ヴァイオリン・チャットのかわり'99/07前半


ラメント 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月20日(火)12時02分10秒

「クラシック招き猫」のほうで、私が「ラメント」という言葉に反応した経緯を
書きとめておきます。
 クラシック雑誌をふだん読まない私には、 BACH のシャコンヌが「ラメント」で
あるという新説にとても興味を持ちました。書き込まれた稲傘さんという人に
尋ね、「悲歌」という意味だということまではわかりました。

 ラメントをネット検索したら、クラシックの分野では合唱曲やギター曲に
少しあるだけで、あとはほとんどがジャズの曲だということがわかりました。
 それも(ギターも少しありますが)ほとんどがトランペットの曲です。
マイルスからマルサリスまでほとんどのラッパ吹きが録音しています。
 そういえば「ラメント・アフリケーノ」などは(私は持っていませんが)
Donald Byrd の十八番(おはこ)らしく、 BACH のシャコンヌとはもっとも
縁がなさそうなファンキーな人たちの録音です。( BACH のシャコンヌを
聴いた人がアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの
ラメントを聴いたら「なんとがさつな音楽」と絶句するでしょうね)

 クラシックではブルガリア・コーラスがやっているラメントに興味をそそられます。
 こんなふうにラメントはジャンルを超えて広まったようですが、その正体は
なんなのかというのが今の私の興味の中心です。

 下はやはりボリビアのコーラス? 私もラメントはラテンの音楽と思っていまし
た。
でも、シャコンヌがラテンとは…「はてなはてなはてな」です。
 とんでもない和音のコーラスのように聞こえますが、ブルガリアのコーラスも
おそらくこの和音の形式に近いと想像されます。
 つまりラメントというのは一種の和声のスタイルか何かだと思えてきたのですが。
 違うのでしょうか?
(ブラウザをコミュニケータの4.5に換えたら、すごく使いにくいのですが、
こういうリアルプレイヤの音楽が聞けるようになりました)

http://www.cinema.it/pasolini/ascolto_real_marini_lamento.htm


そう、至上主義者かな… 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月20日(火)08時01分57秒

 >先日の投稿では、むしろオイストラフへは最大級の賛辞を贈ったつもりです。

 小川さん、私もそのように小川さんの書き込みの内容を受け取っています。

 私はオイストラフもハイフェッツも生の演奏に接したことがありません。
またオイストラフのミスを、ビデオなどを見ればいくつか指摘することも
できます。
 小川さんの指摘のとおり、ミスが音楽的なマイナスにつながりにくいタイプの
音楽を構成する力を持った演奏家だと思っています。

 また、私の正体は小川さんが見抜かれたように「オイストラフ至上主義者」
です。まぁ、そこまでガチガチの「なんとか主義者」というほどこり固まって
いるわけではありませんが。
 でも、そのような言い方をされても外れているわけではありません。

 私はいつも自分が「エネスコを過小評価していないか」、
 あるいは、
「クライスラーを過小評価していないか」
 そのように、自分をいさめることにしています。

 私の年齢や世代のせいにするわけではありませんが、私はエネスコや
クライスラーに、今でも劇的な出会いを持つことが出来ず、しかし、
「もしかしたら」という期待を捨てていません。

 できるなら「エネスコ至上主義者」の方に、ここでその音楽的な力を
言葉で再現してほしいと思っています。
 あの CD がいい、あの録音がもしあれば、といったコレクターのお話は
二の次です。

 それから「もしかしたら」という期待を捨てかけている演奏家もいます。
シゲティです。「シゲティ至上主義者」の言葉は、もう日本語でおめにかかる
ことがないのではないか、というあきらめがあります。
 クライスラーも、クライスラーに感動した世代ごとインターネットのなかから
いなくなりつつあるような心配があります。

 私はN.M.さんが「メニューイン至上主義者」とは申しませんが、N.M.さんに
直接会って、メニューインの魅力をたっぷり聞かせてもらいました。
 メニューインの最高の演奏も、よれよれの出来のやつも、N.M.さんはつつみ
隠さず、示してくれました。その結果、オイストラフ至上主義者の私は、今では
メニューインのすべての演奏について、心おだやかにというか、やさしく接する
ことができます。
 私は得をしたような気分です。オイストラフとメニューインの演奏を厳しく
聴き較べて、ここはオイストラフのポイント、ここはマイナスというような
あまり面白くない聞き方をする必要がなく、
「ああ、ここはメニューインのいつものくせなんだな。ここはメニューインは
子どものときの演奏に較べて成熟した解釈がとれるようになったんだな」
 みたいに「やさしく」接することが出来るようになりました。
 この「やさしさ」は、私はメニューインの音楽そのものから自分がもらった
もののような気がします。そして…、
 
 なによりもそれが、レーピンの理解に直結します。メニューインとの音楽的な
共通点はこれから考えなければならないとして、まず「心の支え」として
メニューインの音楽的な「やさしさ」があること。

 メニューインの多くの発言は、オイストラフに対し皮肉を交えてかなり
辛らつです。そういうメニューインの性格的な「きびしさ」を、レーピンは
「きびしい」と感じていない。
 レーピンがメニューインという人の「居心地の良さ」を感じている部分は
まさにその点に尽きるだろうと思われます。

 だからレーピンがなぜメニューインのカデンツを選んだかは、とても重要な
問題でしょう。「単にメロディーが好きだったから」というレーピンの答えを
私はそのまま信じているわけではありません。

  Mozart のカデンツには、それを作曲した演奏家の最も強い主張がこめられ
てる筈です。
 メニューインのカデンツとオイストラフのカデンツでは、その骨格をなす
技術的な部分も違えば、様式も違う。 Mozart に関する思いも、それぞれの
国の国情も違う。
 私はここから Mozart にもアプローチしていきたいし、かたやレーピンや
ブロン門下にもアプローチしていきたいと思っています。

 なんだか一見難しそうなことを書いたような気もしますが、星占いで
だれとだれとは相性がいい、という話のレベルのような気もします。
 皆様のご意見を「星占い相性診断」レベルでも臆することなく、お気軽に
どうぞ。

 具合のいいことに、長男の次の曲が Mozart の5番になりました。
カデンツはヨアヒムです。


ご意見ありがとうございます 投稿者:小川  投稿日:07月19日(月)20時37分00秒

佐々木様、YOSHI様、西尾様、貴重なご意見ありがとうございます。

まず、私の贔屓のヴァイオリニストですが、目下一番注目しているのは、ジプシー
ヴァイオリンのロビー・ラカトシュです。彼の演奏は、もう素晴らしいのひとこと
で、彼ならではの個性にあふれた独自の世界を切り開いて見せてくれます。

先日も申しました通り、私はブロン一門の演奏は好みではありませんが、そのなか
でただひとり、レーピンにだけはおおいなる期待を寄せています。演奏を聴いても、
レーピンは、音色も聞かせ方もその方向がヴェンゲーロフや樫本大進とはやや異な
る印象を私は強く受けますし、自らプロデュースしたルーブル美術館小ホールので
コンサートにラカトシュラカトシを迎え、彼自身が心から音楽を楽しむ姿がそこに
あったと伝えられることをみても、レーピンにはぜひ自らのやりたい方向を突き進
んで欲しいと思っています。
日本のファンの中には、彼をオイストラフの再来という人もあるようですが、それ
は彼にとっては重圧にしかなりませんし、彼自身もそういわれることを望んでいな
いのではないでしょうか。

とは申しましても、私は決してヴェンゲーロフや樫本大進を否定しているわけでは
ありません。私の個人的な好みとは異なるというだけです。
ヴェンゲーロフの世界的な世評の高さはどこへ行っても(日本ではそれほどでもな
いようですが)定着していますし、先日書きましたように、私自身も彼の実演を聴
いて、21世紀のヴァイオリン界の頂点に立つ演奏家であるという、群を抜いた彼
の評判は十分に納得できるものでした。また、樫本大進ですが、アメリカに比べれ
ばヨーロッパでの知名度はそこそこあるようですが、しかしまだこれからという感
じです。
デビューCDが今年秋に全世界で発売されるのを皮切りに、彼の活動も本格化する
そうですので、ヴェンゲーロフの後を追うように注目を集めていくものと思われま
す。彼は、ヴェンゲーロフとは3歳しか年も違わないようですし、音色や曲の解釈
も、レーピンよりもヴェンゲーロフの方に近いようですから、ヴェンゲーロフをい
いお手本にして、さらに彼ならではの個性をも発揮していくものと思います。

次に、演奏を実際に生で聴かないと盲目的になるのかというご指摘ですが、私はそ
のようなことも申し上げたつもりはまったくありません。しかし、お読みになった
方がそのようにお受け取りになられるのでしたら、私の表現がまずかったのだと思
います。お詫びします。
盲目的という言葉も適切でなかったかもしれません。そう申し上げたのは、オイス
トラフを「国立バレエやオペラなどの音楽総監督のそのまた上の頂点に立つ音楽家」
であるなどいうオイストラフ至上主義的ないわば独りよがりなご発言に対してです。
オイストラフは間違いなく偉大な音楽家です。しかし、「サーカスのような技巧や、
体操チームのようなアクロバチックな」技を彼が備えていたようには、どうしても
私は思えないのです。
私もオイストラフの録音の数々を所有し愛聴して参りましたし、親が大ファンであっ
たこともあり、一家揃って追っかけのように生の演奏会にも駆けつけました。
それが目的でアメリカへも行った思い出もあります。とても好きな演奏家でした。
しかし、私の印象では、彼はそれほどテクニシャンではありませんでした。難しい
パッセージではたどたどしくなり、ミスも連発しました。観ている方がハラハラし
ました。
でも音楽の感動はミスの数とは別のところにあると私は思います。オイストラフの
芸術はクラシックの王道を行きながらもミスが欠点とならない希有のものでした。
彼の芸術は、アクロバチックなヴァイオリンの技巧の延長とは別のところにあった
と思うのです。

オイストラフやブロン門下の演奏家を批判する意図は私にはまったくありません。
先日の投稿では、むしろオイストラフへは最大級の賛辞を贈ったつもりです。
それが佐々木様やみなさまへの非難・中傷と解釈されるのでしたら、それは私の国
語力の未熟さのせいです。心から深くお詫び致します。

今日はこのへんで失礼します。シカゴ饗演奏会のライブCDと実演の違いについて
は、また次の機会にゆずりたいと思います。


ブロン・セミナー 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月18日(日)17時57分07秒

 4人の受講生の公開レッスンを見てきました。いくつかのキー・ワードを
私はメモしました。4人のうちの、ひとりの中学生の名前に記憶があったので
その名前を検索してみたら以下の HP が1件だけヒットしました。
私自身は行けなかったコンクールですが、そのときのプログラムのなかに名前と
顔写真があったので、覚えていました。
 
 ご本人に無断で名前をのせるわけにはいきませんので、だいたい以下のHP に
出ているような方々が今回のセミナーを受けているのだとご想像ください。
 セミナーの内容そのものについては、またおいおい書いていくつもりです。

で、以下のサイトですが、
第3回江藤俊哉ヴァイオリンコンクールの結果を発表したページです。

http://www.netspace.or.jp/~kodaira/event/violin98.htm


弓が逆で教えてあげているところ・・・ 投稿者:どっこい  投稿日:07月17日(土)14時06分35秒

私もみました・・・!お兄さんはお兄さん、弟さんは弟さんなのだな、なんてことをかんじ、
おふたりの演奏ともども、私の心にも残っています。


発表会 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月17日(土)13時28分20秒

 っええ〜!!!
 KAORUさんと、どっこいさん、来ていただいていたんですか。
 ぜんぜん気がつきませんでした。どうもありがとうございます。

 でもって、まぁ、ご覧のとおりです。私も最後の「メリーさんの羊」の斉奏が
いちばんなごみました。
 長男が、次男の弓が逆なのを教えたりしてましたね。次男はむっとして
ましたが、親としては心に残る光景でした。

 曲のほうは、
 ビデオを見返してみると、あんなのんびりしたテンポなのにけっこう間違えそう
になってました。二人ともどこか醒めていて、わざわざ聞きに来ていただいたのに
もの足りなかったろうと思います。
 
 小学1年生ぐらいの子が肘を上げて弾いていた姿が可愛らしかったですね。
先生が違うので、うちの先生はあそこまで肘をあげさせません。

 2年に1回の発表会、長男は5、7、9歳のときに出ています。うちのもつい
この間まではあんなふうに小さくて可愛らしかったのですが…。
 5歳のときは Mozart のメヌエット(ドン・ジョバンニの)、
7歳のときは  Vivaldi の a-moll。
9歳のときはクロイツェルのコンチェルト、でした。
 Vivaldi のとき大きな拍手をもらったのが我が家の語り種になっています。
 たぶんその翌年でしたでしょうか、樫本大進がロン=ティボーを制したのは。
 私は「樫本大進」の文字を検索し、「ヴァイオリン・チャット」を見つけま
した。

 長男がクロイツェルのコンチェルトという珍しい曲を発表会で弾くことに
なったので、その件でかつての「ヴァイオリン・チャット」書き込むように
なりました。
 それが現在に至っているわけです。

 次男もザイツのコンチェルト、ヘンデルのソナタ、と発表会で弾いてきたわけ
ですが、私はヘンデルも今回のエクレスのソナタも大好きです。
 今回の彼は、3週間も前に暗譜してしまい、昨日まで覚えているのがむしろ
大変だったろうとさえ思われます。

 私の仕事も目いっぱい忙しかったので、とにかく今の気分は、
疲れた〜、という感じです。


小川さんへ 投稿者:西尾  投稿日:07月16日(金)00時16分59秒

こんばんわ。
初めまして、小川さん。

AK様のHPを昨日見て、今日こっちに来ると同じ文章が出てたので、「来るページ間
違ったか?」と思ってしまいました。

いろいろと書きたいことはありますが、一つだけ。
実演に接しないと「盲目的」になってしまうのでしょうか。当時聴きたくても聴け
なかったという状態で、後々好きな演奏家についてCDのみで語る事は許されない
事でしょうか。

  私は最近交響曲を聴く事が増えましたが、なかでもチェリビダッケは大好きです。
  しかし私が気づいた頃には、彼は世を去ってしまった後でした。そうなると私が
  彼について意見を言うことは小川さん風に言うと「盲目的」と片づけられてしま
  います。

相手の好きな演奏家について批判するときには、もう少し言葉を選べませんか?。
しかも別々のページに同じ文章で2回も批判することもないでしょう。

議論を本音で語ることは重要。でも相手を思いやることも重要だと思います。


小川さんへ 投稿者:YOSHI  投稿日:07月15日(木)22時44分32秒

小川さん、はじめまして。

ご意見、興味深く読ませていただきました。
音楽の好みや楽しみ方は人それぞれですから、小川さんのような価値観をお持
ちの方がいらっしゃっても、なんら不思議に思いません。
ぜひ、小川さんのご贔屓の演奏家のお話などをもっと聞かせてください。

小川さんと反対で、私はブロン一門の演奏がとにかく大好きです。

バレンボイム/シカゴ饗とヴェンゲーロフのブラームスをアメリカでお聴きに
なったとのことですが、本当に貴重な体験ですね。ぜひ詳しいお話を聞かせて
ください。生とライブ盤CDとの印象の違いについてもよろしければ。
そのCD、確か今年2月か3月頃にブラームスのコンチェルトとソナタ3番の
カップリングの形で世界中で発売されたものですよね。
日本でもレコード芸術の特選盤に選ばれるなど、彼の録音の例に違わず、音楽
雑誌などで軒並み高い評価がされているようですが、録音条件が良くないので
すか?
私はそのCDをまだ聴いていないので、今度聴いてみようと思います。

また、レーピンについては、私も今年の大阪公演を聞いた印象をこちらに書き
ました。辛口になったのは、それだけ彼に対して思い入れがあるからで、彼が
素晴らしい演奏家であるという認識に変わりはありません。
彼がやりたいものと日本のファンが彼に求めるものとの間に、次第にギャップ
ができつつあるのではないかという危惧は確かにあります。
大阪公演では厳しい目で見れば精彩を欠き、気迫の伝わってこない退屈な演奏
だったレーピンも、7月13日のブロン教授と樫本大進とのイベントでは本当
に楽しそうだったと聞きました。大阪公演終了後に楽屋で本人に託した私のメッ
セージを汲み取ってくれたのだったらもちろんうれしいですが、それと無関係
にただその日のイベントが楽しかっただけなのかもしれません。

最近注目されている樫本大進のヨーロッパでの評判はどうですか?

お好きではないというブロン一門の話題でごめんなさいね。


はかせ太郎 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月15日(木)09時00分58秒

 おとついだったかな、スタジオ・パークに出たはかせ太郎、一部を録画しまし
た。中学3年生でブルッフのコンチェルトを弾いている昔の映像が出ましたが、
やはり中学生ともなると弓の扱い方そのものが小学生レベルとは違い、
うまいものだなと思わせました。なんか、うちの長男よりも弓が長く見えるん
ですね。これはやはり弓の扱いがダイナミックだからだろうと思います。

 現在のロックに夢中のはかせ太郎については、まぁなんともいいようもありま
せんが、番組そのものは他愛なく笑える面白いものでした。

 >どっこいさん
 ようこそ。私は樫本大進が理屈抜きでとにかく好きです。
 それだけに、賞讃も注文もいっぱいあります。もう少し暇になったら
彼のためにたくさんなにか書きたいと思っています。
 同時にメールもいただき、ありがとうございます。とにかく今は多忙で、
ろくな返事も書けませんが、落ち着きましたら返事書きます。

 明日は子どもたちの発表会です。本当にアマチュアっぽい発表会です。
そういう意味では、大人からヴァイオリンを始めた方が見にこられた場合は
得るものが多いと思います。
 とくに次男のエクレスのソナタあたりは、大人から始められて上手な方だと
すぐにこのへんのレベルに達しますので、アマチュアとはいえ正式に習っている
子どもの「素直すぎる」腕の使い方など、そういう点で参考になると思います。
 
 要するに「大人から始めるヴァイオリン」のサイトで、始めたばかりだけど
妙な癖がついて悩んでいるような人がもし見たら、まだ未熟な子どもたちの
演奏からも得るものがあると思います。

 急いで書いているので、要領が悪く、すみません。
 
 どうぞ発表会の方にも冷やかしにお出かけください。
 新宿都庁裏の角筈区民ホール6時30分開演です。


ご批判、反論、なんでも大歓迎です! 投稿者:小川  投稿日:07月14日(水)10時16分48秒

みなさま、こんにちは。
昨日は長文の書き込み、失礼しました。なかなか手短にまとめる能力がないもので、
お許しください。
削除を覚悟で投稿しただけに、佐々木様からの第一声のほっとし、また大変うれし
く思っています。

この掲示板は参加者が少ないながら、もなさんのご発言にはいつも感心させられて
おり、私自身も大変勉強になっております。

佐々木様をはじめ、そのような方々からご返答をいただけるのでしたら、大変光栄
に存じます。
ご批判でも、反論でも、どうぞご遠慮なくお聞かせください。


>佐々木さま 投稿者:どっこい  投稿日:07月14日(水)08時09分30秒

こんにちは。どっこいは、東京在住のちょと古びはじめたOLです。
こちらでいつもお勉強させていただいています。どうも。

KAORUさんの樫本HPには、「一晩とめて〜」と言ったまま、
うまいこと住み着いてしまった下宿人のごとく、毎日のように出没しています。
樫本さんHPは、クラッシック超ど級初心者の私には、勉強場所でもあり、
大進情報収集の場でも、音楽友達を作る場でもあり、今や、欠かせない場所です・・・。

さて、佐々木さま。「すっとこ」さんの存在をご存じとは!ああ、懐かしいすっとこさん。
残念ながら、彼女(?)とは、面識およびコンタクトがありません。
なかなか、よいことを書き込まれる方だったので、(私の単純みーはー路線とはひと味違う)
勝手にちょっとなついて(?)、「どっこい」なんて名をつけてみたのですが、
掲示書き込みがなくなり、とても寂しく思っています。

さて、昨晩、下で話題になっている、レーピンさん、樫本さん、
ブロン先生のコンチェルトの夕べを聴きにみなとみらいHに行ってまいりました。
あ、時間がなくなってしまいました。でも、一言。未だ興奮がさめません。
あと、モスクワの管はすごいのだな、と、改めて感動しました。またお邪魔してもよいですか?


小川さん、ありがとうございます 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月13日(火)20時08分42秒

 時間を裂いていただきとてもありがたく思っています。
 今夜は一杯飲んでしまいまともな返事を書けませんが、とくに反論もなく、
できれば明日の朝になにかレスをつけられればと思っています。
 長い書き込みをなさった後はなにかと反応が気になるのは人情ですが、
私はとてもありがたく思っています。
 我が家は明朝の朝練のために早寝早起きせねばならず、今は日本時間で夜の8時
ですが、おやすみなさい。ずっと雨が降っています。


音楽を楽しむということ(続き) 投稿者:小川  投稿日:07月13日(火)09時45分35秒

先程の続きです。
データが大きすぎてリジェクトされてしまったので、2つに分けました。

年がバレてしまいますが、私はオイストラフの公演を生で聞いた経験もあり
ます。私は佐々木様のような盲目的なオイストラフ信奉者ではないので、彼
が「国立バレエやオペラなどの音楽総監督のそのまた上の頂点に立つ」音楽
家とは思いません。また、技術的にもそれほど切れたという印象はありませ
ん。むしろ、最近のヴェンゲーロフは、テクニックを高度な自由に駆使でき
る点においては、もはやオイストラフをも超えてしまったのではないかと私
は思っています。
技術だけでは人を感動させることはできないのですから、それでオイストラ
フの価値が落ちるとは微塵も思いませんが。

ヴェンゲーロフの素晴らしさはじゅうぶんに認めた上で、やはり私はグラッ
ペリや以前のナイジェル・ケネディ、最近注目されているロビー・ラカトシュ
など遊び心のある演奏家が好きです。ピアソラに傾倒しているクレーメルも
やはり大好きです。

ヴェンゲーロフの、完璧なテクニックと他の誰にも出せない極めつきの美し
い音色で、作品の様式を重んじ、作曲家のメッセージを忠実に伝えようとす
る、いわばクラシック音楽の王道を行く演奏は、私にはどうしても息が詰る
のです。
私の聴いた彼の実演は、微塵のミスもなく、完璧で文句のつけようのないも
のでした。しかし、彼の演奏はミスの数だけ点数が下がっていくようなそん
な性質のものに思えてなりません。それは他の正統といわれる多くのクラシッ
ク演奏家にも同様に重圧として重くのしかかるものだと思います。望むと望
まないとにかかわらず、録画され素人にあれこれ詮索される対象となってし
まうわけです。

私の心は、多少のミスなど問題とならないような肩肘はらない自由な演奏に
動きます。喩はあまりよくありませんが、ほんの僅かなかすり傷でさえ目立っ
てしまうようなピカピカのフェラーリより、少々の傷や汚れなんかどうでも
いい4駆の方が私の性にはあっているということです。

ラカトシュとの共演を果たしたといわれるレーピンには、ぜひその路線を突
き進んで欲しいと思います。レーピンのコンサートには私も行ったことがあ
りますが、ヴェンゲーロフに比べれば技術や音色で聴き劣りする感は確かに
ありました。周囲が勝手につくりあげたイメージに苦しめられ、好きな音楽
を心底楽しんでやれる環境にレーピンがないのだとしたら、本当に気の毒に
思います。


音楽を楽しむということ 投稿者:小川  投稿日:07月13日(火)09時43分04秒

お久しぶりです。

いつも楽しく拝見させていただいております。

この掲示板はブロン門下に関する話題が多いですね。
正直申しますと、私はブロン一門の演奏は好みではありません。
ですが、客観的にみると、そのなかでとりわけヴェンゲーロフの実力と人気
が世界でも飛び抜けている事実は、否定するだけの根拠をもはや誰も持ち合
わせてはいないのではないでしょうか。
ヨーロッパで、北米で、彼の高い世評は日本では想像がつかないほどのもの
であることは、確かに真実です。
一足先にデビューしたレーピンは、ヴェンゲーロフの後塵を浴びせられ、ま
たさらに最近の樫本大進の高い注目度との狭間で、あるいは屈折してしまっ
ているではないかとも思えます。

実は一昨年、バレンボイム指揮シカゴ饗とヴェンゲーロフの共演を聞く機会
に恵まれました。ブラームスの協奏曲でした。
出張中にこの公演があることを知り、あまりに評判の高いこのヴァイオリニ
ストをなんとか自分の目と耳で確かめてみたいという一心でブローカー(ダ
フ屋みたいなチケット取り扱い業者)に手配したところ、2階席にもかかわ
らず、なんと300ドルもとられました。
当日会場に着いてみると、文字どおり超満員でした。
ブラームスは、例えようのない熱演で、興奮した聴衆はブラボーの嵐と総立
ちでのスタンディング・オベイションを贈りました。
8回のカーテンコールでも拍手は鳴り止まず、アンコールにパガニーニの曲
が弾かれましたが、超難曲をものともせず、しかも楽しそうに弾いていたの
がとても印象に残っています。
両曲ともひとつのミスのない完璧なものだったと思います。
また、(彼の音色を評してよくいわれる)これまでどの奏者からも聴いたこと
のない至極の美音を堪能することもでき幸せでした。(特に第2楽章)
300ドルは決して高すぎることはありませんでした。

その後、今年になってそのときと同じプログラムがライブ録音となってCD
になっていることを知り、早速手に入れました。ライブとはいえ、私が聴い
た公演そのものであるかどうかは定かではありません。おそらく違うもので
しょう。
CDでは拍手や聴衆の声等が見事にカットされているばかりか、ヴェンゲー
ロフの音色も生で聴いたものとはずいぶん違った感じで収められています。
ライブのノイズをカットするために、各音源にかなり近い位置から音を拾い
ミックスの段階で人工的に響きを付け加えたような不自然さが、ヴァイオリ
ンソロとバックのオケの音がうまく溶け合っていないことにもあらわれてい
ます。実演とCDとではこうも印象が違うものかと改めて驚きました。

それでも、この録音は、佐々木様の、クレンペラー指揮フランス国立放送局
管弦楽団とオイストラフが共演したブラームスが、オイストラフの死後、ぞ
ろぞろ出たCDなどすべていらなくなってしまうというご意見を、実に説得
力のない空虚なものにしてしまうだけの素晴らしさを持っていると思います。


軽い語り口がすごく好きです 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月13日(火)05時43分06秒

>どっこいさん
 ときどき見ていただいているようで、ありがとうございます。
 私自身、どっこいさんにメール出そうかと思ったことがあります。
 用件は、あの軽い語り口はどうしてなの? コツを教えて、てなことです。
 関東地方にお住まいですか? すっとこさんとは親戚?(^_^;)
 いつかお会いできるといいですね。気楽に、書き込みの方もよろしく、
…でわでわ。


レーピン掲示板 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月13日(火)05時27分15秒

 昔からあったのですが、昨日、日本語の掲示板が出来ました。
AK さんの HP です。いろいろな事情で、あまりオープンにはなっていない
サイトだったようですが、皆さん、応援しましょう!

http://www62.tcup.com/6209/wistaria.html


樫本大進/ケルン放響 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月11日(日)23時31分54秒

 1〜2楽章は素晴らしく良かった。とくに1楽章は樫本がどんどん作り出す
音楽に応えるため、指揮者が極度に緊張しているように思えたし、また速度と
いうか手綱を押さえようというふうにも見えた。
 2楽章、歌い回しも十分。あまりに歌い過ぎる部分もあり、緊張がほぐれた後の
短いフレーズなど、もう少していねいに弾いてほしい部分もあった。
 3楽章は残念だった。スピードが中庸を行き、おとなしかった。決して遅くは
なかったし大きなミスもなかったが、ミスなしで行ける限界のスピードが
遅い。そのわりに、音が浮き上がらず、最終部分ではとうとう一音抜けた。
 1、2楽章の出来があまりに素晴らしかったので、3楽章は惜しいと思ったが、
冷静に考えると、1楽章はもっとゆっくりでも良かったと思う。
 もっとも他の人に較べれば1楽章もかなりゆっくりだったし、まず完璧
だった。
 音程はかすかに甘い部分も2楽章直前当たりにあったように思う。
 
 1楽章で、フルートの音と共鳴したような感じの音がたぶんD線にあった。
ウルフだと思う。

 以上、メモです。
 後日またビデオを見て感想を書きます。Hi-8の蒸着テープというのを
用意して録画しました。


ラカトシュ情報 投稿者:西尾  投稿日:07月11日(日)23時02分02秒

こんばんわ。
ラカトシュのCDを買いましたので、以下ライナーの情報です。

生まれ:1965年 ハンガリーのジプシーヴァイオリンの名門、ラカトシュ家の生まれ
師事  :シャーンドル・ラカトシュ(叔父) 
音楽院:ブダペスト音楽院でクラシカル技法も学ぶ
影響を受けた人物:ジャズ・ヴァイオリンの名手、ステファン・グラッペリ

97年ブリュッセルでエリザベス皇太后コンクールに審査員で集まったメニューイン、
イダ・ヘンデルらがわざわざ足を運んで彼の演奏を聴きに行き、絶賛を惜しまず。
ヴェンゲーロフ、レーピンも賛美者の一人。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
とまあ、こんな感じです。どこまで本当か解りませんが、演奏や、音色に関しては
前回書いたとおり、すばらしいです。CDを聴いた感じでは、ドイツ・グラモフォ
ンの録音のせいか、透明感のある音色に仕上がっています。実演ではこんな感じで
はないですし、もっと音色に躍動感があるというか、もっと不思議な音色ですね。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
実は今、樫本大進のメンコンをTVでやってるのを聴きながら書いています。
まだ途中ですが、とても良い演奏に入ると思います。

でわでわ。


レーピンの苦悩と真の姿 投稿者:YOSHI  投稿日:07月11日(日)22時26分25秒

こんにちは。

たった3曲の実演と通り一編のインタビューをご覧になっただけで、あのような巧
みな文章をお綴りになられる非凡なご才能に、いつもながらに感心しました。
しかし、大変失礼ですが、今回だけは、薄っぺらで空虚な感じがしてなりません。
読み物としては大変面白いのですが、少なくとも幼少からレーピンのさまざまな演
奏に何度も間近で接してきた私共には説得力がありません。

> ただレーピン自身はそんなに元気ではありませんでしたが、これは
> レーピン自身の性格かも。

果たして性格のせいでしょうか?
彼自身、ノッているときには本当に楽しそうに弾きますよ。
そして、私の知り限り、それはいわゆるクラシックの正統からはずれたといわれる
ような曲を弾いているときです。

> なにか他にやりたい音楽があって、そっちの方へ「はぐれ」つつ
> あるなぁ、という印象を受けます。

おそらく、こちらの方でしょう。
先日の大阪公演では、今年1月にパリのルーブル美術館地下の小ホールでレーピン
自身が企画したコンサートを聴いてこられたという方とご一緒することができたの
ですが、この日のレーピンの気合の入らない退屈な演奏からは想像がつかないほど
の熱演で、彼自身が聴衆との一体感を楽しんでいる様子が手に取るように伝わって
きたそうです。プログラムは、ジプシーヴァイオリンで注目されるロビー・ラカト
シュとの共演など、西尾さんにはもってこいのものだったかもしれません。

レーピンの幼少からのファンで、東京から彼を追いかけられてきたという方にもお
話を伺うこともできましたが、今年は東京でのリサイタルもやや期待外れだったそ
うです。
また、在京オケに所属する友人にも聞いてみましたが、技術にも正確さを欠き、演
奏から気迫が伝わってこないのとの評でした。
たまたま、ご両人とも昨年春のヴェンゲーロフのリサイタルも聴いているのですが、
そのときの会場を総立ちにするほどのヴェンゲーロフの熱演とは比べるべくもない
とのことです。

また、レーピンのミスを弁護なさるくだりもあまり説得力がないように聞こえます。
ハイフェッツの実演をお聴きになったことはないのですか?
あるいは、現役ならヴェンゲーロフでもかまいません。
例えば、ヴェンゲーロフはアンコールにバッハやパガニーニを弾いたりします。
それがミスのない完璧な演奏であることはもちろん、本当に楽しそうに弾きます。
来年の秋に来日するそうですから、ぜひ息子さん達をお連れになってお聴きになっ
てみてください。聴いてくださるお客様に感動を与えることの喜びと、聴衆の存在
がみずからの演奏に息吹を与え変化させていくことの妙がきっと理解できることと
思います。

息子さん達にとって今年のレーピンが強いモチベーションになる得るかといえば、
私は「ノー」と言います。本来のレーピンはこんなものではないと思います。
息子さん達が機会を逃したからと言って悔やむほどのものではないと思いますよ。

実は、大阪公演終了後、私の感想を本人に伝えました。本人もよくわかっているよ
うでした。なにか迷いがあるようでした。どうも、日本の聴衆が彼にイメージし期
待することと本人のやりたい方向が異なるようです。
彼をオイストラフの再来とするのは、彼自身を苦しめことにしか役に立たないよう
に思います。

KAORUさん、こんにちは。大進君の掲示板への投稿はご無沙汰させていただいており
ますが、いつも楽しく拝見しております。
今回のレーピンの来日スケジュールは確かに過密だとお感じになるかもしれません。
しかしながら、それはプロの演奏家にとっては決して言い訳にはなりません。
過密といえば、昨年春のショスタコービッチ・フェスティバルに来日したときのヴェ
ンゲーロフはもっともっとハードでした。2週間休みなく連日連夜リサイタル、ト
リオ、協奏曲と異なるプログラムを全国の会場でこなし、その間に一度ベルリンフィ
ルとの共演にヨーロッパへとんぼ返りするという文字どおり殺人的なスケジュール
だったのです。さすがに最終日の大阪シンフォニーホールでの公演では、彼にして
はやや音が小さく感じた(それでも並みの演奏家よりははるかにボリュームとパワー
感があるのですが)ことに疲れが影響しているのかとも思いましたが、それでも彼
ならではの音色は健在で、最後は会場総立ちのまま最後まで拍手が鳴り止まないほ
どの熱演でした。聴衆に感動と満足感を与えるということはこういうことではない
でしょうか?
樫本大進君は、こうしたヴェンゲーロフのいいところを受け継いでおり、おおいに
期待しています。おおらかな性格も似ていますしね。


レーピン/ミニ・ライブ 2 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月11日(日)11時11分55秒

 インタビューで、
 ブロン教授は新しい曲を2〜3日で覚えられるような、コンパクトに
曲を習得する技術を教えてくれたそうです。
  Mozart は2番をメニューインの、3番をオイストラフのカデンツで
録音したそうです。

 それでロシア音楽の伝統にも、また心の師匠(メニューイン)にも
義理をたてたというわけですねという質問に、
「いや、単にメロディーが好きだから」
 と答えていました。
 また「ロシア音楽の伝統」というものが自分にはわからない、とも
答えていました。

 このインタビューは、実験人間レーピンの今置かれている状況を
よく現していたと思います。

 まずオイストラフについて、
「オイストラフはユニークであり、…二人目のオイストラフになろうと
することは無意味である」
 と言い放っていました。(私は身につまされる思いでした)
 
 このような話の後に「ロシア音楽の伝統」ってわからないという
発言になりました。
 私が考えるロシアの伝統は、ボリショイ・サーカスやバレエの
印象のようなもので、サーカスのような技巧や、体操チームのような
アクロバチックな躍動感などをイメージします。
 オイストラフというのは、国立バレエやオペラなどの音楽総監督の
そのまた上の頂点に立つ音楽家です。オイストラフのボウイングこそ、
ヴァイオリンの「ロシア派」の始祖であるという認識です。
(和波孝禧がオイストラフに直接師事した「私たちならこう弾きます」
がまさにそのボウイングです)
 そのオイストラフの15歳年下のボリス・ゴリドシュテインが
さらに何歳か年下のザハール・ブロンをグネシンに推薦した経緯が
あるわけです。
 レーピンのボウイングはそういうところから来ていて、ジュリアード
から来ているものとは違うし、ツィンマーマンやテツラフやデュメイ
とも違うはずです。

 そういうものが、今のレーピンには重たくてしょうがないのだろう
なぁという感じが非常にします。
 
 その結果心の支えになったもの、それがメニューインのあの皮肉っぽい
笑顔でしょう。
 メニューインについてはどう思われますか?
 という質問に、レーピンは実にくだらないお喋りを展開します。
「メニューインも私も日本食が大好き!」しばらく考え込んで、
「ああ、こんなことは余計なことでしたね。ようするに私と
メニューインがテニスが大好きとか、そんなことや、何を喋った
かということなんて本当はどうでもいいんです」
(こんなふうに自分で喋っていることに途中で反省したりする。
つまり自分が本当に好きなものについてサービス過剰になって
しまうようです。彼がやりたい本当のものがおそらくこのへんに
あるはずです)
 で、結局、
「メニューインから感じるオーラのようなもの、メニューインか
ら受けるエネルギー、それが私が強く言いたいことなんです。何
を喋ったかなんて、どうでもいいんです」

 そうなんだろうか? 私などはもしメニューインと話が出来たら、
ボウイングの改良のことやバルトークの難しそうな音階のことや、
話したいことが山ほどあって、その話の内容が「どうでもいい」
なんて決して思いません。
 しかしレーピンは「オーラ」だの「エネルギー」だの、まったく
メニューインを温泉療法かなにかのような強い心の支えとして
欲しているのです。

 このような弱々しい精神構造を覗かせるレーピンという人が、
私はますます好きです。
 TAKIさんがレーピンと CD 店で会ったとき、レーピンはJAZZ
の曲を見ていたそうですが、たぶん彼はあの感情のなさそうな
表情でぼ〜っと見ていただけなのだと思います。
 レーピンはそんなふうにどこか「はずれて」行く方向に
あるようです。
 皮肉なことにそれは結局、オイストラフに似ていく方向で
もあると私は考えています。
 そういう「疲れる」巡り合わせの中に今のレーピンはいるの
だと思います。
 ヴェンゲーロフと樫本大進は、それにくらべると幸せなのか
もしれません。(まぁそんなことはわかりませんが)
 レーピンは中堅といわれる年齢に近づきつつあり、ここは
ふんばり所でしょう。

 サインの列には約40名が並びました。
 かみさんから2千円しかもらえなかった私は、結局オイスト
ラフの「3つのハンガリー舞曲(コダーイ曲)」の CD を買って
帰りました。


レーピン/ミニ・ライブ 1 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月11日(日)10時00分26秒

レーピン/ミニ・ライブ
 小雨の中を自転車で渋谷 HMV まで行きました。

 1、 BACH 無伴奏パルティータ2番の1曲目?(ゆっくりした曲)
 2、イザイの無伴奏ソナタ4番?(ちょっと技巧的な珍しい曲)
 3、パガニーニの?(超絶技巧曲)

 を、売り場でごく気楽な雰囲気で弾いてくれました。
 私はとても満足しました。子どもをつれてくればよかったなぁとも
思いました。
(うちの子どもが感動するには十分な超絶技巧を見せてくれました)

 ただレーピン自身はそんなに元気ではありませんでしたが、これは
レーピン自身の性格かも。
 なにか他にやりたい音楽があって、そっちの方へ「はぐれ」つつ
あるなぁ、という印象を受けます。あれだけの超絶技巧を身につける
過程で我慢してきたこと、自分を抑え込んできたもの、そういうもの
を今取り戻したくて、このようなミニ・ライブやコンサートそのもの
も「生業(なりわい)」だから仕方なくやっているという感じは
確かに少しあるように思われました。

  BACH ではウォーミングアップを兼ねてたとはいえ一音はずした
音がありました。イザイにもひとつありました。パガニーニは
物凄いスピードのなかで鳴りそこないの音が二三ありましたが、
でもこれは、そうはいっても完璧な演奏でした。
(例えばハイフェッツはいつも完璧だったかというと、それは
記録に残った映像や録音だけが完璧だったわけで、普段は必ずしも
技巧的に完璧だったわけではないはずです)

 売り場ではレーピンの最新の CD がかかっていましたが、
ドビュッシーやラベルのソナタの録音も、一種気楽なくつろいだ
感じがあり、緊張感のある演奏とはいえませんが、レーピン自身、
今はそういうものがやりたいのだろうという気がします。
 売り場で演奏することはあまり感心しませんが、レーピンには
この雰囲気が合ってるような気さえしました。

 また CD では意外に幅広な音に聞こえます。実は「幅広(はば
ひろ)」の音色を私はあまり好みませんがが、売り場では(音響
がデッドなせいもありますが)それほど気にならず、録音で
あのようなリバーブをかけるのだなとわかりました。
 それがレーピン自身の趣味であるなら、ちょっと疑問も持ち上
がりますが。
 弾き方としては、弓先で毛を寝かせないで密着させるような
弾き方のとき、その幅広な音になるようです。
 つまり弓を傾けず、毛を全部使って発弦させています。
 その音色がレーピン自身好きなようで、生で聴いたその音は、
素朴で、多少楽器の音を安っぽく見せかけますが、私自身も
この音は好きです。
 それが CD になるとベターっと拡がった音色になるのは、
多分に営業政策的なものか、レーピン自身その点について
まったく受け身であるか、無関心なのかはわかりません。
 楽器の音をホールの残響の手助けを借りたり、あるいは
電気的な手助けを借りることについて、さほど抵抗を感じ
ないタイプのようです。
 さらに CD 売り場のようなデッドな環境も気にしないという
ある主の無頓着さもあります。つまり音色についても「受け身」
で、どうでもよいと思っているわけではないのに、周囲の
いいなりになり過ぎるところがあります。

 結局そういう性格が、良くも悪くもレーピンの「心ここに
あらず」的な印象に繋がりかねないと思います。

 そういうなんでものめる「受け身」の性格で、超絶的な
技巧も身につけてきたのだろうと思いますし、私などは
一種の「実験人間」というか英才教育の「人体実験」を見る
ような悲哀を感じてしまうほどです。

 そういう状況は程度の差こそあれうちの長男も似たような
もので、同情もあり、また同病あい哀れむ気持ちもあり、
私自身、レーピンが好きです。
 先生のブロン教授自身が、グネシン音楽院という一種の
国をあげての「実験場」の出身であるという点も大きい
と思います。


えと…、女流のことなど 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月11日(日)06時40分17秒

 >宮崎さん 
 ようこそ。新しい方の書き込みは久しぶりなので、とても嬉しい。
 堀米ゆず子は、高田馬場のタイムで中古CDをみつけ、この人はどうなんだろなぁ
と思っていた矢先でした。
 女流は私は苦手ですが、何人か例外もいて、それは演奏技術や音楽がどうのこの
ではなく、女流の音楽家として新しい生き方や価値観を生み出そうとしているかど
うかにかかっています。
 音楽には行進曲のように男性的なものをイメージさせるようなメロディもあり、
一部のノクターンとかのように女性的なフレーズもあって、音楽そのものの中に
いろいろな「性差」があって、また民謡のように性差のないものもあるように
思えますが、そういうものとどうつきあうかということは、けっこう重要です。
 男性のヴァイオリニストが、女性的なフレーズをどうこなすかという点も大事
だし、一方、女性のヴァイオリニストが男性的なフレーズをどう処理するかという
点も興味深いわけです。
『フィガロ』に登場するケルビーノのような、なんというか一種「フェミニンな
感じ」というようなものをスマートに表現してくれるような女流が好きになれると
思うのです。スザンナに与えられた役割のように、ただ可愛らしく、そしてこざか
しい役柄を女流のヴァイオリニストが演じているとすれば、そういう女流は、
私は好きになれないと思います。
 さらに女性の音楽家が、女性的なフレーズを男性の真似をして、男になりきって
処理するのも好きになれない気がします。つまりケルビーノの役柄というのは
とても難しく、宝塚歌劇で『ベルばら』を見てるのと同じでは、なんかイヤなん
ですよね。

 この話は混乱しやすいのでこのへんにしますが、宮崎さんにはこれからもよろし
く、お気軽になんでも書き込んでください。
(レスが「1日遅れ」ですみません。昨日は夕方5時半まで隣に出版社の人が
陣取って仕事の進行具合を監視されてたものですから。…とほほ)


レーピンさんの演奏会 投稿者:KAORU  投稿日:07月10日(土)08時47分30秒

佐々木さま。皆さま。おはようございます。
レーピンさんの演奏会が話題になっておられたましたが、大阪公演をお聴きになられた
西尾様とYOSHIさんのご意見。なかなか厳しいようですね・・・・・。

私は、DUOリサイタルと昨日のモスクワ響との協演(+無料ライブも)。聴いて参りましたが。
どちらもスバラシイものでした!個人的には、DUOリサイタル方が、最初に聴いたせいか
とくに良い印象が・・あるのです。(聴衆の反応としてはあきらかに昨晩の方が、すごかった。)

それから、レーピンさんの来日スケジュール、すごくハードですよね。
デュオリサイタルがあったかと思ったら、トリオがあって、そして
協奏曲・・・。移動するだけで疲れちゃいそうっ。
元気がなかったってのは、そのへんのところもあるのかなって。
すこし感じてしまいました・・・。


有名と無名 投稿者:西尾  投稿日:07月09日(金)21時46分47秒

こんばんわ。
お!、初めまして、宮崎さん。(^^)/

もしかして堀米さんのファンの方ですか?。そうすると私の書き方では少し引っか
かりがあると思います。申し訳ありません。

誤解されているようなので、私が有名かという判断は大ホール使用でチケット代が
A席=8000円を越える場合ですね。諸条件もあるので、独断と偏見ですが。(^^;)
そうなると超有名(集客力がある)と言った方が良いかも知れません。

  で、堀米さんの場合、実力は抜群ですがまだ高いチケットに設定できるほど有名
  ではない。ですから、他のお客が気づく前(有名になる前)に安いチケットの時
  に聴きに行った方が得ですよ、という意味で書きました。

そうそう、ちなみに私は数(十)年前**コンクール*位というのは、有名・無名
及びチケット購入の判断には使いません。チケットが高い=有名、安い=有名でない
又は無名、と分けているだけの話です。もちろん実力も関係ないです。

最近はA席=5000円以下の演奏会の方が充実する事が多いので、そちら(中堅クラ
ス、及び無名の演奏家)に比重を置こうかな、と思ってる次第であります。

また、お話しましょう。
でわでわ。


ちょっとびっくり. 投稿者:宮崎  投稿日:07月09日(金)12時01分21秒

はじめまして,宮崎といいます.
いつも読むだけでしたが,ちょっとびっくりしたので,,,.

西尾さん
>それから、演奏会!いいですよ〜。佐々木様が女流が苦手なのは存じてますが、
>堀米ゆず子ならお勧めできます。有名になる前に是非一度聴いてみて下さい。

(今は)有名ではないんですか.
堀米ゆず子さんがエリザベート国際で1位になったときは大変な評判でした.
こんな大きなコンクールで1位になったのは,バイオリンでは彼女が初めて
ではなかったでしょうか?
1位なしの2位という方はいたと思いますが.
当時,「1位無しの2位と1位はぜんぜん違う」
という解説(?)をよく聞きました.


返信です 投稿者:西尾  投稿日:07月09日(金)00時29分42秒

こんばんわ。

YOSHI様お久しぶりです。
レーピンの感想はほぼ同じみたいですね。席が2F右サイドだったもので、ピアノ
の音がデッドに聞こえすぎて私には「少しうるさい。」と感じましたが、YOSHI様の
おっしゃる通りレーピンに元気がなかったので、ピアノが目立ちすぎただけかも知れ
ません。
  フェニックスホール(URL:下記)は私は好きですよ。ただ、音がデッドに聞こえ
すぎるので、それが耳につく方もおられるかも知れません。
  しかしClassicにしては珍しく、最後の曲にライトアップし、夜景を見せるために
  無音で上がっていく壁など、工夫があってとても良いと思います。
(チェロで堤 剛氏のアンコール・白鳥はライトアップと夜景がとてもきれいでした。)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ヴェンゲーロフの技術の確かさについては、初めて聞く曲でしかも現代曲なので、
私のレベルでは解りづらいです。(^^;)
  音色については、確かに美しく感情の抑揚などの表現が多彩な演奏家だと思って
います。しかし、私が理解するには、私が親しんだ曲でないとダメなものですから
今度は、ポピュラーな協奏曲等で比較したいです。
  (ロマンチックな曲ならスコ幻、技巧ならパガニーニ、表現力ならバッハか、
  って、私の好きな曲ばかりか・・。^^;;)
  
佐々木様>
  申し訳ありません。ラカトシュのコンサートパンフレットをなくしてしまいまし
  た。良かった演奏会については、必ず残しておくのですが、見つかりません。
    今度CDを買うので、それまでラカトシュについてはお待ち下さい。
    
  それから、演奏会!いいですよ〜。佐々木様が女流が苦手なのは存じてますが、
  堀米ゆず子ならお勧めできます。有名になる前に是非一度聴いてみて下さい。

YOSHI様に初見のMailが届くところを見れば、このページをご覧になってる方が他に
おられるかも知れませんね。できればご一緒にお話したいです。
(それともYOSHI様が投稿する別のページの話だったりして。^^;)

でわでわ。

http://www.remus.dti.ne.jp/~phx-hall/


そう、動機が大事ですよね! 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月08日(木)09時48分07秒

 >YOSHIさん
 確かに「もっとコンサートに行かなければ」と思っています。ありがとう
ございます。
 それから、こちらに書き込みなさるときは、最初にメールのアドレスがあれば
後は必要に応じてときどきあればいいかなと思います。(余計なことですが)

 さて問題は「ヴァイオリニストになろう!」という動機づけをどう与えるか
だと思います。
 長男はけっこう、N響などを勝手に聴きに行ったりするので、そういう意味では
最近の私より実演に接しているほどです。ブラスバンドで管楽器をやっている
ことも、なにか「純正律にいい」とかで、まぁ悪いことではないだろうと思って
います。
 問題はヴァイオリンです。やはり、強烈な印象を与える演奏家の演奏に接しな
いと「自分もヴァイオリンをやっていきたい」という気持ちは沸いてこないと
思うのです。
 というわけで、我が家はまだいちども子どもといっしょにヴァイオリニストの
演奏会に行ったことがありません。(コンクールを見にいったけど寝てしまった
ことがありましたっけ)
 それで、ここだけでなくあちこちの音楽サイトで様子を見させてもらっている
のですが。

 レーピンは今からでもチケットを取りたいほどなのですが、土曜日、渋谷で
見てからと思っています。
 ただ、皆さんの評判を聞くと「あれれ?」の状態のようですねぇ。
 まさか、ヴァイオリニストになろうという動機づけが希薄なまま
ヴァイオリニストになっちゃったなんてことが、
レーピンに限ってはないとは思うのですが…。心配ですね。


レーピンの演奏会 投稿者:YOSHI  投稿日:07月07日(水)21時53分18秒

こんにちは。ご無沙汰しております。
西尾さんのご質問に対しても未回答のままでしたね。

このところパソコンに向かう時間が満足にとれなかったのと、メールのお返事など
で精一杯でした。見知らぬ方から突然ヴァイオリンの選び方や練習方法などに関す
る質問をいただくことも多くなりました。可能な範囲でお答えするように努めては
いますが、返答できていないものも少なくありません。どうかご容赦ください。

さて、レーピンですが、私も7月5日に大阪フェニックスホールで開かれた演奏会
に行って参りました。
西尾さんとお話できるチャンスがあったかも知れませんね。
フェニックスホールといえば、ステージとの境界がなく、演奏家の息遣いまでが聞
えてくるほどの小ホールで、なおかつ音響の面でも十分に配慮が行き届いていると
の評を多く耳にしていますが、西尾さんはこのホール自体はどのように感じられま
したか?

以下、感想を述べますが、プライベートで足を運ぶ演奏会については自分のことを
棚に上げて好き勝手申し上げますことと、思い入れがある演奏家に対する要求水準
は自然と高くなることをあらかじめお断りしておきます。
レーピンは個人的に好きな演奏家なのですが、これまで足を運んだ実演はいずれも
期待外れに終わっていました。今度こそはという思いが強かったのですが、残念な
がら今回も失望感が残る演奏会でした。
西尾さんのお言葉でいえば「よくない演奏会」のひとつだったと思います。

まず、レーピンには人前で演奏することの意味をもう少し考えて欲しいと思います。
自分の演奏をわざわざ聴きにきてくれたお客様およびそのお客様が演奏に耳を傾け
てくれていることへの感謝の気持ちや、そんな舞台で演奏することの喜び、お客様
と演奏家とが一体となって一度しかない音楽の粒子や線を紡いでいくことの大切さ
を理解しているのかはなはだ疑問に思います。ピアノのヴェレゾフスキーからはそ
れが十分に伝わってきただけに残念でした。レーピンの奏でる音には生命感があり
ませんでした。

次に、レーピンの音色ですが、私の基準でも艶がなく陰影にも抑揚にも乏しいもの
でした。技にも切れがなく、もともと音のボリュームやパワー感がそれほどない上
に、速い弓遣いのパッセージでは弓幅が小さいためにさらに音量が小さくなって勢
いがないように感じます。音程にも不安定なところが見られました。
単にルーチンワークで弾いているだけで、早く終わらせたいとでも思っていたので
しょうか。
お決まりのアンコールを1曲(ピアソラ)を弾いただけで拍手もしぼんでしまった
ことに表れているように、盛り上がりに欠けた演奏会でした。

以上に述べた2点に関しては、レーピンよりも今の樫本大進の方が聴衆を惹きつけ
訴えかけるものを持っていると思います。

私がレーピン以上にヴェンゲーロフが好きになったのは、かつてレーピンに期待し
てレーピンが持ち合わせていなかったものを、意外にも年下で後から日本に紹介さ
れたヴェンゲーロフが持っていたからです。当時のマキシム少年は、弓遣いの速さ
に関係なくパワーのみなぎる豪快な音を出す反面、やや粗削りな感も否めませんで
したが、まだ少年ながら、聴衆の心を掴み、演奏会における聴衆の存在と二度とは
存在し得ない音楽を大切にする姿勢に心を打たれたのが強く印象に残っています。
これは今の樫本大進にも感じることです。
そして、重音やアルペジオ、あるいはチューニングのしぐさなどから彼の比類のな
い音程と音感の正確さに驚嘆しました。この頃、既に左手の正確さでは現役でヴェ
ンゲーロフの右に出るヴァイオリニストはいないとさえ思いました。残る課題は右
手にあると思いましたが、彼はみるみる成長し、技術的な完成度や安定度という点
は言うに及ばず、音楽的な面でも、もはや完全にレーピンを超えているという感を
この日の演奏会でより一層確かにしました。
ヴェンゲーロフが名実ともにブロン一門のトップをリードしていることは間違いな
いといえます。

ところで、西尾さんも昨年秋のヴェンゲーロフとN饗の公演を生でお聴きになった
そうですね。その際に彼が演奏したのは、残念ながら西尾さんのお嫌いな(?)現代
曲でしたが、彼の技術の確かさや音色そのものについては、私達が彼を絶賛してい
る理由が少しでも実感できたのではないかと思うのですが、いかがでしたか? 
ぜひお聞かせください。
(指揮者の指示の仕方についてはまたの機会にさせてください。)

佐々木さんも、演奏家の真の姿はぜひ実演で確認されることを進言致します。
オイストラフについてはもう無理ですが、現役の演奏家に接する上で東京は好条件
が揃っていると思います。息子さん達にとっても本物といわれる演奏家の生の音色
に接することは厳しい稽古に向かうモチベーションにもなると思います。
  


ブルッフ3楽章(その2?) 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月07日(水)20時33分32秒

 ブルッフ協奏曲1番3楽章にはたくさんのオケの間奏が入ります。
 間奏のあとは独奏ヴァイオリンが入りますが、たいていはダウンでフォルテで
入ります。
 暗譜のポイントは、アップで入る部分です。
 私は頭ごなしに暗譜するのではなく「なぜそこがアップで入るのかを考えて
暗譜しろ」と指示しました。
 子どもにはなかなか分からないことのようですが、1箇所か2箇所ある
アップの部分は、エスプレシーヴォだったりします。
 それ以外のダウンの部分はたいていフォルテなので、アップの弓がどういう
役割をするか、なぜわざわざアップアップと弓を続けるのか、そういったこと
全般を理解して暗譜すべきだと思いました。
 エスプレシーヴォ、つまり「よく歌わせる」には、アップで始めるほうが
なんとなくふさわしく、ダウンは強奏の重音に適していることは、私のように
自分で楽器を弾かない人間にも想像のつくことです。
 楽器を弾かない人間にも分かることが、もし弾く人間に分かっていないと
したら、それはコーチの責任であると云わざるを得ません。
 アップで入ってヴィブラートをかける。それでエスプレシーヴォを表現する
最低限の技術がともなうわけです。本当に心から歌うのは、それから先の
気持ちを音に表すという問題になってくるわけです。
 今朝のレッスンでは、こんなことを考えました。

 そうそう、
  >西尾さん
 ラカトシュについてもっと教えてください。年齢とか、どこの国の人とか、
先生はだれとか。私は雑誌を見ないので基本的なことがわからないもので。


レーピン&ラカトシュ 投稿者:西尾  投稿日:07月06日(火)23時28分08秒

引き続き、レーピンのコンサートの感想です。

曲目は
・ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 作品67
・チャイコフスキー/ピアノ三重奏曲 イ短調 作品50  ある偉大な芸術家の
  思い出のために         
  
  感想は・・、やっぱりダメだあ〜、ショスタコは私には合わない!。チャイコ
  フスキーもショスタコに曲風が似てるし、さっぱり??状態でした。
  
まあ、それでもレーピンの音色くらいは堪能できるだろう、と思いましたが、
私には今ひとつ、ツヤがないし、響きが悪いと思いました。
  でも曲が「故人に捧げる曲」ですからね。音色にツヤがあってはいけないのかと
  も思いましたが、私にはわかりませんでした。
  
曲がわからんものだから、眠気と戦うのに必死で、高いチケット代となりました。

YOSHI様も行っておられるはずなので、ぜひ、感想を伺いたいです。

 あ〜あ、最近アタリが少ないなあ。チケットが高いほど、感動が少ないというのは
 どうしたものか。
 
6/30に行ったロビー・ラカトシュ(ジプシーヴァイオリン)は大当たり!、でした。
音色が透き通ってるワケでもないので美しくないのかといえば、そうでなく、常に
和音が掛かっているような不思議な音色でした。
  それよりも圧巻なのは、ボウイング!。速いパッセージの所は、細かく振動させ
  てるだけのように見えますがとても正確なんですよ。また、感情を弓に乗せるの
  が非常に上手で、悲しい曲はとても悲しく、楽しい曲は弾むように楽しく弾く所
  は、アーティストとはこう言う人を指すのだとも思えました。
    
そうそう、アンコールは何だと思います?。なんと「だんご3兄弟」です。
ヴァイオリンで初めて聞くだんごは、とても楽しく、場内バカ受けでした。

CDでも集めて見ようかなと、思ってる西尾であります。(^^;)

でわでわ。


音楽・国家・政治 投稿者:西尾  投稿日:07月06日(火)22時41分49秒

バルトークの孫様、こんばんわ。
(佐々木様、すみませんね、もう少しで終わりにします。終わったら削除して下さ
い。)

君が代はすでに国歌のはずでは?。(サッカー代表でも最初に歌います。)
で、今回の君が代騒ぎは、国歌に制定してしまえというのではなく、学校の主な行
事(入学・卒業など)に国歌斉唱を強制させようかという問題ではなかったでしょう
か?。(違いましたっけ?^^;)

  そもそも日本の政治家は姑息なのです。会議は議会場でなく料亭で本筋を決め、
議会場は発表するだけの場所に成り下がっています。今も昔も変わらないし、今更
怒るほどの事ではないと思いますが。
  多額の税金をバカ銀行に使いましたが、その用途を発表しましたか?。すべて
  水面下で決められ、闇から闇ではないですか。
それに比べれば、君が代問題なんて小さいことだと思いますよ。そもそも怒る矛先
が違うと思います。
  12音階の現代曲よりましだと私が思うのも個人の音楽性の問題であって、国家の
問題ではありません。
(もしシュニトケの曲が国歌になったら、私ならモーレツに怒りますがね。(笑))

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それから、国民をナメきっていると書かれていましたが、では、次の質問を周囲の
知人さんにしてみて下さい。答える人は何人いるでしょうか。
  1.現在の日本の首相とアメリカの大統領は誰?(政治)
  2.銀行に多額の税金が使われたが、それは住専問題の何倍の金額か?(経済)
  3.今の日本の完全失業率は何%?(経済)
  4.預金の低金利の理由。(政治・経済)
  
アメリカは国民が政策をとことん理解し大統領を決めるの対し、選挙でタダメシ食
ってタダ酒飲んだので1票!と議員を決めるような国民ばかりなんだから、なめられ
ても仕方ないと思いますよ。(昔から、お上の言う通りに・・でしたからね。)

北朝鮮について。
  国家レベルと個人レベルを比べることは間違いです。銃社会は秩序の乱れであっ
  て、国防とはワケが違います。銃は個人で持っていれば自分が強くなったと錯覚
  し、使いたくなるのですが国防は根本が違います。国が武器を持ったからと言っ
  て、強くなったと錯覚することはありません。ましてや日本の場合、隣国に発砲
  し略奪侵犯を行うということはまずありません。(行う必要がないから。)
    それは第二次大戦の話、または独裁政治がまかり通ってる国の話です。
    
  私が言ってるのは、話し合いが通じない国に対して戦争を抑止するには、ある程
  度の軍備は必要、と言うことです。北朝鮮になろうと言ってるわけではないです。
    (言葉でダメなら、行動を見せるしかないのです。)
    
もし、現在の北朝鮮に対し、軍備以外で有効な手段があれば教えて下さい。 
  


1曲に7ヶ月 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月06日(火)13時38分39秒

 6ヶ月半、レッスンを続けてきたブルッフの協奏曲1番も、もうひといきです。
ここでまとめをひとつ。
 
 1楽章
 出だしの似たような音型は、最初は4分音符、2回目は8分音符ですが、
オイストラフのようにこれを「微妙に守らない」人が多いということ。
出だしからけっこうテンポが揺れる人は揺れるということのようです。

 ポイントはストリンジェンドです。伴奏のピアノの先生はこれを
「アッチェレランド?」と確認していましたが、一般にはストリンジェンド
というよりアッチェレランドと云ってしまったほうがピンとくるものが
あるのかもしれません。
 ストリンジェンドの見事な実例はスターンやミルシュテインに聴くことが
できます。オイストラフのストリンジェンドは控え目です。

 2楽章
 この楽章だけで3ヶ月を費やし、「出来なければ4ヶ月でも5ヶ月でもや
りますよ」と先生に脅された楽章です。本当に出来そうになく、このまま
では発表会で3楽章をやるのは無理だとまでいわれました。
 長男に必要なのは、技術ではなく「歌心」です。がさつでゴジラで、
こまやかな神経を持ち合わせない。「今それらが正せなければ一生
なおらない」とまでいわれ、長男は必死だったろうと思います。
 今はその2楽章をすっかり忘れ、またゴジラに戻りつつありますが、
とりあえず合格をもらったときの長男の弾きっぷりは、別人のように
繊細でした。ビデオに撮っておかなかったのが悔やまれます。
 私は「オイストラフのように、遅い楽章は世界一遅く弾いてね」と指示
しただけですが。

 3楽章
 すると、3楽章は世界一速く弾かなければならない理屈になります。
 私は現在の諏訪内晶子がどのようなコンディションにあるか知りま
せんが、昔から諏訪内はスピードについてかなり挑戦的な美学の持ち主
だったと考えています。
 3楽章のポイントは10度の和音というのもあるでしょうが、強烈な
ヴィブラートと、やはりストリンジェンドだろうと今では考えています。
 1楽章のときのようにオイストラフのストリンジェンドは控え目ですが、
3楽章では「加速してからの速さ」が抜群だと思います。
 楽譜に忠実にストリンジェンドするスターンの弾き方は、つまりフライング
スタート気味に出て、おしまいでオケと合致するという不思議を見せて
くれます。
 その「不思議」に慣れてくると、オイストラフのふつうの「出だし速度」
のストリンジェンドはもの足りなく聞こえますが、いっしょに弾いてみると
その途中からの加速感は、私にとっては何ものにも代えがたい快感です。
 私はかつてF1が大好きでしたが、イタリアのエンジン・メーカーが
「このエンジンは、美しいから速い」といった不可解な言葉を、そのまま
オイストラフのタフな心臓に贈りたいと思います。

 私たちは「だれよりも速く」という技術の研鑽に価値を見出すより、
美しさのために技術を奉仕させたいと考えるものだと思うからです。

 いつか我が家の二人のうちのどちらかひとりでも、このページを
自ら見に来てくれる日があることを祈りつつ。


そうねぇ…無題 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月05日(月)08時03分43秒

  Mozart の『後宮からの誘拐』は、北朝鮮に拉致されたお姫様を救いに行った
デルモンテが敵に捕まってしまい、敵の大将のお父さんが実はデルモンテ
の父に殺されたという過去が判明します。
 にもかかわらず、敵の大将は二人を許してくれるという慈悲深い、というか
他愛のないお話です。
 敵の大将は愛する姫も失い、父の仇も失うという、限りないお人好しです。
 こんな Mozart なので、まぁ当時のフリーメイソンに染まっていたとはいえ
細菌兵器が飛来しても、ぼーっとしていただろうというのが私の推測です。
 このフリーメイソンが現代のイギリスにも生き残っていて、イギリスの
裁判官の多くが現在もその会員だそうです。
 こういう裁判官は、例えば NATOの空爆とか、どう考えてるのでしょう? 
>このフリーメイソンのホームページご存じの方。

 いずれにせよ Mozart のオペラは他愛のないものです。
 私のホームページにその画像を紹介しているアブー・セイラムのオペラは、
その「他愛のなさ」で地球は回っているという演出です。
 画像の中に、敵のひとりが護身用の催涙スプレーをくらってプールに落ち、
ずぶ濡れで歌うシーンがあります。男と女の他愛のないかけひきも、機銃を
向け合った(他愛なくない)国と国とのかけひきも、 Mozart にかかっては
その根っこは同じ、という主張のようです。
 ラストで地球のように青い光の中で男がイスラムの秘教のダンスを披露し、
永遠に回りつづけるような、そんな演出です。

  Mozart の時代に西ヨーロッパとイスラム圏の間で実際に起こった戦争が、
この傑作オペラの本当の主人公のようです。
(私がダルブッカを叩くのはこの影響です)

 で、昔の人はばかであり、他愛もなくばかな戦争をくり返してきたものだ、と
現代人が考えるのはどうなんでしょうか?
 現代人に劣らず昔の人も十分理性的だったし、倫理観はもっと強かったで
しょう。南北問題について結局無責任だったかもしれませんが、責任感だって
現代人と較べて劣っていたとは思えません。
 そういう昔の人たちが、ひとつひとつ「よかれ」と思って法律を変えてきた
結果が、まぁ今の地球上の事態にずーっとつながってきていると、考えざるを
得ないような気がします。

 ヴェンゲーロフの演奏に本人も気づかないそういう危惧が表れている、なんて
考えるのは、うがち過ぎ?
(稚拙な歴史認識でスミマセン)


音楽性における問題 投稿者:バルトークの孫  投稿日:07月04日(日)23時48分34秒

私が今回書き込んだのは、あくまで君が代問題に対してであって、不審船の話はオ
マケです。また、私は北朝鮮が何をしようがOKといっているわけではないし、ミ
サイルの件に関してもケシカランとは思っています。
ただ、どこかの校長が自殺したからといって「それはちゃんとした法律がないから
いけないのだ。だから国歌を君が代に制定しよう」という動きに対して批判してい
るわけです。こんなにまでしての迅速な動きが、他の要件に関して、過去に行われ
た例を私は知りません。つまり、為政者としては、願ったりかなったりの事件が起
きた。世情は銀行が倒産したり、ざわざわしている。この際、どさくさまぎれに君
が代を国歌にしてしまえ、というのがミエミエなのですよ。
君が代を国歌にどうしてもしたいのなら、もっと正々堂々とやりなさい。
これはタカ派とかハト派とかいうこととは全然関係ありません。
姑息なことをするな、と言っているわけです。
そういうことをするのは、為政者が国民をナメきって衆愚政治と思っている証拠で
あり、民主主義でもなんでもありません。
繰り返しますが、君が代という曲は単に多く強制的に歌わされることによって国民
の頭の中に刷り込まれ、国歌としての位置を占拠してきたのに過ぎないと私は思う
のです。現在、世論は主にその歌詞についての指摘がほとんどなのですが、私は、
その音楽に対して指摘しているわけです。当時の明治政府の君が代の音楽的なもの
の成立のさせ方の無理矢理さ加減と、現在の小渕政権の強引な国歌制定への画策に
共通な匂いを感じたということです。
音楽は直接的には政治にも経済にもなんの影響も及ぼさないはずです。ですが、実
際にはすべてが複雑に絡み合って、必ず影響は出てきます。つまりそうした環境の
中で私達は音楽を聴いているのです。現代の音楽はジャンルにかかわらず、いにし
えの頃の貴族のディレッタントな趣味の音楽としては成立しえないのだと私は思う
のです。(勿論、それは音楽に政治性を持ち込めといっているのではありません。
そう思える人は短絡思考というものです)

尚、ついでに不審船事件に関する軍備の問題に関して。
「北朝鮮がアブナそうだから、こっちももっと軍備を増やそう」という思考は、
「どんなやつがやって来るかわからないから、自宅に銃を持っていたほうが安心
だ」という保守的アメリカ人の思考と全く同一です。それがどういう結果になって
いるかは、先日のアメリカの銃乱射事件であきらかです。そうやって、人間は過去
に何度も大きな戦争を繰り返してきたのです。
「軍備を増やそうとか、いやダメだとか、めんどうくさい話合いをしているうち
に、北朝鮮に攻撃されちゃうよ」という危惧があるのかもしれません。でも民主主
義というのは、そもそもめんどうくさいメチャクチャで非能率的なものなのです。
それがどうしてもイヤなら独裁者をいただいた専制政治にするしかないのです。そ
れは「日本も北朝鮮になろうよ」ということと同じことになりませんか?



弓の名人になりつつある… 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月04日(日)16時04分26秒

 さて、戸山公園箱根山で練習することになった長男ですが、半ズボンなので
足もとはそろそろ蚊にまとわりつかれる季節。それですっかり上手になったのは
弓先でピシッと蚊を叩き潰す技術です。
 今朝は雨もあがり、激しく天を突く弓に、アゲハ蝶が2匹も突き刺さりそうな
具合でした。
 どこへ行ってもホームレスの方が多く、練習場所探しはいつもやっかいです。

 次男のほうはその後とくに問題もありませんが、エックレスのソナタ、結構
きれいに仕上がってきました。3/4サイズの楽器でも弾き方次第できれいな音が
出るものだなぁと思います。

 社会のテストでは、小学生の場合多摩川は「多ま川」、利根川は「利ね川」
と書かねばならないのですが、今回次男にはとくに問題はなかったのですが、
採点した先生が「利ま川」とへんてこな直しを入れてくれました。
 どうも右脳と左脳の入れ代わった状態が先生に伝染してしまったようです。


クライスラー 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:07月02日(金)14時19分40秒

 今日はオイストラフの BACH 協奏曲、オドノポソフの小品、クライスラーと聴いています。
私はクライスラーが好きです。
 とくに今聴いている「ロザムンデ」のバレエ音楽(シューベルト)みたいな感じの曲が好みです。
まぁ、「おもちゃのシンフォニー」みたいな曲といった感じでしょうか。単純で、やさしそうな曲です。
(演奏は難しいかもしれませんが)