なんでも/バックナンバー('99年4月〜)
4/18●迷信はメッキがはげても楽しい   5/23●三善晃のヴァイオリン協奏曲  
7/26●ブロン教授の公開レッスン   
7/27●ブロン教授の音色 by Y.
9/7●キルギスからの逃走



1999/9



9/7 キルギスからの逃走

>Piyata さん

 私はメニューインの楽譜はYAMAHAでちらっと立ち読みした程度で詳しいことは知りません。piyata さんのように採譜ができれば楽譜を買う必要がなくていいなぁと思います。

 メニューインの楽譜も買いたかったのですが、けっこう CD 一枚分ぐらいの値段だし、さすがに Mozart の#3の楽譜ばかり三冊も買いそろえるのは無意味な気がして我慢した記憶があります。

 ヴァイオリン・チャット過去ログに、曲は忘れましたがメニューインの楽譜で演奏してみた人の話がありました。それよると、非常に特殊な運指で真似のできる代物ではないとのことでした。音楽学生がチャレンジするにはあまりに個性的な運指で、絶対こんなものはやらないほうが身のためだみたいな書き方だったと思います。

 ことの是非はともかく、おそらくメニューインの運指には例外が多く、使いにくいという程度の意味だろうと思われます。

 ヴァイオリンには「例外の4指」という指使いがしばしば出てきます。「例外」のくせにしょっちゅう出てくる変なやつなのですが、これは4指、つまり小指をちょこっと伸ばして高い位置を押さえる弾き方で、その音ひとつのために弦を移ったりポジションを変えるより、ちょっと小指でズルしちゃえ、というような弾き方です。

 この逆の例外の1の指(人差し指)というのもわりと出てきて、これはひとつ低い位置をズルして押さえる方法になります。

「こんなのはやらないほうが身のためだ」とまで言われるメニューインの運指がどんなのかは想像もつきませんが、もし「例外の2指」とか「同3指」とかが次々に出てくるような指示がされていたら、かなりやりにくいでしょうね。(指は下にまっすぐ落とせばいいようにポジショニングしてるわけです。「例外」の運指はこの指を横に開くような動きです。それでヴァイオリン演奏ロボットが動きを単純にするため指を6本にしたのは有名なアイデアです)

 メニューインは演奏にムラがあったと自分でも認めているようですが、実はいろんな運弓法や運指法のコレクターだったのではないか、と私は考えています。ほとんど生涯にわたり運弓法に迷っていたという言い方もできますが、要するに迷い、いろいろ試すのが彼の趣味だったのではないでしょうか。

(メニューインがヴァイオリン音楽の原型を探す旅に出るという空想は、私をすごく楽しませます。その空想の旅はこんなふうです。ユダヤ人ヴァイオリニストはみんな、なぜか自分の音楽のバックボーンに興味を抱きます。メニューインも例外ではなく、まず彼は楽器の原型のほうからアプローチします。亀の甲羅で作られたヴァイオリン属の楽器の原産地は一般にパミール高原といわれ、メニューインはまずラヴィ・シャンカールに会います。そこでメニューインはシャンカールの音楽を「すでに知っているもの」と感じます。その理由がわからぬまま、ヴァイオリン属の楽器が伝わった経路を西へと辿ります。西アジアを経てラカトシュとバルトークがいるハンガリー。ルーマニア〜トランシルヴァニア、そしてイングランドにメニューイン・スクールを建て、アイルランド、カナダを経てステファン・グラッペリのアメリカへ。これらの地はいずれもヴァイオリン音楽の原型や、その素朴な楽曲で伴奏されたダンスのステップが残っている場所です。それらの地の様々なヴァイオリンの演奏スタイルを、メニューインはすべて自分で試したくなったかもしれません。なぜならメニューインはそれら初めて聞く異国の旋律すべてを「すでに知っているもの」と感じてしまうからです。地球を一周しアメリカへ戻り、メニューインははたと気づきます。自分がなぜ世界中の旋律をすでに知っていたのかを。ヴァイオリン音楽の原型を探す旅は、ユダヤ人にとって幸福な結末を用意していました。原型の多くはヘブライ語を話す人々の国、つまり今は失われたユダヤの国に最初からあったものだったのです。ジプシーたちは東方から楽器や旋律を運び、中央アジア付近の村々でユダヤ人音楽の影響を受けました。モルダヴィアからポーランドにかけて広まっていた音階は、現在アメリカのたぶん純正調のカントリー音楽のなかに残っているものと同じだそうです。地図を! モルダヴィアの国境は隣国ウクライナの都オデッサに接し、ハチャトリアンの故郷アルメニアもすぐそばです。ジプシーたちはユダヤ音楽の影響を東欧諸国まで運びます。ハンガリーのチャルダーシュなどもこの影響で生まれたかもしれません。ヴァイオリン音楽の原型やジグやルールというダンス・チューンは北アイルランドや北極近くのノルウェーまで伝播します。イタリアにアマティやストラディヴァリが生まれるのは、これらの出来ごとから数世紀を経たずっとずっと後のことです。ユダヤ人排斥運動は19世紀後半から活発化し、バルトークがハンガリー固有の音楽を探したときにはチャルダーシュがどこから来たのかつきとめるのが不可能でした。以上、おとぎ話終わり)

  Mozart は協奏曲を7つ書いたと言ったメニューインは、よほどモーツアルトの音楽が好きだったと思われます。やはりメニューインのカデンツァ版の楽譜はできれば手に入れ、トライしたいものです。

 Mozart の楽譜はどの程度いじれるものでしょうか? パールマンは(私はビデオで#3を持っているのですが)1楽章のカデンツァ前にひとつサム・フランコにはないターン(飾り音符)を入れています。厳密に聞けばほかにも数カ所、サム・フランコ版にないターンを入れていたはずです。パールマンはそれをもって「私の Mozart 」を披露しているわけです。

「カメレオンのしっぽ」と題した私のかつての書き込みが指摘するように、パールマンのターンは開放型で上に向け「くるりんぱっ」と開け放つのが趣味のスタイルです。私はこれを「キャデラックのテール」のようなデザインを好む趣味で、所ジョージのアメ車好きを考えれば理解しやすいセンスだと思います。カメレオンのしっぽではなくニワトリのとさかのように上に向かって開いているわけです。

 メニューインとは対照的に、運弓法にあまり迷わなかったオイストラフは、しかし Mozart の楽譜のなかでは「こんなんもありだな」という点線のスラーを多く書き込んでいます。これは「迷い」ではなく、初心者用のスラーです。

 運弓法になぜ心血を注ぐかというと「スラーはひと弓で弾く」という原則があるからのようです。

 ところがひと弓で弾ける範囲には(ピアノで10度が届かない人のように)ある程度個人差が生じます。

 多くは、左手が速く回らないために弓が足りなくなります。ヴィヴラートをかけるとさらに弓が不足します。

 点線のスラーの大半は、そんな「初心者モード」の人のための短かめのスラーです。長いスラーを二つ、ないしは三つに分割します。こんなのはピアノの初心者はやりませんよね。

  Mozart ではたぶんないと思いますが、スペイン交響曲ぐらいに複雑になってくると「スラーのかけかえ」をやる人が出てきます。曲は忘れましたが、神童時代のメニューインがエネスコだかブッシュの前でそれをやり、誉められています。

 スラーをかけかえてしまうと、アーティキュレーションが変わります。ただし Mozart は「金をくれ頼む」という手紙をあちこちに書いて、「金をくれた飲む」と飲んだくれちゃったそうなので、アーティキュレーションが変わっても「まぁいいかな」と許してくれたり誉めてくれたりする先生もいるようです。

( というのは冗談です。 Mozart の音楽はアーティキュレーションを変えれば、多くは危険な間違いにつながると思います。しかし…)

 しかしオイストラフはそのアーティキュレーションが変わらない巧妙な方法で、スラーのかけかえに踏み込みます。

 まずオーケストラ譜(ピアノ伴奏譜)最初の6小節目で、サム・フランコ版とは違うスラーのかけかえが出てきます。

 10小節目は♪♪(八分音符二つ)を前打音+四分音符に変更。上に Mozart の元の譜例を小さく書き添え、本来の姿を示します。

 これらの改編はオイストラフが考える、より Mozart らしさを強調するための改編です。オイストラフの Mozart はしばしば油絵のようにギトギトでアクが強すぎると批判されます。しかし、楽譜の改編はオーケストラ譜にまで及んでいるわけですから、アクが強すぎるのはオイストラフの個性ではなく改編された楽譜のせいです。

 八分音符二つを、前打音+四分音符に書き換えれば、下手なオケはアクセントにしてしまうかもしれません。オイストラフは#3をレニングラード・フィル、モスクワ・フィル、さらにロンドンやチェコ・フィルでもやっていて(ほとんど3番ばかりやっている)最後はBPOの指揮をします。(振り弾きというやつですね)。

 自分で改編したオーケストラ譜で指揮をしながら、自分の考える Mozart を披露するわけです。

 

 6連譜は、前打音+5連譜に。

 16分音符4つのつらなりは、前打音+八分音符+16分音符ふたつに変えられます。つまり16分音符が8個以上並ぶことは、オイストラフの楽譜ではめったに出ません。さらにスラーはひと弓で弾くという大原則も、オイストラフ版では守られず、スラー途中に弓を返す記号がつきます。 BACH の協奏曲ではこれが頻出し、長男は「これはいったいどうやって弾くのだ?」と投げ出してしまったほどです。

 それではピアノでスラーはどうやって弾くの? と私は長男に問いました。ピアノでスラーは心のなかで「すらぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!」と念力かけて弾くしかないじゃないですか。(冗談)

 スラーをひと弓で弾くのは大原則に過ぎないので、スラーの途中で弓を返しても Mozart の指定したスラーは「念力スラー」で弾かなければならない。オイストラフが和波孝禧に示した「私たちはこう弾きます」が、そのようにスラーの途中で弓を返す「運弓法」でなかったかどうか、そこが知りたいのです。私は和波孝禧の耳を信じます。

 

  Mozart #3 では、スラー途中で弓を返す場所は数カ所しか出てきません。それも決まって、16分音符4つのスラーの最後の音をアップで返す指示です。つまりオイストラフ版は、16分音符3つにたっぷり弓を使い、最後のひとつは弓先の最も圧力の弱い部分で「返したことがわからないようにそっと弓を返す」という指示になります。最後は念力スラーになるわけですね。

 しかし BACH ではこのような弓の機能的というか構造的特性さえ無視したスラー途中のアップダウンの指示がたくさん出てきます。長男が「これは弾けない」と思うほどの頻度です。

 渋谷タワーレコードでレーピンは「オイストラフはユニック…」で言葉を切りました。(通訳の方だったかもしれませんが)

 さらに「二人目のオイストラフになろうとすることは無意味」と続きます。運弓法が違えば運指もポジショニングもアーティキュレーションもイントネーションもターンもルバートもすべて違ってくるわけですから、自分の Mozart を示すのにこれほど重要な問題点を未解決にするわけにはいかないはずです。(「単にメロディが好きだから」のレーピンは謙遜しているのだと思います)

 運弓法には個人差があって当然なので、オイストラフのカデンツァで弾いたからオイストラフの楽譜で弾かなければならないということはありません。メニューインのカデンツァでも同じことです。しかしメニューインはそれらのことをすべてわかって、あるいは見越して指揮をするでしょうね。

 オイストラフの Mozart の楽譜の改編は1967年ぐらいのようです。メニューインやハイフェッツはそれより先に似たような作業をすでに終えていたかもしれません。そうだとすれば、メニューインはオイストラフのこの改編を拍手を持って迎えたことになります。レーピンの CD でメニューインはそれを承認するような気持ちになったのではないでしょうか?

 どこで弓を返すか、あるいはスラーをかけかえるかという問題は、最後は BACH の無伴奏パルティータをどう弾くかというテーマに至ると思います。私は3番のフランス式「ルール」が大好きなのですが、北アイルランドに残る「スリップ・ジグ」が後にフランスの「ルール」になったのではないかなぁとこれも空想ですが考えています。スリップするジグは八分の九拍子、パルティータ3番のルールは四分の六拍子といずれも頭でっかちの拍です。私はルールは足を空中にあげたままずっこけそうになるダンスではないかと想像しているのですが、スリップするジグがまさに「ずっこけダンス」になるような気がします。

 今回は多くを茂木健著『フィドルの本』(音楽之友社刊)によりました。



1999/4〜7


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公開レッスンにも関係されたヴァイオリンの先生 Y さんから以下のような注釈をいただきました。理解の一助とともにレッスンの励みにもさせていただきます。本当にありがとうございます。

7/27 ブロン教授の音色 by Y.

 楽器のどこかが共振するほど激しくG線にアタックをかける奏法ですが、これはブロン門下に共通した特徴のひとつです。レーピン、ヴェンゲーロフ、そして樫本大進のいずれもがこの癖を持っています。

 一般の方がお聞きになれる録音のなかでは、ロン=ティボー国際コンクールでのファイナルリサイタルのライブCDでの樫本大進の演奏に最も顕著に表れていますし、彼の実演でも曲によって極端なまでにガリガリいわせている様子がおわかりになれます。とにかく樫本大進はブロン教授の小品集CDよりもさらに上を行く激しさです。

 それにも増して一番激しかったのは少年の頃のレーピンです。ブロン先生にとってレーピンは一番の優等生だったのでしょう。

 ヴェンゲーロフはリサイタルで曲によって音色を七変化させるのですが、激しさの表現にはこのアタックを好んで使います。ちょっとやりすぎではと感じるときもあります。

 いずれにしても好みが別れるところでしょう。しかし、これは現在のコンクールでマイナスになるような性質のものではありません。

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7/26 ブロン教授の公開レッスン

 ザハール・ブロンという男を、…そう、私はひとりの「男」を感じようという心づもりで見ました。この男が、オイストラフから「将来、必ず自分を追い抜く」といわれた12歳のブーシャの、その弟子なんだな、と思わずにいられませんでした。

 ブーシャことボリス・ゴリドシュテインは今どこでどうしているのか、録音は残ってないか、それを尋ねる勇気も語学の能力も私にはありませんでした。

 みなとみらいのリハーサル室での公開レッスンを、私は長男とかみさんの3人で見にいきました。長男がブロン教授のメガネにかなうことはまずあり得ないのに、最初は「この男が…」なんて構えてしまいました。

 子どもたちの先生もブロン教授の公開レッスンを見たことがあり、他の公開レッスンに較べて、ブロン教授の指導法はとても日本人のヴァイオリン教師のやり方に近く、常識的で、わかりやすいと聞いていました。

 最初の数分で、確かにそのとおりで違和感はないなと思いました。少なくともテレビで見たドロシー・ディレイの指導スタイルとは違っていました。ディレイのほうはたぶん年齢的なこともあったのでしょうが椅子に座ったきりでしたので。

 ブロン教授は歩き回り、受講生の顔を覗き込み、学生の目の高さまで降りてくれるような教え方でした。

 私たちが見たのは4人の学生のレッスンで、こんなうまい学生たちが他に26人もいるんだなと、驚かされました。(年齢はたしか8歳から18歳ぐらいまででしたか)

 私たちが見た4人は、最初の3人が女の子で、最後のひとりが男の子でした。

 女の子は最初の人が高校生ぐらい、あとのふたりが小学校の5年生から中学生ぐらいでした。男の子は、私は共感を覚えあとで尋ねたところ中学3年生でした。

 女の子たちはものすごく早熟で、2番目の小学生らしきいちばん小さい子が、もう一人前に完成しているように見えました。私には曲名さえわからず、演奏中に弱音器をはずしたりつけたりする曲でした。

 最初の高校生らしき女の子はカルメン幻想曲だったと思います。(私はこの曲を知らないので想像ですが)長男はこのいちばん年長に見える女の子がいちばん上手だったと、言ってました。

 中3の男の子は、パガニーニのカプリースを2曲。17番などでした。

 一見、完成しているように聞こえる女の子たちの演奏も、ブロン教授に直されたり新しい指使いや弓使いに変更されると、完成度がガタガタに崩れ、下手になったように聞こえました。「今すぐ出来なくてもいいけど」と言われる場面もありました。

 うちの先生は「他の先生についたら弓や指を必ず直されるから、そのときすぐ出来なければダメだ」といつも言います。

 いちばん小さい小学生はすぐ直せるばかりか、楽譜と首っ引きで「ここにクレッシェンドがあるのに無視してよいのか」というような質問をしつこくしていました。

 通訳を通してなのでうまく伝わらない部分もあるようですが、結論として「無視してよい」という指示に、小学生は「意外だ、理解できない」という表情でしたが、それでも指示通りに、まぁかろうじて直し、弾けました。

 女の子たちはこんなふうに大胆で、「意外だ」という表情をしたり、曲想を理解しようと集中したり、とにかく曲にくらいついていく姿勢が強く、意欲的でした。

 男の子はどうしてそういうふうにならないのかなぁ、と私は疑問でした。

 最後に出てきた男の子はものすごくうまく、ブロン教授も「ヴィルトージック」という誉め方でした。(ブロン教授は最初は必ず何かひとこと誉めます)

 その後、楽譜の解釈などを直されても、女の子のように人前で悩むような表情を見せたりはしません。無表情でもなく、むしろむっとしている感じにも見えます。

 ブロン教授も、「私ならそのように解釈する」とか「その指のほうが動かしやすいはずだよ」という言い方で、決して「こうせよ」という命令調ではありません。そういう謙虚(そう)な姿勢も、日本人には違和感がない理由のようです。

 で、男と女という分け方もおかしいのですが、とりあえず男の子のほうが一般的に従順な感じで、私たちが見た男の子もむすっとしながらも従っていくという、一種マインド・コントロールを見るようでした。

 こんな言い方は受講生たちには失礼かもしれませんが、女の子たちは、とくに年齢が下がるほど、自分の将来についてなんの疑問も持っていないようにさえ見えました。男の子は(あんなにうまいのに)まだいろいろ迷いがたくさんあるように見えました。

 まぁ、最も自信に満ちていたのはだれよりもブロン教授自身でした。謙虚そうに見えても、学生と楽譜の解釈で対立しても、いつも圧倒的に自信に満ちた態度を崩しません。まぁ、当然といえば当然のことですが。

 ブロン教授の音色は、G 線にかなり激しく弓をぶつける癖があり、楽器のどこかが共振しているのを無視しています。この癖はヴェンゲーロフにもあり、「弓がどこかの線に触ってるみたい」と、2年ほど前「ヴァイオリン・チャット」に書き込みがありました。チャイコフスキーのコンチェルトでの話だったと思います。

 学生たちは4人ともそこまで激しく弓をぶつける勇気はないらしく、先生と生徒を比べれば圧倒的にブロンのほうが強烈に聞こえますが、私はこの点は「音を潰している」と指摘されそうな、楽器の限界点に至っていると思います。レッスンだから誇張したのではなく、ブロンの CD からもこの音は聞こえたように思えます。

 オイストラフもストラヴィンスキーのコンチェルトでこのような音を出しますが、むしろ非常に似ているのは息子イーゴリが、このように激しいアタックをつける点です。オイストラフ父子が非常にタイプの違う演奏家であるのは有名な話で、ハルトナックのイーゴリ評では、「 BACH のドッペルの共演でしばしば父が息子の激しく突出しすぎる性格に隣で嫌な顔をしているのを、多くの聴衆が見ることになった」(引用ではなく、かなり意訳)とあります。

 最初の6年間をゴリドシュテインに、次の5年間をイーゴリ・オイストラフに師事したザハール・ブロンは、実にこのイーゴリの教授法に似ているのだろうと推測されました。

 ブロンの教え方は実に多彩で、「今出た音が…」と虚空を見上げ、「どのように消えていくかまでを責任を持つ」という言い方も一度だけありました。

 この考え方はスタリャルスキーの「音はふたつでひとつ」の考え方に根ざしていると思うのですが、しかしブロンの教授法の性格的な部分は圧倒的にイーゴリ・オイストラフの激情に負っている感じでした。

 私が学生のとき、オイストラフの対抗馬はグリュミオでした。オイストラフ派とグリュミオ派に分かれて激しく議論したものです。

 ハルトナックは「イーゴリは父とはまったく違い、むしろグリュミオに非常に近い」と指摘します。私はそうまで強くは思いませんが、ブロンの弟子のうちヴェンゲーロフと樫本大進はグリュミオの方向へ近づいていると思います。レーピンは皮肉なことに、彼が重荷に思うらしき父オイストラフのほうに顔を向けているようです。

 もっともこのようなタイプ分けに、さほどの意味はありません。オイストラフ自身、若いころはモスクワの音楽学生たちがオイストラフ派とポリヤキン派に分かれて議論の対象にされたそうです。が、そんな対抗の図式はあまり意味がなく、同じグリュミオに近づきつつあるヴェンゲーロフと樫本でも、やはり違った性格になってくると思われます。

 ただ今回の公開レッスンで私が得た最大の収穫は、ブロンは性格的にはイーゴリに似たものがある先生だ、ということです。

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5/23 三善晃のヴァイオリン協奏曲

 1回聞いただけで2度目を聞こうという気になれないのですが、ストラヴィンスキーのように突然好きになる曲もあるので、一応メモしておきます。
 こういう曲が、日本ではどういうふうに作られ、どういう経過で演奏者が選ばれ、そして初演されるかということを、考えずにはいられない気にさせられます。

 1度聞いて好きになれればそんなことを考える必要はないわけですが、悪く疑えば、「なにか外国の似たような曲をヒントに難しそうで奥の深そうな曲」を作ってみただけだったりするのでは困るなぁと思うからです。
 こういう意地悪な批判に、この協奏曲はこれから何度もなんども晒されるだろうなぁという気もします。

 海野義雄の力量も問題にせざるを得ないでしょうし、作曲者と演奏家の距離もどうだったのか、ということも(そんなことは音楽を聞くのに関係ないことでしょうが)考えないわけにはいかない思いです。

 ヴェンゲーロフとシチェドリンがどういう緊密な関係で「コンチェルト・カンタービレ」ができたか、などということは考える必要もなく音楽に入っていけるわけですし、シチェドリンのふるさとについてなんの予備知識がなくとも、「ああ、これは作曲者が深く関わった風土から出てくる旋律だな。もしかしたらヴェンゲーロフもこの土地に馴染んでいたようだな」ぐらいの最低限のメッセージは伝わってくるわけです。
 そののち、2度目を聞いてみようという気にもなり、シチェドリンの故郷をネット検索したり、ヴェンゲーロフの曲に対する思い入れや技術的なアプローチについても再度「鑑賞」してみたいという気になる。

 あるいはオイストラフとショスタコービッチの関係を思い浮かべたりもするわけです。

 本当に意地が悪くて怒られそうですが、ミヨシアキラという作曲家がいて海野義雄という演奏家がいて、二人は外国の現代音楽に対する共通の情報を持っている。現代音楽についてわかっている部分も、あいまいな部分もほぼ共通である。
 外国の例では作曲家はヴァイオリニストの技術的な協力を仰いで作曲する。
 あるいは、まったく協力なしで、ヴァイオリンには演奏不可能な楽譜を書いてしまう場合もある。
「そのどっちでもいいから、我々もそういうことをやってみようよ」という程度の動機で作曲され、初演を聞かされるのでは、聞かされるほうはたまらないなぁと思います。
もちろん、最初はすべてカタチを真似ることから始まるわけでしょうが。

 もっとも悪い勘ぐりは、二人の音楽家が、その共通する「あいまいな部分」の情報でカタチだけを真似て音楽していこうとする場合ではないでしょうか。
 ストラヴィンスキーの協奏曲は、私は最近まで2度と聞くまいと思っていましたし、難しい音楽だと思っていました。
「そんなムツカシイことはやっていない。実はサルが木の枝で幹を叩いている、そこからリズムが生まれたかもしれない、という程度の平易なことをいいたい音楽だ」という「よくわかっている情報」に基づいて、「とにかくカタチだけでも真似てみよう」というのなら、そういう音の実験のようなことに理解を示せないわけでもないわけです。
 それが、「よくわかっている情報」というのはストラヴィンスキーの生まれ故郷とか、あるいはその生家を訪れたときの雰囲気とか、あるいは初演者のとの関係とか、そういうものであり、「あいまいな情報」のほうはとにかくあの曲の暴力的なエネルギーであるという場合、仮にミヨシと海野義雄がこの「あいまいなほう」に足場を組んで演奏活動を、なんか成立させようと「企んで」いはしないかと、こういう悪い勘ぐりを私は持ってしまいました。(間違っていたら後で懺悔いたします。あの、アパートから追い出されそうな曲を大音響で100回聞けば許してもらえますか?)

 うちのピアノの先生が、何人かの若い作曲家の曲を初演するコンサートを聞いたことがあります。どの曲もかすかな印象しか残っていませんし、ムツカシイ曲の最たるもののようなコンサートでした。
 しかし、あとで裏話を聞けました。初演当日まで、あるひとりの作曲家はヘ音記号だかト音記号だかをひとつ書き忘れていたそうです。
 当日舞台裏のリハーサルでそれに気づき、作曲家とうちのピアノの先生は愕然としたそうですが、うちのピアノの先生がつくづく「偉大」だなぁと私が思うのは、そのようなハプニングにもめげず、あのドカンドカンと爆弾落としていくような強烈な音楽を、途中「ピアノのフラジオ」といわれるらしい難しいペダル操作なども含め、エネルギー充満状態だったのを全部吐き出して弾ききったことです。
 作曲家は、「もうノーミスでやってくれれば御の字」と思っていたのに、それ以上の演奏だったと、満足そうな拍手を送っていました。(私のすぐ前の席に座っていた)
 もっとも、ノーミスとわかったのは作曲家とうちのピアノの先生だけだったと思いますが。

 作曲の動機というのは、もちろん難しいものもあるでしょうが、わかってみれば結構他愛のないものもだったりするのではと思います。
 ショスタコーヴィッチの曲なども、今となっては楽しい諧謔性に満ちた音楽だと私は考えています。
 この「かいぎゃくせい」というキーワードについては、このあともう一度トライして考えたいと思いますが、どなたか私のほうが先に書き込みましょうという人がいたら面白いのですけど。

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4/18 迷信はメッキが剥げても楽しい

 おや西尾さん、こんばんは。ちょっとフランス行ってたもんで。

 勘違いじゃなく、BACH の無伴奏は二人で弾いてるように聞こえて正解だと思います。

 私が「勘違い」といったのは、ノヴォトニーという人が二人で弾いているように弾いて見せ、その後で「この弾き方は私が発明した」と云っていることなんです。

 確かにノヴォトニーの弾き方はノヴォトニーしか出来ないので「自分が発明した」といっても半分は当たってると思うのです。

 でもその「二人で弾いているように聞こえる弾き方」というのは、ヴェンゲーロフでもレーピンでもやるやり方で、というか本当はヴァイオリンを勉強している学生はみんなやってることなんじゃないかと私は思ってます。

 というのは BACH のとくに無伴奏2番ソナタのフーガのあたりで「二人いるように聞こえる」のは、ここはむしろそういうふうに弾かなければならないところで、うちの長男も含めて音大の受験生などは一所懸命練習するところだと思います。

 ただ、ノヴォトニーのように「とびきり二人で弾いているように聞こえる技術」を磨いた演奏家は今まであまりいなかったのですね。それで彼は「これは自分が偶然見つけたテクニックである」と種明かしをしてくれたわけです。

 そうなると一所懸命練習していた受験生など「ノヴォトニーさん、そりゃちょっと勘違いですよ?」と云いたくなるのではないでしょうか。

 ノヴォトニーの演奏そのものが立派なだけに、声高に彼の勘違いを指摘するのも大人げないかなぁという遠慮もあるかもしれません。

 ノヴォトニーも、自分が発見したと主張することよりも種明かしをして聴衆に善意を示しているつもりだと思います。

 聴衆も「なんか勘違いしてるみたいだけど、まぁ演奏が立派だったからいいや」と善意で大目に見てるところもあるようです。

 ここには善意と善意しかないのに、しかしそれでは真実は一向に見えてこないという状況が生まれるわけですね。

 私も楽器はいっさい出来ませんからド素人です。素人が無伴奏曲を聞いてまるで二人が弾いてるように聞こえれば、そりゃぁびっくりします。その部分を思い切り強調すれば、CDを聞いているだけの人などは「いったいどうやって弾いてるんだろう?」と不思議がります。

 逆に、演奏する立場の人で、受験生とかあまり目の出ない演奏家などからすると、「なんだ、あんなふうに強調しすぎるぐらいやれば聞いてる人はびっくりしてくれるのか。なら俺もやればよかった」とか「やったもん勝ちだよなぁ」とか思ってしまうのかもしれません。

 確かにやったもん勝ちで、つまり聴衆がどのレベルまでを理解するかを見極めるってことは結構大事な能力だと思うんです。

「聴衆のレベルを見る」というと、なんか聴衆をあなどってるみたいですが、そういう意味ではないんです。

 ええと、ある程度難しいテクニックをどうやって披露するかという問題なんです。

 今日うちの長男は「アルペジオで音程狂うとすごく目立つからきっちり合わせてね」と注意されました。

 ブルッフ1番協の2楽章に、そういう箇所があります。アルペジオは、ここではそんなに難しいテクニックではありません。それをきっちり弾くことは「テクニックのひけらかし」にもなりません。聴衆だって、アルペジオで音程外せば私のような素人でも見抜くわけですし。

 問題は、だれでも出来ることなのに、それをとびきり強調させて喝采を得てしまったノヴォトニー独自の技術を、だれも責めることが出来ないということです。まさに「やったもん勝ち」になってしまった点なのです。

 ノヴォトニーも、聴衆のレベルを見下してやったわけではなく、これは自分独自の開発技術だと自信を持って披露しています。

 私のような素人は「うわぁ、すごい!」と思わずにはいられないでしょうし、少しでも自分が演奏する人なら「あそこまで崩すのありかよぉ〜」となると思います。

 私がその両者の立場を理解できるのは、私が厳然たるド素人なのにもかかわらず「待てよぉ、うちの長男だって似たようなことやってるよなぁ」なんて思えるからです。

 長男はちょうど今「クロイツェル」というエチュードの最後から2曲目をやっているのですが、これがまったく「二人で弾いているように」聞こえなければならない楽譜です。具体的にいうと、なんかこう通奏低音がずーっと鳴っていてときどき別の音がぽつっ、ぽつっと重音で入ってくるようなやつです。 BACH の無伴奏とほぼ同じといっていい練習曲です。

 ノヴォトニーの聴衆というのは、こんなふうに二つに分かれるわけです。「どんな弾き方なのかとても不思議だ」という素人の反応があり、受験生などは「あそこまで崩しちゃうと日本じゃ試験受からないよなぁ」みたいなことになる。受験生はノヴォトニーの弾き方に感動しても、自分の先生の前では無難な弾き方をする。

 素人の聴衆は感動で舞い上がっている。受験生はそれを見て「あのテクニックは自分にもできるさ」と云いたいけど、黙り込んでしまう。なぜって、それが「保身」というものだからなんでしょうね。

 ヴァイオリンを弾く人は、たとえ勘違いしているプロがいても、ヴァイオリンが弾ける人同士でその秘密を守り合おうとするような体質が、実は私には最近感じられます。

 そこで、迷信が生まれるわけですよ、素人の人たちの間に。「まるで二人で弾いているみたい…」

 これもそういう迷信のひとつだと思います。

 プロの人たちは、その迷信をうち砕こうとはあまりしないんですね。やっぱり自分の演奏で聴衆に感動を与えたいから、種はひとつでも多く明かしたくないと思うのじゃないでしょうか?

 ブルッフの2楽章のアルペジオの音程をしっかりするぐらいのことは、タネにもなんにもなりません。

 これが BACH の協奏曲のバリオリッジなんかになったらどうでしょうか? 「同じ音をわざわざ違う弦で弾いている」…それも素早く交互に、ものすごく速く5連譜で、なんていう3楽章の秘密は、もし私にヴァイオリンが弾けたら、絶対種明かしなどしません。それで思いっきり自分のテクニックをひけらかし、大テングになってるでしょう。

 そこで素人の聴衆は、どんどんプロのメッキをはがすべきなのです。迷信はとことん解明されるべきなのです。

「それじゃぁあまりにも夢がない」となるかもしれませんが、実はそこから先のほうが奥が深い。

 私は子どもたちといっしょにメッキをはがしてみて、そう実感します。

 オイストラフが朝ベッドのなかでカプリースのひと節を練習しても、人前であまりそれを披露しないのは、「はがすメッキのないところ」から音楽を始めようとしているのだと、私は思います。だから「難しい曲は弾きません」と云ったのでしょう。それは結局「難しい曲は弾けません」と云うのもまさに同じです。
 はがすメッキがあるということは「客にサービスしろ」というのと同じです。
 聴衆に、ボウイングや運指法といったテクニック上の幻惑と迷信を与えること…。オイストラフは「それは出来ない/弾けない」と云ってるわけです。

 例えばオイストラフのベートーベンや Mozart は、そういう種明かしするタネさえないところから始まって作られていく音楽だと思います。

 にもかかわらず、というか性懲りもなく私は、フラジオでもハーモニクスでもない第3の音があるような気がするという自分勝手な迷信を生み出しては、またこのメッキを剥ぐために余生を送ろうとしているわけです。

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