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越後三山(魚沼駒ケ岳)


 越後三山とは新潟県の小出の近くにある標高2000mほどの3つの山の総称です。越後駒ケ岳・中ノ岳・八海山という3つの山が連山をなしているため、越後三山と呼ばれているようです。このうち「八海山」は最近では日本酒の名前で有名になっています。新潟県と福島県の境に位置しており、豪雪地帯としても知られています。深田久弥氏の『日本百名山』には越後駒ケ岳だけが「魚沼駒ケ岳」という名前で入っていますが、3つの峰がそれぞれちがった風貌をもっており、この3つの山を縦走することは、とてもすばらしい体験になるでしょう。

 私がこの山に登るようになったのは、大学に入って入った山岳会でこの山をフィールドとして取り組んでいたためです。それまでに、尾瀬の至仏山や燧ケ岳、谷川岳などには足を伸ばしていました。しかし、故郷「会津」のすぐ西側にあるこの山域には関心がなかったためか、ほとんど出向かなかったのです。山も人間関係と同じで、知り合う機会がなければ、知らぬまま終わってしまうものなのですね。

 越後三山にはじめて登ったのは、20歳の秋だったと思います。正月に厳冬期登山としてこの越後三山の縦走が計画されていたので、その下調べとコースの目印にする色テープや竹の棒などを設置するため登りに行ったと記憶しています。小出からバスで入って、「駒ノ湯」のある小屋の近くまで行き、そこから登りはじめました。紅葉も終わり、まだ少しはそのなごりの残っている尾根に取り付いて、最初に越後駒ケ岳へ、つづいて尾根伝いに中ノ岳に、さらにゴジラの背中のようなヤセ尾根のつづく八海山へと縦走したのです。駒ケ岳はどっしりとした山でこの3つの山の盟峰といってもいいでしょう。ここから中ノ岳へ稜線続きで縦走して、最後は八海山です。八海山のヤセ尾根は、昔は修験者の修行に利用されたというだけあって、全部の峰(コブ)を踏破すると相当なハードワークになります。しかし、まだ若かった当時は、それほど苦にもせずに全部登った記憶があります。「マムシ」が多いとは聞いていましたが、たしかにこの八海山のコブの間にヘビがいたのを覚えています。それが、「マムシ」だったのかは定かではありませんが…。

 はっきりと覚えているのは、八海山を下りたところに集落があり、そこからバスで浦佐に向かったことです。ここのスキー場は今では多少は名前も知られるようになったみたいですが、その当時はまだ作りかけのようで工事中でした。この町で、銭湯に入っていこうという先輩たちの言葉で、銭湯を探し入りました。しかし、着替えを持ってこなかった私は、せっかくお湯に入ってきれいにした身体をまた汗まみれの服で包むことになり、あのベトベトした嫌な肌触りを体験しました。この肌触りは今でもはっきり記憶しており、山に行くときは着替えを絶対に忘れないという私の習慣の原点になっています。

 この山は短い秋の紅葉の時期が最高にきれいで登りやすいです。ぜひ、一度は登ってみてほしい山です。

 2001/02/06(火) 08:16

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