TopPage


の谷川岳に登る


オキノ耳から眺める谷川岳(トマノ耳)

曇り空で紅葉もちょっと冴えない谷川岳(トマノ耳)山頂1963m

■紅葉の谷川岳に登る

 四半世紀ぶりに谷川岳に登ることになった。山岳会で秋に登るのも久しぶりであるが、今年は何とか時間が取れたので実施してみることになったのだ。メンバーは私と山路さん、指原さんの3名。都合で、10月の3日連休をはずしての登山である。私にとっては、谷川岳は学生時代にお世話になった山であり、本当に四半世紀もご無沙汰していた思い出の山でもある。この夏の「中央アルプス縦走」では、足を痛めてみんなに迷惑をかけてしまったので、自分の足の調子を見るのにもいい機会になった。

 2002/10/18(金)の午後、年休を取り早めに自宅にもどる。まだ、山行きの準備は何もしていなかったので、大慌てで準備に入る。今回は天神平からの登りなので、天気が悪くなければ軽装でも十分なのだが、あいにく天気は下り坂で雨の可能性も相当にあったため、雨具等の準備はしっかりした。ただし、荷物はユニクロで買ったふつうのザックに詰め込んでゆくことにした。雨具、カーディガン、着替え用下着1組、靴下予備を入れただけである。食べ物は駅辺りで仕入れるつもりで、極力荷物を少なくした。今回の山行は、特に計画も立ててなく、行く予定日も天気が悪ければ翌週に回すという、実に軽いものだった。電車の時間だけは決めてあり、上越新幹線の東京発6:40の「あさひ303号」。これは、上毛高原に止まる新幹線では一番早い電車のため、選択の余地はなかった。時間が早すぎて、私の自宅からはどうしても間に合わないため、この日は東京の蒲田に住む指原さん宅にお世話になることにしてあった。彼のところには、何かといつもお世話になってしまっており、今回も甘えることになった。

 準備がすんで、シャワーも済ますと、4:00過ぎの電車で蒲田に向かった。時間に少し余裕があったため、横浜で本屋さんに立ち寄り、2冊ほど買ってしまった。せっかく荷物を減らしたのに、どうも本になるとつい甘くなってしまう。蒲田駅には約束の6:00より20分ほど前に着いた。まもなく、山路さんと合流。定刻の6:00には指原さんとも合流して、さーてどこへ。言うまでもなく、お決まりの居酒屋コースである。まあ、「前夜祭」である。一応、指原さん宅にできる限り迷惑をかけないという建前ではあるが、こうしてちょっと集まるとすぐに飲み会になってしまう。その夜は「軽く」のつもりが焼酎1本も空けてしまうありさま。いつもよりは早く切り上げ、指原さん宅におじゃました。おとなしくしている予定であったが、ここでもまた飲んでしまった。彼の奥さんにはいつも迷惑をかけている。山路さんはきちんとケーキのお土産を買ってきているのに、私は手ぶらである。恥ずかしい…。山路さんは10:00過ぎには早々と布団に入ったが、私と指原さんはまだ飲み続け、11:30頃ようやく寝ることにした。明日は5:00には起きる予定…。

 翌19日は、4:30頃に山路さんに軽く肩をトントンとされて、目が覚めた。起きて顔を洗い、TVで天気を確認すると、北関東は曇りとのこと。東京は、今にも雨が降り出しそうな曇り空である。雨がひどくなければ登る予定なので、とにかく天気が崩れないことを願いつつ、東京駅に向かう。指原さんの息子さんがバイトしているコンビニでおにぎりとペットボトルの水とお茶を買った。東京駅でもつい弁当を買ってしまった。定刻の6:40に電車が動き出すとすぐに買い込んであったビールを飲み、おにぎりの朝食を摂った。上毛高原までは1時間15分。あっという間に着いてしまうため、かなりのピッチで飲み、食べた。7:55ちょうどに上毛高原駅に着いて、トイレに駆け込む。すっきりしたところで、駅前からタクシーに乗る予定でいたら、ちょうどバスも出るところ。しかし、バスの方はすでに立っている人もかなりいたため、最初の予定どおりタクシーに乗ることにした。バスの後ろを走っていたため、なかなか追い越せなかったが、水上辺りでようやく追い越し、谷川岳ロープウェイまで急ぐ。タクシー代7500円。一人2500円かかった。東京から上毛高原まで5450円だから、片道約8000円かかったことになる。8:30過ぎにロープウェイに着き、すぐに往復乗車券を購入して天神平までのスキー用ロープウェイに乗り込んだ。高度がぐんぐん上がり、紅葉もうつくしい。天気はくもり。多少霞がかかっているが、何とか周囲の山々も見えて、まずまずの登山日和。予想どおり北関東はまだ天気がもちそうだ。天神平まで10分くらいで上がり、ロープウェイを降りると、今度は予定外のリフトまで乗ってしまった。おかげで天神峠まで上がることになり、ちとやりすぎた。

 いよいよ、靴紐を締めなおしていよいよ谷川岳を目指しての登山開始だ。9:00ちょうどに出発。一旦少し下り、木道を歩いてゆく。先週の3連休のときは、1400人もの登山客が出たと新聞にも出ていたが、この日も登山客はけっこう多い。夏山で足を痛めていたので、8月中旬からウォーキングを強化して、毎日しっかり歩いてはいたが、その成果が試されるときがきた。体重がかなり減ったためか足は軽い。それに歩き慣れているので、足の回転もいい。曇り空で陽射しもないからか、汗もあまり出ない。いつもなら歩き始めでかなりの汗をかくのだが、きょうはそれもない。休憩を取るのがもどかしいほど快調で、あとで指原さんには「ちょっと調子に乗りすぎていたよ」と言われてしまうほどの登りである。トマノ耳(谷川岳1963m)向けての登りがはじまる。夏にはものすごい息切れであったが、息切れも出ていない。適度に休憩を入れながらどんどん高度を上げてゆく。天気が気になるが、何とか登りでは大きな崩れはなさそうに思えたので、できるだけ早く頂上に着きたかった。学生時代に何度も立った頂上であるが、これだけの時間が経っているとはじめてと同じである。頂上近くには新しく木の階段が作られていたが、これは歩きにくかった。でも、そこを登りきれば、ほどなく双耳峰の一方であるトマノ耳だ。人がきのこのように立ち尽くしている頂上が見えてきた。じっくりと味わうように頂上に近づき、10:55トマノ耳着。人が多いので、まだそれほど人が溜まっていないもう一つの頂上であるオキノ耳(谷川岳1977m)にそのまま向かうことにした。これは成功で、こちらの頂上は空いていた。11:05着。すぐに写真などを撮り、そこで昼食を摂ることにした。私は、おにぎり2個を食べ、ペットボトルの麦茶を飲んだ。きょうは、ほとんど水分を取らなかったせいか、じつにうまい麦茶だ。上越国境の山々が峰を連ね、きれいに見える。天気がもってくれたことがとても嬉しかった。風もほとんど吹いていず、身体が冷えずに助かった。しかし、20分近くも頂上にいるのはやはり寒い。懐かしい一ノ倉沢やマチガ沢を覗き込み、冬の谷川岳に散った山岳会の山仲間、山中さんと根布さんへ心の中で手を合わせた。

 身体も冷えてきたので、そろそろ下山だ。11:30オキノ耳を発ち、下山にかかる。途中、やや人ごみが途絶えたトマノ耳で写真を撮り、そのまま下山してゆく。40人近くのツアー(何でも茨城から来たとかいっていたが…)などがあり、思うようなテンポでは下ることもできず、ちょっと降りては登ってくる人を待つという繰り返し。山では登り優先という暗黙の了解が昔はあったのだが、こうも登山が大衆化してしまうとそれを知っている登山者も少なくなった。昔流に登ってくる人を待つが、どうもタイミングがよくない。それにあいさつも本当に少なくなった。登ってくる人を待っていると、右足が微妙にふるえるので、注意した。これは、筋肉のけいれんの前兆であることを夏山で思い知らされたので、本能的に右足をかばうようにした。下りの方が足への負担はかかるため、本来なら一気に駆け下りるくらいがちょうどいいのだが、長いグループが登ってくると、待ち時間が多くて、正直なところ辟易した。思いのほか時間がかかったが、もうすぐ天神平に着くという辺りで、ひょっとした調子に左足のふくらはぎが軽くつってしまった。少し立ち止まり、筋を伸ばしていると痛みがなくなってきたので、歩き出した。その後、天神平まで400mというところで、木道の段差で急に足をあげたせいか、右足全体がちょっと痙攣するような感覚を覚えた。あの足のふるえが痙攣になって出てくるところであった。また、ちょっと休んで足をマッサージしていたら、何とか歩ける状態になった。残りはわずかなので、あせらずゆっくりしたテンポで下って行った。13:30過ぎ、ようやく天神平のレストハウスに到着した。

 すぐにロープウェイで下まで降りようかと思ったが、山路さんと指原さんが「ちょっとレストハウスの中を見ていこうよ」というので、入って売店などを見て歩いた。買い物がすんだあと、生ビールで乾杯することになった。背中が汗で濡れているせいか、少しずつ冷えてきたが、ジョッキが運ばれてくると本能的に呑み助が起き上がる。山路さんは「酒のつまみ」をだいぶ持ってきていたので、ザックの中からいろいろ出てくる。ビールは山を登り終えて飲むと本当に美味い。私には、「百名山」の数に変化はないが、山路さん、指原さんにはこれでまた1つ登頂した山が増えたことになる。指原さんは谷川岳が「百名山」の1つであることを知らなかったようだ。私は同じ山を重複して登っていることが多く、このところ数は増えていない。気がつくと、外は少しずつ雨が降り始めたようで、われわれは本当にタイミング良く登ってこれたのだ。後は、いつものように「温泉」だけだ。今回はまだ時間も早いし、このまま新幹線でも利用すれば、あっという間に東京まで戻れるのだが、それでは芸がない。15:00前後そろそろ宿に入るにはいい時間になってきたので、ロープウェイに乗って下山した。
谷川岳(オキノ耳)山頂より上越国境の山々を望む

谷川岳(オキノ耳)山頂より上越国境の山々を望む。もうすぐ雪におおわれるだろう。

■旅館についての補足

 山のようすは、もう書いてしまったので終わりであるが、ロープウェイで下山して、いよいよ今夜の宿を探すことになったところから、何とも不思議なことがあったので、書いておきたい。ロープウェイの駅を出ると、タクシーの運ちゃんに聞いてみようと決めていた。そこで、止まっていたタクシーに声をかけて乗り込んだ。早速費用などを言ってあれこれやり取りをした。どうも、私が予定していた谷川温泉はかなり高いようで、少し離れた水上が無難だろうとなった。そこで、タクシーの運ちゃんに「この予算でいいところはあるの?」と聞けば、「ある」とのこと。こういうのは、当然のことながら、それぞれの運ちゃんが自分の懇意にしている旅館やホテルがあることなどは百も承知。それで、その運ちゃんにまかせてみることにした。

 JR水上駅前を通り過ぎて、もうしばらく進んで行くと、水上温泉の古い町並みの方へと入ってゆく。そうしたら、どうも見覚えのある光景になって来た。そして、な、なんと、数年前に家族旅行で来た「K旅館(営業妨害になるので秘密)」の看板が。「えー!あそこに泊まるの??」と焦る。そこは、入り口からして暗い冴えない旅館で、私が観光協会に電話をして予約して取ったのだが、すべての面で「はずれ」であった。家内にも子供たちにもずいぶんと責められものだ。まさか、そこじゃないだろうな…と不安になって来た。そして、車が少しずつスピードを落とし止まりかけたのは「K旅館」のすぐ隣の「D屋ホテル」の前。運ちゃんがどっちに行くのか、心配で見ていると、「D屋ホテル」の方へ一人で交渉に行ったときには、ホッとした。このホテルは小奇麗で、なかなか外観はいい。問題は値段と風呂と部屋と料理だ。値段は、運ちゃんが言っていたように一人12000円だった。これ以下のところは、ほとんどないとか言っていたが、探せばあるに決まっているのだが、雰囲気も良さそうなのでここに決めた。それにしても、以前泊まった宿の隣とは…。

 結果、風呂は中レベル(湯がややぬるめで、冷えた身体にはちと不満)、料理は夕食・朝食とも十分に堪能できて合格。費用対満足度は上というところで、タクシーの運ちゃんにまかせて一応正解だった。それにしても、水上温泉もこのところ、宿泊客は激減しており、苦しい台所事情だとのことであった。みんな、日帰りで帰ってしまうのだろう。上毛高原からは新幹線で東京まで1時間15分だから、もう泊まる場所ではなくなっている。交通が便利になると、こういう見返り(しっぺ返しか?)もあるのは仕方のないことかもしれない。東京に近すぎたのが裏目に出てしまったのだ。多少不便なくらいが本当はいいのかもしれない。

■夏山での痛みは癒えたか

 今年の夏山で、両足の太ももから下の筋肉を傷めてしまい、下山後もなかなか元の状態にもどらなかった。思うところあって、8/19(月)からの出勤では、車を辞めて電車通勤にした。そして、帰宅時には一駅手前で降りて、そこから自宅までは徒歩にした。時間にして40分ほどである。余程の風雨でもない限りは、雨でも傘をさして歩いている。これは、自分で決めたことなので、現在までの2ヶ月はほぼ100%守っている。「歩きで痛めた筋肉は歩いて治す」のがいいのだろう。山路さんの夏山山行記で、私への「18の提言」がアドバイスされていたが、あれを全部実行するのは無理なので、できるところだけやろうと考えた。

 実は、今回の秋の谷川岳登山は私が勝手に言い出したような形になっている。本当のところは、私の足の不調で予定どおりの日程がこなせなかったことが、みんなに対してどうにも気になっていたのだ。そこで、我が山岳会ではほとんど行っていない上越国境付近の山を紹介してみようと思い立った。時期的にもアクセス時間などを考慮して、谷川岳に決めた。それと、もう1つの大きな理由は、私自身の足の調子をみることがあった。9月の下旬にカミさんとドライブがてら乗鞍スカイラインに行った際、乗鞍岳山頂まで登ってみた。時間にして約1時間半ほどか。そのときの感触では、だいぶ足の調子も戻ってきているようだったが、まだ油断はできない。もう少し本格的に登ってみないとわからないと感じた。そこで、秋にもう1つ山に行っておきたかった。普段は、秋にわざわざ時間を作って登りたいと思うことは、もうないのだが、来年のために今回はぜひ試しておきたかったというのがそれである。

 実際に登ってみてどうだったか、というと回復度は80%というのが私自身の評価である。登りは、荷物がほとんどなかったせいもあって快適に登れたが、休憩を入れるのが不安に感じられたのは、やはり足のことが気になっていたせいだろう。天神平から頂上までの標高差は約600mで、これはふつうに登る山の半分しかないのだから、あのときのテンポで登れることはまずないだろう。スピードに捉われずに、同じペースで登ることが大切なので、その点は今後の課題である。それと下山時にすでに足の疲れが出てきて、登ってくる人を待っているときに、右足に軽い痙攣が出ていたのが気になる。案の定、天神平の近くまで下山したときに、木道にちょっと段差があり、一気に足を上げたら右足全体が痙攣寸前のところまで行ってしまった。これは、すぐに休憩を取り足全体の曲げ伸ばしとマッサージをしたら、何とか治まってくれたので助かった。今回の山行でわかったのは、登りと下りの境目あたりで足の使い方が変わったときに古傷が出やすいことだ。これは、階段登りなど日常の生活でも十分にトレーニングができるので、早速始めようと思っている。

 山での足の故障は同行している人数が多くてもどうにもならない。結果的には本人が歩くしか方法はないからだ。それに同行者にも迷惑がかかってしまう。これは思った以上に精神的なよくない。もう、十分にトレーニングを積んでいた若いときとは身体は全くちがっている。毎日の生活の中で自然にトレーニングができるように、生活の流れを意識して変えておかないと、急にはできるものではないのだ。職場での空き時間を利用して、階段登りなども組み入れて行こうと考えている。すでに、身体はすっかり弱りきっていたのだ…。今のままじゃ、退職と同時にポックリということになりかねない。もう少しは山にも登りたいし、それには鍛錬あるのみ…つらいなー。

 2002/10/25(金) 11:16

■ 前のページへ ■ 次のページへ ■ 山の思い出へ ■ TopPageへ