ヴァイオリン・チャットのかわり'99/08中旬


同一人物です 投稿者:宮崎  投稿日:08月27日(金)20時52分42秒

>佐々木さん
そうです.堀米さんの投稿をした「宮崎」と同一人物です.
>西尾さん
バイオリン番組の紹介は弦楽器屋さん(?)のサラサーテさんが
ご自身のページの「談話室」でよく紹介してくださってます.
私も今回の五嶋龍,ラカトシュの番組をこのページの紹介で知りました.
http://www.interq.or.jp/classic/sarasate/


宮崎さん、ごめんなさい 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月27日(金)08時12分45秒

 すいません、宮崎さん。
 以前に(7/9)堀米ゆず子について書き込んでいただいた宮崎さんと同じ宮崎さん
ですよね? 初めての方かと思い「ようこそ」なんて書いてしまいました。
 ごめんなさい。
 
 さっきレーピンのミニ・ライブについて書いた自分の書き込みを読み返していたら、
宮崎さんの書き込みを見つけたものですから。


ラカトシュさん 投稿者:C.Y.  投稿日:08月25日(水)17時31分13秒

どっこいさん、わかりますよ〜  なんか演奏中、歌舞伎みたいに「よっ  ラカトシュっ」掛け声
かけて、ヒューヒューなんかやっても、彼(=ラカトシュ)はよろこんでくれるんじゃないで
しょうか?  
私も、ツィンバロンって楽器いたく気に入りました。 ”別れても好きな人”があんなにステキ
になっちゃうのですね。”だんご3兄弟”もなかなかでしたけど。  鉄琴みたいに弾いてるのに、
ものすごい速さで演奏するのですね。なんか、打つ場所はずしそう。


宮崎さん、ようこそ 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月25日(水)09時23分12秒

 Mozart のカデンツァの話、どうもありがとうございました。ツィンマーマンのカデンツァ
はヨアヒムではないかと思いますが、違うかも。3番はBPOのバックで放映されたものをよ
く聞きました。
 ところで、もう忘れちゃったかもしれませんが、どんなふうにこのページを見つけたか
なんてことをお聞かせ願えたら、今後の参考になります。

 五嶋龍は土曜日の午後2時にやっていました。録画しました。
もちろんものすごくうまいのですが、だんだん大きくなってきたせいか最初のころほど
びっくりしなくなりました。ブロン教授の公開レッスンを見ると似たような実力の子ど
もは案外いるもんだなぁと思いました。ただ、まだスケール・ヴァイオリンでチャイコ
フスキーを聞かされるとやはりびっくりします。

 前橋汀子の表記を間違えました。すみません。アウアー奏法ではないと思いますが、
よくわかりません。


またもや割り込み...すみません 投稿者:Piyata  投稿日:08月24日(火)23時24分44秒

>宮崎さん、はじめまして!
モーツァルトのVnコンチェルト3番のお薦め、どうもありがとうございました。
さっそく、パールマン、メニューイン、ツィンマーマンのバージョンを
集めて見ました。個人的にすっごくグリュミオーのが聞いて見たかったんですが
見つかりませんでした...。お給料が出たら、また根気良く探して見ようと
思います..。でも今はまだ全部聞いていないので、ちゃんと聞いたら感想を
書かせていただきますね...。それにしても、いろいろなカデンツァのバージョンが
あるんですねぇ。びっくりです。
ではでは取り急ぎお礼まで★★


いろいろ 投稿者:西尾  投稿日:08月24日(火)21時54分02秒

こんばんわ。

ところで五嶋龍テレビでやっていましたか?>皆さん。
私、新聞をじーっと見つめましたが見つけられませんでした。
見た方、感想聞かせて下さい。

しょうこさん>
  きれいな音色でしょう。>ツィンバロン。私も好きなんです。
  コンサートではツィンバロンを主としたアンサンブルも聴けますよ。(その間、
  ラカトシュはピアノの横のイスで座って休憩してます。)

佐々木様>
  小野アンナのロシアの奏法って、もしかしてアウアー奏法ですか?
  だとすれば、故・渡辺茂夫氏と同じになりますね。
  弓の持ち方が違うらしいので、一目見れば解るらしいですが。
  弟子は前橋汀子さんですか。今度見たとき弓の持ち方見てみます。

でわでわ。


ツィンバロン!!! 投稿者:しょうこ  投稿日:08月24日(火)19時38分45秒

私もラカトシュ見ました。ずっと聴いていて、「ハテ?これはピアノでは
ないし・・・・なんの楽器の音なんだろ?」というのが耳に入りました。
その名はツィンバロン。なんてステキな楽器でしょう!?
音色もステキだし、伴奏楽器としても、独奏楽器としても、
本当にすばらしいと思います。民族楽器って、不思議なものがありますよね。
私は民族のニオイのつよい音楽が大好きなんです。音楽史のお勉強してても、
古典派と国民楽派では、進みぐあいが違うし・・・。(テストの点も)(^^;)

それにしても、ラカトシュ・・・・う〜〜ん、彼もまた熱い人ですね。
あのピチカート(とは言わないのかしら?)を連続的に奏する個所がいくつか
ありましたけど、あれはなんていう技法なのでしょうか?打楽器と同じく、
トレモロ・・・とか?違うかな・・・(^^;
弦楽器は触った事もナイので、アホな質問で申し訳ありません。

遅ればせながら
>佐々木様
どうも、お世話になっております。ここはすばらしいHPですね!
無知な私ですが、どうぞよろしくお願いします。


ラカトシュ 投稿者:どっこい  投稿日:08月24日(火)08時54分00秒

C.Y.さん&西尾さんに同感です。私は、自分の中に、手拍子足踏みつきで聴いてよい音楽と、
静聴する音楽との差が少ない。。。ですから、正直、ラカトシュさんのヴァイオリンなどは、
じっと聴くのは辛いでしょうねぇぇぇ。細かい音や微妙なところを聴きにくくなるのを
引き替えにしちゃって、お酒でも飲みながら手拍子あり、で聴きたいですね、たとえば、
ラカトシュさんから三味線の方に演奏が移るときなんかは、曲の途中でも拍手や口笛で、
ヤイヤイやって。彼は、どう思うだろうか???そういうの。笑。(彼=ラカトシュさん)
たまたまテレビの前を通りかかった父には、あまり好みでなかったようですが。
私は、やっぱり、好きですね。

三味線との共演。バチさばきの見事さに、ピッチカート?で、対抗できていたのはすごかった。
もったりしてきこえてしまってもやむを得なかったところ、そうはならなかったですものねえ。
あ、口調が、おばちゃん入っちゃった。いかん。あと、気になる存在、ツィンバロンギター。

佐々木さま。ビデオ、ダビングして送りましょうか???たぶん、とれていると思います。

ひめさん。。。バレーも、言葉を越えた言語ですよね〜。いいな。

ブルーベリーは、パンにつけるより、ヨーグルトに入れるとおいしいようなジャムができます。
今年は、豊作だったのに、ブームでお客様も多かったようで、実はたくさんなっているのに、
まだグリーンで、色づくのが間に合わない、といった状況でした。でも、がんばりましたよ〜。
ちなみに、ブルーベリーは、ジンを使ってフルーツ酒にするのもいけるのでございます。


小野アンナ 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月24日(火)08時22分08秒

録画はしませんでしたが歴史物として興味深い番組でした。
小野ヨーコの伯母さんなんでしたよね。
我が家ではカール・フレッシュの音階教本がまだるっこしいとき
小野アンナ教本を使います。(要するに長男の音程が悪い)
次男は毎日使っています。
というわけで小野アンナにはとてもお世話になっているなぁという感じです。

彼女はたしか黒海沿岸の国で亡くなったそうです。
小野アンナの奏法は帝政ロシア時代の奏法が伝わっているわけですね。(弟子の前橋丁
子にはそういう奏法が一部流れているのでしょうか)。そういう意味ではカール・フレッ
シュにも近かったと思われます。ヴァイオリンの奏法がカール・フレッシュの時代にひ
とつの大きな体系としてまとまりに向かう気運があったのではないかと推測されます。
小野アンナ教本もフレッシュ教本に匹敵する名著なんだなぁとひしひしと感じました。


追加 投稿者:西尾  投稿日:08月23日(月)21時22分02秒

どっこいさん>
  あ、私ブルーベリーも好きですが、野いちごも好きです。
  ジャムできたら、少しちょうだいね〜。(って、冗談、冗談。てへへ。^^;)

でわでわ。


BS ラカトシュ 投稿者:西尾  投稿日:08月23日(月)21時03分22秒

こんばんわ。

ラカトシュ見ました。NHKスタジオで録画した物のようでしたが、専用に録画した
割には少し音が割れていたようで、ラカトシュの魅力が半減したような感じに思え
ました。(Vnにマイクをセットしていたかも知れません。)

少し残念でしたが、雰囲気は十分に楽しめる放送でした。
しかしあのラカトシュ、あの巻き髭といい、全体像と言い、Vn持っていなかったら
「ヘンなおじさん」に見えますね。(笑)

でもそのヘンなおじさんはVnを弾くと「かっこいいおじさん」に変身するのでした。
やっぱり楽しい人ですね。C.Yさんのおっしゃるようにどこかで一杯飲みながら弾い
てくれたらもっと楽しいかもしれませんね。(^^)

初めて見た三味線とのセッションもすごく楽しく、三味線の演奏家にも拍手パチパ
チ!ですね。今度生でやってくれないかな。

今度の来日が大変楽しみです。(^^)/

でわでわ。


こんにちは 投稿者:C.Y.  投稿日:08月23日(月)12時08分15秒

こんにちは。

どっこいさん> ブルーベリーいっぱい採れましたか? いいなあ〜。。。 わたし、ジャム大好き
なのです。 1年分ってものすごい量じゃあないですか。 いいな、いいなあ。。。

昨日、ラカトシュの番組、見ました。 やっぱりすごいですね。 驚きです。 笑っちゃうほどの
超技巧っていうのはホントウですね。 でも、見ていておもったのですけど、コンサートや
ああいうあらたまった所で聴くよりも、彼の演奏は映像でも少しあったように、どこかの
レストランで気のおける友達とワイワイ一杯やりながら聴きたいなあ。
それと、津軽三味線にも驚きました。 日本の楽器も捨てたものじゃないですね。


RE.ロミ・ジュリ 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月23日(月)12時07分07秒

うんうん、やっぱりロメ・ジュリじゃなくロミ・ジュリといいたくなりますよね。
民族音楽の『西アジア編』で見たような民族衣装がたくさん出てくる舞踏のシーン
とかそういうのがハチャトリアンのアルメニアとかプロコフィエフを経てオイストラフ
のヴァイオリン曲へひとつながりに繋がっていく様を自分の中で感じられるのはすごく
うれしいです。
バレエのことはまったく素人で、台本というか演目というのか、そういうのって図書館
などにあるものでしょうか?
私は「キャピュレット家」といわれても、ビデオの解説にはそんなのがさっぱり出てこ
ないので、シェイクスピアのほうから読み返すのじゃ大変だなぁと思っていたのですが。
いろいろバレエのビデオのオススメなども教えてください。
あっ、そうか。バレエのサイトなど見に行けばあらすじも載ってるのかな?

ラカトシュは私BSないので八方手を尽くしていろんな人に頼んだんですが、だれも
引受けてくれなくて。くやしいなぁ!


ロミ&ジュリ 投稿者:ひめ  投稿日:08月23日(月)09時25分11秒

おはようございます。
佐々木公明/父さま!ロミ・ジュリをご覧になったんですか?
ボリショイですか?なら、89年公演のものでしょうか????
それでしたら、バルコニーの場面が 私は好きでした。
ティボルトが死んじゃう所とか、あとキャピュレット家の舞踏のシーンとか。
もう あれは 私の大好きな大好きな 演目なのです。
舞台上で 何度 オーケストラに聞き惚れた事か。。。。最高ですよ!

私は元ダンサーなのですが、幕裏でオーケストラのチューニングが始まると
もう わくわくして仕方なかったのです。
(緊張は しない方でした、幕があがれば こっちのもん!って言う感じで)
ロミ・ジュリの序曲がはじまると もう 切なくて胸が痛くて。。。。懐かしい。

話は変わりますが、ラカトシュさんのBS、昨日見ました。
もう すごいの一言で すごいすごい かっこいい!と叫び続けて
家族に うるさがられました。

掲示板のあり方、本音で語る事、などは また後日 投稿します。


ロメオとジュリエット 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月22日(日)08時15分05秒

昨日はプロコフィエフのボリショイ・バレエのビデオを見ました。
2時間近くあるのでラストのヴァイオリンj曲にもなっている
「ジュリエットの死」といのはどの部分だったのか見のがしてしまいました。
また時間をかけてじっくり見直します。
(なんかちょっとマシンの調子が疑問なのでメールアドレスを入れていません)


いつにもまして、混乱中・・・(笑)。 投稿者:どっこい  投稿日:08月22日(日)07時48分14秒

西尾さん&小川さんからの、問いかけに関するみなさまのご意見、拝読いたしました。

私も、こちらへ、お邪魔していろいろ言っているものの責任上、「今」の時点での
私の考えをみなさまにお伝えしたいのですが、どーにもこーにも×××。
そもそもまじめモードが苦手な上に、いろいろ一気に考えすぎて、ちょっと混乱しています。
ああ、大事な時に使いものにならない私のおつむちゃん。からんころん。

も〜、だめなのね〜・・・というわけですので、しばし「ターイム!」。
日帰りで、軽井沢に、ブルーベリーつみに行って来ます。
山のようにとってきて、1年分のジャムを作りためします。
うまいんでございますよ、こりがまた。(^m^)。。。ささやかな贅沢。これ大切。


皆様に返信 投稿者:西尾  投稿日:08月20日(金)23時20分12秒

こんばんわ。
返信が遅れているうちに書き込みが進んでしまいました。スミマセン。m(__)m

ひめさん>
  はじめまして。こちらこそよろしく。(^。^)♪

  >私の考えも解ってもらえたら嬉しいけど 解ってもらえなくても別に構わないと思っ
  >ています。常識も正しさも、人(あるいは集団)によって異なると思うのです。
そうですね。「解ってもらえたら嬉しい」という考えの方が、傷つけ合うことも
少ないかも知れませんね。落ち着いて返信を書くと昨日の考え方を少し変えよう
かな、とも思います。

おっしゃるようにコーヒー(感性)と一口に言ってもいろいろありますしね。(^^)

しょうこさん>
  初めまして。よろしくお願いします。(^^)♪
 
  >この輪の中に入れたら、どんなにステキだろうか・・・と。
  どんどん、入って!入って!。表現方法は色々あるけど本音で話す方は
  歓迎します。(って、私、管理人ではないのデシタ。^^;)
  
  >いつも一人で音楽の事考えて、幼いながらも、ナイ脳みそフル回転
  同じ、同じ。私もです。幼くはないんですが。(^^;)
  私が専門的なことを書く場合は、カンニングペーパーを見てたりして。(笑)
  
    ここにはプロの視点で教えて下さるYOSHI様や、見識豊かな佐々木様、実演を
  多数お聞きになってる小川さんもおられます。質問すると時間が取れる限り教え
  て下さると思いますよ。(とか言って他の人に振る振る。^^;)
  
  たくさん音楽談義しましょう。
  
piyataさん>
  初めまして。(ではなかったような・・。(?_?))
  piyataさんの意見に大賛成ですね。「演奏家の批評はしても相手の感性は批評
  しない」、とてもいい言葉と思います。
  
  よろしくお願いします。
  
小川さん>
  やはり難しいと思っておられる。そうですよね、私も同じです。
  でも演奏家を批評する以上は論争になりやすいしなあ。これも難しい問題ですね。
  
どっこいさん>
  ケネディを聞いた感想、良かったようで何よりです。今度ラカトシュTVでやる
  そうなので、また感想聞かせて下さい。
  (佐々木様、情報感謝!。五嶋龍は初めてなので楽しみです。)
  
p・s:
  Sky AというTVで、良い新人演奏家をちょこっと見つけました。J・B・ヴィヨーム
  という楽器を操るヒラリー・ハーン(19歳)です。CD無伴奏バッハはびっくりす
  るほど上手です。演奏会を見つけたらぜひ聴きに行かねば。(本プロかアンコー
  ルで必ずバッハを弾いてくれるんだそうな。)
  
  
でわでわ。(^^)


モーツァルトの3番のCD 投稿者:宮崎  投稿日:08月20日(金)19時24分15秒

割り込みの割り込みです.

Piyataさん
>モーツァルトのVnコンチェルト2,3番で、お薦めのCDはありますか?
>レーピンさんのと聞き比べてみたいのです。カデンツはオリジナルのがいいです。
>でもカデンツの解釈って難しいんですね。

モーツァルトはVnコンチェルトに自作カデンツァをつけてません.
サム・フランコ,イザイの作った物が良く使われるようです.

3番は最近まで習ってたのでいくつかCDを聞いて参考にしました.
(1) パールマン(レヴァイン指揮),
1楽章のカデンツァはサム・フランコ版の改変,他楽章は自作.
とても滑らかで達者な演奏です.
(2) グリュミオー(コリンズ?指揮),
これもとても滑らかですが,パ−ルマンとはちょっと感じが違います.
もっと自然に弾いてるかな.達者という印象ではないのです.
音が美しいことで定評があるようですが,テンポがとてーも早いし
完成されすぎてる感じで,弾く際の参考にはなりませんでした.(^_^;
カデンツァはイザイ版らしいです.
(3) ムター(カラヤン指揮の15歳でのデビュー録音)
どの楽章もサム・フランコ版です.
テンポはゆっくりめで,丁寧に弾いています.
同じカデンツァで習ってたこともありとても参考になりますが,ちょっと重いかな.
もっと軽やかでもいいかもしれない.
(4) ツィンマーマン(指揮は??)
80年代後半,20歳前後の時の録音.
カデンツァ(知らない人の作)はあっさりしてますが,これもいいです.
上の3枚に比べると世評を聞きませんが,気に入ってます.
ムターをもっと軽やかに,ちょっと早めにした感じです.
パールマンやグリュミオーほど近づきがたくはないので参考になりました.
(5) メニューイン(指揮はエネスコ?)
30年代前半神童時代の録音です.
サム・フランコのカデンツァは,この演奏のために書かれたそうです.
「20世紀の名ヴァイオリニスト」という本では絶賛されてますが,
録音が今の物に比べるとかなり悪いです.
古い録音の演奏を正当に評価する,あるいは楽しむには,
録音の悪さを補う耳が必要なようです.
あ,このCDには7番がはいっています.
偽作の可能性が高いということであまりお目に掛かれないのですが,
これはいい曲だし,演奏も気に入りました.

おけいこの参考のために(3)(4)をよく聞きますが,
一般には(1),(2)がおすすめかな.
(3),(4),(5)はモーツァルトの作曲時(19歳)に近い年齢での演奏です.

最後に,3番のカデンツァについては佐々木さんが書かれた物
(バイオリンチャットに保存されてます)が面白いです.


議論のこと 投稿者:C.Y.  投稿日:08月20日(金)18時11分08秒

みなさん、こんにちは。しばらくご無沙汰している間にシリアスな話題になってきていますね。
今、まとめて読ませていただきました。 そこで私も感じたこと。。

プロの演奏家の批評、感想を素直に書くことはとても大事だと思います。だって、その為に
こういう、音楽の掲示板があるんですから。色々な人の色々な考えを聞くために掲示板に参加する
わけですよね。 ただ、小川さんやkojimaさんがおっしゃるとおり、意見として交換しあい、
反対意見を述べること等はいいにしても、口調が変わってしまうような議論というのはやはり
難しいと思います。 こうなると、お互いのセンスを中傷しあうだけですから。

これからも、色々な意見、反対意見を書きましょう。でも、その時の表現方法に気を付けるという
のはどうですか? あまり感情的な言葉を使わずに(例えば、”あの演奏はくだらない”とか・・・)
自分が「こう言われても自分は傷つかないだろう」言葉を選びませんか?
そうしたら、閉鎖に追い込まれるような状態には絶対にならないと思います。中傷的な言葉を
使わなくても議論は出来ると思います。
大進HPの掲示板、参加させていただいたことはないのですが、閉鎖ということになってしまい
とても残念に思います。

番組情報ありがとうございます。 投稿者:小川  投稿日:08月20日(金)13時50分25秒
佐々木さん、番組情報ありがとうございます。
日本に残っている者に録画をお願いしました。


カデンツァ 投稿者:小川  投稿日:08月20日(金)13時48分42秒

カデンツァ(cadenza)は伊語ですが、英語においても「Cadenza」と表記し、発音も正確
には「カデンツァ」です。カデンツではなりません。どうでもいいことかもしれませんが。

メンデルスゾーンなどのように作曲者自身がカデンツァを原譜に書き込んでいる場合もあ
りますが、元来は、ソリストの即興的な装飾的な楽節として、空けてあるのが通例でした。
Piyataさんのおっっしゃるようにジャズのアドリブのようなものだったのです。
初演したり、献呈されたヴァイオリニスト達が校訂した楽譜にはそのソリストがつくった
カデンツァがそのまま書き込まれますので、後世のヴァイオリニストは、それをそのまま
弾く場合も多いわけです。
例えばブラームスですと、ヨアヒムやクライスラーのものが有名ですが、これらはブラー
ムスがつくったオリジナルというものではありません。また、ハイフェッツなども自作し
ています。ハイフェッツのものも、は数種類のモチーフの組み合わせからなる非常に即興
的要素の強いもので、演奏会では、その場の雰囲気で微妙に変化をつけていたようです。

ですから、カデンツァの部分だけは、たとえ他人のものを使う場合でも、そのカデンツァ
の作者の意図というよりも曲そのものの作曲者の曲に込めたメッセージやソリストの「自
分なりの租借」の方を優先すべきだと私は思います。

往年の巨匠達は自作のカデンツァを多く残しています。
カデンツァを自作しなければクラシックの王道を歩めないとまでは申しませんが、自作す
るということは、作品を完全に手中に収めた上でソリストの主張がなされているという証
であり、それだけ大きな意味を持つと考えられます。
これだけ巨匠達の完成されたカデンツァが残されている状況で、さらに自作のカデンツァ
を披露するということは、自分なりの解釈なり主張を世に問うわけですから。

レーピンにも、いずれ自作のカデンツァを披露してくれることを期待したいですね。


割り込んでごめんなさい 投稿者:Piyata  投稿日:08月20日(金)12時44分06秒

>佐々木さん
モーツァルトのVnコンチェルト2,3番で、お薦めのCDはありますか?
レーピンさんのと聞き比べてみたいのです。カデンツはオリジナルのがいいです。
でもカデンツの解釈って難しいんですね。
ジャズでいうソロの手クセを他人がコピーするみたいなものでしょう?
いっそヴェンゲーロフみたいに自作しちゃえばいいのに、とも思う一方で、
作曲者の意図を楽譜からくみ取って自分なりに咀嚼して表現するのが
クラシックの表現なのかも..とも思うし。頭がこんがらがってきます...。

>西尾さん
プロはそれでメシ食ってるんだから...の下り、同感です。


ラカトシュ&五島龍 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月20日(金)12時25分30秒

22日はBSでラカトシュ、21日か22日忘れちゃったんですが、五島龍は地上波フジTV系
です。


。。。。 投稿者:ひめ  投稿日:08月20日(金)10時36分50秒

本当だ。コメントが出ていました。


。。。。 投稿者:ひめ  投稿日:08月20日(金)10時32分47秒

おはようございます。
え?うそ!閉鎖 なんですか?
私は てっきり ディスク容量の関係だと思っていました。


樫本大進BBS閉鎖 投稿者:小川  投稿日:08月20日(金)09時53分24秒

とうとう樫本大進BBSが閉鎖に追い込まれたようですね。(一時的なものだそうですが)
私が危惧していたことが現実になってしまいました。

私は日本と昼夜が反対のアメリカにいるのですが、今日の午前中(日本時間午後10時すぎ)
は通常通りアクセスできました。それ以降に問題かなにかが発生したのでしょうか。

この「ヴァイオリンチャットのかわり」掲示板には、その樫本大進のBBSに参加されていらっ
しゃる方も意見をお寄せになっていらっしゃいましたが、みなさん週末から今日にかけてのそれ
までとは異質な雰囲気をふまえた上でコメントされていたと思います。

ここで一度掲示板での発言のありかたについて考えてみるのもいいかもしれませんね。

掲示板を管理なさっていると、当初開設した目的とは違う方向に流れていったり、予期せぬ出来
事が起きてたりして、想像以上にストレスがたまるものと推察します。

AKさんやKAORUさんの率直なご意見をお聴きかせ願えませんでしょうか?

まだ少し食い違いが・・。 投稿者:西尾  投稿日:08月20日(金)00時58分15秒
こんばんわ。

私の「本音で語る」の質問について皆様、ご意見ありがとうございました。
でもちょっと食い違いがあるようなので、補足をさせて頂きます。

  個人のセンスや趣味について意見をするから「醜い論争」なるわけです。
  これは以前私が申しましたように「投稿者への個人攻撃」に当たります。
  ですが演奏家に対して思ったことを言うのとは「全く別」だと思います。
  
(A)例えば**氏の演奏会行って、「**氏の演奏は・・・腹が立った、云々」
     というのは「個人攻撃」ではなく、「意見」なのです。
  
(B)この意見に対し、「**さんについての批判」はあってもいいと断った上で、
  >「**さんが好きな****の感性を疑う」とか、「****には聞く耳がない」とか
  >正面切って言われたら、きっと死ぬほど腹立ちますね。
  と、piyataさんはこうおっしゃってるわけです。
  
  で、基本的人権の厳守とおっしゃってる方がいますが(B)のことがダメとおっ
  しゃってるのなら話はわかります。ですが、(A)も危険性が高いからダメ、と
  いうのならそれは拡大解釈と言うものです。
    プロである以上、その技術で「メシを食ってる」以上、批判は大なり小なり
  付きます。それは仕方のないことなんです。 例えそれが「不特定多数が見ている
  掲示板」であってもです。
  
  「語り合い」も「論争」も本音で語る上では異音同義語です。誰かが好きな演奏
  家を少なくとも批判するのですから「論争」に発展することは自明の理で、ただ、
  そこで決して(B)にならないことが重要なわけです。あくまで「口調が優しい
語り合い」を実践しようとするのなら、本音で語る事なんて全くできません。
  そう思いませんか?(思わんかなー?。^^;)
  
  それから、一度ハラを割って話す=論争する、をすると相手がどういう人なのか
  解るはずです。その論争で(B)のような言葉を平気で言う人に対しては、「そ
  ういう人」と割り切ればいいワケです。(一度は忠告しますが。)

  正しく論争する=ハラを割って話す、のは確かに難しいです。お互いに傷つけ
  合うことも時々あります。でもそれを自制心で乗り越えて一つずつ色々な
  「おしゃれ」を理解しないと、本音で語ることが素晴らしいと思うことなんて
  到底できないと私は思うのです。
  
  
  個々の方々への返事はまた明日書きます。少々お待ちを。
  でわでわ。


訂正 投稿者:小川  投稿日:08月19日(木)12時28分40秒

オイストラスは、もちろんオイストラフの間違いです。
お詫びして訂正します。


ヴェンゲーロフ自作のカデンツァ 投稿者:小川  投稿日:08月19日(木)11時46分18秒

カデンツァの話ですが、
ブラームスのヴァイオリンコンチェルトで、ヴェンゲーロフは自作(!)のカデンツァを使っ
ていますね。
以前こちらにも書きましたけど、私はこの演奏を幸運にも生で聴くことができたのですが、改
めてCDを聴いてみますと、そのカデンツァがちょっと違っているようにも思えます。もっと
も生で聴いたときはあまりの興奮のあまりでしたので、今となっては定かではありませんが、
もともとカデンツァは、比較的アドリブ的な要素が多いと思いますし、ヴェンゲーロフのカデ
ンツァも数種のモチーフを組み合わせた即興的要素が多く残されたもののように思いますので
違っている可能性もあるのではと思います。

お話ししたいのはそのことではなく、彼のこの演奏が極めて高く評価された理由のひとつに、
こちら英語圏の評論誌では、このブラームスについて、先人の焼き直しではなく、ヴェンゲー
ロフ独自の世界を打ち出すことに成功したことがあげられています。カデンツァだけではなく、
演奏や音楽そのものに彼独特のムードが漂っていると私も思います。オイストラスの名演を彷
彿とさせるとの意見もあるようですが、全編をつらぬく寂寞とした感じは、オイストラスとは
また違った、ヴェンゲーロフ独特のものだと私は思います。
佐々木さんのお言葉を借りれば「大事業を成し遂げた」ということですね。

ちなみに、「才人の問題提起につきあわされている気がしないではない。しかし、それがとて
つもない才能の持ち主であるにもかかわらず、我々普通の人間にもすんなりと理解はできる」
という評もありました。確かにカデンツァだけをとれば好みがわかれるところかもしれません
ね。

欧米で、レーピンに比べてヴェンゲーロフの人気や評価が高い理由のひとつは、このように、
彼の独自の解釈や音楽を作り出す力が評価されていることが大きいように思います。そして、
それはクラシックの王道を進むものであり、マエストロやオケ奏者の間でも彼の人気は絶大
なものです。


みなさま、貴重なご意見ありがとうございます。 投稿者:小川  投稿日:08月19日(木)11時00分23秒

みなさん、先日の私の「素敵ですといいたいところですが・・・」での問題提起に対して、
貴重な真摯なご意見をお寄せくださり、ありがとうございました。
先日のあの投稿は、私自身への自戒の意味をこめて書いたものでした。

> 西尾さん、ひめさん、しょうこさん、Payataさん、kojimaさん
みなさま方となら安心して本音で話せそうな気がします。

ただ、一般的な場合ですと、こうした文字だけの掲示板上で本音で語り合うことの難しさを
私も感じるようになりました。
こうした掲示板では、西尾さんのおっしゃる通り、自分の意図が相手に正確に伝わらないこ
とが往往にしてあります。第三者にはさらに異なった意味となって伝わったりもします。も
うひとつ恐いのは、掲示板上に登場しておられる方々以外にどんな方がお読みになっている
かがわからないということです。つまり、常に発言する側に見えない多種多様な目にもさら
されているということです。

議論の目的や、参加者間で最低限共有すべき前提条件についての共通理解がなされているこ
とが確認されていないままに議論をはじめても、お互いの主張が噛み合わないまま議論が進
み、自己の主張や語気を強めるために余計なことを口走ったり、強引な論理を展開し、その
結果、議論が醜い言い争いへとつながりがちです。

また、車の運転でもそうですが、普段はおとなしい方がこうしたネット上では豹変するケー
スも少なくないようですね。例えば、私は会社を経営する側の人間なわけですが、普段私に
媚び諂っているような気の弱い部下でも、ネット上では匿名をかさに平気で私に暴言を浴び
せることもできてしまうわけですよね。だからこそ、平等性が保たれるわけでもあるわけで
すが。

kojimaさんが指摘なさっているように、人間社会の常識としての最低限のルールをお互いに
厳守したうえで本音で「語る」ことはできても、「議論する」ことや「論争」することは、
やはり難しいかなというのが、今の私の「本音」でもあります。


食あたりじゃぁ〜 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月19日(木)07時39分47秒

ここ2日ほど食あたりで寝込んでいました。
また↓の書き込み、自分では持っていない CD のことでもあり、まだ体調が変なので
今回はウラをとっていませんので、悪しからず。
 
ちょっと補足すると、 CD を出すのに「全編に自分なりの目が届いて」いるのは当たり
前のことですが、私がいう意味は「全編に自分なりの新解釈を披露している」という意
味で、これはヴァイオリニストならやっていかなければならない大事業だと思います。
単にブロン教授がつけた弓使いをそのままお披露目する「天才少年」のままではダメな
わけで、かたやメニューイン、かたやオイストラフのカデンツを使う以上、ある曲では
全編に渡ってメニューインの運弓法、また別の曲では全編オイストラフの運弓法で通す
のが普通なのですが、この二人の運弓法はたぶん Mozart では相容れないと思うので、
それなら全編新解釈の Mozart が生まれているかどうか、ということが焦点になります。
レーピンならその大事業をなせると思うし期待もしているのですが、なにしろこの CD 
はちょこっとしか聴いたことがないので、ちゃんと聴いた方の感想をぜひお聞きしたい
と思っています。


ひめ さん、ようこそ 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月19日(木)07時08分21秒

はじめまして。
私の書いたことが、私が思ってもみなかった境遇の人にストレートに伝わったみたいで
うれしくもあり、またびっくりでもあり、襟を正す気持ちにもなっています。
とにかく、今後もよろしくお願いします。

樫本大進のページで「イントネーション」についてご質問なさっていたようですが、
それは「フレーズのイントネーションがはっきりしない」とか、そういう使い方を
されるときの「イントネーション」のことですか?
これは推測ですけど、ヴァイオリンの場合、スラーはひと弓で弾くのが原則のような
ので、楽譜の解釈が違うとスラーのかかり方も違い、そこで弓のアップダウンも違って
きます。こういうのを「アーティキュレーションの違い」とか「運弓法の違い」とか
いうのですが、「イントネーションがはっきりしない」というのは、こういう問題を
含んでいる場合もあるし、また単に速い経過句で左手の動きがあいまいであるという
ことを差す場合もあるようです。
 また通常はこの両方が絡み合っていて、人とは違う部分で弓を返しちゃったので、
その結果、他の人がハッキリ弾くフレーズの部分で弓の長さが足りなくなり、その
部分の発音がはっきりしなくなる事態が起きるかもしれません。
 この場合、弓が足りなくなって発音がハッキリしなくても、楽譜の解釈上、自分は
なにがなんでも自分の考える場所で「弓を返したい」という演奏家の主張が込められて
いるケースもあります。
 こういう演奏家の主張を読み逃すと、「AとBの演奏家を徹底的に聴き比べた結果、A
はある部分で指がもたついている」という単純な判断におちいる危険があるわけです。

 レーピンが Mozart の3番でオイストラフの、2番でメニューインのカデンツを使った
ということは、私にとっては大問題で、オイストラフとメニューインのスラーのかけ方は
ものすごく違うはずです。
 それを意に介さず「単にメロディーが好きだから」この二人のカデンツを選んだと
言っているのですが、そうだとするとレーピンは3番も2番もカデンツ以外の楽譜のす
べての部分に自分なりの目が届いているということになります。
 つまりこの部分のスラーはここで弓を返したい、また別の部分は自分流ではここで返し
たいという主張が全編に渡って込められているということなのですが、ただし Mozart 
の(2番はともかく)3番にいまさら目新しい主張や弓使いがあるだろうかという疑問
もあります。
 私はレーピンのこの CD を持っていないのでまちがっている部分もあるかもしれませ
ん。
 またイントネーションから離れてとんちんかんなことを書いているかもしれませんが、
まちがってたらごめんなさい。



芸術や文化は論争の対象ではないと思います
 投稿者:kojima  投稿日:08月18日(水)22時49分34秒

「個人の尊厳」という日本国憲法の大原則が厳守されるのであれば、個々の趣味やセンスに
ついて本音で語り合うのは、対象への理解を深めることにもつながり、それなりに意義深い
ものだと私も思います。
 しかし、語り合うことと言い争うことは違います。
 また、芸術や文化は、論争の末に白黒あるいは優劣をつける類いのものではないと私は考
えます。そもそも個人の趣味や嗜好、価値観はどれが正しくてどれが間違っているとか、ど
ちらが優れていてどちらが劣っているなどという種のものではないはずです。「おしゃれの
センス」とはつまりその人の価値観そのものだと私は考えますから、それについて議論して
結論を出すような性質ののではないと思うのです。議論をしても決着はつかず、自己の主張
を通そうとするあまり、小川さんがおっしゃったように、余計なことを口走ったり、強引な
論法を持ち込みがちです。その結果として、いったいなにが生まれるというのでしょうか。
他人から自分のセンスを誉めてもらうために血を流してまで議論をすることにどれだけ意味
があるというのでしょう。

 もう一度申し上げます。個人の尊厳という基本的人権が厳守された上でお互いの感じたこ
とを本音で「語り合う」ことには私も賛成です。でも、論争につながるのなら、それは時間
の無駄です。
 それともう一つ。ルールを守ることのできる限られたメンバーの間で、例えばメーリング
リスト形式であれば本音で語り合うことは可能でも、不特定多数の目に触れる掲示板でそれ
を行うのは、極めて危険性が高いことだと思います。


↓ついでに 投稿者:Piyata  投稿日:08月18日(水)13時33分06秒

私はRさんのファンですけれども「Rさんについての批判」はあってもいいと思います。
言われ方にもよりますが、別に私の彼氏の悪口じゃないんだし、そう腹は立ちません。
だって私にだって「なんじゃ、こりゃ?どこがいいんだ?」って演奏家や曲は
この世にた〜くさんありますからね。
実は心の中では「こんなの好きな人がいるんだねぇー」なんて思ったりもします。
ただ、「Rさんが好きなpiyataの感性を疑う」とか、「piyataには聞く耳がない」
とか正面切って言われたら、きっと死ぬほど腹立ちますね。
(幸せなことに言われたことはないですが...。)
演奏家とか、曲とか、そういうものに対して意見が分かれて対立することは
当たり前だと思うんです。大いに議論するべきだと思います。
でも、意見を言っている相手の聴き方、相手の感性に対しての批判だけは、
絶対にしちゃいけないと思うんです。
相手の人格を否定することですからね。


うう、みなさん良いこと言うなあ! 投稿者:Piyata  投稿日:08月18日(水)12時31分15秒

皆さんの意見、それぞれとても説得力があると思います!
ほんと、全部ただしいと私は思います。

でも、「この人の意見なら聞けちゃうわ」っていう人と、そうではない人って
普段の生活のレベルでもいますよね。
そういう人間関係なら何をいわれてもそんなに腹はたたないでしょう?
掲示板って、そういうのが大切なんじゃないかと私は思います。


(^^) 投稿者:しょうこ  投稿日:08月18日(水)10時41分05秒

>西尾さん
はじめまして。まだ居座ってまもない「しょうこ」です。
私も、本音で音楽の事を話したく、友人からこのHPを紹介
してもらったんです。いろいろ読んでいて、「あぁ、いいなぁ」
って思いましたよ。この輪の中に入れたら、どんなにステキだろうか・・・と。
知らない事を知る喜びがここにあり、私の求めている世界がここにありました。
いつも一人で音楽の事考えて、幼いながらも、ナイ脳みそフル回転
してた私は、だれでも良いから、他人の助言や意見が必要だったんです。
一緒に考えたい。一緒に音楽談義なんかできちゃったら、な〜〜んてステキ
なのかしら・・・。

どこのHPでもあるんですが、多くの人がある演奏家に対して、同じような
意見を持っている。そこに違う意見の人がきた・・・。そして
それをみ〜〜んなでたたきふせよう・・・というかその人の考えを改めようとする動きが
あるんですね。私、そういうの見てて、「?」な気分になります。
なぜ、人に意見をもっと聞こうとしないのか・・・。その人には私の
知らない考えがある。ステキだとお思いません!?私が思っていない事を、
その方は思っているんです、知っているんです。聞けば教えてくださるかも
しれない。そして教えていただければ、私は知らない事をもっと
知るようになる。知らない事を求めなくては、私はつまらないと
思うのです。みなさんはいかがですか?



ちょっと 混乱 投稿者:ひめ  投稿日:08月18日(水)00時30分17秒

こんばんわ。
そう言えば、自分と異なったセンスを排除する人がいましたね。
攻撃の名目は色々。「あなたのため」だったり、「音楽のため」だったり。
本当に相手はそう思ってくれているんだろうけど。

どうして そのまま受止められないんでしょう?(私もです)
自分と違ったセンスを持った人、やはり最初は戸惑います。
戸惑いますが、私は好奇心の方が強くてそのセンスや物の見方を
知りたい思います。(時々、かなり痛い思いをします)
自分と違う視点を持って 物を見られる人って重要じゃないですか?
そういう人が近くにいるのは ラッキーな事だと思うのです。

ただ、自分がどうしても譲れない部分(私の場合は自分の事は自分で
決めたい、と言う事なんですが)が 合わなければ 残念ながら
その方とは 上辺のお付き合いになります。
もちろん 相手方の考えは自分が譲れるギリギリの所まで認識します。
私の考えも解ってもらえたら嬉しいけど 解ってもらえなくても
別に構わないと 思っています。
常識も正しさも、人(あるいは集団)によって異なると思うのです。

緑茶が好きか、烏龍茶が好きが、紅茶なのかコーヒーなのか、
コーヒーならカフェ・オレなのか、エスプレッソなのかカプチーノなのか???
音楽観やセンスも 乱暴な言い方をすれば 味覚と同じだと思います。

ちょっと混乱気味になりました。

西尾さま:
新参者です(笑)。宜しくお願いします。


返信と質問 投稿者:西尾  投稿日:08月17日(火)23時01分05秒

こんばんわ。

佐々木様>
  とてもきれいな「鳥の詩」ですね。
  >たくさんの種のいろんな「おしゃれ」のセンスを理解しないと、作品は「真実
  >らしさ」を持って私たちに迫ってくることはありません。
  
  その通りですね。ですから私は一演奏家にこだわらないのです。
  だって、もったいないと思いませんか。沢山の演奏家が世界中にいて、それぞれ
  に解釈や楽器の音色、技術がある。それを聴きたいと思いませんか?。
  
小川さん>
    私の理想はまさにこの文章通りなのです。本音で語り合いながらもお互いを認
    め合う、これが一番なのです。
    (このようにできてるとはお互いに言い難いですネ。(^^ゞ)
    
    ですが、自分が意図する事が正確に伝わらず、文章の一部だけを読まれて反論
    される方も中にはいますね。すでに感情的になっておられる場合があるので何
    を言ってもこちらの意図が届かない時には、小川さんのおっしゃるとおり「セ
    ンスの違い」で議論を止める方が良い場合もありますね。
   
    >センスの悪さをなじる時間があるのだったら、自分に「おしゃれ」のセンスを
    >磨くことに勢力を注ぐ方がずっと有意義だと思います。
 
     その通りだと思います。なかなか難しいのですが・・。
          
     ところで小川さん、私は最近本音で話すことを避けた方が良いのでは?と思う
     ことが多くなりました。良いところは話すけども悪いところは話さない・・・
     実はコレ、私が最も忌み嫌う会話法なのですが、小川さんは本音で話す(お互
     いに傷つけ合う事も多い)ことをいかがお思いになりますか?。
     

以下、余談ですが、
実はですね、私がこのHPにお世話になる前にHP作成ソフトを買ったのですよ。
理由は「本音でClassicを議論できるHP」を作りたかったから。
勿論佐々木様の「鳥の詩」や小川さんのご意見が大前提ですが。

でも、開封したっきり一度も使っていません。(もったいね〜。(笑))
理由はこのページを見つけたから。本音を語れるこのHPが私にとってはとても居
心地が良いのです。
  しかし、初見の人には立ち寄りがたい雰囲気が流れているのは、申し訳なく思っ
  ています。

うーん、どちらが良いんでしょうね。Web Master:佐々木様のご意見と、参加者の
方々の意見を是非聞きたいですね。

でわでわ。


素敵ですといいたいところですが・・・ 投稿者:小川  投稿日:08月17日(火)19時36分08秒

「鳥はなぜ歌うの?」なかなかユニークですね。でも、疑問も感じる部分もあります。

多種多様な種のいろんな「おしゃれの」センスを持った鳥たちが交流し、お互いの「おしゃれ」
のセンスを披露し合って、「ステキね」「とてもおしゃれだね」とお互いのセンスを認め合い、
さらに、その「センス」がどういう空気から生まれたものかまで理解しあえたら、それはとて
も素敵なことです。理想的な出逢いです。きっと、お互いのセンスにもさらに磨きがかかるこ
とでしょう。

しかしながら、自分のセンスのよさを説き伏せようとしたり、センスの「優秀さ」を競うあま
り、互いに傷つけ血を流し合うのは、とても感心できたことではありません。

まったく違うセンスを持った鳥に「とてもおしゃれだね」と誉めてもらうには、相手のセンス
をまずみずからの方から認めてあげようとする思いやりの心を持っていることがその前提にな
ると思います。

まったく異なる「おしゃれの」センスを持った鳥同士が出遭ったとき、互いに理解しようと歩
み寄る姿勢があればいいのですが、自分とあまりに違うセンスを持った鳥達が理解できないこ
とから、彼らを敵とみなして攻撃したり、あるいは自分達よりも劣ったセンスの持ち主なのだ
と蔑み、やがてそれが醜い暴力行為や戦争にまで発展する事例がいくつも起こっています。

自分のセンスのよさを「議論によって」無理に認めてもらおうとするあまり、ついつい余計な
ことを口走ったり、力ずくで認めてもらおうと強引な理論を展開するのは、センスのいい鳥達
のすることではありませんね。

相手のセンスのよさを互いにわかりあえるのに必要なのは、「議論」ではなく「心」だと私は
思います。どちらのセンスがいいかを理屈だてて「議論」する暇があったら、違う鳥のおしゃ
れの仕方をみて、その鳥がなぜそれをおしゃれだと思っているかをわかろうとする「心」を豊
かにする方が、「とてもおしゃれだね」と互いにいいあえる関係に近いのではないかと私は思
います。

ですから、まだお互いに分かり合おうとする関係ができていないうちは、「センスが違うんだ
からしょうがないね」といって議論を止めることの方がいい場合だって決して少なくないと思
うのです。

「おしゃれの」センスって、お互いに血を流してまで認めてもらうほどのものではないと思う
のです。相手の「おしゃれ」の仕方の悪さを指摘し、センスの悪さをなじる時間があるのだっ
たら、自分に「おしゃれ」のセンスを磨くことに勢力を注ぐ方がずっと有意義だと思います。


素敵です。 投稿者:ひめ  投稿日:08月17日(火)12時01分13秒

佐々木公明/父さん こんにちわ。はじめまして。

「鳥」の文章、すごく素敵です。
6月に ある音楽団体を退団しないといけない状況になってしまって、
それから 自分の事とか、音楽の事とか、周りの事とか いろいろと見えなくなっていたんです。

2ヶ月過ぎても 私の歌声は戻ってこなくて、歌うと思っただけでノドが締まって
来て、なんか 本当に、もう。。。。

でも 鳥さんの文章を読んで、気持ちが楽になりました。
ありがとうございました。


鳥はなぜ歌うの? 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月17日(火)10時44分05秒

鳥はなぜ歌うか?
あれは別に異性を呼ぼうとしているわけではないと思います。
それは人間が考えた理屈で、鳥には異性とか同性という区別はない。性という考え方さ
えないと思います。

だから、自分のナワバリのなかでさえずっている鳥は、そのナワバリのなかに異性が来
ようが同性が来ようが、あるいは誰も来なくても、それでも鳥は歌うわけです。

その歌は、誰かのために歌うわけではなく、ひとりぽっちでも歌うわけですね。ただ、
誰か訪ねてきたときにできるだけ「おしゃれ」に聞こえるように、まぁウグイスなん
かはレッスンをおこたらないみたいですけど。

歌える鳥は歌いますが、歌えない鳥は自分のナワバリのなかで、まぁいろんなことをす
るようです。ダンスをするやつもいます。キツツキのようにパーカッションに凝るやつ
もいます。高等な鳥になるとバルトークを聴いてたりします。(洗濯しながら)

ナワバリに誰か来ても来なくても、そんなことはどっちでもいいわけですね。
ただ、仮に誰か来ると、鳥さんは種族を残そうという行動に出ます。同性でもそういう
行動に出ます。そんなことをくり返した結果、たまたま異性が飛び込んだときに種族が
残るわけで、鳥さんは決して異性を求めて歌っているわけではない。そういうHな考え
を持っているのは人間だけで、それを純粋な鳥さんに当てはめてはいけないと思うので
す。

聞き手が自分ひとりでも、なるべく「おしゃれ」に歌ったほうが気持ちがいい。なる
べく「おしゃれ」に踊ったほうが楽しい。バルトークを聴くことがなるべく「おしゃ
れ」な行為であったほうがうれしい。

これは鳥もセミもカエルも金魚も同じだと思います。ひとついえることは、鳥の歌にカ
エルは感動しない。
鳥のナワバリにまちがってカエルが入ってきても、種族を残そうという行動は起こら
ない。カエルには鳥の歌は聞こえない、わけです。

バルトークを聴いている鳥のところに、北島三朗の歌が好きな鳥が迷いこんだとします。
あるいはヴァイオリニストAがおしゃれだと思っている鳥のナワバリに、ヴァイオリニス
トBがおしゃれだと思っている鳥が侵入したとします。

インターネットが趣味の鳥さんなんかもいまして、掲示板なんかやってます。鳥さん同
士の出会いの場もなかなか多彩になってきました。

音楽について語る語法(イディオム)が違う種が簡単に出会えるようになっているわけ
です。相手のおしゃれのセンスを理解しようという気持ちがないと、相手の歌や音楽は
聞こえません。

ダンスがおしゃれと思う鳥がいるなら、詩を書く鳥もいます。絵を描く鳥もいるでしょう。
早く飛ぶことこそ私の美学という鳥のF1レーサーもいます。

詩を描く鳥は、その詩で異性の気を惹こうとしているわけではありません。相手などい
なくても、詩を描くことそのものが人生の目的になっているのかもしれないのです。
私はそれを「おしゃれ」という言葉をキーに、いつも考えようとしているのですね。

セミが鳴くのは、そうすることが「おしゃれ」だと思うからであり、異性を呼んで種族
を残すのは二次的な結果に過ぎないと思っています。
金魚がひらひら踊るのは、それが自分の「おしゃれ」のセンスだからであり、センスを
磨くことは、相手がいなくても必要な生きるための目的になり得るのです。(じゃない
とあの狭い水槽のなかでやってられません)。
異性や同性の金魚の気を惹くためではないと思うのです。(チンパンジーや人間のよう
な高等な動物になるとそこに不純な動機がプラスされるかもしれませんが)

ジャコメッティの晩年の絵は、見つめると見つめ返す絵だと、そんなTV番組を見ました。
絵を見る者が、その絵から見つめ返される。そんな圧倒的なリアリティを勝ち得た芸術
作品が、絵の世界には存在するのだなぁと思いました。それに続く番組で三善晃、池辺
晋一郎師弟の音楽を録画しましたが、音楽にはそんなリアリティを持ち得る作品がある
のだろうか、と考え込んでしまいました。

まず、たくさんの種のいろんな「おしゃれ」のセンスを理解しないと、そしてそういう
「センス」がどういう時代の空気から生まれたかを知らないと、作品は「真実らしさ」
を持って私たちに迫ってくることはありません。

だから「趣味の問題だね」といって議論を終わらせてしまうのは、「センスが違うんだ
からしょうがないね」といって議論をやめてしまうようなものです。
ケンカにならないように注意しながらも、気長に、根気よく、自分の考えをまとめてい
くことは、きっと詩を書く鳥さんから「とてもおしゃれだね」と誉めてもらえると思う
のです。


渡辺茂夫氏 逝去 投稿者:西尾  投稿日:08月16日(月)01時00分36秒

渡辺茂夫氏がお亡くなりになりました。
「神童」のCDを改めて聞いてみますと、これが無名の楽器から奏でる音色か?、
銘器を持たせたら・・と思うほど立派な演奏だと思います。

ツィゴイネルワイゼン、スケルツォタランテラのような技巧的な曲は勿論のこと
アヴェマリアなどの美しい曲も本当に美しく弾く演奏には圧巻です。

月並みの言葉しか思い当たりませんが、
ご冥福をお祈り致します・・。


現代曲への近づき方 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月15日(日)19時01分37秒

 音楽とは「ひとりのときのおしゃれのしかた」だと思います。

 この3日ほど家族はかみさんの実家です。子どもたち3人もまだ小学生で運賃半額。
新幹線以外帰省の方法がなく、私はひとりで留守番と、このところお盆は毎年そうです。
 で今、洗濯機の洗濯槽の洗浄をしながらこれを書いています。

 聞いてる曲はバルトークです。
 おっ、しぶいっ! とか、
 なんとも暑苦しい〜! とか、
 わかりもせんのに…、 とか、
 無理すんなよぉ〜…、 とか、
 ここを読んだ人の脳裏にいろんな私の姿がおそらく空想されるわけで、極端なはなし、
そんなたくさんの自分自身の姿を楽しむためにバルトークを聴いていると言えなくもな
いほどです。

 インターネットがなくても同じことです。
 たとえば、今バルトークを聴いている。そこへだれかがひょっこり訪ねてくる。まぁ
可能性としては高校時代の友人、たとえば「バルトークの孫」なんかが野菜なんか持っ
て訪ねてくる。そのとき、我家はバルトークの曲がかかってるわけです。
 彼はHN(ハンドルネーム)が「バルトークの孫」というのに、この曲がわからんかっ
たりする。
 たぶん、わからんと思う。
「なんか、暑苦しい曲かけてんねぇ〜」
 なんて言うだろう。私の答え方は決まっている。
「そうだね。まぁ、なんだっていいんだよ。今、洗濯機の掃除してたんだからさ」

 でその曲は、バルトークの「コントラスト」という。昼に洗濯機の洗浄剤を買いに
いったついでに「タイム」で1000円で買ってきた LP です。17分ほどの曲で、ヴァイオ
リンはシゲティ、ピアノはバルトーク、クラリネットはベニー・グッドマン。正式の曲
名は「ヴァイオリンとピアノとクラリネットのためのコントラスツ」だそうです。(録
音はエレクトロニカリー・ステレオ、つまりニセステ)

 3楽章あって、聞いている楽章によっては暑苦しいところもあり涼し気なところもあ
ります。バルトークのピアノは買う前からわかってたけど、あんまりうまくない。それ
でもキース・ジャレットみたいな感じは悪くない。(前に聞いた、ベートーヴェンのク
ロイツェルのピアノを弾いたバルトークに比べれば)
 ベニー・グッドマンも素晴らしい。とてもヴィルトージック!
 実はこの曲は B 面です。A 面はバルトークのピアノ・ソロ「ミクロコスモス」で、
名前ぐらいは私も知ってる。今まで興味がなかっただけ。このピアノ・ソロにいたく感
動してしまった! 偽ステなので抑揚のない音質なのが残念だけど。 
 問題はシゲティ。初めて聞いたときの BACH の無伴奏には感動したはずなのに、聞け
ば聞くほどわからない。「コントラスト」についていえばグッドマンは名演なのに、演
奏を終えてシゲティにはうんざりさせられたのではないかしら? なんてことまで考え
てしまう。
 だってグッドマンは気合いのこもった巨匠風な熱演なのに、ほかのふたりは、まるで
音楽に対する考え方が違うとでもいうように、淡々とした弾き方なのね。
 映画『ベニー・グッドマン物語』のなかでグッドマン自身が言うように、「ああいう
音楽もいいけど、こういう音楽もいいよね」みたいなこと言って、まぁ恋人に誘われた
せいもあるけどジャズのほうへ行ってしまうのは、このLP を聴くとなんとなくわかる
ような気がします。

>きっと、彼らは自分の限界よりも、音楽の限界を感じたんでしょう。
>自分自身が好きになった「音楽」とは違う音楽、それを知ってしまい、恐くなったの
では?

>しょうこさん ようこそ。
 レーピンのHP にあったしょうこさんの言葉、拝借しました。ここでいう彼らとは、
マイケル・レビンと渡辺茂夫のことでしたね。私はクラリネットというとポール・メイ
エと赤坂達三ぐらいしか知りませんが、例えば赤坂と樫本大進が、 Mozart やブラー
ムスのクラリネット5重奏曲や、このバルトークの曲をやったりするようなコンサー
トがあったらいいなと思います。

 さて、音楽はひとりのときのおしゃれのしかただなどと、阿呆な説をとなえる私で
すが、そんな自己暗示からもしバルトークの音楽が好きになれたら儲けモノ。
 とにかく最も理解しにくい相手がバルトークとシゲティではないかと思っています。
なにが私の理解外かというと、このふたりのおしゃれのセンスがアメリカのキャデラッ
クのテールのようなセンスとぶつかったところで、わけのわからんモンスターのような
ものが生まれたような気がするのですね。

ご冥福をお祈りします 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:08月15日(日)14時32分59秒
 渡辺茂夫さん、亡くなられてしまいましたね。障害があったとはいえまだ58歳は早いと
思います。お父さんの季彦氏もくやしいことだろうと思います。
 事実の一部しか知らされない私のような部外者にとっては、渡辺茂夫が日本に帰国して
からも楽しい思い出がいっぱいあったに違いないと想像する以外にありません。
『神童』の続編をいつか読むことができればいいのですが…。


お久しぶりです 投稿者:C.Y.  投稿日:08月15日(日)09時18分32秒

みなさん、こんにちは。おしさしぶりです。 夏休みに入ってうちにある、弟のパソコンを借りて
HPを見てたのですが、どーしても、佐々木さんのHPだけ開かず、「あら、佐々木さんのHP、
おかしくなっちゃったのかしら?」と自分勝手に思ってたのですが、なんのことはない、弟の
パソコンのせいだったのですね。。。 もうひとりの弟のパソコンをいじらせてもらったら、ちゃん
と開くじゃあないですか!!  すっかりお話がすすんでしまってる・・・

kojimaさん、FMの予告、ありがとうございます。 知らなかったです。 絶対に聴きます!!
わたしは、ヴェンゲーロフ大好きですけど、お恥ずかしながら、彼のためにかかれた曲があった
なんてつゆ知らず、でした。ホントに恥ずかしい・・・  昨年のコンサートも行き損ねたし・・・
絶対に聴きますね。


またまた書いている間に・・・。 投稿者:どっこい  投稿日:08月14日(土)21時14分48秒

>kojimaさん たのしみ、聴きますね。19日!

>Yoshiさん  思えば、下の書き込み、ちょっと慣れ慣れしすぎました。ごめんなさい。(恥)


ケネディさん! ほか。 投稿者:どっこい  投稿日:08月14日(土)21時11分13秒

>西尾さん

まー、ケネディさん。度肝を抜かれました。いろんな意味で・・・笑。目が点目が点!
あまり大した感想も書けませんが、とりあえず、ちらりと一言。
もし、あのコンサート会場に私が行っていたら、間違いなく大満足で、
「楽しかった〜。これも<あり>だね。びっくりびっくり。」と、
帰ってきたことでしょう。「元気がでるブラームス」・・同感です。

>kojimaさん

彼は10年前からずっと、あのスタイルなのですか?おもしろいですよねー。
心に迫り来る、とかじゃなかったけど、楽しい演奏で気に入りました。ノリノリ。
それと、kojimaさんの「純粋な気持ちで・・・受け取ろうという姿勢」と
yoshiさんの「聴く側の気持ち次第で・・・」というお話・・・「うんうんうん」と
うなづきながら、聴きました。素直に、無防備に寄り添えたら、幸せよ、ということですね?

>Yoshiさん
ごきげんは、うるわしいですよ〜。まいヴァイオリン!ほっほっほ〜。(詳しくは樫本HPを)


NHK−FM 「ベスト・オブ・クラシック」 投稿者:kojima  投稿日:08月14日(土)20時57分14秒

 来る8月19日(木)19:20−21:00 NHK−FM 「ベスト・オブ・クラシック」
のなかで、<N饗と共演したソリストたち>と題して、またまた、
シチェドリン作曲「コンチェルト・カンタービレ 〜 マキシム・ヴェンゲーロフのために」
が登場します。
 この演奏は、昨年9日9日の記念すべきN饗B定期サントリーホールの柿落としとなる公演
のなかでの日本初演がNHK−FMで生中継されたほか、そのB定期模様が、9月11日にN
HK−BS2で放送され、さらにNHK教育のN饗アワーでも<献呈、あなただけのために>
と題した特集で取り上げられました。また、それとは別にNHK−FMでも視聴者のリクエス
トに応えて放送されています。

 この曲は、わたしのヴェンゲーロフさんとの出会いとなった曲です。現代曲がちょっぴり苦
手のわたしでも、まるで劇場にいるように目に前に次から次へとさまざまな場面が克明に映し
出され、魂を強く揺さぶられました。演奏が終わった後に全身の力を使い果たしてしまったよ
うな脱力感にみまわれ,激しい感動と驚愕を覚えました。周囲はブラボーの嵐と割れんばかり
の拍手でしたが、そんなわたしにはもはや拍手をする体力さえ残ってませんでした。ただただ
ボーッとしていたようです。意識朦朧というのでしょうか。わたしには強い衝撃でした。
 休憩をはさんで後半のチャイコフスキーの交響曲第4番も上の空でほとんど印象に残ってい
ません。
 帰りにパガニーニ/サンサーンス/ワックスマンの「超絶技巧作品集」を記念に買いました。
これがわたしが最初に買ったヴェンゲーロフさんのCDなのですが、今一番のお気に入りです。
 その演奏会の帰り、地下鉄北山駅で電車を待っているときに、N饗のメンバーの方々とご一
緒になりました。ヴェンゲーロフさんのことを話されていました。N饗のメンバーのなかにも
ヴェンゲーロフさんの熱烈なファンの方がたくさんいらっしゃるようでした。電車に乗ってか
らも、わたしはその方々の会話を傍で聞いていただけなのですが、一緒に行った友人がきっか
けをつくってくれて、少しだけお話することができました。その内容は長くなるのでまたの機
会に書こうと思いますが、ヴェンゲーロフさんがどれだけそのような層の方々に高く支持され
ているかがよくわかりました。N饗の方々は、演奏が終わった後は本当にきさくでやさしいご
く普通のおじさま方(失礼。お兄さまでした)という印象でした。服装もステージの上ではバッ
チリきめていらしゃいますが、普段はジーパンなどのラフな格好なんですよね。楽器のケース
を大事に抱えていらっしゃるのが特徴ですけど、その落差にちょっと意外に思いました。でも、
そのあとでテレビでお見かけするたびに、「あ、あのときの方だ」ととても親しみを感じてい
ます。とにかく素敵な演奏会でした。わたしの一緒に食事に連れてもらえばよかったなぁと今
となっては後悔してますけど、そのときは早く買ったCDを聴いて余韻に浸りたかったのでし
た。

 さて、この曲は、「マキシム・ヴェンゲーロフのために」という副題が示す通り、ロシアを
代表する作曲家であるシチェドリンさんからヴェンゲーロフさんに献呈された曲です。シチェ
ドリンさんは、尊敬し、最高のヴァイオリニストであると思うヴェンゲーロフさんにしか演奏
できないような曲を作りたかったのだとインタビューで語っていました。羊飼いの笛の音を模
倣したり、嵐の様子をヴァイオリンの激しい音色で表現したり、夢を見ていることを表すこの
上なく美しい音色。こららはヴェンゲーロフさんだからこそ音楽に表現できたのだとわたしも
実感します。最後、目覚まし時計の音で目が覚めるんですよね。そのときのギターのような奏
法も面白いと思いました。
 現代曲が苦手な人には無理におすすめしませんが、ショスタコービィチにそれほど抵抗ない
方ならじゅうぶんに楽しめる音楽だと思います。

 なお、この番組の中では、この曲のほかにも、ヴェンゲーロフさんのヴァイオリンでショス
タコービィチの「24の前奏曲」のうちの一節が披露される模様ですので、すでに「コンチェ
ルト・カンタービレ」をお聞きになった方にもお楽しみいただけるのではと思います。

 ほかに、ツェートマイヤーさんのヴァイオリンでベルクのヴァイオリン協奏曲、児玉姉妹の
ピアノでプーランクの2台のピアノのための協奏曲も紹介されます。奥田佳道さんのやさしい
語り口も楽しみです。


感動・・・・・。 投稿者:kojima  投稿日:08月13日(金)23時47分49秒

>Yoshiさん
 はじめまして。Yoshiさんのコメントはいろいろなところで拝見してました。さすがプロの
方だと感心してました。

「音楽は魂の言語である」 Yoshiさんのこのお言葉・・・とっても感動しました・・・。
 
 誰か古い歴史的人物の言葉だったのかもしれまいけど、そんなことを調べるのは野暮ですね。
その言葉が、今現役でご活躍されている音楽家の方から発せられたことにこそとても重みを感
じます。わたしの心に大切にしまっておこうと思います。
 
 本当にありがとうございました。

 音感のお話、イントネーションのお話、楽しみにしてます!


お久しぶりです。 投稿者:YOSHI  投稿日:08月13日(金)23時17分10秒

みなさん、ごきげんいかがですか?

ここのところまたパソコンに向かう時間がとれずに、みなさんからいた
だいたメールのお返事も滞っています。でも、連日たくさんのメールを
いただけることをとても光栄に思っていますし、拝見するのが楽しみに
なっています。少しずつお返事を書いていますので、いましばらくお待
ちください。
この掲示板にも、時間的な余裕ができ次第、またぼちぼち投稿するつも
りです。音感のこと、ヴァイオリンの音程(イントネーション)のこと、
その他、いただいたリクエストにもできる限りお応えしたいと思ってい
ます。

「技術と感動は別」「技術は音楽のメッセージを伝える手段にすぎない」
旨の記事は、何人かの方とのメールのやりとりのなかにも書きましたし、
どこかの掲示板にも書いたかもしれません。これらは私が常々口にして
いることですから、どこに書いたかをひとつひとつは覚えてはいません。
でも、それらが私の意図した通りに伝わっているのは嬉しく思います。
(この掲示板には、技術的な側面での専門的な立場からの解説を要望す
 る声が多かったので、その種のことは書いてないと思いますが。)

せっかくですから、「音楽の大切なもの」について、私がいつも口にし
ていることを、もうひとつこちらにも書いておきますね。

 「音楽は魂の言語である」

すなわち、「音楽は脳で理解するものではない。魂で感じるものだ。」
という意味です。

演奏家は全身全霊をかけて音楽にメッセージを託します。聴きに来てく
ださったお客様と演奏家との唯一の架け橋が音楽なのです。ですから、
聴きにきてくださったお客様のそのときの気持ち次第ではまったく正反
対の感想にもなり得るのです。最初からその演奏家に対して否定的な気
持ちで聴いていても感動は生まれにくいし、たとえ感動できても、それ
は大なり小なりその否定的な気持ちで薄まったものになると思うのです。


いろいろ 投稿者:kojima  投稿日:08月12日(木)22時12分08秒

>どっこいさん
 そうです。どちらもジョージ・ウィンストンです。「あこがれ」は「September」の第3楽
章(?)にあたり、アルバム「オータム」に入ってるものですね。とっても好きでした。確かこ
の「あこがれ」はトヨタのくるまのCMに使われてたんですよね。

>しょうこさん
 こちらでもお会いできて感激です。わたしはこちらの掲示板もずっとROMさせていただい
てたのですが、専門家の方の本音が聞けたりととても貴重な存在だと思ってました。それに最
近はPiyataさんとしょうこさんも加わって、もう向かうところ敵なしですね。ここはとても勉
強になります。しょうこさんもいろいろ教えてください。

>Piyataさん
 ありがとうございます。
 エフェクトって面白そうですね。わたしエフェクトについてはなんにも知らないんですが、
ハーモナイザーというのがあって、これはピッチを微妙にずらしたものをオリジナルに重ねて
コーラス効果を得るものだと聞いたことがあるのですが、そんなことして本当にうまくハモる
のかな?なんて思ってしまいます。エフェクトについても、ぜひいろいろ教えて下さい。
 ちなみに合唱では、個々人が勝手に演歌調の節をつけたり、ビブラートかけたりすると純正
調のハーモニーが生まれないので、厳しく注意されますよね。
 また、ジョージ・ウィンストンは昨年来日してリサイタルがあったのですが、生ピアノひと
つで弾いてました。きっと録音と生の演奏会では違うんでしょうね。ヴァイオリンでも、録音
には人工的な響きを付加したり、音色を操作するという話を聞いたことがありますし。

>でも理論を勉強すると楽譜の読み方も変わってくるし、いままで歴史の教科書に
>のっていた偉大な作曲家がとても身近に感じられませんか?

 まったくその通りです。もうそれが楽しくて楽しくて。。。
 
 それで思うようになったのですけど、音楽もひとつのコミュニケーションですよね。演奏家
と聴き手の間の。バーバルコミュニケーションにたとえると、演奏技術は、言語能力にあたる
わけですよね。いかに演奏家の思いを忠実に伝えられるかが技術レベルに依存するわけですが、
言葉を操る能力が未熟でも伝えたいメッセージがぴたりと伝わることがありますし、TOEI
Cのスコアで900点以上の英語コミュニケーション能力があっても、ミス・コミュニケーショ
ンが生じる。そこで重要になってくるのは、受け手がいかに送り手に歩み寄るかだと。演奏家
は優れた演奏家である前に人間として優れてないと感動を伝えることはできないけれど、聴き
手の方も純粋な心でもって演奏家の伝えようとすることを受け止めようと歩み寄る心の準備が
できてないと真の感動は生まれないわけですよね。双方の心の波長が合ってはじめて本当の意
味での音楽の感動がそこに生まれるのだということなのだと思います。
 それと、その際に楽譜上の音符の処理やテンポや演奏技術のことを話題にするのは、「あな
たの英語は上手ですね、訛りもなくて、流暢で発音もきれい。」といっているのと変わらない
わけですよね。送り手は音楽を通してあるメッセージを伝えたいわけですから。
 以上、まとまりがなくて支離滅裂な文章になってしまいましたが、これは以前にどこかで
Yoshiさんがおっしゃってた言葉がわたしに与えてくれた「音楽の大切なもの」です。音楽を
志すわたしにとってなにより大切なものです。そして音楽を志すものが、理論や技術を追求す
るあまり、ついつい忘れがちになるものでもあると思います。(安永さんの対談でも再確認で
きました。)


エフェクトの問題でしょう 投稿者:Piyata  投稿日:08月12日(木)20時53分24秒

>kojimaさん
なつかしいですねぇ。ジョージ・ウィンストン。でも持ってないんですよね。
平均率の癖とはなんだろ、ととても気になって、オータムのCD買って聞いてみました。

>ジョージ・ウィンストンの「オータム」(ご存知ですか?)なんか聴いてると、一応和音には
>なってるのですけど、引き伸ばしというか残響の部分でワンワンうなってるのが気になるんで
>す。多分これが平均律の癖だと思うんですけど

まず、これはおそらくアコースティック・ピアノで演奏されているものですが
(もしかしたら、デジタルピアノかも知れません)
音色に何種類ものエフェクト(音響効果とでもいうのかな)がかかっていますね。
音の立ち上がりをはっきりさせるためのコーラス効果とか、深〜いリバーブ効果、
それからほんの少しディレイ(こだま効果?)もかかっています。
これはエレキギターやシンセなど、電気を通す楽器なら当然のごとくやります。
またライナーノーツによると、このジョージ・ウィンストンはギターの名手なんですってね。
それならば、エフェクト関係にはなおさら精通していると思います。
(エフェクト関係もこれはこれでホントに深〜いんですよ。)
アコースティック楽器の演奏会などは、ホールのリバーブだけですから、なかなか
理解しがたいでしょうね。

ここで残響が残ってワンワンいっているのは、ウィンストンのピアノの残響に
ディレイをかけているからです。
ですから、これを聞く限り、音律とは関係ないかなと思いますよ。
音律についての一般的なことは「楽典」の序章、音・純正律と十二平均律の項など読むと
より分かるかもしれません。

kojimaさんの言うとおり、理論を勉強するのは面白いですよね。
(でも、音楽理論って数学に強い人がいいんでしょうね〜。)
私はいままで自分がどんなに無意識に音楽をやってきたかと痛感します。
でも理論を勉強すると楽譜の読み方も変わってくるし、いままで歴史の教科書に
のっていた偉大な作曲家がとても身近に感じられませんか?

>しょうこさん
こんにちは。こちらの皆さんは本当に通ぞろいです..。勉強になります。


こんにちは〜♪ 投稿者:しょうこ  投稿日:08月12日(木)09時42分43秒

みなさん、はじめまして。しょうこと申します。
私はまだまだ音楽を勉強し始めて、日が浅いのですが、
もっともっと、音楽の事を知りたくて、ここをどっ○いさんに
教えていただきました。(○っこいさん、スペシャルサンクス)(^^)
みなさんと、いろんな音楽のお話が出来たら、とてもうれしいです。


ジョージ・ウィンストン 投稿者:どっこい  投稿日:08月12日(木)01時27分50秒

ウィンダムヒルですね。音大に通っていたいとこが勧めてくれたことがあり、好きです。
「うえむらなおみ物語」の音楽、そうですよね。あと「あこがれ」。
私の数少ない、知っている音楽家さんです。だから、なんかうれしくて書いてしまった。


西尾さんへ 投稿者:kojima  投稿日:08月11日(水)23時06分46秒

 わたしが書いている間に一足違いで西尾さんの投稿がありました。
 下に書きましたけど、安永さんとほぼ同じことを以前にYoshiさんがも別のところでおっ
しゃってました。(既にご存知かもしれませんが)さすがプロの方はお考えになることが同
じだと思いました。また、同じことはわたしの先生方もよくおっしゃってます。
 ですから、安永さんの対談に、新鮮な印象はさほど受けなかったのですが、プロに共通し
た意識みたいなのを改めて感じ、感慨深いものがありました。

ちなみに、レーピン掲示板(↓)で小川さんもおっしゃってますね。

ところで、この間は失礼しました。
どうかお気を直されて、今後はよろしくお願いします。

http://www62.tcup.com/6209/wistaria.html


こんばんは! 投稿者:kojima  投稿日:08月11日(水)22時49分09秒

こんばんは。

>Piyataさん
 ここでもお会いできて感激です。
 わたし、大好きな音楽を深く理解するために今の道を選んだんですけど、Payataさんのよう
な方をみてると、自分の視野が狭いなと感じます。ジャズもクラシックもロックも嗜んでいら
っしゃるなんて、スバラシイ!
 わたしは音楽理論についてはこれから専門的に勉強するところです。声楽を選んだのは、楽
器ができなくて歌でしか合格できなかったからです。それとわたしは聴音はとても得意なんで
す。病気と思うくらいに音感はいいみたいです。でも、喉の方がそれについていかないんです
よね。入ってみて、やっぱりうまい人はうまいもので、演奏家になろうなんてそんな大それた
ことはこれっぽっちも思ってません。でも音楽の理論は面白いですよ。それがわかってくるに
つれて、演奏家の好みも変わってきました。
 ということで、できることはいろいろ挑戦してみたいです。ものにならないのがわかってい
ても、どんなものかは身を持って知りたいんです。合唱では一番高いソプラノをやらせてもらっ
てますけど、高い音が続くと苦しくてダメですね。歌の才能はわたしにはないみたいです。
 ピアノのお話、なるほどです。言われてみればそうだったかもしれません。でも、例えば
ジョージ・ウィンストンの「オータム」(ご存知ですか?)なんか聴いてると、一応和音には
なってるのですけど、引き伸ばしというか残響の部分でワンワンうなってるのが気になるんで
す。多分これが平均律の癖だと思うんですけど。でも、ジョージ。ウィンストン、とっても好
きでした。よく聴いたものです。
 これからもいろいろ教えて下さい。よろしくお願いします!

 ナイジェル・ケネディ、わたしもビデオに撮りました。10年くらい前に「四季」で話題に
なった人ですよね。その「四季」は、CDもレーザーディスクも持ってます。今日何年かぶり
にひっぱり出してきて観てるんですが(埃かぶってました)パンクカットもあのときと同じで
すね。
 ブラームスも今のわたしの好みとは完全に違うのですが、きっとああいうの好きな人も多い
んだろうなぁと思いながらみました。
 ケネディさんの演奏は、音を外したり、飛ばしたりで、弓を弦にぶつけるときも隣の弦合わ
せて3本が鳴ってしまうくらいで、それはそれはユニークですけど、もともと正統派クラシッ
クも勉強した人で、あれは意図があってやってるわけですよね。技術がないわけではないと思
いますので、それを非難するのは野暮というものですね。音程外すところは樫本大進さんに通
じるのかな?要はこれも好みどうかで、わたしはやっぱりヴェンゲーロフさんやレーピンさん
のような完璧で丁寧な演奏が好きです。技術を忘れて音楽に没頭できるからです。
 完璧な技術って、それが完全に音楽のかげにかくれてしまうんですよね。以前別のところで
yoshiさん(だったかな?)がおっしゃってった、「技術は音楽のメッセージを伝える手段で
しかない。音楽の感動と技術は別だ。でも、思うままを表現するには完璧なテクニックが必要
なのもまた事実だ。」という意味の言葉がわたしの心に強く残っています。さすがプロのお言
葉です。(ケネディのブラームスの前の番組でベルリンフィルの第一コンマスの安永さんも同
じことをおっしゃってました。)


対談見てね。 投稿者:西尾  投稿日:08月11日(水)22時27分53秒

こんばんわ。

先日投稿したケネディの演奏前に「安永徹氏の対談」が30分ほどありまして、今日
それを初めて見たのですが、その中で安永氏は技術と表現力についてお話されており、
その内容に感服したというか、感激したというか、「さすがBPOのコンマス。言葉に
重みがあるなあ。うんうん。」と思いました。

この芸術劇場を録画された人は、ケネディの演奏だけでなく、ぜひ安永氏の対談も
ご覧になって下さい。

p・s:私はTV録画した演奏は音が悪いせいもあって一回見ると二回目はなかなか見
     ないのですが、ここ2,3日はケネディ一色ですね。(^^)v
     いいなあ、ケネディ。CD「四季」の時は「およよ〜!?」と思いましたが、この
     録画で見方を変えてしまいました。
     
どっこいさん、ケネディの感想お待ちしております。

でわでわ。