼくは、横浜駅で購入した「崎陽軒のシュウマイ弁当」である。おにぎりを購入する予定でいたが、電車の時間にやっと間に合ったという状態であったため、駅のホームにある崎陽軒の売店に駆け込み購入した。口の中が乾燥しているときには、この弁当はちょっと食べられない、というのが途中まで食べての感想だ。少し残してしまったが、何とか腹も落ち着いてきた。あと20分も歩けば、万三郎岳につけるだろう。さて…、と腰をあげる。

 山路さんの素早いピッチがはじまった。距離を開けられないようにぼくも短い足のピッチをあげる。きょうは、まだ太ももの痛みも出てないが、油断はできない。そうこうしているうちに、大きなピークが見えてきた。稜線からすくっと盛り上がっている。まず、これが万三郎岳にちがいない。少し休憩して、すぐに登りにかかる。登りがけっこうきつい。登りにかかったときに、左の太ももがピクッとしたのが気にかかる。登りの途中でこれがとうとう痛みになってでてきた。しかし、ピークはもう少しだと確信したので、何としてもここで足を止めるわけにはいかない。歩幅を小さくして右足に体重をかけるようにしてゆっくり登ることにした。次第に傾斜が緩やかになり、前方が開けてきた。ようやく、万三郎岳の頂上である。ガイドブックでは視界はきかない、と書いてあったが12月という季節のせいか、木々の葉がきれいに落ちてしまっており、相模湾・富士山などがきれいに眺め通せた。富士の裾野はうすぼんやりと霞がかかり、頂上だけがやけにはっきりしていたのが印象に残った。頂上で、帰りのコースを検討したが、ダイレクトにゴルフ場まで下りるコースは、「工事関係者以外、立ち入り禁止」と表示されており、もう選択の余地は残されていなかった。

 帰りはさきほど登ってきた道を逆にもどることになった。このパタンは好きではないのだが、実際にもどってみると、登ってくるときには気づかなかった風景などを堪能できていつの間にか足の痛みも忘れてしまい、「これもなかなか悪くはない」と思い直した次第。このコースを当日登っていたのは3パーティーほどでほとんどひと気のない静かな山旅であった。往復4時間ほどで登り口までもどり、そこで予約しておいた帰りのタクシーをみんなで雑談しながら待った。今夜の宿では、登山には参加できなかったが、湯上さんも合流して恒例の忘年会だ。今年は2000年のミレニアムにふさわしく、充実した山登りができたことを山岳会のメンバーとともに感謝したい。

 2000/12/20(水) 09:26 冬休みを前にした空き時間に記す

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