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2000年夏山思い出フォト
<四国:剣山〜石鎚山>


雲が少しずつ出ては来たが、朝の青空の中、四国の名峰剣山の山頂に立つ。山頂を示す標識のそばに立つのは、長年いっしょに登っている山路さんと指原さん。今回の山行で、ぼくは始めてデジカメも持っていった。そのためか、自分の写真はほとんど撮らないで、仲間の写真ばかり撮っていた。この写真を撮っているのがぼくだということで、山頂登頂の記念としたい。
それにしても、この剣山の山頂はどうなっているのでしょうかね?
剣山の山頂めざしてのんびりと歩いてくるのは、わが山岳会のお目付け役、甲地さんと鎌田さん。まるでハイキングのような雰囲気ですね。これが剣山の山頂だといわれてもすぐには信じてもらえないかもしれませんが、まさしく本当なのです。この山に関しては山の形と名前は一致していないですね。奥に見える鉄塔はアンテナと測候所の施設かな?
剣山の山頂をあとにして、下山途中にある日本百名水の一つ「剣山御神水(おしきみず)」。今年は雨が少ないためにこの清水も情けないほどしか出ていなかった。甲地さんは飲んだとか言っていたけれど、ぼくは腹を壊しそうなので遠慮した。彼は、折口信夫などを愛読する「文に生きる」人なので、この「御神水」の隣にある説明の看板をていねいにメモしていた。ぼくは、それを横目で見ながら、「写真で一発だ」とデジカメでパチリ。ぼくは「文の人」ではないよなー。
大変な目にあった「財布事件」の翌日、気分も持ち直し天気も上々。わが山岳会のメンバー6名が石鎚山へ向う前に神妙にも石鎚神社に詣でたところ。といってもそこは宿泊した宿のすぐ前。宿の女性の方がていねいにもいろんな説明をしてくれたあとに、みんなでそろってのはじめてのデジカメ撮影。向って右より3人目がぼく(大竹)です。このところ体重が増える一方で、危険である。写真でもわかるほどだから厳しいダイエットは避けられないなー。我ながら情けない。
石鎚神社の鳥居を入って少し右奥にゆくと、これから登る石鎚山がきれいに見えるところがある。説明してくれた宿の女性が教えてくれたので、さっそくそこまで行ってパチリ。今のところ雲も出ていないし、体調はともかく、登山日和にはちがいない。しかし、いつもながら、「あそこまで登るのか…、かったるいなー」としみじみおもう。「なんで山なんかに登るようになってしまったのか?」と独りブツブツ。ま、しかたない、そろそろ出発するか!
嫌々しながら登ってゆくと、行程の半分くらいのところで石鎚山が眼前にそびえ立って見えてきた。昨年の夏山で痛めた太ももが多少痛み出して来ていたが、ここまでくればグチを言ってもしかたない。天気が大きく崩れる心配はないが、雲が出てくると景観も見れないので、チンタラ先を急ぐ。このあとクサリ場が出てきたが、無理をしない程度にお付き合いをする。もう若いときのように「岩場が好きだ」とは自信をもって言えなくなってきた自分に歳を感じる。それにしても修験者の山にふさわしい山容である。さすがに百名山だな。
ようやくのこと、石鎚山の弥山(みせん)に登頂。中央の尖った岩峰がもう一つの山頂天狗岳。あちらの方が8m高い。ぼくも当然向こうの山頂を踏んでこようと予定はしていたが、チリチリとやってくる太ももの痛みを意識して、残念ながらあきらめた。別段怖いとかはおもわなかったが(これ強がり、ホントは怖い。それと足が痛い)、途中に逃げ場がないので、みんなのお荷物になっては「末代までの恥」となる。醜態を見せずに避けたというところか…。
弥山の山頂でみんなが天狗岳を登ってもどってくるのをのんびりと眺めていた。太ももをマッサージしたりでけっこう忙しかったが。みんながもどってくるところをきれいに撮りたかったが、ぼくの安いデジカメには2倍までしかズームがついていない。この写真ではかろうじて両手を挙げて万歳している指原さんとその手前に赤っぽいカッターシャツを着た山路さんが確認できるだけである。弥山から天狗岳の往復は30分ほどである。稜線の左側はスッパリと切れていて見ていて気分がいい。岩稜は決してきらいではないのだが…。
これで、今回の予定した四国の2つの名峰は無事登った。

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