映画よりわかりやすかった。
そして、肉食の、骨の太さをつくづく感じる舞台でした。
【ストーリー】
ジャズ全盛の1920年代のシカゴ。ロキシー・ハートは愛人フレッドを射殺する。彼女をかばうお人好しの夫エイモスの嘘はあっさりばれて彼女は監獄に送られる。婦人看守ママ・モートンが手綱を握るそこには、密通していた妹と夫を殺したショーガールのヴァルマ・ケリーを始めとする女囚達がいた。ロキシーは悪徳敏腕弁護士ビリー・フリンの力で無罪になろうとする。ビリーのでっちあげた正当防衛のストーリーと経歴によって悲劇のヒロインとしてマスコミの寵児となったロキシー。弁護士のみならずマスコミの注目も奪われたヴァルマは面白くない。
来日公演なので、字幕が出るとはいえストーリーを追うだけで一杯になってしまうかもしれない。それはもったいないので、映画でストーリーを把握しておこう。
そんな予習をした上で見に行きました。
もしかしたら、予習があったからこそわかりやすかったのかもしれないのだけれど。
映画を見ていて「この台詞ってどこを受けているんだ?」と疑問に思った点が、舞台だときちんと説明されていました。
つまり、映画ではカットした部分があったってことなのね。
そして、ダンスも歌もよかったです。
特に歌かな。迫力がありました。
ただ、最近年に2〜3本ミュージカルを見る連れがとても感激していたことから考えてしまったのですが、日本人(東洋人)と白人と黒人のダンスは、そもそも質がちがうのではないかしら?
この場合の質は「クオリティ」ではなく「タイプ」の意味です。
同じ迫力でも、白人と黒人のダンスでは違いがあると感じます。
今回感じた白人の持つ迫力は「質量」。黒人のものがバネを元にした動きの迫力だとしたら、白人のものは丸太を叩きつけるような力強さ。擬音で表すと、ドッカンドッカン。
東洋人があれをやったら折れるんじゃないかなあ。
その代わり、白人には東洋人の柳がしなるような鋭い軽さは表現できないと思うんだよな。
「シカゴ」は、白人のためのショーという印象です。あれを東洋人がやったら、たぶん「質量不足」を感じるでしょう。
ところで、誰がどの役をやっていたのかが不明。
カーテンコールで、役者の名前をコールしていたんですが、よく聞き取れなくて。
ヴェルマ・ケリー役はオリジナルのリサ・ドンモールだと思うのですが、ロキシー・ハート役は違ったような?
キャストのトップにくるにしては、どうもヴァルマに迫力負けしていたように感じたのです。追加公演だったこともあり、微妙に違うのではないかと思ったのですが、聞こえてきたのはアンダースタディの名前とも違うし。どうなっていたのだろう?
<赤坂ACTシアター PM6:00〜8:20 休憩20分>
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