ヴァイオリン・チャットのかわり'99/09上旬


そのまた続き 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月12日(日)16時58分25秒

 2楽章に関しては、パールマンの出来がすばらしくいいのに驚きました。私はあまりよ
くないのではという先入感を持っていたのですが、まずテンポがツィンマーマンに較べて
かなりゆっくりで、そのゆっくりさが気に入りました。
 さらに聞き込むと、ものすごく暗い演奏だということに気づきます。映像ではパールマ
ンのニコニコ顔に騙されますが、音だけにすると救いがたく悲嘆にくれた音楽を創りだし
ているのが、本当に意外でした。
 カデンツァはさすがにサム・フランコのチャーミングな雰囲気を受け継いでいるのと、
それまでの遅いテンポに我慢できなくなったか速い技巧的なパッセージを入れてきます。
(同じ遅い演奏のオイストラフは、カデンツァでもテクニックをひけらかすことはぜず、
遅いテンポのままの雰囲気で Mozart らしさを歌い上げることに徹します)。
 パールマンの2楽章でもうひとつ好きなところは、ブロン教授の公開レッスンで仕入れ
たコトバなんですが「アフトマ」ってやつで、たぶんドイツ語かな? ある生徒のとき、
そこを「オートマティカリ」に弾かないで、みたいな表現がありました。
「アフトマ」というのはあまりいいことではないらしいのですが、私は Mozart に関して
昔からこの「アフトマ」っぽい弾き方がなんとなく好きで、けっこう長男にはやらせたり
していました。
 この2楽章でも14-15小節に出てくる fis-A という下降の二つの音を、私はなんとなく
「アフトマ」っぽくしたくなるんですね。
 アフトマってのはなんていうか機械的に、感情を交えずに、自動的に音が発射されるよ
うにっていう弾き方だと解釈しています。おそらく、弾いている本人じゃないとわからな
いのでしょうが、こういう無感動な移弦のしかたが気に入ってしまう瞬間があるんでしょ
うか?
「ある音を出したら、次の音はそれに関係なく、なんか知らん顔して出す」
 なぁんて、こんな指示を長男にしたことがあります。
「はい、その音は違う人!(になったつもりで弾け)」
 なんてことも言いました。 Mozart のオペラでは、例えばパパゲーノみたいな道化役が
突然「違う人(人格)」になって悩んだり、男なのに女の仕種をしたりというコミカルな
シーンがあるんですよ。そういうところが私はとても好きで、ヴァイオリン曲でもそうい
うオペラ・ブッファの精神のようなものを表現したくなるんですね。
 今回聞き直してみて、オイストラフもそういうふうに弾いているはずと思いましたが、
どうも勘違いで、オイストラフはかなり神経質に二つの音を関連づけていました。むしろ
パールマンが私の好みに近いアフトマっぽい弾き方で、これも意外でした。とんでもない
比喩で恐縮ですが、テポドン1号が発射される、するとそれとなんの関連もなく、無感動
にテポドン2号が発射される。そんなふうに救いようのない無感動、救いようのない幻滅。
そんなふうにふたつの音は互いにまったく人間的な興味を持たないふりを装う関係性を持っ
て並んで発射されるんですね。無関係の関係ってやつです。なんか恐ろしいですよね。パー
ルマンの2楽章から、それほどまで暗いものを感じるなんて、私は予想外でした。

 で、結局こんな恐ろしいものを表現するパールマンの Mozart がいいのか悪いのか、私
はわからなくなりましたが、やはりこうではない Mozart を考えてみたいと思って、オイ
ストラフのやたら神経質すぎる演奏を聞き直しています。神経質というより恐るおそる弾
いているとさえ聞こえますが、この話はものすごく長くなるので私は自分のなかだけで納
得して済まそうと思います。


下の続き 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月12日(日)16時57分58秒

 ツィンマーマンはアダージオのテンポがBPO(ベルリン・フィルハーモニー)ごと標準
的で、そのテンポのなかで Mozart らしさを追求することになるかと思います。私は持っ
ていませんが古楽奏者はたぶんもっと速く、軽く2楽章をこなしてしまうでしょう。これ
は Mozart 時代のスタイルを追求すればするほど、アダージオをオイストラフのように四
分音符=23という超スローテンポで弾く必然性が見当たらないからだろうと思われます。
 古楽器奏者にはそういう意味でこの点に問題意識はないと思いますが、現代楽器奏者は
他の奏者との差別化のためにもテンポを考えるのかな。
 私自身は今回2楽章だけを聞き直してみて、ツィンマーマンのテンポ設定とそのテンポ
で表現される「 Mozart らしさ」というものがしっくりこない感じでした。ツィンマーマ
ンはグリッサンドを上向下降ともに多用し、若々しく甘い感じの Mozart に感じさせます。
そのスイートな雰囲気をわりと軽快なテンポですっきり聞かせようとしています。要はそ
ういう Mozart 像が好きか嫌いかという問題で、私はそれではなんとなく物足りなく感じ
ました。(これは2楽章だけに感じることで、1楽章や3楽章の若々しくすがすがしいテ
ンポ感はとても好きです)。
 またツィンマーマンも18小節目などで16分音符が二つ並ぶ箇所は、当然のように前打音
+8分音符に弾きます。こういうのは Mozart を弾くのに暗黙の了解事項なのかも。(た
だし発表会前にこういう練習すると直されたりしますかね)。 


Mozart #3-2 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月12日(日)16時56分45秒

>宮崎さん
 発表会がんばってください。 Mozart 3番の2楽章というのは、かなり大ごとですよね。
 
 サム・フランコのカデンツァで2楽章は我が家にはありませんでした。(パールマンの
2楽章のカデンツァは確か自作でしたよね?)
 で、オイストラフとパールマンとツィンマーマンの2楽章をそれぞれ較べました。
 パールマンは東京交響楽団、秋山和慶指揮(1991年のオーチャード・ライブ)のTV録画
です。
 
 ツィンマーマンもベルリン・フィルとのTV録画です。(これが悲しいことに『アンパン
マン』の後ろに各楽章こまぎれで入っている)。カデンツァはヨアヒムではなさそう、ス
イマセン。で、だれだか確認できませんでした。

 2楽章のカデンツァ以外でのポイントは、三つあると思います。
 まず、カデンツァのちょっと前の39小節の高いA の音ですよね。
 いちばん最初のヴァイオリンの出だしの音型もポイントだと思います。二〜三回くり返
し出てきますよね。
 三つ目はテンポです。テンポは簡単にいうと「遅ければ遅いほどいい」と私は思ってい
ます。
 
 初歩的なことを昨日初めて気づいたのですが、この出だしの音型の5つの音は、最後の
二つがオーケストラ伴奏でもちょっとの間、無伴奏になります。この無伴奏の部分の弾き
方が聞かせどころですよね。


グリュミオーとアッカルド 投稿者:西尾  投稿日:09月12日(日)14時16分14秒

こんにちわ。

アッカルド、旗色悪そうですね。(笑)
グリュミオーが好きな人はアッカルドが苦手?、そうですかあ?
私は(曲によって違いますが)どちらも好きなんですが・・。(^^;)

そう言えばパガニーニVn.con1番とかは、受けるイメージが全然違いますね。
グリュミオーは大事に丁寧に弾いてるのに対し、アッカルドは荒っぽく(私には明るさ
として感じるところ)弾いてる感じがあるのは確かですね。
  でも技術的視点・音色で比べても遜色ないように思えるんだけどなあ。

どっこいさん>
  師事されてる先生にグリュミオーとアッカルドの好みの差がどこにあるのか聴いてみて
  もらえませんか?。(結果、何を書かれても私は怒りませんから。(^^))

どなたでもいいので、上記の好みの差を書いて下さる方がおられたら投稿お願いします。  

C.Yさん>
  グリュミオー聴くなら、Vnファンなら誰もが推薦の、モーツァルトVn.Con3,5番の
  (PHCP-24005)、piyataさんとのお話に出てきた、ショーソン詩曲とヴュータン4番が
  カップリングされた(PHCP-24070)がお勧め。ちなみこの方のCDの場合、新しくマス
  タリングされたものは20000番台で、値段も中古より安い場合があります。
  
でわでわ。


たらりららあ〜 投稿者:C.Y.  投稿日:09月12日(日)10時02分36秒

こんにちは。おひさしぶりです。
みなさんが、良いっとおっしゃってるグリュミオーって人、恥ずかしいですけどわたし、聴いた
事ないのです。どんな演奏なんでしょう・・・聴かないと。掲示板を読んでいて割と、私について
いけないお話とかありますけど、以前ほかのHPで書いた方がいたように、音楽をちょっとしか
知らないという事はこれからまだまだたくさんのすばらしい音楽に出会える、ってことなので、
幸せ者と思って少しずつ開拓していきたいです。

どっこいさん>わたしのブルッフのイメージでぴったり来るもの思い付きました!! 映画の
「嵐が丘」!!  

佐々木さん>佐々木さんのモーツァルトのNO.3の掲示板で変なところに感激してしまいました。
それは、佐々木さんが♪たらりららあ〜♪♪ とうたわれてたからです。 私もそうなのですが、
そうやって歌うと、みんなに「ちびまるこかレレレのおじさんみたい」っていわれるんです。 
なんでだろう・・・(--;)


弓は右手で持つ 投稿者:宮崎  投稿日:09月11日(土)16時24分48秒

小川さん
ボウイングの問題=「右手の問題」です.
書き間違えでした.
かえって意味不明になってしまって,すみません.>佐々木さん
母が,よく同じ間違えをするので,きっと遺伝でしょう.
(「右」に曲がるといったつもりで「左」と言うとか.)

私は別にバイオリンを本格的にやってるわけではないので,
あのように書かれると恥ずかしいです.
子供のころ長いことやってましたが,ぜんぜん熱心ではありませんでした.
その後,ながーい中断を経て昨夏から再開しました.
今度はもう少し意識的に(?)やろうと思っているだけです.


アッカルドさんといえば・・ 投稿者:どっこい  投稿日:09月11日(土)08時17分48秒

ブルッフ。良いですね。これで私の手元に3枚そろったのですが、
(うーん、偏りありすぎ・・・笑。知らない曲たくさんあるのに。)
かちゃかちゃ変えながら聴いています。

C。Y。さんと私の印象の違い。。。なんか、うんうんうんうん。です。

あ、ちょっと下で、「先生は玄人好みの典型のよう」なんて書いてしまいましたが、
「かも」くらいにしておいてください。笑。


ズバリ。かも。 投稿者:どっこい  投稿日:09月11日(土)04時12分34秒

私が、あまりヴァイオリニストさんを知らないから・・・ここでお話にのぼった方の
話題になったCDくらいしか知らなくて、すごく限定された話で申し訳ないのですが、
ちょうど、アッカルドさんのブルッフを入手したところだったので、先生に、
「グリュミオー好きってことは、もしやアッカルドさんは苦手?」と聞いたら、
「げ、正解」とおっしゃっていました。笑。

私自身は、まだ、同じ曲を、アッカルドさん&グリュミオーさんと聴き比べたことがないので
あまり、ずばっとしたことはいえませんが、奇しくも、kojimaさんのご指摘の通り、
私の先生は、玄人、の典型みたいな、嗜好の方のようです。。。笑。今度、レッスンの時に
ちらっと話をふってみますね。


グリュミオー 投稿者:kojima  投稿日:09月11日(土)00時10分08秒

 グリュミオーさんといえば、N饗の1stヴァイオリンの鶴我さんです。もうグリュミオー
の大ファンなんだそうです。「グリュミオーと聞いただけで、全身からピンクのもやが出そう
なほど、彼が好き」なのだそうです。周囲には、オイストラフさんよりもグリュミオーさんの
方を好きな方が多いそうです。また、グリュミオーさんとアッカルドさんって、全然違う個性
なので、プロの奏者や先生方でグリュミオーさんが好きな人はアッカルドはあまり好まない人
が多いとも聞きました。グリュミオーさんが気品に満ちた美しい音色で魅せるタイプなのに対
して、アッカルドさんは音色の美しさはさほどではなく、それよりもさよりも緩急の誇張を含
めたラテン系特有の個性的な歌いまわしや独特の解釈で聴かせるタイプなので、アッカルドさ
んはあまり玄人受けはしないタイプなのだそうです。そういえば、クレーメルさんも玄人筋に
は評判悪いですね。

 奇しくもどっこいさんの先生が、まさにこのタイプなのでしょうか?

 玄人受けといえば、ヴェンゲーロフさんは、玄人受けする典型のようですが、不思議とグリュ
ミオーにぞっこんの人からも、オイストラフに強い影響を受けた人からもプロの間で人気や評
価が高いそうですね。N饗公演の帰りにその話を聞きました。

 また、樫本大進さんがお好きな人は、きっと、アッカルドさんよりもグリュミオーさんの
方がお好きな人が多いのではないでしょうか??

 日曜日は、待ちに待ったサイトウキネン・オーケストラを聴きに行ってきます!


明日チェック!チューニング 投稿者:どっこい  投稿日:09月10日(金)14時56分09秒

そう! 先生も、「まあ、あまり気にせんでも」と言っていました。弓のさきっぽ。
小川さんの先生のように、弓の真ん中でも小さい音で、可能ですものね。
面白そうなので、オケのチューニングの様子、私も明日チェックしてみます。
単純に、私の先生の流儀なのでしょうね。くせ、かな?笑。

グリュミオーさん、私はまだ、ベートーベンのコンチェルトしか聞いたことないのですが、
派手さはないけど、華はあるというか、ああ、うまく言えない。涙。
聴いていると落ち着いて、じわじわ〜っというか、ふわ〜・・というか、解放されるかんじ。
好きです。玄人好み。ふむ。先生は、どこをどうすきなのか、とかはあまり語らない方なので、
(残念。)グリュミオーをどう好きなのかわからないけど。。。なるほど、彼も玄人です。笑。


どっこいさん 投稿者:小川  投稿日:09月10日(金)11時36分17秒

さきほど、間違えてレーピン掲示板の方に書いてしまいました。

プロの演奏会でオーケストラのチューニングを観察していると、調弦の仕方もひとによってさ
まざまで、みなさん個性的ですね。
弓のどこを使うかでも、根元を使う人、真ん中あたりの人、そしてどっこいさんの先生のよう
に先っぽを使う人と、決まった方法というのはないようです。
私の先生は傾けた弓のまんなかあたりでそっと撫でる感じでした。
個人的には、別に「先っぽ」にこだわらなくてもいいのではないかと思います。

グリュミオーは、私もとても好きです。わりと玄人好みのする演奏家だと思います。
あの、隙間をかすれなくベタッと塗りつぶすようなした音は、簡単でいて、実は極めて高
いボウイングの技術を要求するのですよね。ヴェンゲーロフの若い頃のモーツァルトは、
グリュミオーのそのものだなぁと感心したものです(将来グリュミオーを凌ぐのではと思
いました)が、ブラームスのコンチェルトではそれが一転して、オイストラフ風になって
いたので、驚きました。彼の作風がかわったというよりも、それだけ多彩な音色・表現の
バリエーションを持っているという証でしょうね。言葉で書くと簡単なようで凄いことで
す。
それに比べると、レーピンは音色の変化が少ないように思います。気に入った音をいつも
使うという感じです。


追伸。 投稿者:どっこい  投稿日:09月10日(金)00時56分23秒

私の先生のお好みは、ダントツ「グリュミオー」だそうです。
「たくさん、CDとかもってるよ〜」とおっしゃっていました。


古い話。弓のさきっぽ。 投稿者:どっこい  投稿日:09月10日(金)00時53分06秒

以前。ここで、「調弦のときに、弓のさきっぽでやるわけ」を訪ねたことがありますが、
今日、ようやく、ききました。先生に。(^^)。単純。大きな音がでるとうるさいから、ですと。

>ひめさん。   私も、お会いできるの楽しみにしていますっ。

>しょうこちん。 「考えること自体」が大事。すごく同感。私も、休憩多いけど、考える。わ。
         自分のために。人間40にして惑わず。。。じゃ、残りの人生暇すぎる〜。
         私なんて、年の功のずるさ、で、こそくだから、「答え、に重きをおくと、
         自分の中の答えや考えが変わったときに、なんだか、以前を否定するみたい
         で、つらくなる〜」ってとこを先読みしちゃって、都合良く「過程が大事」
         とか逃げてるとこあるけど、しょうこちゃんみたいに、しっかり
         「答えを追って」考えて、結果、答えより過程が大事、って、なるのは、
         なんか、すごいよん。きっと。


お恥ずかしい(^^;) 投稿者:しょうこ  投稿日:09月09日(木)23時29分16秒

>小川さん
私のあのような支離滅裂な文章、かなりの間、書き込みさせていただこうか
やめようかと迷っていたのですが、小川さんからのレスを拝見させていただき、
心から「あぁ、書いてよかったぁ」と安心しました。しかし、今読み返せば
なんともまぁ、まとまりのない文章なんだか・・・。(^^;)

あれは私のオリジナルです。私は普段からああいう事を考えるのが
好きで・・・というか、音楽をやるにあたって、必ず必要に
なってくるんですよね。自分がしっかりとしていないと、
他人なんか感動はさせられないでしょう・・・。

他にも、いろいろ考えていまして。普段から手帳にチョコチョコと
書き込みをしております。よろしかったら、少しずつ、こちらに
書き込みをさせていただきたいと思います。
でも、その前にもうちょっと文章力つけますね・・・。(><)
最近は、「演奏の意味」、「東洋人の西洋音楽」
「宗教と音楽」などなど、まだまだもっと、書ききれないくらい・・・。
考えてもらちがあかないような事、考えています。

答えは見つからなくても、考える事が大切・・・ですよね?たぶん。(^^)


ボウイングの問題 投稿者:小川  投稿日:09月09日(木)21時42分45秒

> 宮崎さん
さすがヴァイオリンを本格的にやっていらっしゃるだけあって、いつも宮崎さんの鋭い投稿
を感心しながら拝見しています。

> ・・・・ 大部分は純粋に「左手の問題」,

とお書きになっていらっしゃいますが、ここは「右手の問題」のお書き間違いではないです
か?
そうだとしたら、一応私もヴァイオリンを習っていましたので、おおいに同感できます。

オイストラフは、それほど技に切れがあったわけではなく、速いパッセージではもたつく印
象が強いです。技巧だけをとれば、今の俊英たちの方がずっと優れた者をもっていると思い
ます。


ありがとう。 投稿者:ひめ  投稿日:09月09日(木)13時31分32秒

どっこいさん、こんにちわ。
レス どうも ありがとう。本当に嬉しいです。
10月のシンフォニーホールでお会いできるのを楽しみにしています。

みなさま:
   本当にお騒がせしました。随分、すっきりしました。   
   某楽団に対しての モヤモヤした気持ちは まだ残っていますが、
   いつまでも それに囚われている訳には行きませんものね。
   ただ、あの団の音楽まで 否定をしたくない気持ちが、あるので
   いろいろと 考えてしまうんでしょうね。

小川さま:
    せっかく話を聞いて下さるとおっしゃっていたのに、(聞いて欲しかったですが)
    すみません。  本当に 本当に お気持ちは嬉しかったです。
    ありがとうございます。

さてさて、来月からはコンサートラッシュです。
もちろん ボリショイバレエの「ジゼル」も見に行きます!


あやまるひつようなど・・・ 投稿者:どっこい  投稿日:09月09日(木)01時01分18秒

ひめさん、微妙な問題なのですね。親切に、一緒に考えようという方がたくさんいらっしゃる
ことが、わかったから、、、個人的にメールで相談してみてもよいかもしれませんね。
公に書きにくいことならば・・・。がんばってください。

C.Y.さん。 古い話で恐縮ですが、今、アッカルドさんのブルッフ聴きながら書いています。
      ようやく入手しました。

佐々木さま。 おそくなっていてすみません。しばし。。。

小川さま。みなさま。しょうこちゃんのクラリネット。いつかみんなで聴きたいですね。

しょうこさん。 というわけなので、精進よろしく〜。好きよん。


ごめんなさい。 投稿者:ひめ  投稿日:09月08日(水)16時20分18秒

6月を打とうとしたのですが、これ以上は,現在団にいる方に
不快な思いをさせてしまうし、間違ったニュアンスを伝えてしまうと、
幹部の方々に申し訳ないので 投稿するのは控えます。
(別に 幹部の方が嫌いじゃないんです。今も)

「個性」についての疑問を投げかけておいて 勝手なんですが。。。。
もし、団員の眼に触れると また騒動が起きそうで。

音楽とは違った部分で、私は違和感を感じ、
音楽とは関係のない部分でクビになりました。

「音楽さえすれば後は自由」と言うコメントがなければ、
もっと早く(円満に?)退団していたでしょう。

新人と一緒にいないように、と言われても
隣に座ったら?と言われたら座るし、電車で会ったら世間話も
しますよね?それも 駄目なんだそうです。
それも 断らないといけないそうです。
なぜ???と言う問いかけに  幹部は私のため、音楽のため、だと言いました。

水面下でコソコソするな、とも言われたけれど
そんな意識は 本当に 全くなく。。。。
そう受取る事の方が私には 理解できなくて。

それで、佐々木さまの 鳥さんの話、がとても嬉しかったのです。


長くなります(1から5月まで) 投稿者:ひめ  投稿日:09月08日(水)15時27分50秒

みなさま どうもありがとうございます。
中途半端な質問の仕方なのに、 本当にありがとうございました。

掲示板と言うパブリックな所に書き込むにあたり、今はやりのネット告発に
ならないように 気をつけて書きました。
でも 本当に長いんです。申し訳なくなるくらい。

1月、某音楽団を見学、入団。
     
2月  団員と馴染めずに、悩み始める。服装、キャラクターの違いが顕著に。
      私の会社は制服がなくスーツやワンピースを好んで着用していました。
      馴染めない事を幹部に相談。「音楽さえしていたら、何を着てもしても自由」と。
      練習量が半端じゃないので、他のお稽古事をすべて辞める。

3月  一部の方と話せるようになり、昔の団の話を聞いた。
      私の髪が茶色くて、浮いていたので黒く染める。
      (カラーリングもしていたけど、プールの塩素が主な原因)

4月  団に気になる人(Aくん)が出てきた。
      (周囲にバレバレだったらしい。眼で追っていたらしい)
     何を話しても 団の方と会話がかみ合わない。
     服装の事を、ちょこちょこ言われるようになる。      

5月  今まで優しかった方々が少し、よそよそしくなる。
       呼び方が、あだなから名字へ。
      この時期、家でゴタゴタが起き、幹部に相談。 
      その時、仲の良かった女の子が休団したことを知る。
      休団の理由(かなりプライベート)も 教えてくれた。
      今日の話の内容も、人に話すのでは?と不安になった。     
      幹部にAくんの事を聞かれたので、気になると答える。

      団の人(Cさん)から相談らしいものを受ける。団への疑問が出てくる。
            
      下旬、団の人から遊びのお誘いメールあり。
      「家がゴタゴタしているときに 悪いけど」の文章あり。
      今後は何も自分の事は話さないと決める。

とりあえずは、ここまで、です。


しょうこさん、感銘を受けました。 投稿者:小川  投稿日:09月08日(水)13時26分52秒

しょうこさんの「汚い音楽」を読んで深い感銘を受けました。
レーピン掲示板で、以前からしょうこさんの文章にはいつも感心していました。
音楽家を志す上での素晴らしいモチベーションと確固たる主体性をお持ちだと拝察します。

この文章がすべてしょうこさんご自身のオリジナルなら、文章を書くプロの顔負けの才能を
お持ちだと思いますし、仮に誰か別の方がオリジナルと書かれたものだったとしても、しょ
うこさんご自身で咀嚼され、ご自身のものになっていると思います。どちらだったのでしょ
うか?(私自身は文章が下手で、自分の意図とニュアンスがそのまま伝わらないことが多い
とつくづく感じています。)

自分の思いが「伝わる」ことと「感動」はイコールではないというくだり、確かに難しいで
すね。自分の思いが曲がった形で伝わり、その結果「感動」を生むこともあるわけですし。

でも、たとえ感動してくださるお客様の数が少なくなったとしても、演奏家もありのままを
さらけ出したその結果感動をしてくれる方が、思いをまげたり包みかくしたりしてまで、多
くのお客様の感動を期待するより、幸せなのではないかと私は思います。

だから、しょうこさんには、自分を出しすぎて、聴いてくれた人に敬遠されるのを恐れず、
ご自分の心に正直に、ウソをついたりしない音楽家を目指して欲しいと思います。

音楽家を志す日本人の若い方々の中にもしょうこさんのような方がいらっっしゃることを知
り、非常に頼もしく思うと同時に、大変嬉しく思っています。


だーっ 投稿者:Piyata  投稿日:09月08日(水)12時59分12秒

>宮崎さん
入れちがい..悲しい。でもほんといろいろ勉強になってます。
お薦めありがとうございました。

>西尾さん
わぉ。ヴュータンですね。ごめんなさい、あんまり聞いていません。
実家にレコードがあるので...こんどちゃんと聞きます!
どうもありがとうございました。
うふ。グリュミオー派(勝手にそうしてしまった)同士今後もよろしく
お願いします。


ありがとうございます 投稿者:Piyata  投稿日:09月08日(水)12時53分25秒

>佐々木さん、大作のレスをありがとうございます。今、まだ反芻しながらじっくり
読んでいるところです。メニューインのヴァイオリン音楽の原型を探す旅のお話、
なんだかじ〜んと感動しました。今はオイストラフのアーティキュレーションの項を
一生懸命読んでいます。あとでまたお返事は書かせていただきますので、とりあえず、
お礼まで。

あと、たりらりですが(わたしはちゃりらりと歌うんですが♪ちょっとバカっぽい?)
6小節目の「る、らー」はやっぱり気になりますよね。
「るっらー」だと元気良すぎるかな...まだ私はオイストラフの「るら〜ぁ」の方
が好きなんですよ。
ピアノはスラーなど無視したって弾けます。息が苦しくなるわけでも、弓がたりなく
なるわけでもないですし。でもおっしゃるとおり、心でスラーの念力かけるんですよ。
だから、「る」のところでは後ろ襟首をつかまれたような抵抗感(でもそれがちょっと
気持ちイイところ)を心の中で味わいつつ、念力をかけつづけるんです。
それはカメレオンのしっぽといわれる、パールマンのサム・フランコ版カデンツァの
入りのプエルトリラーにもいえることで、私は個人的にはメニューインの
しっぽなしバージョンに、「後ろ襟首つかまえられ」感をうけて、好きなんです♪

>しょうこさん
お若いのにスゴイですねぇ。グッときました。
表現者の哲学...ですね。また、メールさせてね♪

>ひめさん
はじめまして!こんにちは。
なんだかお気の毒ですね..その体験は。でも、音楽の世界のみならず普通の社会生活を
送っていても人付き合いのストレスっていうのはたまるもんなんですよね。
仕事上、日常をともにしなければならない人が気が合わないとか、常識的ではないとか
日常茶飯事です。悲しいけど。
素晴らしい芸術家が素晴らしい人格者かっていうのもまた言いきれないですよね。
どんな世界でも、常識はずれで押しの強い人が生き残っているというケースは
往々にしてあるわけですよね(芸能界とかで顕著?)。
ひめさんのような常識的な感性をもった人にはつらいことだろうなとお察しします。
ごめんなさい、今時間がなくなっちゃいました。またちゃんと書きます..。


弓が足りないー 投稿者:宮崎  投稿日:09月08日(水)12時50分51秒

>佐々木さん
「キルギスからの逃走」のなかで,長いスラーを分割せざるを得ないのは
「左手が速く回らないために弓が足りなくなる」から,とおっしゃてますね.
そういう理由もあるかも知れませんが,大部分は純粋に「左手の問題」,
ボーイングがしっかりしていないからだと思います.
G線上のアリアの出だし(一音が長く伸ばす)を一弓でしっかり弾くには
かなりの技術が必要です.実際,元曲のアリア(管弦楽組曲3番2楽章)では
ここは2つに分けて弾くようです.

ツィンマーマンの3番,私の持ってるCDのカデンツァはヨアヒムではないです.
調べておきます.

じつは,発表会で2楽章を弾くのです.
2楽章のカデンツァはどう思いますか.


Mozart #3冒頭のたりらり 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月08日(水)04時49分29秒

 まずオーケストラ譜(ピアノ伴奏譜)最初の6小節目で、サム・フランコ版とは違
うスラーのかけかえが出てきます。

 の部分、補足します。

 最初の6小節を「たりらり」で全部書くとこうなります。

じゃん、じゃ〜、たりらりらり|じゃん、じゃ〜、たりらりらり
|じゃん、た〜とりったってぃ|てぃらら〜(二分休止符)|

 ここまでが最初の4小節。(ぜんぜん Mozart らしくなくてすみません。
「とりたってぃ」はトリルです)

以下、5、6、七小節です。

ちゃ〜ん、たりらりらりらり|ちゃ〜らら〜ん、る、ら〜
|ぁったったったったったったった|

6小節目と七小節目の頭の音はタイで合体です。「る、ら〜ぁったったった…」となって
すぐ p(ピアノ)になります。

 で、この6小節目の「る、」の音から7小節目の頭の「ぁ」の音までが問題の箇所なの
ですが、サム・フランコ版ではここにあるのはタイだけでスラーはありません。
 5、6、7小節をサム・フランコ版で歌うと、

ちゃ〜ん、たりらりらりらり|ちゃ〜らら〜ん、るっら〜|ぁったったったったったったった|

 と聞こえるかもしれません。6小節目「ちゃ〜らら〜ん、」の「ん、」はダウンボウ
です。次の「るっ」はアップ、次の「ら〜」はダウン。
 要はここで弓の「返し」が入ります。返しが下手だと6小節目は音楽の流れが切れて聞
こえるかもしれません。
 そこで下手な人でも旋律がなめらかにつながるように、オイストラフ版では「る、」
から7小節目の頭の「ぁ」までスラーが追加されています。
 5、6、7小節をオイストラフ版で歌うと、

ちゃ〜ん、たりらりらりらり|ちゃ〜らら〜ん、るら〜|ぁったったったったったったった|

 と、下手な人でもなめらかにつながるような感じになります。
「るら〜ぁ」にスラーが追加され、さらに「る」と「ら」にタイが追加されます。
 あとの「ら」は二重和音で、和音の下の音Cに、前の「る」からタイがかかってくるわ
けです。このスラーの間中Cの音はタイでひとつの音になり、なおさら一体感が(楽譜上
では)増します。

 とまぁ、こんな具合に、楽譜が違うと弓の上げ下げも変わり、アーティキュレーション
も変わりますが、 Mozart が許してくれるかどうかはぎりぎりのところではないかと思い
ます。
 ただしこの場合は弓の「返し」が減るわけですから、下手な人でも確実になめらかにな
る安全策のように思います。もっと踏み込んでいうと、オイストラフは自分をその「下手
な人」だと思い込んでいたふしがあります。私も「下手だな」と思うことさえあります。
(オイストラフが本当に自分は下手だと思っていたなら、私も同じようにそう思いたい。
生き方から頭のなかまですべてをオイストラフと同化させたいわけです)

 あと、わざわざオイストラフ版を使わなくとも、この箇所は音楽が切れ目なくつながる
ように弾くのは当然という考え方が主流のように思います。つまりサム・フランコ版でも、
ここはなめらかに聞こえると思います。

 7小節目のスタッカート「ぁったったった…」に、オイストラフはストリンジェンドを
追加しています。
 ここを極端にストリンジェンドさせると、うちのヴァイオリンの先生なんか怒りだすと
思います。私も「せっかちだなぁ」と思います。 Mozart がそうしたかったに違いないと
オイストラフは考えたのでしょうか? 若いころはむしろゆっくり弾いていた感があるの
で、スタッカートを支える腕の力がほんのわずかに衰えたのかもしれません。つまりそれ
は、心臓が弱ったということに等しいと思います。
 私も40代後半になってときどき動悸がおかしくなり、そのせいかどうか短気になること
があります。
 思いきりせっかちになるのは単にリズム感がない初心者ですが、オイストラフのように
「少しだけせっかちになる」のは、心臓が刻むリズムのちょっとした狂いからくると思い
ます。ミルフォード・グレイヴスの「ジャズ・ドラム療法」での治療が有効かどうかはわ
かりませんけど。


返信 投稿者:西尾  投稿日:09月07日(火)23時36分55秒

こんばんわ。

ひめさん>
  小川さんのおっしゃるとおり、詳しい背景がわからないとなんとも言えませんが、ひめさん
  の文章だけを読むなら、明らかにおかしいと思いますね。
  
  ひめさんは3が納得できないようですが、私なら1,2,3全部拒否ですね。どんなものでも
  団体で一つの目標を達成する場合に不可欠なことは、全員が一つの目標に向かう
  「共通の意識。」です。共通の意識を持つためには、仲間同士で話もしますし、人の面倒
  も見る必要もあるでしょうし電話もするでしょう。
  
  そうしてお互い理解を深める内に「共通の意識」が全員に浸透していくのです。それから
  個性を引っぱり出してやれば良いわけです。これは幹部(管理者)の仕事です。
  
  これ以上は長くなるので避けますが、わかりやすくこんな映画はどうでしょう。
  
  ウーピー・ゴールドバーグ主演:「天使のラブソング」
  
  詳しくは忘れてしまいましたが、賛美歌の大会(?)で優勝するという共通の意識を持たす
  ところから、ウーピーが個性を引き出していくシーンなどがピッタリだと思います。
  とても楽しい映画です。一度ご覧になって下さい。
  
  でも幹部がこんなへんちくりんな事を言うのには何か背景がありそうですが・・。
    
piyataさん>
  piyataさんも絶対音感の持ち主ですか。採譜ができるなんてすごいですね。

  グリュミオーは合いましたね。(^^)  とても嬉しいです。カデンツァはバッハのようなイメ
  ージというのは私も同じです。イザイ版が好きなのはアルペジオで響かす音色が好きなのか
  もしれません。
    (p・s:ショーソンもいいんですが、カップリングのヴュータンVn.Conも好きです。)
    
  サム・フランコ版は私はムターで聴きました。モチーフとしてはどちらか言うとこちらの
  方がはっきりしていますし、すっきりもしていて感じがいいですね。ムターの演奏も音の
  一つ一つを丁寧に弾いているのは好感持っています。
  
  残念ながらヨアヒム版は持っていません。レーピンは以前書いたので省略します。
  
  あ、そうそうpiyataさん、絶対音感お持ちなら友達とかに「携帯の着メロ作ってー。」
  とか頼まれたりしませんか?。私の姉がお世話になってる人の娘さんによく頼むものです
  から。(笑)
  
余計な話でした。(^^;)
でわでわ。


汚い音楽 投稿者:しょうこ  投稿日:09月07日(火)21時45分35秒

題名とは違うけど・・・
>ひめさん
それ、はっきり言って異常です。ひめさんが以前所属していたところですから、
あまり悪く言うのもなんですが・・・。よくわかりません。
それって本当におかしい。個性ある集団?それを作りたいのだったら、
なぜ個人の意見を聞かないのでしょう?個性ある集団というのは、
個人の意見を尊重する、認め合うということです。別に一人一人違う事やりたい放題
で、バラバラな集団・・・なんてことではありません。
互いに呼応しあうからこそ、個性ある集団になるはずなんですがねぇ・・・・。

これとは違う、私なりの「音楽に対する なんとかなんとか・・・」
を書かさせていただきます。これは私が音楽をやるにあたって、もっとも
大切に、もっとも深く考えることです。まぁ、一応「私の個性」ってことで。
聴いておくれやす、皆様。

「音楽とは美しいとは限らない」音楽とは人間が作ったもの。
音というのは自然や人間から、音楽を作るきっかけとなったものも自然や人間
から、音楽は必ず自然と関わりを持っている、がしかし、それと同じく
人間とも切っても切り離せない関係があるのだ。音を楽譜に書いたのは
人間だ。音楽の理論を追究したのも人間。音楽を奏するのも人間、聴くのも
人間。音楽は人間から作られ、そしてこれからも人間が作っていくのだ。
だから、全てが「美」とは限らない。私は常に、演奏に「汚い美しさ」
を求めている。人間というのは、美しくも汚くもある。しかし、どんなに汚い
面を持った人間も、最後には美しく感じてしまう事がある。
その人間が作ったのだ。音楽はすべてが「美」ではなく、その中に
思いもよらない「汚さ」が含まれても良いと思う。
楽譜には、音楽というベールに包まれた「人間」が存在する。音楽を
愛する者は、その「人間」を知りたいと思うこと、自分がその「人間」に
対し、何を感じ何をするかが大切なのだ。真実はその「人間」にしか
わからない。しかし、答えがなくとも、わからなくとも、求める事が
大切。信じれば答えは無数に存在する。

「汚い美しさの音楽とは??」
ずばり、「本音」でしょう。汚い音楽とは、何も隠さずすべて本当の自分を
だすこと。これはあくまでも、私1個人の演奏スタイルであり、他の方から見れば、
私の考えなんて、バカげた事かもしれない。しかし、この汚くも美しい音楽を
求める事が、今の私にとって、自分と作曲者 両方を考えられる
一番良い演奏方法なのだ。
お客様がコンサートに来て、何を求めるか。そして演奏者は「自分」(個性)
をいかに出し、いかに聴衆の求めるものに答えられるか・・・。
しかし、これは難しい事だが、自分の思いが伝わる=感動ではないのだ。
全てにおいて、自分を出すと、他人から自分を拒否されてしまう
可能性(危険性)が出てくる。もしかしたら受け入れてもらえないかも・・・?
それでもやはり、自分に正直に音楽したい・・・と思うのである。
自分を出しすぎて、聴いてくれた人に敬遠されるのは嫌だが、
でもやはり音楽をするにあたって、ウソはつきたくない。
より人間に近い音楽を、自分に正直に奏でられたら・・・。
音楽家は、一人一人演奏スタイルが違う。個性によって、無数の音楽が存在
する。音楽の最も大切な事は、人間が作り、人間が奏で、人間が聴くということだ。
人間として、人間らしく演奏できればいいのだ・・・。
私はそういう演奏にたくさん出会ってきている。

う〜〜〜〜ん、幸せもの(ハ〜ト)



訂正です。すみません 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月07日(火)19時55分41秒

今朝方アップした「キルギスからの
(以下、ログし忘れました。管理人)

音楽って? 投稿者:ひめ  投稿日:09月07日(火)14時27分57秒

どっこいさん、こんにちわ。レスあ
(以下、ログし忘れました。ごめんなさい、管理人)


上記ふたつの書き込みのバックアップをお持ちの方がいらっしゃいましたら、管理人までメールでお知らせください。


混乱するまでもなく、変。 投稿者:どっこい  投稿日:09月07日(火)10時34分44秒

理屈ではなく、それは、変。ひめさん。悩むの損なくらい変だとおもいますよー。

なんか、これを、「なぜ変と私が思うか」とか書いても、当たり前のことしか並ばないから
つまらなそう、やめておきますね。すごく、常識的な話になってしまいそう。笑。


質問です。 投稿者:ひめ  投稿日:09月07日(火)10時18分31秒

みなさま おはようございます。

ちょっと助けて下さいな。混乱してきました。
「個性」ってなんでしょう?「集団における個性」ってなんでしょう?

少し前の投稿で、ある音楽団体を辞めないといけない状況:つまりクビ:
になったと書いたと思います。
その団のトップの方は個性ある集団にしたいと言われているそうです。

その団では新参者だった私は、
1.他の新しい団員と一緒にいてはいけない
2.人の世話をしてはいけない
3.メール、電話を団員にするときは 幹部の許可を取らないといけない
と言われました。
まぁ、その他にもいろいろとあったのですが、"3"の内容を受入れる事が
出来ずに、うだうだと悩んでいるうちにタイムリミットが来て、
クビになった訳です。

上記の1〜3のどこに個性の尊重があるのでしょうか?
1〜3を言われたのは トップの方ではなくて 幹部の方です。
トップの方とは話すチャンスも与えられずにクビになりました。
それでも 私を辞めさせた経緯はトップの方が他団員に説明
なさったと聞きました。
「ソリストを歌えない精神状態にさせたので辞めてもらった」と。

文章、うまく纏められなくて申し訳ないのですが。
音楽集団における個性とは、どういう物だと思われますか?


業務連絡 投稿者:佐々木公明/管理人  投稿日:09月07日(火)09時02分00秒

Piyata さん、お待たせ!
レスは以下です。

http://www01.u-page.so-net.ne.jp/ta2/quniqo/9904.html


モーツァルトVn.コンチェルト3番(その3) 投稿者:Piyata  投稿日:09月05日(日)17時00分25秒

(こんなに長かったなんて..感動的)

レーピンのカデンツァはオイストラフ版ですが、とても技巧的で難しそうです。入りは元曲
のメロディーをを2つとっていますが、2つ目のメロディーはサム・フランコ版と同じものを
採用していて、そのヴァリエーションです。2つのテーマをとった後、イザイの無伴奏とかパ
ガニーニみたいな技巧的な感じで元曲のテーマのヴァリエーションもやりつつ、トリルでtutti
に入ります。変わっているなと思ったのが、トリルからtuttiに入る弾ききりの部分で、他の人
が自然にtuttiになじんでいくところをレーピンはものすごく鋭く弾ききっているんですね
(#ファソ#ファソ…..#ファソ#ファッ ミ#ファッ!という感じ)。これはメニューイン
が指揮をしているんですが、このカデンツァを選ぶだけあってレーピンの曲作りもはっきりして
いて、メニューインに感じられた繊細さ、シャープさとは別のものを感じます。それでも安定
していて気品があって、いわゆるモーツァルト的にどうかは別として私はこの盤が大好きなんです。
 以前の佐々木さんの記事で、レーピンがメロディーが気に入っただけでオイストラフの
カデンツァを採用したのに疑問を持たれた、と書かれていましたよね?私はやはりそのインタ
ビューの場所(タワレコ)にいて聞いていたんですが、もうその言を額面どおり受け取って
しまっていました。今でもその気持ちに変わりはないのですが、「運弓法」との関わりでも
お書きになっていらっしゃいましたがヴァイオリンを弾けない者としてはその「運弓法」という
概念が分かりにくいんです。好きなメロディーがあって、それを自分の好きなボウイングで
弾くのは何か問題があるんでしょうか?例えばピアノだったら片手で10度の和音なども押さ
えなければいけないのに、手が小さくて届かない場合は両手で弾いたり、また同じような理由
で自分の弾きやすいように運指法を変えます。それとは別個な問題なのかも知れませんが、
ヴァイオリニストにとって運弓法ってそこまで魂のこもるものなのですか?
申し訳ありませんがもういちど、その「カデンツァの選び方と運弓法」について教えていただけ
ないでしょうか?メールでも結構なのですが...。


モーツァルトVn.コンチェルト3番(その2) 投稿者:Piyata  投稿日:09月05日(日)16時59分34秒

(やはりはいりきらなかったので続きです)

パールマンのカデンツァ(サム・フランコ版の改変)ですが、ほんとにサム・フランコ版
の冒頭部分と後ろの部分がそっくりなくなっているんですね。改作するっていうよりは編集
しました、という感じです。それでも色彩にむらのない粒のそろったわかりやすいカデンツァ
だと思います。私が聞いたなかではこの盤のオケが一番、派手というと言い過ぎですが、
はっきりしていたと思います。またこの盤には「ジャケット大賞」をあげたいです。
パールマンとレヴァインがあまりにも似ていて、「なんとかソウルマン・ブラザーズ」と
いう感じではないですか?佐々木さんの書かれていた記事もなるほどなるほどと読ませて
いただきました。このわずか1分半の短いカデンツァであそこまで想像力ゆたかにお話を
膨らませるなんて本当に素晴らしいですね。
 メニューインのカデンツァ(サム・フランコ版)はこれまた凄いですね。わびさびのきいた
水墨画のようです。階段のように降りてくる部分(デッキのカウンターでは8分23秒くらい)
などはパールマンとは対照的に、枯れているというか、独特の味がありますね。「目から鱗」
というか、こういう表現もあるんだと、あらためてメニューインって凄いと思いました。
この盤は今回集めた中では一番録音が古いんですが、そのせいか音が全体的に金属的な響き
に感じられるんです。宮崎さんがおっしゃっていた「録音の悪さを補う耳」という言葉を実感
しました。
 グリュミオーですが、いわゆる往年の名演奏家といわれる人の中で私はグリュミオーが
一番好きなんです。彼のショーソンの「詩曲」などはレコードからダビングしてテープが
のびてしまうくらい繰り返し聞きました。そういう思い入れもあってか、すごくこのCDは
好きになってしまいました(聞きほれてしまって採譜どころではありませんでした…。)
またカデンツァ(イザイ版)はすごく勝手なイメージですがバッハみたいに古典的で厳粛な
イメージ…。重音が少なくアルペジオが多用されている..。またtuttiから音をのばしたまま
カデンツァに突入しているのはこの版だけですね。とてもカッコいいと思いました。西尾さん
もグリュミオー盤がお好きなんですよね。趣味が合いましたね!
 ツィンマーマンのカデンツァはヨアヒムなのですか。私はカデンツァだけではこれが一番
気に入ってしまいました。ものすごく技巧的で華やかという風に聞こえないのですが、全体の
柔らかい雰囲気と入りの上行形が好きです。それから私はツィンマーマンという人をはじめて
聞いたんですが、すごく好きなヴァイオリニストです!若々しくてさわやかな、すがすがしい
情熱っていうんですか?とにかくこういうモーツァルトが聞けてとっても嬉しかったんです。
 


モーツァルトVn.コンチェルト3番(その1) 投稿者:Piyata  投稿日:09月05日(日)16時57分22秒

皆さんこんにちは。以下すっごく長いんです。入りきるか心配なんですが...。

>宮崎さん
モーツァルトのVn.コンチェルト3番を、メニューイン、パールマン、グリュミオー、ツィン
マーマン、レーピンの5枚を聞き比べてみました。ピアノ曲で自分が弾く曲をこのくらいあ
つめたことはありますが、ヴァイオリンの曲では初めてです。余談ですが、私が10歳から
8年間師事していたピアノの先生はコテコテのドイツ派の方で、あまり人の演奏を聞くこと
をよしとしない方でした。「一通り自分で弾けるようになってからちょっとだけ聞くのはい
いけれど、決して聞きこんでは駄目」とよくおっしゃっていて、また勉強のために聞いても
いい演奏家と聞いてはいけない演奏家というのもあったんです。中学生のとき一度だけ協奏曲
を習ったことがあるんですが(ピアノの学習者ってあまり協奏曲を習わない気がします)
それがモーツァルトの23番で、私はホロヴィッツのCDがとても気にいってそればかり聞いて
いたんです。そうしたらやっぱり(とうてい真似なんかできませんが)ホロヴィッツの癖が
うつっていたのか、レッスンのとき先生が「あなたのはモーツァルトじゃない!」なんて
えらく立腹されてしまいました。ホロヴィッツは「モーツァルトはショパンのようにショパ
ンはモーツァルトのように」なんて言っている人でしたから、あそこまで到達した芸術家なら
ではの発言であって、そこらへんの中学生が真似したらただ気持ち悪いだけだったのでしょう
ね。今師事している先生は前の先生とは対照的にフランスものが得意な方で、「駅で売っている
CDでも何でも人の演奏は大いにきくべき!」とおっしゃるので、それに習い今は譜読みをする
前でもCDで曲を聞いてしまっています。楽譜をみながら聞くと、本当にそれぞれの人が音こそ
間違ってはいないものの強弱やテンポなど思い思いにやっているんですね。前の先生が学生の
うちはあまり人の演奏を聞くなとおっしゃっていた意味も分かるような気がしました。
 話を元にもどすと、モーツァルトのVn.コンチェルトですが、最初は純粋にカデンツァの聞き
比べだけにしようと思っていたのですけれども、やっぱりこれだけ素晴らしい演奏家のCDを
5枚も聞いていると同じモーツァルトの曲を弾いていてもどうしようもなく演奏者の個性が
にじみ出てきて、またソリストだけでなくオケのサポートとか、はたまた録音の状態とか
いろいろなものが比較の対象となって、なんだか訳がわからなくなってしまいました。
今ちょうど風邪をひいていることもあってか、よけい熱も上がってしまったようです。
本当は楽譜を買ってちゃんと比較しなければいけないと思ったのですがそこまで根性が
もちませんでした。でも、カデンツァ部分だけ採譜(私にしか読めない大雑把な採譜ですが)
するという荒技にでてみました。
 


朝練再開 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月03日(金)08時34分30秒

 ゴルゴ13はともかく、ショスタコーヴィッチについてはひとつ下の工藤さんのサイトで
ずいぶん勉強させてもらいました。その工藤さんのサイトでピアソラのページが充実して
いたのも面白いなぁと思いました。
 ピアソラの曲をわりと初期に演奏したのがモスクワの学生たちだったらしいことなど、
ロシアとアルゼンチンの接点はゴルゴ13じゃなくとも容易に想像のつくことのようです
ね。
 いずれも過去ログにあることなので繰返しませんが、工藤さんの「クレーメルのピアソ
ラ演奏」に異質なものを感じるというお話は今朝初めて読んだので、クレーメルにもピア
ソラにも不明な私は「そんなもんかいなぁ」と、半分納得させられてしまいました。
 
 玉木さんの『言いたい放題』サイトも更新されていて、政治のお話ですが、南アフリカ
の大統領の発言に共鳴しました。南アといえば、私はポール・サイモンのコンサート・ビ
デオを思い浮かべますが。

 子どもたちの夏休みが終わり、また朝の練習を復活しました。
帰り道、私は自転車で Mozart の5番コンチェルト(1楽章)を鼻歌で歌っていたので
すが、いつのまにか Mozart のロンド(クライスラー編)になっていました。
 この二つの曲はどちらもハフナー・セレナーデに関係があるらしいとどこかで読んだこ
とがあるので、鼻歌が混ざり合っても不思議はないかもしれませんが、本当に混ざると、
なかなかびっくりする共通点があり愉快です。

 さて今日はこのあと中野図書館に行くぞ!


Re.24の前奏曲 投稿者:佐々木公明/父  投稿日:09月03日(金)05時14分54秒

 kojima さん、ここを見つけるまでの経緯をどうもありがとうございました。
参考になります。

 ところで「24の前奏曲」と、こういう曲名がつくとなんとなく聴いてみたく
なりますね。
 下はショスタコーヴィッチと『ゴルゴ13』について私が勉強させてもらっている
サイトです。すでにご存じかもしれませんが。

http://develp.envi.osakafu-u.ac.jp/staff/kudo/private.html


kojima 投稿者:補足  投稿日:08月31日(火)23時43分23秒

さきほどの投稿で紛らわしい表現があったので、念のため補足しておきます。

>(この曲のリクエストは多かったそうです… )

というのは、ショスタコービィチではなく、シチェドリンの「コンチェルト・カンタービレ」
の方です。


ショスタコービィチ 「24の前奏曲」 投稿者:kojima  投稿日:08月31日(火)23時30分48秒

 みなさん、お久しぶりです。

 先日、NHK−FMでシチェドリンの「コンチェルト・カンタービレ」がまたまた放送さ
れました。9月9日にサントリーホールで収録されたものでした。最初に9月11日にNH
KーBS2で放送されたとき、私はヴェンゲーロフさんのことをあまり知りませんでした。
音大や芸大でヴァイオリンを専攻してる友人達の間で一番人気だったことは知っていました
が、実際に演奏を聴いたのは、9月12日が初めてで、しかもそれが実演という、とても
ラッキーな出会いでした。そのときのことは以前に書きましたが、目の前で繰り広げられる
音楽の世界が私の心を揺らす波長と、私の心の琴線の波長がピタリと一致したように、私の
心が激しく揺り動かされ、激しい感動と驚きを覚えました。全身の力を使い果たしてしまっ
たかのような脱力感にさいなまれ、演奏終了後もまったく身動きができませんでした。生ま
れて初めての経験でした。

 N饗アワーでも見ましたし、9月11日にBSで放送されたものも、友人が録画したテー
プを貸してもらっていましたから、もう幾度となく聴いたことがあったのですが、今回は素
晴らしい解説つきだったので、また改めてあのときのステージが脳裏に浮かび、感動を新た
にしました。演奏終了後の解説者の言葉は私の気持ちを見事に代弁してくれていました。
 
 「なんて、素晴らしいヴェンゲーロフ!」

 「世界最高峰の実力を持つヴェンゲーロフの素晴らしい至芸とチョン・ミュンフンの没入
 的な指揮が見事に噛み合った、N饗の歴史に燦然と輝く画期的な名演だったと思います。」

 そして、その後、「世界一のヴァイオリニストと申し上げてよろしいと思いますヴェンゲー
ロフの演奏をお聴きいただきましょう…」と、ショスタコービィチの「24の前奏曲」のう
ち4曲が紹介されました。これは1986年にモスクワで録音されたCDからということで
したので、ヴェンゲーロフが11歳か12歳のときの録音になりますね。分数ヴァイオリン
とは思えない美しい音色と堂々たる弾きっぷりは、芸大の友人や先生方も「開いた口が塞が
らない」「見事としかいいようがない」「これこそ真の神童だった証」だと言っていました。
このCDはまだ売っているのでしょうか? 私は喉から手が出るほど欲しいです。これは私
のようなヴェンゲーロフファンへのNHKからの粋なプレゼントだったのかもしれません。
(この曲のリクエストは多かったそうですし、N饗の鶴我さんも年間ベスト3にあげておら
れましたから)また、さりげなく「1986年に録音されたものです。」とおっしゃっただ
けで、何歳のときのものだとか、安っぽい美辞麗句がなかったことにも解説者の高い見識が
伺われ、粋だと思いました。もうその演奏だけで素晴らしさがじゅうぶんすぎるほど伝わっ
てくる、もう見事というほかない演奏だったからです。

 BSで放送されたラカトシュさんの演奏も見ました。次回の来日時にはぜひ聴きに行きた
いと思います。
(ただ、個人的にはやはりヴェンゲーロフさんの方が感動も遥かに大きかったですが。)

>佐々木公明@管理人さん
 私はN.M.さんのHPからこの素晴らしい掲示板に辿り着きました。今年の2、3月頃
だったと思います。ご参考まで。


いろいろ。 投稿者:西尾  投稿日:08月28日(土)22時49分38秒

こんばんわ。

宮崎さん、お久しぶりですね。(実は私も佐々木様と同様、気づかなかった。^^;
スミマセン。)

モーツァルトのカデンツァ、沢山ありますね。勉強になります。
やっぱり、私はこの曲ではグリュミオーが一番好きですね。

それから、サラサーテさんのHPに行って足跡残してきました。番組紹介も参考に
なります。なお、五嶋龍のTV時間帯は関西では「ナニワ金融道・4」をやってい
ました。(笑)


しょうこさん>
  音楽史を勉強されてる方ですか。あちゃー、前々回は大変失礼なことを書いてし
  まいました。文章にするとご謙遜か真実か、見分けが困難なのでストレートに読
  んでしまいました。スミマセン。
    
  色々と教えて下さいまし。m(__)m
  
p・s:
  今日は琵琶湖の西にある「八淵の滝」を見てきました。この滝は八個の滝が集中
  しているという総合の名前です。道なき道を歩くこと三時間、順番に滝を見てき
  ました。初登山だったのですが、不思議と疲れずスイスイと歩けました。
  明日の筋肉痛がコワイので、ストレッチとMgの服用を忘れずに寝ます。
  
  でわでわ。